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「で、言われたとおり大敗……は、避けたと思う。けどこれからどうすんの?」

シンクから訓練場にきたことに関してお説教を喰らった後、腕を組みながらそんな事を言われた。
お説教長かった。いや、私が悪いんだけどさ。
こっそり見に行った事でシンクのプライドも傷ついたみたいだし。
本当にごめんなさい。次からはばれないようにもっと気をつけていきます。

「説明するのは構わないけどまずは怪我の手当てしようよ」

「別にこれくらい平気だよ」

「見てるこっちが痛いんだよ」

「後で治癒術師の所行くから今は我慢してよ。てゆーかシオリの指示のせいじゃないか」

「うん、ごめん」

呆れたように言われたので素直に謝れば、何故か意外そうな顔をするシンク。
私が素直に謝るのはそんなに珍しいのだろうか。
思わずこっちもきょとんとしてしまった。

「そんな素直に謝らないでよ。別に責めてるわけじゃないし…」

「だってシンクに怪我させたかった訳じゃないもの。それに正直な話、カンタビレがここまで強いとは思ってなかったっていうのもある。
シンクと同等か、もしくは少しシンクが下程度かなって思ってたから」

「そこは仕方ないんじゃない?戦闘はからきしなシオリにカンタビレの力量を読めって言うのも無茶な話なんだからさ。
それにカンタビレはヴァンとやりあえる女傑だ。そう思えば今回の僕は軽傷だよ」

肩を竦めながら言われてそういうものなのかと考えてみるものの、シンクの言うとおり私は戦闘方面はからきしなので判断のしようがない。
なのでもう一度だけ謝ってからあとはシンクの言葉に甘えておき、治癒術を受けるまでの簡単な応急手当をしながらこれからのことについて話すことにした。

あちこち切れている団服を脱いでもらい、切り傷だらけのインナー姿になるシンク。
細身に見えるにも関わらず結構しっかり筋肉が着いているんだなーとか思いながら、大き目の傷にだけ消毒液をつけていく。
これだけ傷ができても平然としてるくせに、消毒液をつけるたびに身体を跳ねさせるシンクにちょっとだけ笑った。

「で、どうすんのさ」

「多分カンタビレの方から接触があると思うの。シンクに直接来るか、ヴァンやリグレットに探りを入れるかは解らないけど…どちらにしろ今回の件でシンクって言う存在はカンタビレの記憶にとどまった筈だから」

「なるほどね。今回の件はパフォーマンスだったわけだ」

「そう。そこでカンタビレに揺さぶりをかける」

「揺さぶり?何する気?」

「『ユリアの預言は第七譜石で終わっているという事実。そしてそこから導き出される真実、想像したことはあるか?』とまぁこんな感じの台詞を言ってもらうようヴァンやリグレットに頼んである」

「終末預言を匂わせるわけか。食いついてくるだろうね」

「恐らくね。伝え聞くカンタビレの性格を鑑みれば、十中八九引きずり込めると思う」

「つまり終末預言を餌にカンタビレを釣るわけか、痛っ」

「簡単に言っちゃえばそういうことね。問題はどう接触するかってことなんだけど、向こうから接触してもらえれば手間が省けるかなって思ったのよ。
下手にこっちから声をかけて警戒されるよりは何十倍もいい。そのきっかけが欲しかったのよ。はい、おしまい」

最後に固まりかけた血を拭ってから救急箱を片付ける。
消毒液がしみるのか少しだけ眉を顰めているシンクに苦笑しつつ、それならカンタビレが接触してからそれとなく誘導しておくというシンクに宜しくとだけ言っておく。
まあいざとなれば私のところに誘導してくれればいいと伝えれば、面倒そうなときはそうするよと言われた。
説明省いて私のところに誘導するのは無しよ?









「シオリ、カンタビレ連れてきた」

「また唐突だなオイ」

仕事中、突然現れたシンクの台詞に思わず素で返してしまった。
しかしシンクは気にすることなくカンタビレを執務室に招き、ドアの鍵を閉めてしまう。
ここ私の執務室なんだけど。シンクの私室じゃないんだけど。
何でそんなにフリーダムなの?あ、今更ですかそうですか。

「ご機嫌麗しゅう、論師様?」

「下手な嫌味は結構です。忙しい中来訪ありがとうございます。
あとここは身内しか居ませんから敬語も取っ払ってくれて構いませんよ」

「そうかい?助かるよ。実は堅苦しい話し方は苦手でね」

「でしょうね。貴方はストレートすぎますから」

私が言えばあっさりと敬語を外すカンタビレに対し、わざとらしく肩を竦めてやればにやりといい笑顔で返された。
なのでとりあえずソファを勧め、シンクにコーヒーを淹れるように言う。
私も向かいのソファに座り、不敵な笑みを浮かべているカンタビレと相対するようににっこりと微笑んでやる。

「それで、本日のご用件は何でしょう?」

「腹の探り合いは面倒なんだがね。身内しかいないんじゃなかったのかい?」

「ふふ、私はそちらが本分ですから」

「全く、子供らしくない子供だよ。本当は24歳なんだって?」

「それはシンクから?」

「一通り聞いてる」

その言葉にシンクへと視線を送れば、コーヒーを淹れながらこちらを振り返りつつ、ぺろりと舌を出すシンクの姿。
アイツ余計なことまで話したんじゃないだろうなと不安になるが、今ここで追及するわけにもいかない。
カンタビレへと視線を戻し、私は背もたれへと身体を預け、足を組んでから膝の上で指を組む。
心理的に余裕があると見せるためのポーズに過ぎないが、何もしないよりはマシだ。
ここでカンタビレに心理的に見下されてしまえば意味が無い。シンクの努力すら無意味になる。

「なら猫を被る必要も無いか。それじゃあ、用件を聞いても?」

「終末預言について聞きたい」

「一通り聞いたんじゃなかったの?」

「アンタの口から聞きたいんだよ。詠師達を騙している稀代の詐欺師でありながら、事実教団に利益をもたらしている…何が目的だい?
何のために手を貸している」

「何のため?そんなの、私を巻き込んだバッドエンドを避けるために決まってるでしょう?
私は私の知る未来を避けるためにこうして動いてる。
詠師達を騙しているのも、教団に利益をもたらしているのも、そのためのステップに過ぎない…別に思惑があると思った?残念、私が知恵と手を貸す目的は飽くまでもそれだけよ」

ぎらついた、獲物を見つけた肉食獣のような瞳。
ぎらぎらと光る隻眼に含まれるのは多分な警戒と僅かな困惑。

「もっと崇高な理由が欲しかった?
悪いけどこれが全てよ、これ以上は逆さに振ったって何も出ないから」

「…アンタの避ける未来って言うのは?」

「私の避ける未来は二つ、七つの子供が犠牲にされるノーマルエンドと、『障気によって塵と化すであろう』預言に詠まれたバッドエンド。
私が望むのは第三の未来」

「さて、また訳が解らないことばかり言うね。
七つの子供が犠牲にされるノーマルエンドってのは?」

「なら言わせて貰うけど、まだ味方だと断言できない貴方に全てを教える義理はある?」

「なるほど、真理だ」

シンクがコーヒーを運んでくる。
先程よりも警戒が薄まったのは私は破滅を望んでいるわけではないと主張したからだろうか。
コーヒーに手をつけることなくテーブルを挟んで見詰め合って、いや、にらみ合っていた私達だったが先に根を上げたのはカンタビレだった。
ふっと息を吐き、僅かに笑みを作って瞳を伏せたのだ。

「いいよ、理解はできないがアンタが終末を望んでいるわけではないってのは解ったからね」

「とりあえずそれだけ理解してくれれば良いわ。邪魔だけはされたくないもの」

「邪魔…ね。続けて質問しても?」

「構わないけど」

穏やかな笑みのままカンタビレが立ち上がる。
そして殺意など一つも纏わないまま、いや、纏っていたとしても気付かせないまま、と言った方が正しいか。
すらりと剣を抜きその切っ先を私の喉に宛がう。ちくりとした感触がした。

「導師をどこへやった。その返答のいかんによってはここで切り捨てさせてもらう」

怒りの滲んだカンタビレの声に、背中に冷や汗が伝うのが解った。
やばいなぁ、シンクが切れないと良いんだけど。


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