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 ナタリアが出て行った後の晩餐会は、最後まで和やかな空気だった。あのぎすぎすとした空気はナタリアが一人が作っていたのだと再認識させられてしまった。本当にあの猪突猛進のお姫様はろくなことをしない。
 帰り際、インゴベルトにこれからも是非キムラスカ内で活動して欲しいと言われた。それより娘の愚行を謝罪しろよバカタレ。
 クリムゾンには私の事業が市民に受け入れられているのは事実だと渋い顔で言われた。つまり歓迎できないけど役立っているのは認めてやろうってことか。
 シュザンヌには今日のことを謝られつつ明日お茶に呼んでも良いか聞かれた。素直に頷いておきながら思ったのだが、この人が一番害がない気がする。

 そうしてヴァンとシンクと共にルークに渋られながらもファブレ公爵家からお暇した後、ローレライ教団バチカル支部に与えられた部屋で私はソファに座ったまま考えていた。
 ヴァンは既に与えられた別室へと引っ込んでいるが、シンクは私の側で魔物配達便で届けられた書類を見ている。
 そして一通り目を通したのか、シンクは仮面を取って私の背後に回り、いつものように後ろから抱き付いてきた。肩に顎を乗せられ、何となくシンクの方を見ればシンクも私を見ていて……。

「どうしたのさ、そんなムッツリした顔しちゃって」
「ムッツリって何、ムッツリって」
「ムッツリはムッツリさ。怖い顔、とでも言い換えてあげようか?」
「そっちの方がいいよ。ムッツリだとスケベみたいじゃない」
「アッシュやディストじゃないんだからそんな事は思ったりしないよ。で、何考えてたの?」

 それはアッシュやディストがムッツリスケベだと暗に言ってるのかシンク。心の中で突っ込みつつ、一つ大きなため息をついた。
 自分の中で抱え込んでいても仕方ないだろうという気持ちと、シンクになら吐き出しても良いかという気持ちから私は口を開く。

「私さ、インゴベルトと最初に謁見した時に、コイツは手強いかも! って感想を抱いたんだよね。私に対して敵意を見せることなく、好々爺を演じきっている王。大多数の預言信者から敵扱いされている私に対して何のゆさぶりをかけてこないのも、あえて謁見の間では何も言わずに焦らして余裕を無くさせて、晩餐会の時に色々突っついてくるのかも、とか色々考えてたわけよ」
「……アレが?」
「そう。インゴベルトは余りにも"無害すぎた"。大詠師派、キムラスカ人、王侯貴族の長、私を警戒する理由は数多にあるはずで、警戒せずとも貴族ならそれなりの対応を取る必要があるにも関わらず」
「そこまで警戒するに値するようには見えなかったけど?」
「シンクも敵が戦場のど真ん中でボケッとしてたら警戒しない? 罠じゃないか、とか」
「そりゃするよ。囮の可能性だってあるし」
「それと一緒よ。キムラスカの王であるにもかかわらず、余りにも無害・無防備・無反応。だから私はインゴベルトはその牙と爪を完璧に隠しているんだと誤解した」
「誤解?」

 シンクの言葉に一つ頷く。そう、誤解だったのだ。穿った見方をしすぎただけ。
 私の予想よりも遥かに、インゴベルトは愚かだった。それだけのことなのだ。

「王侯貴族は権力争いをするもの、しなくとも保身のために動き回るもの。当然のことかもしれないけれど、インゴベルトに関してはこれが当てはまらなかった。彼はね、裏を読もうとするつもりなんてないの。言葉を額面とおりに受け取ってる。そこに潜んでいる悪意とか、密かな意味とか、そういうのを全く考えてないだけだったんだ。私が無駄に警戒してただけってワケ」
「……」

 肩を竦めながらそう言えばシンクは理解できないといった顔をしている。
 まあ普通そうだろう。優秀だと思った王様が実はただ馬鹿なだけだった、などと言われたのだから。

「それってさ、つまりなんも考えてない馬鹿ってことだよね? 馬鹿で王様ができるわけ?」
「できるでしょ。預言に詠まれていればね。現にインゴベルトの代わりとでも言うようにクリムゾンとアルバインが私を警戒していたし。王が無能でも周囲が優秀ならなんとでもなる。そして多分だけど……今のインゴベルトこそ、今の預言社会の象徴なんだろうね」
「……どういうこと?」
「何も考えずに、預言に従い続けた結果っていうの? もしくは預言の言うことに従っているうちに考える力って言うものを無くした成れの果て、かな? フィルターを外して改めてインゴベルトを観察してみたら、そう見えたよ。預言を詠んで貰うための寄付金を工面するのに苦労する一般人ならともかく、王室ならば専属の預言士を抱えているだろうから、恐らく毎日のように預言を詠んで貰う事だってできた筈。そうして預言を身近に置き、困ったら預言に頼る日々を続け、預言に従い国政を行ってきた結果が……アレなんだろうな、って」

 インゴベルトに対する評価が誤っていると気付いたのは、晩餐会の最中だ。そこに気付いてからは、もう駄目だった。
 あれを王としていただいている限り、この国はいずれ滅びを迎えるだろう。それこそ預言よりも遥かに早く、自滅に近い形で。
 私の考えを余所にシンクが首筋に顔を埋めながらぽつりと呟く。

「預言に支配された人間の成れの果て、か」

 なにやら意味深な呟きだったが、シンクはインゴベルトに対しどんな印象を持ったのだろう。
 聞いてみたいような気もするし、予想できてしまう気もする。

「馬鹿だよね。自分から人間であることを放棄するなんて、さ」

 皮肉げな声が届いた。悪意の篭った声だった。
 普段よりもワントーン低い声は、間違いなくインゴベルトという存在をあざ笑っていた。

「放棄か。まあそういう見方も出来るよね」
「それ以外にどんな見方があるって言うのさ。もしシオリの言ってることが正解なら、インゴベルトは預言の家畜に成り下がったってことだろ」

 預言の家畜。否定できない。
 考えること。それは人間を人間たらしめる行為だと思う。本能に従うだけでなく、思考する事でありとあらゆる事を成し遂げる。
 新しいことを成す時も、何かに手をつけるときも全てはまず思考ありきなのだ。それを放棄しているというならば私もやはりシンクのように唾棄するだろう。
 事実今の私は既にインゴベルトに良い印象は抱いていない。

「ま、インゴベルトのことはひとまず置いておきましょう。害にならないなら放っておけば良いんだから。それより明日だよ明日。シュザンヌ様ってば、相談したいことってなんだろうね?」
「さてね、でもあの人はシオリに敵意を抱いているようには見えなかったからそこまで警戒しなくてもいい気がするけどね」
「それには同意なんだけどね。だからこそ何を言われるか解らないって言うか……まあ行ってみれば解るか」

 私が呟くと、コンコンとドアをノックする音が響いた。
 仮面をつけなおしたシンクが出れば、ドアの隙間から守護役の制服がちらりと覗く。
 シンクは二言三言話した後、ドアを閉めたかと思ったらなにやら紙を片手に戻ってきた。

「支部の人間からだって」
「んん?」

 どうやら簡易の報告書らしいそれを受け取り、ザッと目を通す。そこには今のバチカルは非常に荒れているから気をつけて欲しいと言うか、そんな内容を堅苦しく書き並べていた。
 どうやら預言漬けになっている分、反大詠師派達も過激な存在が多いらしい。押さえつけられれば押さえつけられるほど反発するという奴の典型なのだろう。
 勿論それ以上に過激な大詠師派というのはもっと存在するわけだから、どちらにせよ私はあまり外出しない方が良い。むしろさっさと帰った方が安全です。ということらしい。
 口頭で言わないところをみると、論師というぽっと出の存在にどう注意を促して良いかわからず、こんな遠まわしな方法になってしまったというところだろうか。

「さて、またマルクトみたいなことにならないと良いけどね」
「大丈夫でしょ。行くところって言ったらファブレ邸と王城くらいだし」
「まあね。今回は慰問の予定も入れてないし……用事だけ済ませたらさっさと帰っちゃおうか」
「それが一番だよ。どっかの馬鹿のせいでこっちは仕事ほっぽり出して来てるんだから」

 そのどっかの馬鹿を脳裏に思い浮かべつつ、私はシンクの言葉に苦笑だけを返しておいた。


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