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ぎょっとする師団員に、あわてて口元に人差し指を添えて静かにとジェスチャーをする。
師団員達は自分の口に手を当てて声を飲み込んだ後、私の背後に控えている守護役にどういうことだと視線を寄越す。
視線を寄越されたレイモンド奏長とリスフレイ謡長は遠い目をしていて、団員達はそれを見て何かを察したようだった。

今日何度目のやり取りかわからないそれを見て苦笑を漏らしながらも、私は足音を立てないよう気をつけながらこっそり足を進める。
ちょっとだけワクワクしているのは否定しない。
そしてそんな私に対し、私に遭遇した団員達はどうしたものかと困った後、奏長と謡長の後をこっそりとつけて来るか、自分の師団長に報告に行くのだ。

論師が守護役を2名しか付けずに、神託の盾本部の訓練場に向かっている、と…。
別に良いじゃないか。気になるんだよ。主にカンタビレとシンクが。

「この少し先ですよね?」

「そうですが…論師様、本気で行かれるんですか?」

「ここまで着ておいて何を言ってるんです?」

「シンク謡士にお会いしたいだけなら呼び出せば済む話じゃないですか。なんでわざわざ訓練場まで…」

「そりゃあ、訓練しているシンク謡士を見学したいからでは?」

「……二人とも、私はシンクに会いに訓練場に行くわけではありませんよ?」

「「え?違うんですか?」」

目をまん丸にして驚く二人にため息をついてから訓練場に通じる扉を開く。
なるべく音を立てないように扉を開けたつもりだったが、ギィと蝶番の軋む音がした。
一気に開ける視界と高くなる天井、そして眼下に広がる広い空間。
ムッとする熱気と汗の香り……正直、運動しない私が長居をする場所ではないし、わざわざ階段を降りて団員達が訓練している広場に足を踏み入れるつもりはサラサラ無い。

私は柵越しに訓練場を見下ろしつつ、お目当ての人物を探す。
シンク…だけではなく、シンクとシンクが相手をしているであろうカンタビレの二人だ。
が、流石に師団長コンビというだけあって、二人はすぐに見つかった。
というより、訓練場の中心で思い切りやりあってる最中だった。周囲に師団員達が集まってはやし立てているので物凄く解りやすい。

暇人ばっかだな、おい。
そんなんで大丈夫なのか神託の盾騎士団。

「この…っ!大地の咆哮!」

「甘いっ!唸れ烈風!切り刻め!」

詠唱短縮したグランドダッシャーとタービュランスがぶつかり合う。
どうやらシンクは押され気味のようで、獰猛な表情をしたカンタビレの猛攻に耐える事で精一杯のようだ。
先程のグランドダッシャーのように時折反撃はしているものの、殆どダメージを与えられていない上カウンター攻撃を喰らっていることも多々ある。

勝たなくてもいいが、大敗はするな。
私の言葉を遂行しようと頑張ってくれているようだが、正直無茶な頼みをしすぎたかなと少しだけ後悔の念が胸をよぎった。

シンクは私のためなら何でもしてくれる。
それに甘えすぎていたかもしれない。
致命傷こそ避けてはいるものの細かな傷をたくさん作っているシンクを見てハラハラしていた私だったが、ちょっと集中しすぎたらしい。

「うをっ!?論師様!?」

「え!? あ、はい…あ、しー!しーっ!」

「え?あ、え!?」

背後から突然声をかけられて心臓が飛び跳ねるかと思った。
実際、子供みたいにちょっとだけ飛び跳ねてしまった。反省。

私の存在にびっくりして大声を出してしまった師団員に慌てて静かにするように言うも、すぐにどよめきが聞こえて訓練場へと視線を戻す。
案の定シンクが吹っ飛ばされていて、それが恐らく師団員の声で私の存在に気付いて驚き、その隙にカンタビレに攻撃を叩き込まれたからだろうと解ってしまうが故に情けない顔になってしまう。

一拍遅れて私に気付いたのだろう、カンタビレと目が合った。
しかしそれを無視して吹っ飛ばされたシンクを探す。
手すりに全体重をかけながら団員達の間に黒い影を探して居たのだが、今日はもしかしたら厄日だったのかもしれない。もしくは仏滅。
パキパキバキという音と共に体重が前にかかり、謡長と奏長の焦った声が聞こえると思った瞬間には、私はあっという間に浮遊感に包まれていた。

「ちょっ、えっ、きゃあああぁぁあっ!?」

つまり、手すりが壊れて落ちたわけである。
カンタビレが凄く焦った顔をしているのだけが何故か頭に残っていた。
お腹の下っ腹辺りがこう…ひゅんっとなる感覚って言うの?
落ちたとき特有の感覚に思わずぎゅっと目を瞑りながら頭を抱えて丸まって、後はもうどれだけ落ちたかとかは覚えてない。

それから鈍い感覚の後、いつまで経っても痛いとかそういう感覚は襲ってこなくて、未だに残っている浮遊感にびくびくしながらも恐る恐る目を開けてみれば何故か誰かの腕の中。
頭を抱えていた腕を外してみれば肩で息をしているシンクの仮面が何故か間近にあって、そこで私はようやくシンクに抱き上げられている状態なのだと気付いた。
シンクの肩越しに団員達が次々に走り寄ってきている姿が見えたりとか、上から謡長と奏長が泣きそうになりながら降って来たりとか(地味に凄い)、ぽかんとしているうちにわらわらと人が集まり始める。

……どうやら私は上から落ちて、助かったらしい。
恐る恐るシンクを見れば、シンクはほう、と一つ息を吐いていた。

「……シンク?」

「……なんでここに居るわけ?」

「え?あ。えーと…」

「心臓が止まるかと思った…」

「あー…うん、ごめん…」

それから周囲に集まってきた団員達から漏れ聞こえる声を総合すると、どうも私が落ちているのを見たシンクが瞬時に動き、私の救助に回ったようだ。
いつの間に移動したんだとか、まさに瞬間移動とか言ってるから、本当にダッシュでかけつけてくれたんだろう。シンク息切らしてるし。敬語忘れてるし。

私を抱えたままへなへなとその場に座り込むシンクにありがとうと礼を言ってから、泣きそうになりながら私に謝ってくる謡長と奏長に大丈夫だと告げる。
土下座しそうな二人を何とか普通に立たせつつ、ゆっくりとコチラに歩み寄ってくる存在に気付いた。カンタビレだ。

「論師様、お怪我は?」

「ありません。心配をかけてしまったようですね。私の不注意のせいで…ごめんなさい」

「理解なさっているようなら結構です。しかし何故このようなことに?」

「身を乗り出しすぎたんです。私のせいでシンクが吹き飛ばされてしまったのではないかと思って」

そう言ってシンクを見れば、何故かへの字になっているシンクの口。
下から覗き込むようにして顔を伺えば、ぷいとそっぽを向かれてしまう。
お、おう…。

「念のため治癒術をかけましょうか。誰か!」

「論師は体質上治癒術を受け付けないし、無理に音素を取り込めば体調不良を起こす。もしどこか悪くなったら第二師団のディスト響士が担当医になってるからそっちに運ぶさ」

治癒術を使える奴は居ないか、と言おうとしたカンタビレを遮り、シンクが冷たく言い放った。
カンタビレはその言葉に珍しく目を丸くした後、ふっと息を漏らしながら笑みを漏らす。

「そうかい。余計なお世話だったようだね。
それよりシンク、随分と早かったじゃないか。スピード重視の拳闘士だと思っていたが、驚いたよ。それが自分の意思で出せるようになれば更に一皮剥ける。精々頑張ることだ」

「うるさいな。人のことボコボコにしときながら偉そうにしないでよ。
論師、立てますか」

「あ、はい。大丈夫です」

カンタビレの褒め言葉(?)を切って捨てた後、シンクに手を借りながらその場で立ち上がる。
しかしうまく足に力が入らず、その場に座り込みそうになってしまって慌ててシンクが支えてくれた。
あれー?

「部屋までお運びします」

「いえ、少し経てば平気でしょうし…ソレよりシンクも手当てを」

「お運びします」

「……はい」

シンクの気迫に押され、素直にシンクに抱っこされる。
何かにやにやしているカンタビレに曖昧な笑顔を返しておいて、私はシンクに執務室へと連れて行かれた。
勿論、部屋に辿り着いてシンクに説教されたのは言うまでも無い。

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