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 視界の端で、緑と黒の烈風が舞った。
 それは予想に違わずシンク本人で、何の迷いもなくカンタビレに対して強烈な蹴りを放つ。
 私の喉元に突きつけられた刃の切っ先はそれによって反れたものの、カンタビレは数度たたらを踏んだだけでシンクが繰り出す連撃を次々といなしていく。
 しかし短期間でそれなりの強さを身に付けただけのシンクと違い、カンタビレの持つ強さは長期熟成による洗練されたものだ。

 案の定数度のやり取りの後、シンクはカンタビレの放った強烈な蹴りにより部屋の隅まで吹っ飛ばされる。本棚に直撃したため飾られていた花瓶やら収められていた本などがバラバラと落ちていった。誰が片付けるんだ、あれ。
 当然のようにその大きな音に対して外に待機していた守護役達が声を張り上げながら室内に突入してきたのだが、私はその間ずっとソファに座っていた。
 ……正確に言うのならば、目の前の展開についていけず、ソファから動けなかった。だが。

「余裕だね、論師」
「そんなことはありませんよ。あなた達、心配をかけてしまいましたね。話が少しこじれただけです。問題はありませんから、下がってもらって結構ですよ」

 特大の猫を頭の上に乗せているつもりで、いつもよりも意識して柔和な笑みを作り上げる。
 それは逃げ出すこともできないほど怯えている自分に喝を入れるためでもあり、守護役達を安心させるためでもあり、同時にカンタビレに対しての牽制でもあった。
 守護役達は困った表情を見せたものの、シンクが平然とした顔で本の山から顔を出し起き上がってきたことと、私自身が警戒している様子がないのを見て、戸惑いながらもドアの向こうへと戻っていく。

「シンク、短慮といわざるをえませんね」
「ごめん」

 パタンと締められたドアを確認した後、シンクがばつの悪そうな顔をしながらこちらまで歩み寄ってくる。
 シンクに大きな怪我がないことを確認した私は改めてカンタビレへと向き直り席を勧めれば、カンタビレは微妙そうな顔をした後に剣を鞘へと収めて席へと着いた。

「……それで?」
「導師について、ね? ……何故私だと?」
「……これでも私は導師派の筆頭でね、あの導師とは幼い頃から仲良くさせて貰ってる。まぁそのせいで大詠師派からは鬱陶しがられてるってのもあって嫌がらせを受けて教団から離れてたんだ。そしたら知らないうちに論師とか言う胡散臭い存在が居ついてる。アンタが関わっているというのは当然の帰結だろ」
「解らないわよ? 私を隠れ蓑にした誰かが動いているのかもしれない」
「……いや、アンタだ。今の教団にはここまで大胆な行動を取れる奴は居ない。後先考えない馬鹿な行動をとる奴は居るがね」

 忌々しいといわんばかりにため息をつき、背もたれに身体を預けて足を組むカンタビレ。
 シンクはカンタビレが導師の違いに気付いていたことに密かに驚いていたが、私は微笑みを浮かべるだけに留めた。
 どうやらカンタビレは第六感で動くタイプらしい。そしてそれは外れていない。なので私は素直な感想を述べることにする。

「正直驚いたよ。気付くと思わなかったから。現に気付いた人間は殆ど居ないし、レインはよくやってくれてるからね」
「ふん、確かに気付いている人間の方が少ないだろうさ。だがね、見る目のある奴が見れば気付く。アレは前の導師と違う」
「その見る目のある奴が教団に居ないからこそ、私達は困っている。まあ、同時に動きやすくて助かっている面もあるのも事実だけど」
「もう一度聞く……本物の導師はどうした」
「死の預言が詠まれていてね。この教団と言う場所において、その預言に対して最も恐れるべきは預言そのものではない。貴方も教団員なら解るでしょ?」

 私の言葉にカンタビレが隻眼を細め、睨むようにしてコチラを見てきた。
 シンクがまた警戒を浮かべるが、手を上げる事でそれを制する。

「どこのどいつだ」
「大詠師派、とだけ言っておくよ」

 イオンは預言ではなく、預言を成就させたいものによって殺されかけた。
 私の言葉を正しく汲み取ったカンタビレの隻眼に怒りの炎が灯る。"仲良く"などと言っていたが、カンタビレの導師に対する忠誠心は本物らしい。

 これならば話して良さそうだと判断した私は、あの騒ぎの中零れなかったコーヒーへと口をつけつつ、カンタビレに現在のイオンを取り巻く状況を説明していく。
 カンタビレはベルケントにて養生していたイオンに暗殺の手が伸びたというところで顔を顰めていたが、彼らに制裁をくわえた話の辺りで微妙そうな顔へと変わっていた。何でそんな顔をする。

「以上が今のイオンを取り巻く状況よ」
「……二つ聞かせてくれ。まず、結局アンタは一体導師とどういう関係なんだい?」
「そうね、悪友……というのが一番しっくりくる言い方かな」

 少しだけ首を傾げつつ、口にした通りその関係性が一番しっくり来る気がして一人頷く。
 一緒に世界を引っ掻き回すことに笑顔を浮かべる相手、これは悪友と呼ぶ以外ないだろう。むしろそれ以外の呼び方があるなら教えて欲しい。

「敵じゃないんだね?」
「むしろ敵はモースの方ね。アレには何度か殺されかけてるから」
「どうせ自分は手を汚さない方法で、だろ」
「ご名答」

 ふん、と鼻を鳴らしながら吐き捨てるように言うカンタビレに苦笑混じりに返す。どうやらカンタビレは心の底からモースが嫌いらしい。
 まぁ実力主義であるカンタビレからすれば、預言依存症で預言がなければ縦のものを横にもしないモースは気に入らない存在筆頭なのだろう。

「それに、私は預言を持たない。ある意味貴方と同じ完全な実力主義ってわけ。ま、モースからすればありえない存在よね。お陰でイオンとは気が合ったし、私自身預言に縛られたいとは思わないから別にいいけど」
「いいよ、アンタが敵じゃないってのは解った。最後の質問だ。あの導師の影武者……レイン、だったか。どこから連れてきた」

 意志の光を灯した隻眼に、これが本当に最後の質問なのだろうなと直感する。
 うなじがしんと軋み、目の前の存在に独特の高揚感が沸きあがる。これはピオニー陛下と相対した時と同じ感覚だと、自覚した途端に私は造りではない笑みを浮かべていた。

「シンク、貴方は外へ」
「嫌だ」
「……楽しくない話になるわよ」
「別に構わないよ。僕はもう、あの頃の僕じゃない。シオリが居てくれる限り、僕は平気だから」

 背後でずっと警戒していたシンクが私の横に来る。
 フォミクリーの話になるからと気を使ったつもりだったが、シンクはソファに座った後自ら仮面を外してカンタビレへと素顔を晒した。
 カンタビレは僅かに目を見開いたものの、それでも目に見える大きな動揺はしなかった。そこはさすが師団長、といったところか。

「……どういうことだ」
「フォミクリー、という技術を知ってる? ジェイド・バルフォア博士が考案した、今は禁忌とされている複製技術。私がダアトに来た時、その技術が密かに復活していた」

 カンタビレは出されたコーヒーに口をつけることなく、私の説明を食い入るように聞いている。
 イオンが自ら望んでフォミクリーを使い自らの複製を作ったというくだりでは頭を抱えていたものの、それでもレインやシンクの存在には納得したらしい。
 最終的には額に手を当てて深いため息をついていた。

「長い説明をさせて悪かったね。あの悪ガキ、私が居ない間に何をやってるんだ……」
「あら、悪戯をするから悪ガキっていうのよ?」
「……確かに。これは一本とられたな」

 お互いひとしきり笑った後、カンタビレはソファの背もたれに背を預けて天井を仰ぐ。
 そして暫く無言を貫いたかと思うと、その隻眼で私を射抜いた。ただしそこには先程まであった敵意や殺意などは一つもなくて。

「それじゃあもいっこオマケに質問していいかい。アンタ達に協力するには、どうしたらいい?」
「あら、協力してくれるの?」
「私は賢くないが、馬鹿じゃない。それに私の第六感はアンタ達についていけと言っている。何よりアンタは導師を助けた存在だ。敵対する理由がなく、主義主張が似通っているなら仲間になったほうがいい。違うかい?」
「合理的だね。そうね、嬉しい申し出だと思わない?」

 ねぇシンク、と隣に座っているシンクに微笑めば、シンクは呆れたように肩を竦めるだけで終わった。
 全て私の構想通りだろうと、そう言いたいらしい。

「そしてそれがアンタの目的でもある。だからシンクに喧嘩をふっかけさせた。違うかい?」
「その通り。敵対したくないから、味方に引きずり込みたかった」
「なら、問題ないな」
「そうね、利害の一致は時として何より強い絆になる」

 私がふふ、と笑みを零す。釣られてカンタビレが獰猛な笑みを浮かべる。
 こうしてカンタビレは論師派へと加わり、秘預言と私の目的の詳細を語られた事で完全なる協力体制を構築することに成功。
 ヴァン達にもこの話を通し、


 第一師団師団長、黒獅子ラルゴ
 第二師団師団長、死神ディスト
 第三師団特別顧問、幼獣のアリエッタ
 第四師団師団長、魔弾のリグレット
 第五師団師団長、烈風のシンク
 第六師団師団長、剣豪カンタビレ


 以上六名を持って、六神将を結成することとなる。








 えー…長らくお待たせいたしました。蜘蛛の巣編、ようやく終了いたしました。
 今見返したらマルクト編が終わったのが三月末……ここまで辿り着くのに五ヶ月強かかっていることになりますね。更新ペース落ちたのがよく解ります。

 蜘蛛の巣編は"論師が初めてオフェンスへと回る"、"イオンとの距離を縮める"、"カンタビレを含めて六神将を結成"、"用意周到さはまるで蜘蛛の巣の如く"というのを書きたかった話です。
 そして最後のがあるから、サブタイトルは蜘蛛の巣編なわけですね。

 マルクト、蜘蛛の巣と重い話が続いたので、次はちょっと軽めにいきたいと思います。けどその前に番外編ですかね。
 長々と続いている『言論操る魔術師の奇行』ですが、まだまだ話は続きます。これからも論師とシンクを宜しくお願いします。


 2015.08.13

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