死神が論師へ贈るもの


※シンク視点

「……これは、何ですか」

「見ての通り、譜銃です」

よどみなく答えたディストに対し、珍しくシオリが言葉を詰まらせた。
ローテーブルの上に置かれているのは、掌サイズの護身用の譜銃。
ただしディストが手を加えているらしく、神託の盾で使用されているものとは多少デザインが異なっている。
さり気なく薔薇の装飾がされているのは、多分ディストの趣味だろう。

今回、オリジナルに手を出された事で怒ったシオリの件は既に一部では周知の事実となっている。
論師には手を出すな。
小心者たちが口をそろえてそう言う中、珍しく論師の執務室を訪ねてきたディストは何故かその譜銃をローテーブルに置き、真剣な瞳でシオリを見ていた。

「何故、これを持って来たんです?」

「勿論、貴方に渡すためです」

「ディスト、私が音素を使えないことは貴方が一番ご存知でしょう」

「えぇ、知っていますよ。ですからリグレットが使うような高威力のものを選ばず、素人でも使えるよう神託の盾で支給されるこれを選んだんです。勿論、私が直々に手を加えていますがね」

ずれた眼鏡のブリッジを押し上げるディストの口調はいつになく真剣そのものだ。
思わず僕も書類を清書する手を止め、そのやり取りを見るために顔を上げてしまうくらいに。
反対にシオリの表情は困惑が隠しきれておらず、これではいつかと逆だなとぼんやりと思った。

「……私でも使えるようにチューンナップしてあると?」

「えぇ。本来譜銃を使用する際、フォンスロットを開いて集めた音素を固着化し銃弾として発射します。
しかし貴方にはフォンスロットが存在せず、音素の銃弾を補充することが出来ません。
無機物である銃弾を持ち歩いていただくことも考えましたが、それでは制限が多すぎる。

故に一部の譜業に使用されている擬似フォンスロットを仕込み、一般的な譜銃より威力は落ちるものの自動で銃弾を精製する譜銃として作成しました。
これで貴方にも使用が可能となります」

「何故これを私に?」

「今回の騒動の件、私の耳にも噂は飛び込んできました」

未だ譜銃に手を伸ばすことなく、シオリはディストに問いかける。
ディストもまたそれを予想済みなのか、無理に薦めることもなく話を進めた。

「論師、貴方は今回の件で初めてオフェンスに回りました。それは即ち自分から敵を作ったということ。
勿論今までも敵は居たでしょうが、貴方は防衛と奉仕活動に徹していたためにそこまで過激な敵は存在しなかった。

しかしこれからはそうはいきません。
反撃のためとはいえ、貴方は他人を傷つけました。
先ほども言った通りこれから貴方を恨み、憎み、敵として認識する人間の数はぐんと上がるでしょう」

ディストはそこで一度言葉を切る。
ディストの言わんとしていることが解っているのか、シオリは険しい表情のまま譜銃を見下ろし続けている。

「勿論守護役が着いてることも、彼等が優秀であることも解っています。
ですがだからといって自衛手段を全く持たなくて良いかと言えばそうでもないでしょう。
手段はあればあるほど良い。違いますか?」

「……えぇ、その通りです。
しかし……何故、わざわざ?」

「貴方に今死なれては困るんですよ。
私が担当医となっているレプリカ達も懐いてますし、あの計画が未遂行のまま終わっては私の実験にも支障が出ます。
貴方が来てから実験の幅が広まりました。以前のように預言に詠まれていないからと実験の幅を狭められるのはごめんです」

そこでディストはようやく真剣な表情を崩す。
照れ隠しなのか何か知らないが、視線をふいっとそらして仕方なくといった風を装っている。

「素直に心配だって言ったら?」

「だまらっしゃい!!」

思わず突っ込んだら怒られた。
苦笑するシオリは大きなため息をついた後、ゆっくりと譜銃へと手を伸ばす。
その小さな掌は少しだけ迷ったものの、表面を撫でてからそっと譜銃を手に取った。
白地のシンプルなデザインに薔薇の模様が掘り込まれたそれは、シオリの掌にピッタリだった。
しげしげと手に取った銃を眺めたあと、笑みを崩さないまま小さな声で呟く。

「射撃の練習をした方が良さそうですね」

「気をつけてくださいね。貴方以外の人間が使えば暴発しますから」

「はい?」

「は?どういうことさ?」

「先ほども言ったとおり、その銃には擬似フォンスロットが仕込んであります。
しかし元は初心者用の譜銃ですから、一般人がフォンスロットを開いて音素を固着化させ銃弾にする仕組みはそのまま残してあるんですよ
故に一般人が持つと譜銃が自動精製する音素と一般人が作り上げる音素が混ざり合い、強すぎる銃弾が出来上がるというわけです。
しかし銃自体はそこまで丈夫な素材でもありませんからそれに耐え切れず発射は叶いません。
結果、暴発に繋がるということです」

「つまり一般人でもフォンスロットを閉じてたり、自分で譜弾を精製しなければ使えるんだね?」

「使えますが難しいと思いますよ。特に譜銃を使って戦う人間は無意識のうちに音素銃弾を作り続ける癖がついてますから」

「ふぅん。良いんじゃない?敵に奪われても使えないに等しいみたいだし、それどころか武器になるみたいだし」

「だからといってわざと暴発させたりしないで下さいよ」

ディストの言葉にシオリは解りましたと頷き、次に銃を持ったまま自分の体を見下ろしている。
なのでどうしたのさと素直に聞けば、普段はどこに持っているのが良いんでしょうか、と苦笑しながら言われた。
するとディストは予め用意していたらしく、ホルダーを取り出してそれもシオリへと差し出す。

「ま、利き手側の太ももにつけるのが一番だと思いますがね。
スカートの下ならそこまで目立ちませんから」

「スカートの下ですか、ディストはムッツリスケベですね」

「どーしてそうなるんです!!」

「ああ、六神将側のスケベ大魔王はディストでしたか。てっきりアッシュだと思っていたので…意外ですね」

「誰がスケベ大魔王ですって!?」

「スケベ大魔王って何?」

「変態の代名詞です」

「キイイィィー!人がわざわざ心配して来たというのになんですこの仕打ちは!!」

「やっぱり心配してたんじゃん」

「シンクッ!貴方こんな子供のどこが良いんです!」

「少なくともすぐヒステリーを起こすディストよりは云万倍も良いよ」

僕の言葉にディストが地団太を踏み、シオリがコロコロと笑う。
そしてホルダーも受け取ったかと思うと、綺麗に微笑みながらディストにありがとうと言った。
それは珍しいことに裏のない微笑みで、ディストもぴたりと動きを止める。

「な、なんです急に…」

「急じゃありませんよ。わざわざこんな手の込んだものまで用意してくれて、本当にありがとうございます。
ご忠告に従い、これからは今まで以上に周囲に気をつけたいと思います」

シオリの言葉に咳払いを一つしたあと、解ったなら精々気をつけてくださいと言い残し、仕事があるからとディストは部屋を出て行った。
本当に譜銃とホルダーを渡しに来ただけだったらしい。
シオリが早速ホルダーを太ももに巻いている中、僕は場所を移動してシオリの隣に腰掛ける。

「ま、シオリがこれを使うことがないようにするために、僕達が居るんだけどね」

「ふふ、信頼してるよ」

「でもディストの言うことも一理あるし、射撃訓練はした方が良いかもね。
けど…銃を使えるようになったからって、自分から危険に飛び込むような真似はしないでよ?」

「うん、解ってる。ありがとう」

ありがとうというシオリの笑顔が強張っている気がした。
なので銃を持ってる手をとればその手は微かに震えていて、銃をテーブルの上に置かせた後に微かに震えていた手を握り締める。

「怖いの?」

「……誰かの命を奪える武器を、手に持ってるって思うと、ね。
おかしいでしょ?散々人の命を奪うような命令をしてきたのに、自分の手にその道具を渡されると怯えるなんて」

「別におかしくないよ。殺すように指示するのと、自分が殺すのじゃ天と地ほど違うからね。
けどね、シオリが怯える必要なんてないんだよ。そういうのをするのは僕達の仕事だ。
だから大丈夫、震える必要なんてないんだよ」

冷たい指先を温めるように掌で包みこむ。
シオリは少し困ったように笑うと、僕の掌に頬をすりつけてきた。

ディストの言いたいことは、解る。
自衛手段を持つことに越したことはない。
守護役達が護衛して僕が護ると決めていたとしても、いざという時はきてしまうものだから。
シオリだってそれが解ってるからこそ、この譜銃を受け取ったのだ。

けどこの小さな手は誰かの命を奪う手じゃない。救う手だということ僕は知っている。
だからせめていつか来るかもしれないその瞬間が遠くでありますようにと、そう祈りを込めて僕は指先へとキスを落とした。
この震える手が赤く汚れる日など来ないほうが良いと、そう思いながら。






死神が論師へ贈るもの






別に論師に戦わせたいわけじゃありません。
本当に護身用のための譜銃です。


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