論師と烈風の訓練風景
「ああ、リグレット。少しお願いがあるのですが」
それは特筆することが無いくらいに平和だった午後のこと。
言葉通り少しお願いがあった私は、ヴァンのところを尋ねた帰り際にそうリグレットに声をかけた。
シンクとヴァンが何事かとコチラを見ている。
「何かしら?」
私用で来訪したものだから、リグレットの態度も気安い。
ただその目が輝いているのは何故だろうか。何故そこまで勢いよく私に詰め寄るのか。
ちょっとだけリグレットの速度にびびりつつ、当初の目的を果たすべく私は口を開く。
「実はディストから譜銃を貰いまして、ああ勿論私に戦えと言うわけではないようです。
あくまでも護身用にと、わざわざチューンナップしてくれたものなんですよ。何でも擬似フォンスロットが仕込まれているとか」
「ああ、成る程。貴女はフォンスロットが無い。故に譜弾の精製ができないから、自動精製するものを作った、ということね」
「はい。威力は落ちるものの持たないよりは遥かにマシだろうと。
確かに守護役がついているとはいえ護身術の一つも持たないのは私自身もどうかと思いますし、ディストに感謝しつつ受け取ったのですが…」
「そうね、そうなれば譜銃の訓練をしなければいけないわね。元の世界で銃を使った経験はあるのかしら?」
「全く。全然。皆無です。
私のいた国では銃火器の類は所持しているだけで犯罪だったので」
「それは……凄い、わね」
「素直に平和ボケしていると言ってくださって構いませんよ。私もそう思いますから。
それでリグレットは譜銃の使い手ですから、指南役となっていただければと。勿論空いた時間だけで構いませんし、私のほうが予定を合わせますから」
そう言えばリグレットは顎に手を当てて考え込んだ。
金髪碧眼の美人がやるとそれだけで絵になる。眼福である。
しかしリグレットは難しそうな顔をしていて、残念ながら色よい返事はもらえそうに無さそうだった。
「ようやく貴女の役に立てると思ったのだけれど、ごめんなさい。多分予定が合わないわ」
「そうなのですか?」
「第四・第一師団と第六師団の合同演習が近いのよ。そのためにラルゴやカンタビレと予定をすり合わせている最中なの。
遠出はしないものの数が数だからいつも以上に時間がかかってしまって」
「成る程、その上ヴァンの補佐の仕事もあるとなると、空き時間を捻出するのは難しそうですね」
「そうなのよ。本当にごめんなさい。折角頼ってくれたのに」
しょぼんと目に見えるほど落ち込んでしまうリグレット。
かといって無理をして引き受けようとしないのは、彼女が自分の抱えられる仕事の量と言うものを正確に把握しているからであり、自分の器と言うものをきちんと理解しているからだ。
無理に仕事を抱え込んで倒れる人間よりも、リグレットのような人間の方が好ましい。
「いえ、私の方こそ我が侭を言ってしまってすみません。無理をさせるわけにはいきませんし、むしろ無理なものは無理と言える貴女を好ましいと思いますよ。
しかし…演習なんて予定にありましたか?」
普通それだけ大規模な演習ならば事前通達がありそうなものだが。
思わずヴァンを見れば苦笑を浮かべていて。
「カンタビレの提案なのだ。我々の実力を見たいと言われてな」
「つまり仲間になるというのだから実力を把握しておきたい。
という言い訳をしつつ、手合わせをして自分も楽しみたい、といったところですか」
「恐らくそういうことだろうな」
私の予測にヴァンが苦笑しながら頷いた。
カンタビレのあの獰猛な笑みが脳裏に浮かび、私もそれに苦笑で返す。
しかしリグレットが駄目となると厳しいものがあった。
誰か情報部で譜銃使いの人間でも探してみるか、と脳内で情報部のリストを頭の中で整理する。
が、いくら私とて情報部に所属する人間の情報を全て脳内に納めているわけでは無いので、帰還次第リストを引っ張り出す必要があるだろう。
いくら銃を持っていても使えなければ意味が無いのだ。
でも情報部の人間に譜銃使いなんて居たかなぁと考えていると、リグレットがシンクに教わると良い、と私に提案してきた。
「は?シンク、ですか?シンクは拳闘士でしょう?」
と、言いつつ思わずシンクを振り返る。
そこでは仮面を片手にしたシンクがそれがどうしたと言わんばかりの顔で私を見ていた。
「譜銃も使えるよ。一応だけど」
「何故?」
「拳闘士になる前に一通りの武器は触ったし、師団長なんだから部下に指導するためにも、ある程度流通している武器は使えるようにならないとってことで教わったんだよ。
だから譜銃だけじゃなく剣術や棒術もそこそこ使えるよ。知らなかった?」
「初めて知りました…」
「まあそんなわけだから一応リグレットだって剣術と体術もいけるんだよ。
例外は…アリエッタくらいだろうね」
腰に片手を当てたシンクの言葉になるほど、と思わず納得する。
そして納得している私の横で、リグレットが小さく笑いながらシンクの言葉に応えた。
「アリエッタは師団長じゃないから、構わないでしょう。
その点においてもアリエッタを師団長ではなく特別顧問という地位に就けたのは良い案だったと思うわ」
「ではディストも使えるんですか?」
「アレは譜業に使わせるから論外かな」
「ああ、納得しました」
シンクの言葉に納得しつつ、それならばシンクに教えてくれるかと聞けば構わないよとのお返事。
シンクならば予定をすり合わせるのも楽だろうし、代案を出してくれたリグレットに感謝してから私達はヴァンの部屋をおいとました。
それでどうせなら今から軽く使ってみるかと聞かれ、1時間ほどなら空いているのでどうせならばと訓練場へと向かうことにする。
そうして訓練場の隅、壁に人の絵が描かれた紙の貼られている一角に辿り着いた私は、早速譜銃の使い方を教わり始めた。
ちなみに周囲にあまり人は居ない。譜銃の使い手というのは私の予想以上に少ないようだ。
「そう、コレが安全装置です。撃つときは必ず装置を降ろしてから撃って下さい。
それからこちらがセーフティロックです。元になってるのが初心者用の武器ですから、安全優先で作られていますね。
実際に使うときは外すの忘れないで下さい」
「パニックになった頭でそこまで考えられるか不明ですが、解りました」
「……シオリがパニック?」
あまり人が居ないとはいえ、全く居ないわけではない。
だからシンクも敬語で私に接していたのだが、私の台詞に疑問を覚えたのか思わず素に戻っていた。
そんなシンクを密かに小突きつつ、ある程度仕組みなどを教わった辺りで後は実際に使ってみると良いと言われ、壁から五メートルほど離れたところで銃を構えてみた。
「こう、ですか?」
「そうです。両手でしっかりと持って下さい。いざという時は標準をあわせずとも相手に銃口を向けるだけで牽制になります。
腕が無くても当たる可能性がゼロにならないのが銃のいいところです」
「暗に私に腕が無くても大丈夫って言ってますか?」
「そうとも言います。ですが使用させない様にするのが我々の務めですので」
「解っていますがね。気持ちの問題もありますから」
密着した状態で私の背後に立ち、壁を狙って銃を構える私の腕を支えながらシンクが言う。
しかしこの体勢は一体なんなのか。人が少ないとはいえ、周囲の視線が痛い。
「では軽く撃ってみようと思います」
「どうぞ」
突き刺さる視線に気付かないふりをしつつ、撃ってみると断言した後もシンクは放れようとしない。
なので遠まわしに言いすぎたかと、撃つので離れて下さいとストレートで言ってみたら、まずはそのままやってみて下さいと言われてしまった。
ええんか、それで。どうなっても知らんぞ。
心の中で突っ込みつつ、解りましたと言って標準を合わせる。
無理に心臓を狙い絶命を誘発する必要は無い。まず必要なのは当てること。
続けて必要なのがトドメを忘れないことだというのがシンクの弁だった。
なので私も紙に描かれている人間の、腹を狙って銃を構える。
何故かシンクは私の肩と腰を支えている。セクハラか。
そんな事を思いつつその腹に向けてトリガーを引いた時、銃声と共に身体を襲った大きい反動に、反射的に尻餅をつきそうになった。
じん、と腕に痺れが走った。
「……今、のは?」
「お怪我はございませんか?」
「え、えぇ……」
じんじんと未だに余韻が引かない中、シンクに問いかけられて反射的に頷いた。
が、私が呆然としているのに気付いたらしいシンクが、私の腕に触れてどこか痛むところは?と再度問いかけてくる。
別に痛くはない。じんじんするだけで。
「痛くは、ないです」
「では衝撃は抜けましたか?」
「……ちょっと残ってます」
「それが銃の反動です。腕力をつけないと一発撃つたびにひっくり返る羽目になります」
そこでようやくシンクが背後に立ち密着していたのは、私を反動から守るためだと気付いた。
私の腕力では銃を撃った時の衝撃に耐え切れず、尻餅をつくことが解っていたのだろう。
20秒ほどかけてそこまで理解した私が何気なしに撃った壁を見れば、弾はかすりもしていなかった。
「……これは、的を狙う以前の問題ですね」
「確かにそうですが、慣れもあります。今度はきちんと踏ん張ってください」
「解りました」
もう一回やってみろと解釈し、私は再度銃を構える。
周囲からの視線などサッパリ忘れ、シンクに包み込まれるようにして抱えられながら、もう一度銃弾を放つ。
言われた通りに今度はしっかりと踏ん張ってから打ち出せば、乾いた音と共にまた腕に衝撃が走る。
しかし先程のようにひっくり返りそうなほどではなかった。やっぱり掠りもしなかったが。
ふぅ、と息を吐けば耳元でシンクが褒めてくれる。
「そう、うまいじゃないか。ちゃんと踏ん張って、きっちり狙う。
後は腕力さえつければいい。腹に力を込めて撃てばもっと安定するよ」
「おなかに力ね。解った」
「それと腕がどうしても跳ね上がるのは解っただろ?そこも意識すると変わる」
「そんないっぺんに意識できるかな?」
「何度かやってみなよ。シオリならすぐにコツをつかめると思う」
「ん。解った。ちゃんと支えててよ?」
「勿論。しっかり支えてるから安心して撃ちな」
周囲に聞こえないような声量で話す際は、やっぱり敬語が外れていつもの口調になる。
だから私も小声で返しつつ僅かに振り返れば笑んでいるシンクの口元が見えて、本気で褒めてくれているのが解って俄然やる気になった。
現金とか言うな。
それから何度か射撃の練習を繰り返せば、何とか壁に貼られた紙に掠る程度までは成長した。
勿論腕前としてはまだまだなのだろうが、目に見えた成果に思わず笑顔でシンクを振り返ってしまう。
「うまいうまい。じゃあ今日はこれくらいにしておこうか」
「え?もう?」
「時間も時間だし、腕にだいぶ負担をかけてる。後は腕力をつけながら少しずつ、ね」
そう言って銃を持った私の腕を手にとり、何度か関節を折り曲げされる。
夢中になってて気付かなかったが、確かにシンクの言うとおり腕はじんじんと痺れていた。
「そっか、まだ仕事あるもんね。これ以上やるのは無理か」
「そういうこと。それではそろそろ戻りましょう、論師。お部屋までお送りいたします」
「ええ、お願いします」
腕を下ろせばシンクが普通の声量で切り上げるよう言ってきたため、私も素の口調を引っ込めてにっこりと微笑んだ。
そしてシンクが離れたのを確認してから振り返れば、訓練場に居た神託の盾兵達からザッと視線を反らされる。
……私、なんかした?
「?」
「どうかされましたか?」
「いえ、何も……行きましょうか」
「はい」
理由も解らなかったし、そのままシンクを引き連れて私は訓練場を後にした。
この後訓練場で射撃の練習をする度に同じような反応をされることになり、その度に神託の盾兵達の間で私とシンクの関係について噂が流れるのだが、私がその内容について気付くのはまだだいぶ先のことになる。
論師と烈風の訓練風景
二人は素でイチャイチャしてます。
それが当たり前すぎて周囲からどう見られるとかすっぽり抜けてる。
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