論師の暴走の行く末


イオンの無事も確保し、大詠師派を大人しくさせた私はやっと舞い戻ってきた平和を喜んでいた。
勿論仕事は相変わらずあるし、大詠師派のトップである筈なのに今回の騒動について何も知らされていない大詠師からのチクチクとした嫌味なんかはあるもののおおむね平和といって良い。
だが平和は時に退屈と同義語になったりもする。
書類の合間にぼけっとしていた私だったが、シンクがダアトに宿屋を作ろう!計画についての立案書を清書しているのを見て、その退屈を紛らわせる妙案が舞い降りてきた。

「よし、喫茶店を作ろう」

「……は?」

コーヒーの入ったマグカップを手に取り、いざ口をつけようとしていたシンクだったが、私の突然の呟きにそんな声をあげた。
ひょい、と書類から顔を上げて訝しげな表情をコチラへと向けている。

「何、突然」

「ほら、前にマルクトに居た時に話したでしょ。イオンの件も落ち着いたし、アレやってみようかなって」

そう言えばシンクが少し考え込む仕草をする。
マルクトに居た際、変装をしてシンクやレインと一緒にマルクトの街を歩いた。
その時に実際に喫茶店を作ってみたら、という話をしたのだが、シンクも思い出したらしい。
アレ本気だったの?と珍しく目を丸くしている。

「ちょっと待ってよ。教団運営の宿屋ってだけでも既に詠師達から賛否両論貰ってるのに、喫茶店まで作ったら何言われるか…」

「シンクこそ何言ってるの。巡礼者向けの宿屋は教団運営だけど、喫茶店は個人運営に決まってるでしょ」

「は?てことは個人投資?」

「そう。私が個人的に人を雇って、個人的に作るの」

書類を脇にやり、引き出しから通帳の山を取り出す。
その中から個人的な貯蓄用に使っている口座の通帳と、へそくり用の口座の通帳を選び取って中身を見る。
二つともゼロがいくつか並んでいるものの、喫茶店を作るなど初めてのことなのでいくら必要かなんて検討もつかない。

「やっぱりケチってしょぼいところになるのは嫌だしなぁ」

「え?何?本気で作るの?」

「当たり前でしょ?そういやオールドラントって食品の衛生管理についてとかどうなってるんだろ。
料理人やパティシエに関しても専門学校があるわけでもないし、正式に免許を発行するとこなんてある訳がないから…あぁ、いっそのこと教団で試験を行って管理するって言う手もあるか。
でも日本と違って包丁を携帯することに関しては何の制限もないわけだからそもそも需要がないか?
いや、ある程度の腕と味を保障するという意味でなら…」

「また訳の解らないことを…で、構想は?前に話していた分だけ?」

ぶつぶつと呟きながら脱線を始めた考えを纏めていたら、頬杖をつきながら言われた台詞に思わず通帳から顔を上げる。
そこには呆れ半分、楽しみ半分といった顔のシンクがコチラを見ていて、通帳を閉じながら私はまじまじとシンクを見てしまった。

「え?シンクも一口乗ってくれるの?」

「まぁね。前に聞いた時も面白そうって思ったし。コーヒーにこだわった店ってダアトには無いからさ、できたら僕も利用するだろうし。それくらいなら一口噛ませて貰うよ」

「…どうせならさ、二階をVIPスペースみたいな所にしてみるとか、中庭があるところを借りてそこで兄弟を連れたアリエッタや素顔のレインやシンクもお茶を飲めるようにしたい…って考えてたんだけど、どう?」

「いいね。なら絶対珈琲の味にはこだわってよね。インスタントなんて嫌だよ僕」

「勿論。私だって嫌よ」

そんな事を言い合えばお互い自然と笑顔になっていて、これを機に私とシンクは仕事の合間に喫茶店を作ろう!計画に熱を入れることになった。

まずは土地の確保。
大通りから一本逸れたわき道のところに良い具合に売りに出されていた集合住宅跡地を見つけて、思い切ってそこを買い取った。
喫茶店を作る予定の場所を含め、合わせて八軒分くらい家が建ちそうな広さの土地だ。
安い買い物ではなかったがライガを連れたアリエッタが入るならばどちらにしろ周囲への対策は必要だったし、他の土地はいくらでも使い道がある。
ダアトの不動産がマルクトやバチカルよりも圧倒的に安いがためにできた大人買いである。

ちなみに喫茶店以外の土地は希望者を募り、情報部や師団員の貸しアパート的な建物にすることにした。
団員専用の寮の場合風呂もトイレもキッチンも着いていない、ソレこそ本当に寝るだけで食事やその他諸々は大浴場や食堂で、という形をとっている。
しかしコチラは風呂トイレ完備でキッチン付き、その代わり食事サービスなどはなく全て自炊のワンルームタイプだ。
自炊が好きだったり、集団生活がどうしても嫌だという人間が居るだろうということで格安で借りれるようにする予定である。
それに師団員ならアリエッタの魔物にも慣れてるしね!

「で、募集かけたら建設手伝うから優先的に入居させて下さい、って声が届いたんだけど」

とまぁそんな感じで喫茶店と同時進行で簡易アパートの設立を行っていたら、シンクがそんな事を言ってきた。
そこでパッと思い出したのは、第五師団師団長試験の時に神託の盾騎士団の人間が簡易アリーナを作ってしまったことである。
というわけで建設を頼んだ会社に許可を取り、一定の腕を持っていると建設現場の人たちに認められた師団員のみ建設のお手伝いを頼むことにした。
本当は情報部の人優先で入れようと思ってたんだけど、人件費が浮くしアパート二棟は彼らに優先的に回そうと思う。

勿論喫茶店つくりも忘れては居ない。
プロにイメージを伝えて内装のデザインを作ってもらい、あーでもないこーでもないと言い合って、決定したデザインと設計を元に作ってもらう。
口で言うのは簡単だが建物自体古かったために建て直しが必要だし、勿論鉄筋コンクリートなんて存在しないので梁や柱は全て木製だ。
そこをうまく使って天井を高くすることで開放感を出したり、2階のスペースは下から見えないようにしたりと、私もシンクも結構楽しんでやった。

事前に話していた通り、中庭も同時に造園を始めている。
周囲をアパートで囲むもののそれほど高い建物は建てられないため、日の光はきちんと差すし、ライガ達が寝転がっても何ら問題の無いスペースを確保してある。
そこから更に周囲に木を植えてプライバシーを保護し、且つテーブルを置いてお茶ができるように地面をならし芝生を植える。
日に日に出来上がっていく喫茶店に私は大満足だった。



「にしても…本当に作るとは思いませんでした」



そんな中、私の元を訪れていたレインが苦笑交じりに呟いていた。
どうやらレインもまた、私が本気で作るとは思って居なかったらしい。

「シオリは無駄に行動力があるからね」

「無駄にとは何ですか。失礼ですね」

「事実じゃないか。私財をなげうってまで喫茶店作っちゃってさ」

「シンクだって一口乗ったじゃないですか」

「まぁね。そう言えば簡易アパートのほう、予約数が多すぎたから近いうちに選考会開くから。顔出してね」

「解りました」

「良いですね、僕も一人暮らししてみたいです」

「導師が無茶言わないでくれる!?」

「やっぱり駄目ですか?」

「当たり前だろ!」

シンクとレインのやり取りに微笑ましさを感じつつ、もうすぐ出来上がる喫茶店に自然と口角が上がる。
リグレットやヴァンも出来上がったら利用してくれると言っているし、アリエッタも気兼ねなくスィーツを楽しめる空間を楽しみにしている。
(そもそもライガを連れまわすアリエッタは喫茶店への入店を断られる)

「お菓子の味にもこだわるつもりですよ。
焼き菓子はある程度持ち帰りも可能で、生菓子の方は日替わりケーキセットを作ってくれるよう頼んでありますから。
あぁ、勿論コーヒーと紅茶にも拘ってます。
茶葉と豆はセントビナーからある程度厳選したものを売ってくれるようルートを確保してありますし、職人に頼んでオリジナルブレンドも出来上がってるんですよ」

「……本当に凄い拘りようですね」

「だから言ったろ、無駄に行動力があるって」

呆れたようにため息をつくシンクに少しばかりムッとしつつ、どうせやるなら拘るのは当然だろうと思う。
だいたいコーヒーにこだわれといったのはシンクである。
それなのに何故呆れられなければならないのか。

こうしてこだわりにこだわって出来上がった喫茶店『萌黄』。
勿論私の愛用する喫茶店になるのだが、六神将の愛用するお店として、またダアトにありながらコーヒーにこだわりつつ安価で入りやすい店だと話題になり、グランコクマやバチカルの雑誌に載ることになるのはまた別の話。








論師の暴走の行く末






論師が喫茶店を作るお話。
ちょっと外れた場所に集まれる場所があるとこれからも使えるかなという思惑も勿論あります。
本文通りシンクは呆れつつも一口乗ってます。
後密かにディストとリグレットとラルゴも乗ってます。
大人組は美味しいコーヒーと紅茶にwktkです。

清花

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