06



 この世界に着いて、遅まきながらも気付いたことがある。私は日本に居た際二十四歳という立派な成人女性だった。
 地球と違い一年が七百日以上あるこの世界の時間軸に合わせられたのか、はたまた異世界へと飛ばされた副作用なのかわからないが、私の年齢は変わっていた。
 約半分の、恐らく十二歳前後に。

 何で気付かなかったかといえば、理由は二つある。
 一つ目は、単純に私は十二歳の頃にはほぼ身長は伸びきっていたので目線はそれほど変わらなかったということ。
 二つ目は、日本人は外人に比べ童顔であるということを知っていたため、子ども扱いされても不思議に思わなかったこと。

 だから、私は自分が若返っていることに気付かなかった。気付けなかった。ディストに身体を検査されて、十二歳だと断定されてそりゃあ驚いた。
 だってシンクやイオンと同い年なのだ、あの子供達と同い年なのだ、どうしろというのだ。どうしようもないが。
 という訳で、私は今現在十二歳である。何とも言いがたいこの気持ち、解って欲しい。

「……何渋い顔してんの?」
「いや、自分の年齢が未だに信じられなくて」
「十二歳ってことが?」
「うん。二十四年分の努力を返せって感じ」
「アンタの世界って此処と違って一年が半分しか無いんでしょ。だったら丁度言いと思うんだけど?」
「丁度いいしお肌は若返ったし体力も増えたけど、やっぱり心情的には複雑なんだよねぇ……」

 せめて十八歳くらいならばもう少し気分的にも違っただろう。

「アンタの気持ちなんてどうでもいいんだよ。それより詠師会から書類が来てる」

 私の微妙な心情は理解されることなくばっさりと切り捨てられ、書類の束を渡される。
 私はため息をつきつつそれを受け取り、ぱらぱらと捲り始めた。

 ちなみにフォニック言語は既に習得済みだ。あれ、ローマ字を少し捻っただけだよね。
 お陰で日本語じゃ短文で済むところが物凄く長文になるわけだから、読みづらいことこの上ないが文句は言っていられない。

「おおむね文句は無い、って感じだね」

 長ったらしく書かれた返答と詳細を簡潔にまとめて言葉にしつつ、私は新しい紙を引っ張り出して要点を日本語に纏めていくことにした。
 するとシンクが興味を持ったのか、横からひょこりと顔を覗かせる。

「ほすぴす? 何それ?」
「死が確定した人が残りの人生を穏やかに過ごすための施設のことよ。宗教組織が展開する事業としては別におかしくないでしょう?」
「アンタの世界にはあったの?」
「私の国には多くなかったけど、世界的に見ればそれなりにあった施設、かな」

 私の国はホスピスというより福祉施設の方が多かった。なんせ長寿国の超高齢社会だ、穏やかに余生を過ごすよりどうしても介護に重きを置かれてしまう。
 介護は専門知識と訓練が必要なので今回は却下し、初めての改革にホスピスを持ってきた。シンクにも言ったとおり、宗教組織が行う事業として見てもそこまで違和感は無いと思う。

「ふーん。まぁ確かに教団は部屋も余ってるしね。死に掛けの人間の面倒を見たくない奴等からしたら丁度いいだろうし、需要もありそう」
「辛辣なお言葉をどうもありがとう。まぁそこは否定しないよ」

 事実、私が狙っているのはそういう家族である。
 慈善事業じゃないのだ、そういう輩からきっちり金は巻き上げさせてもらう。要は手間を金で買うということなのだが。

「どれくらい巻き上げるわけ?」
「とりあえずランク付けは必須だよね。その上で初期費用と月々に定額を貰って、後はまとめて払ってくれるなら少しお安くしますよってとこかな。雑費は向こう持ちだけど」
「つまりこっちは日々の世話のみ?」
「正解。たまに導師にも慰問に行ってもらおうか、宗教組織らしく」
「妄信者には良いパフォーマンスになりそうだね」

 くすくすと笑うシンクの目には嘲りが浮かんでいた。
 まぁ私も鬼では無いので、やるからにはきっちり取締りをしつつ穏やかに人生を終えられるよう全力を尽くすつもりではある。

 教団側から割り当てられる人手と費用などを簡単に纏める。準備費用や宣伝費、人件費などを考えればあまり余裕はない。
 ホスピスと概念が無い世界では宣伝は必須だろうし、私自身も知識はあれど事業を立ち上げるなど初めてなので念入りに計算を繰り返す。

「チラシを作って預言士達に全国に宣伝して貰えば宣伝費もある程度は抑えられるか。一緒に従業員の募集をかければ失業率低下にも繋がるし、男女比率はどうするべきかなぁ……」

 捨てる予定の紙の裏に計算を書き連ねながら、いかに効率よく費用を使うかを考える。シンクはそれを見ているのに飽きたのか、私の企画一覧表を覗いていた。
 フォニック言語で書かれているものの、基本的にこの世界には無い概念のものばかりなので名前を見るだけではさっぱりだろうに。

「意味わかんない」
「だろうね。わかんないからこそ、投入する価値があるんだよ」
「その一歩がホスピス?」
「そう。有用性を理解してもらって、且つ私に使い道があると思ってもらえれば万々歳かな」

 ベルケントあたりから医者を引っこ抜いておきたいし、人員の面接は私がしたい、実際にフロアを見てみて改装費用に収まる範囲内で何処に手を入れるかも考えなければならないだろう。
 着々と計画を立てていく隣でシンクはやはり暇そうだった。







「で、どう……されますか?」

 私の斜め後ろでいつもの口調で喋ろうとしたシンクが、取ってつけたような敬語で聞いてくる。
 目の前の光景に流石の私も頬を引きつらせているが、果たして一体何人が気付いているんだろうか。

 あれから微調整を繰り返した結果、二ヶ月かけて何とか実現の一歩手前までやってくることができた。
 たった二か月でホスピス開設間際までこぎつけた私は誰かに褒められて然るべきだと思うのだがいかがだろうか。
 だが私は論師としての価値を見せつける必要があった。その為にものんびりと計画を立てる訳にもいかず、可能な限り急ピッチで仕事をこなしここまでやってきたというわけである。

 フロアの改装は、話を聞きつけたダアトの業者が快く引き受けてくれた。値引きまでしてくれたのは嬉しい誤算だ。
 預言士達にもチラシを配ってもらった。ホスピスについての簡単な説明を記し、詳細を知りたい方は下記までご連絡を、と一言つけて。ついでに入居者の事前募集をしている旨と、職員を募集している旨も書いておいた。
 そんな風に削れる分は極限まで削り、使えるものは何でも使って存在を周知した。

 そしたら鳩が飛ぶ飛ぶ、面白いくらいに詳細を希望する手紙が届いた。
 それぞれに仕事の詳細と細かい費用設定、そして面接をする旨を書き記した手紙を何枚も書いて手が痛くなったのは苦い思い出である。
 今日はその職員および入居希望者のための面接日。
 教団から割り振られた人員全員と面接してそのうちの三分の一しか合格ラインに届かなかったことには頭を抱えたくなったが、こうなったら少しでも良い人材が着てくれるのを祈るしかないと思ったのが昨夜のこと。
 そんな私の目の前には、大量の人間が集まっている。果たしてこの内の何人が入居希望で、何人が職員希望なのだろうか?

「……一人一人面接されるので?」
「……勿論です」

 シンクの質問に答えるのに間が空いてしまったのも、許して欲しい。
 果たして今日中に終わるのだろうかとため息を零したいのをぐっと堪え、手近にいた教団員に人員整理のための人手を借りたいことを詠師に伝えて欲しいと伝言を頼む。

 そして彼らの前に立ち、優雅さを見せつけるゆっくりと腰を折った。
 背後に控えていたシンクの気配がピンと張り詰めるのを感じたが、顔は向けない。ざわめいていた話し声がぴたりと止まる。

「皆々様方、大変長らくお待たせいたしました。私が教団で新たに設立された『論師』の地位に着いた、シオリといいます。以後、お見知りおきを」

 顔を挙げ、全員をぐるりと見渡す。
 好奇、期待、興味、疑心、様々な思惑が乗せられた視線が全身に突き刺さった。
 しかしまぁ、それがどうした。にっこりと微笑む。

「私がこのような子供であることに、不安を覚えた方もいらっしゃるでしょう。それでもまずは言わせてください。私のような新参者の呼びかけに答えてくださったことへの、感謝を。仕事を求めて来られた方、教団に従事することを希望してこられた方、ホスピスを利用したいと思ってこられた方、理由は何であれ、わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。そしてこれだけの多くの方が私の言葉を聴き、こうして訪れてくださったことを、心から嬉しく思います」

 そこで一拍置き、再度周囲を見渡す。誰も口を開くことなく、私を注目したままだ。
 そんな彼等と一人ひとり目を合わせるようにゆっくりと見渡し、自分の顔を印象付ける。

「お手紙を受けとった方は知っておられると思いますが、入居を希望される方も、仕事を希望される方も、まずは面接をさせて頂きます。仕事を希望される方は、筆記試験も受けていただきます。今から皆様方に整理券をお渡し致します。入居と仕事、どちらを希望されるかを此処にいる団員にお伝えください。その番号順に私が面接を致します。順番に並んでくださいね」

 私がそう言うと、シンクよりも更に背後に控えていた何人かの団員が前に出る。
 はっきり言ってここまでの人数は予測していなかったので、整理券が足りない。借りてきた人員も使って急いで作らなければならないだろう。
 頭の中でつらつらとそんな事を考えつつ、私は笑顔と締めの言葉を口にした。

「皆様と時間を共にできることを、今から楽しみにしています」


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