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 それは小用を足すためにヴァンの元を訪れた時のこと。
 神託の盾本部内をシンク達を引き連れて歩いていたら、見慣れないながらもやけに目立つ女性に遭遇した。
 目立つといっても派手だったり装飾華美だったりするわけじゃない。
 ただ、存在感があり華がある。例えるならリグレットのように、見目の美しさ以外にも人をひきつける何かがある、といったところだろうか。
 眼帯を着けた長身の女性で、私はどこかで見たことがある気がしながらもその女性と廊下でかち合う羽目になった。

「これはこれは、もしや噂の論師様では?」
「えぇ、私が論師シオリです。失礼ですが、貴方は……?」
「ああ、大変失礼致しました。私は第六師団を預かりますカンタビレと申します。遠方への任務に出ていたために長らく本部を離れておりましたが、任務終了に伴い無事帰還いたしました」

 どこか人を食ったような口調の、敬意を全く感じられない敬語。
 頭を下げてはいるものの、私のことをちっとも敬っていないんだろうなというのが解る。
 ま、別に珍しい反応でもないからどうでも良いけど。

「貴方が噂のカンタビレ響将でしたか。第六師団は最も師団員が多い師団。それを纏め上げる響将の腕前と実力のほどは私の耳にも届いております。長期任務が終わったということは暫くは本部に居られるでしょう?機会があれば是非貴方の実力を見せていただきたいものです」
「お褒め頂き光栄です。ですが私のような無骨者の技など、論師様にお目にかけるほどのものではございません。論師様は護身術程度の武芸を嗜む余裕もないほどにお忙しいお方と聞き及んでおります。私などのためにお時間を取らせるわけには参りません」

 私の背後でシンクが呆れ、守護役達がハラハラしているのが解る。
 お互い敬意もへったくれもない敬語を使いながら腹の探り合いをしているのだ。剣呑な空気を感じ取っているのだろう。
 事実カンタビレは凶悪且つこちらを見下している視線を向けているし、私は私で笑顔ではあるものの慈愛に満ち溢れているとは言いがたい。

「そんなに謙遜なさらないで下さい。確かに私は武芸を嗜みませんが、それは単純に武芸の場が私の力を発揮できる場ではないからに過ぎません。私の力は机の上でこそ発揮されるものですから」
「机の上で、ですか?」
「えぇ。そうですね、あなた方神託の盾の力は前線に出でこそ真価を発揮しますが、私は後方支援が得意、といったところでしょうか。例え戦闘で勝利を収めても街が自壊していた、では話にならないでしょう? 適材適所という奴です。それにカンタビレ響将の言うとおり、武芸を修めたくてもその余裕がないのですよ。私が施行した事業の数々はまだまだ安定するのに時間がかかります。彼らが平穏を手に入れてこそ、その事業は成功したといえるのですから。他に手を出してる暇はありません」

 私の発言にカンタビレはすっと目を細めた。
 こういう目はよく知ってる。ただの子供だと思っていたがどうやら違うようだ。もしかしたら気にかける価値があるんじゃないか。と私を値踏みしようとする目だ。
 けど私だって大人しく値踏みされる気はないし、そもそも最初から見下してくる相手に対して素直に値踏みされる気もない。

 にっこりと、わざとらしいほどの笑顔を作る。ただし目は笑わないままで。
 私の笑顔にカンタビレは少しだけ楽しそうに笑い口を開こうとしたが、何か言う前に私から口を開いた。

「というわけで、失礼しますねカンタビレ響将。時間がありましたらまたいずれ」

 強制的に話を切り上げ、貴様に値踏みされる筋合いはないという事でさっさと歩き出す。
 教団内での地位は私の方が上だから、カンタビレが無理矢理私を引き止めて話を続行させることもできない。
 私は背中に突き刺さる視線を感じながら、当初の目的通りさっさとヴァンの部屋へと足を進めた。




「と、いうことがあったんだけど」




 その後、無事目的地へと到着した私はシンクのみを従えてヴァンの執務室へと足を踏み入れていた。
 ヴァンは何故か胃の辺りを押さえているし、リグレットはリグレットでカンタビレは相変わらずねと苦笑している。

「正直、カンタビレについては詳しく知らないのよね。ざっくりで良いから教えてくれる?」
「シオリでも知らないことってあるんだ?」
「シンク、アンタ私を歩く辞書かなんかだと思ってない?」
「ちょっと近い」
「全く……」

 あっけらかんと告げるシンクにため息をついてからリグレットの淹れてくれたお茶を飲む。オレンジ・ペコーは自分では淹れないので久しぶりに飲む味だ。
 私とシンクのやり取りを見た後、ヴァンはそうだな、と一つ息を吐いてからカンタビレについて説明を始めてくれた。

「カンタビレは第六師団師団長にして自他共に認める導師派だ。そして教団一の実力主義者でもある。つまり預言で何もかも決められるより、実力で未来を掴み取りたいという人間だな。大体の師団員はその思想に賛同しているが、それでもあの隻眼に睨まれると動けなくなるらしい」
「一番大所帯の師団だもんね、それだけのカリスマ性がないとやっていけないってことか。ちょっと恐怖政治的な部分もあるみたいだけど」
「そうだな。だが適度な恐怖心は部下を纏め上げるのに最適だ。事実、私自身も未だに第六師団員をほとんど勧誘できていないからな。カンタビレ本人が遠方に飛ばされるなり何なりしてくれればまた話は別だろうが、師団員を引き連れて行かれたらやはり無理だろう」
「ヴァンとはまた別のカリスマ性を持った女性将軍、ってところか。原作では全く出番が無かったからあまり詳しく知らないんだけど、ここでも知らん振り……というわけにはいかなそうね」

 舌打ちを漏らしつつ彼女の顔を脳裏に思い浮かべる。
 原作の後半では神託の盾兵の大半がヴァンに付き従い離反しているが、ヴァン曰くそれもカンタビレが遠方に飛ばされていたからこそできた芸当だという。
 しかしカンタビレが遠方に飛ばされるのはティアを情報部にねじ込んだせいだった筈。

 ティアが表舞台に居ない以上その展開はありえないため、これからもカンタビレが神託の盾本部で表立ってくる可能性は非常に高い。
 それでなくとも第六師団は最も人数が多く、カンタビレを慕う団員も多いようだし。例え表立ってこなくともカンタビレを敵に回すのは賢い選択肢とはいえないだろう。
 幸いカンタビレは導師派であり、教団きっての実力主義者であるという。それくらいなら最低でも傍観者、可能ならば論師派に引きずり込んでおきたい。

「……ヴァン、カンタビレは終末預言を知ったらどういう反応をすると思う?」
「……カンタビレを引き込むのか?」
「その価値はあると思うけど、反対?」

 足を組み、笑みを作ってヴァンを見る。反対かと聞きながらも私の頭の中では既にカンタビレを引き入れるためのシナリオを組み立て始めている。
 それが解っているだろう、ヴァンは真剣な目を暫く空を見つめていたが、口角を上げるだけの笑みを浮かべると悪くないなと呟く。
 リグレットもこれは骨が折れるわねと楽しそうに一人ごちていて、カンタビレという人間がどういう人物なのか直接知っている二人にそう言ってもらえれば問題ない。
 私達三人が笑みを浮かべる中、シンクだけが微妙そうな顔をしていた。

「あら、シンクは反対?」
「反対も何も僕もさっきが初対面だからね。どんな人間かも解らないのに仲間に引き込むって言われても、ふーんとしか思えないよ」
「それもそうね……ヴァン、カンタビレは訓練場に顔を出すと思う?」
「出すだろうな。自他共に厳しい人間だ、部下を鍛えることにも余念がない」
「シンク」

 私が名前を呼べば既に心得たと言わんばかりのシンクの顔。

「ハイハイ、訓練場でカンタビレと何をすれば良いのさ」
「一騎打ち」
「……は?」
「だから、一騎打ちよ。勝てとは言わないわ。でも大敗はしないでちょうだいね」

 笑顔で無茶を言う私に対し、シンクはぽかんとした顔を浮かべていた。
 多分私の発言が意外すぎてまだ理解が追いついてないんだろう。

 うん、久しぶりだけどやっぱりその顔は可愛いと思うぞ。


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