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全小隊に通達。
指定業務を最優先。他は遅延しても構わない。
相手の情報は些細なものであろうとも漏らさず報告せよ。
預言に狂って人間を止めた馬鹿共に鉄槌を。

シンクを通じて論師直下情報部に下された命令に、情報部はざわついたもののすぐさま行動を開始した。
私が主治医から許可をもぎ取り、イオンを無理矢理引きずり出してダアトに帰還してから十日間。
ヴァンの協力も得て特務師団すら動かし、私達はイオン暗殺を企んでいる馬鹿共を徹底的に洗いなおした。

第三小隊がのこのこ現れた暗殺者の捕縛に成功し、第七小隊に引き渡すことができたのも大きい。
彼等が持っていた情報や装備などは全て第二・第六小隊に回され、ありとあらゆる情報を搾り出すことに成功した。
予断だが、私がイオンを連れて返ってきたことにキムラスカから帰還していたヴァンとディストがム○クの叫びのような顔をしていた。
そこまで驚かなくても良いのに。

イオンは現在、一時帰宅状態に等しい。
薬は手放せず動き回ることもできないが、常にアリエッタが側に寄り添い、兄弟や友達の手を借りて24時間警護をしている。
もっぱら私の私室で過ごしていて、たまに私の執務姿を見ながら薬をぽりぽりやっている。
あんまりにもご飯を食べないので、飯も食え、背が伸びなくなるぞと言ったら多少は食べるようになった。
イオンが常駐状態になったことでシンクの機嫌が急降下しているが、そこは我慢してもらうしかない。

私の責任の取り方を、間近で見てもらうこと。
そしてそれを知る事で、生きる気力を取り戻して欲しい。
それが今回の一番の目的なのだから。

「ふ、ぅん…」

「主犯となっている男は三人。キムラスカ貴族が一人と、律師が二人だ。
犯罪で国際交流してどうするつもりなんだろうね」

「まったくだわ。律師はともかく仮にも爵位を持っている人間がこんなお粗末なことをするとは、敬虔な預言信者というのは揃いも揃って脳味噌に何が詰まっているのか、一度ディストに研究して欲しいくらい理解できないわね」

「無理でしょ。そんな無駄なことをするくらいなら研究に没頭するよ、ディストは」

暗に預言中毒患者の脳味噌など研究する価値もないと言いきったシンクに私は笑みを浮かべ、つい先程持ち込まれた報告書を読み込む。
ついに突き止めることのできた、導師イオン殺害未遂犯達の詳細なプロフィール。
ろくに屋敷に戻らずダアトに入り浸っているらしい貴族と悪巧みをする律師達を思い浮かべ、私の笑みが嘲笑へと変わる。

「これだけ時間と手間をかけさせてくれたんだもの、きっちりお礼をしないといけないわね」

報告書を手に持ったまま立ち上がり、私室へと向かう。
ソファでうとうとしていたイオンの瞳が開かれ、私はイオンの目の前に報告書の束を放り投げた。
アリエッタが視線だけ寄越してきたが、自分には関係ないと思ったのか、はたまた必要性を感じなかったのか、すぐに視線を逸らしイオンに寄り添う。
イオンは報告書と私を見比べた後、報告書に着いていた顔写真に見覚えが合ったのか息を飲む音がした。

「こいつ等が黒幕だ。律師二人は表立ってこそ居ないものの隠れた預言厳守派だし、貴族の男は献金額もすさまじく、殆どダアトに入り浸っている。
こいつ等を狩って、貴方が生きられるようにする。それが私の責任の取り方よ。
だからイオン、よく見ていて。私にとってこの男達よりも、貴方の命の方が重く尊い。
だから私は貴方が生きていけるよう、この男達よりも貴方をとる」

「…どうする気?」

「まずは預かっていたものを返却するわ。
シンク、第七小隊に連絡を。綺麗にラッピングして、お庭に飾ってあげるように、ね」

まずは拷問して廃人寸前まで追い詰められた暗殺者達を、それぞれの手元に返してやる。
第七小隊は預言と教団を憎んでいる人間の集まりだから、もしかしたら"綺麗にラッピング"している最中か、庭に置いてくる最中に息の根が止まってしまうかもしれない。
例え生きていたとしても、これから先普通に生活することはできないだろう。

私の言葉を正確に汲み取ったシンクは逡巡の後、解ったと言って部屋を出て行った。
流石のイオンも私が何をするのか気付いたのだろう、本気かと、視線だけで問うてくる。
その瞳からは絶望の色は薄れていたが、同時に困惑と驚愕も伝わってきた。

「何をそんなに驚く必要が?」

「君は…平和な世界で生きていた筈だ」

「そうね」

「命令するということは君が手を汚すのと同じこと。
それが解らないほど君は馬鹿じゃないし、躊躇いが無いわけじゃないだろう?」

「…この三人はね、イオンだけじゃなくレインも脅迫してるの」

「…レインを?」

「そう。よりにもよって私の身内を、仲間二人に手を出したのよ?
預言を厳守したいならば正々堂々と言えばいい。正しいと思うならば真正面から向かってこればいい。
それをしないってことは自分達がしていることはいけない事だって心のどこかで自覚してるってこと。
それなのにお上品ぶって預言を言い訳にして犯罪に手を出して、挙句私の身内を危険に晒した。
先に手を出したのはあちらよ。容赦する必要がどこにあるの?」

調べた結果、レインに対し導師派の演説をやめるよう脅迫してきたのもまたこの三人だった。
この情報を漏らしていたのはやはり大詠師で、こっちも後で締める必要があるだろう。

私の言葉を聞いたイオンは唇をわななかせていて、報告書をぐしゃりと握り締める。
瞳を閉じ数十秒の無言の後、もう一度見開かれた瞳は今度こそ光が燈っていて…。

「君は、僕のためならば手を汚すのも厭わないと、そう言うんだ?」

「イオンだけじゃないわ。私の身内に手を出すならば容赦はしない。
それに今回の件は私の責任でもある」

「それでも、嬉しいよ。まさかココまで預言に逆らって、僕を救ってくれる人が居るなんて、思いもしなかったから。
ヴァンでさえ、僕の治療ではなく僕のレプリカを作ることを提案してきた。
僕が死の預言に逆らえるだなんて、思っても居なかったんだ」

「…私にとって預言よりも、貴方達の命の方が重い」

「君は、シオリにとってはそれが当たり前なんだろうね。
僕も預言に反旗を翻したつもりだった。けど、結局は心のどこかで預言だから仕方ないって思ってたのかもしれない」

長く息を吐き、宙を仰ぐイオン。
産まれた時から預言にがんじがらめにされてきた彼にとって、預言という鎖は何よりも重い。
それは、振り払っても振り払っても身体に絡みつく。
一体どれだけ苦しんできたのだろう。

アリエッタに視線を送れば、少しだけ迷った後そっと席を外してくれた。
私はイオンの隣に座り、その手をとる。
ダアトを出るときよりも圧倒的に細く骨ばってしまった手は冷たかったが、その手をぎゅっと握り締める。

「これから変えていけば良いのよ。一人では無理でも、一緒に居る人が居れば大丈夫。
だからイオン、生きて。大切なのは、生きたいっていう気持ちだと思う」

「……まずは、君の責任が取る様を見させてもらうよ」

「望むところよ」

ぎこちないけれど、ようやく見せてくれた以前のような笑み。
それは年齢にそぐわない老獪さを持った、導師の名に相応しい強さだ。
その笑顔を見て、私もまた、笑った。
















それから数日後、ダアトはざわめきだった。
キムラスカ貴族が使用していた別荘と、二人の律師が住まう屋敷それぞれの庭から凄惨な死を遂げたらしい"一般人"の遺体が出てきたのである。
捜査の末に"一般人"は手酷い拷問を受けた後庭に放棄された遺体であることが判明した。

遺体が回収され埋葬された後、律師達とキムラスカ貴族は異常なまでに怯えていた。
周囲が心配して声をかけても、自分は悪くないと繰り返し要領を得ない。
三人の"一般人"は同時に見つかったため、関連性があると見て捜査に乗り出した神託の盾騎士団が事情を聞きに行ってもまともな答えが得られなかった。

捜査が難航する中、救いを求めたのか、はたまた嫌な予感でもしたのか。
三人は預言を詠んでもらいに教団に訪れたが、預言士達はこぞって言葉を濁したために三人の不安は払拭されなかった。
そんな中、こんな噂がまことしやかに流れた。

あの三人は、論師の逆鱗に触れた、と。
というのも、怯える三人と守護役を引き連れた私が遭遇した場面を目撃した人間が居たのだ。

「何をそんなに怯えていらっしゃるのです?
もしや何か予言に不吉なことでも…ああ、そんなことはありませんね。
お三方は敬虔なローレライ教団の信者と聞き及んでおります。
例えどのような預言であろうと、敬虔な信者であるあなた方ならば順守されるでしょうし、それに怯えるようなことなどありえませんものね。

預言を持たない私ではありますが、何かお困りでしたらいつでも仰ってくださいね。
人々の役に立つことこそ論師の本懐ですから。
え?怖い?助けてくれ?脅迫でもされているのですか?
でしたら大変です。早急に神託の盾騎士団にご相談をされるよう、お勧めいたしますわ。

ただ…私の故郷にこんな言葉がありまして…『人を呪わば穴二つ』という、他人を陥れようとすると自分にも悪いことが帰って来るという意味です。
そんな事はありえないと思いますが…もしあなた方が誰かを陥れようとしてその報復を受けているのであれば………いえ、これは考えすぎですね。失礼なことを申しました。

他人に悪意を向ければ反撃を受けるなんて、そんな簡単なことが解らない筈がありませんし。
敬虔な信者であるあなた方が、そのようなことをなさる筈、ありませんものねぇ?」

青ざめたあの顔を、一体何人が見ただろう?
保身に走る人間ならば、無駄に想像力が豊かな人間ならば、それだけで察することはできるだろう。

だが私がやったという証拠は無い。
遺体が放棄された日は私は一日中執務室にいたし、六つある論師直下情報部は殆どの人間にアリバイがある。
中にはグレーの人間も居るが、様々な状況を鑑みて彼等は犯人から除外された。
勿論、そうなるよう計画を練ったからだし、世間に公表されていないだけで三人への"プレゼント"は他にも送られている。

三人は逃亡を企てているようだが、逃してやる気など無い。
獲物を捕らえじっと待つ蜘蛛のように、既に彼らの周囲には罠が張り巡らされている。
それは既に捕らえられたことと同意義であり、逃亡など所詮夢でしかないのだ。

いずれ恐怖に駆られた瞳がイオンと同じ絶望に染まる日も近い。
彼らが見せしめであると、それは誰の目にも明らかだった。


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