009


「……ま、さか…」

「導師としての力が不完全な上、身体能力の低い彼は廃棄処分された後、奇跡的に生き延びたそうです」

「……待て」

「私は傭兵として魔物の討伐依頼を受けてザレッホ火山に足を踏み入れ、死にかけていた彼を発見しました。
そして彼を拾い、彼と二人で…今思えばとても短かった時間を共有しました。

彼は憎んでいました。
それでも、私は何よりも彼の瞳に囚われていたのです。
憎悪に燃える瞳は何処までも強く、その身体が死に掛けていたとしても生きる意志を失いかけていた私には何処までも眩しい存在でした」

「待て」

「それでも彼は、それを果たす術を持っていませんでした。
だから私は彼と取引をしたのです。彼は私の傍に居る、そして私は彼の代わりに復讐を実行すると。

おままごとのような生活の中、私は信託の盾騎士団に入団するための準備をしていました。
彼は私が居なければまともに生活もできない状況下に置かれていて心配ではありましたが、彼の望みを叶えるのならばそれが一番の近道だと思ったのです」

「待てって言ってるだろ!」

いつの間にか、動揺する側と冷静でいる側が逆転していた。
怒声と共にサラの胸倉を掴めば、サラはそこで口を噤む。
冷静さを取り戻した隻眼は、少し赤く腫れてはいるもののいつものように淀んでいた。

「……シンク様がお聞きになったのでしょう?」

微かに嘲りを含んだ口調。
それにカッとなって、上半身を起こし逆にサラをベッドへと押し付ける。
サラは抵抗することなく、気管を押しつぶすように拳を胸元に押し付けても苦しんでいるさまを表に出さない。

その冷静さを見てサラに怒りを爆発させようとして、冷静な自分がそれにストップをかけた。
怒りを胸の内に綴じ込め、小さく深呼吸をした後、問う。

「……何番目だ」

それでも声は震えていた。
怒りからか、他の感情からかは解らなかったけれど。

「二番目と言っていました」

自分と反比例するように、サラの声は冷静だった。

「…消えた、って言ったね。乖離したわけ?」

「はい。私の目の前で…私に復讐をするように笑って、彼は光に溶けて消えました」

「僕がレプリカだと解ってたってこと?」

「疑念は抱いていましたが、素顔を見て確信しました」

「……いつから疑っていた」

「最初に声を聞いたときに」

つまり、出会ってすぐじゃないか。
くつりと歪な笑みを浮かべ、サラの胸倉を掴む手に力を込める。

「それで、未だ乖離を起こしていない僕に襲い掛かってきたわけだ」

「それは違います」

「どう違うのさ」

「環境のせいで少々夢見が悪かったため、激情に駆られていました。
上官たるシンク様に刃を向けてしまいましたが、シンク様の素顔を見た瞬間冷静さを取り戻しました…しかし、刃を向けたのは事実。
帰還後、いかようにも処分して下さって構いません」

淡々と告げる。
その感情の篭っていない声ですら、今では苛立ちを助長させるだけだ。

「夢見、ね…普段はお人形みたいな顔してるくせに、どんな夢を見たのさ」

「産みの親に"できそこない"と認定される夢です」

飽くまでも、何処までも淡々と告げる。
その言葉に僕は眉を顰めた。
今までの行動を見る限り、彼女は才能に満ち満ちている。
それが…できそこない?

「君が出来損ないなら教団員の殆どが出来損ない以下の失敗作になるんだけど」

「しかし両親から見れば、私は傭兵として出来損ないなんだそうです。
彼等は出来損ないと判断した私をベッドに入れることなく、床が腐り火の消えた暖炉の前で寝かせていました」

「今みたいに?」

「はい」

最初に聞いたサラの過去も悲惨だったが、今聞く話は更に悲惨だ。
しかしサラはまるで他人事のように話す。
両親に関しても、まるで他人のような口ぶり。
事実、愛していなかったのだろう。

だから、夢と同じようにベッドで眠っていた僕を両親と思い殺そうとした。

段々と頭が冷えてくる。
サラの胸倉を掴んでいた手を緩め、そのままサラの頭の横に手をついた。
僕が目線だけで続きを促すと、サラはまた唇を開く。

「だから、殺したんです。
両親の食事に薬を盛り、ベッドで眠っていた両親に刃を突き立てて」

「君が殺したんだ」

「はい。私が殺しました。
捜査に来た騎士団には盗賊に薬を盛られて動けなくなったところを襲われた、私は暖炉に隠れていたと報告しました。
疑われないよう、普段使っている爪ではなく別の刃を使いましたし、両親を殺した後私も死なない程度の毒を飲みました。
彼等はそれを信じ、保護と介抱のためにダアトにつれて来られていた私は自力で生きていけると判断された後、解放されました。

そこで暫く傭兵の仕事をしながら生きていましたが、ザレッホ火山の討伐以来を受け、彼に出会ったのです」

ようやく話が繋がった。
語られる事実に目を細め、無表情を貫くサラを見る。
懺悔にも似た内容に後悔をしている様子は無く、またこの後僕がその事実を報告して罰を受ける可能性を考慮していないように見える。

それとも僕が報告しないと思っているのか、はたまた罰を受ける覚悟があるのか。
そして…湧き上がってくる感情がなんなのか、僕には解らない。

「……それで、その彼はどんな風に君を呼んでいた?」

「単純にサラ、と」

「ふぅん……サラ、今どんな気分?」

「どんな、とは?」

「彼とおんなじ僕と一緒に居て、どんな気分?」

嘲りを含んでそういえば、サラは小首を傾げた後右下へと視線をそらす。
少し考えた後、彼女はっきりと答えた。

「別に何とも」

「…何も、思わないって?同じ顔なのに?」

「確かに顔は同じです。面影もあります。
ですが…貴方と彼は別人だと、話していて思います」

「同じだよ!同じ被験者から生み出された肉の塊、劣化レプリカさ!」

「違いますよ。彼ならこんな体勢でいたらとっくに私を貪っていましたし」

「…………………は?」

すこん、と怒りが抜けて間抜けな声が出た。
言われたことの意味が解らずに目を瞬かせ、その言葉を反芻して、現在の体勢を確認して、意味を理解して慌てて起き上がり、ベッドの淵まで後ずさる。

「ば、ば馬鹿じゃないの!?何言ってんの!?意味わかんないんだけど!馬鹿じゃないの!?」

「シンク様、同じことを二回言ってますよ」

「それだけそう思ってんだよ!馬鹿じゃないの!?」

「別におかしくないでしょう。彼も私も思春期真っ盛りの男女ですから」

むくりと上半身を起こし、恥ずかしがるそぶりもなくそう答える。
顔が熱く、鏡を見なくとも自分が真っ赤になっているのが解った。
一体何を言い出すんだこの補佐官は!

「少なくとも彼は私を押し倒す時は笑みを浮かべていましたし、恥ずかしがる私を見て嘲っていましたよ。
話を聞いただけで真っ赤になるうぶなシンク様とは似ても似つきません」

そりゃそうだろう。
しかしサラが現在恥ずかしがっているそぶりはない。
そこから恥ずかしがるサラなど想像できないし、したくもなかった。
自分と同じ顔をした男が、サラとまぐわう姿なんて…!

「うぶって言うな!」

「だって初心でしょう」

きっぱりと断言され、言葉に詰まる。
確かにサラを貪っていたというその"彼"に比べれば、こんな反応をしている時点で初心なのだろう。

が、何かムカつく。
そしてムカついたことすら看破されたのか、サラはため息混じりに言った。

「別に張り合わなくても良いかと。
家に閉じこもっていたせいで彼は娯楽に飢えていましたから」

「張り合ってなんかないし!ていうか、娯楽ってなんだよ!」

「娯楽でしょう。手っ取り早く快楽が得られますし」

「アンタ馬鹿だろ!」

「馬鹿なのは夜中なのに大声を出してるシンク様の方ではないかと」

さらりとそう返され、再度言葉に詰まる。
冷静になったサラの言葉は突っ込みどころはあるもののいちいち正論で、それ以上大声を上げられそうにない。
性交=娯楽とは一体どんなだ!と突っ込みたいがまた大声を出しそうで、そしてとんでもない言葉を淡々と言われそうで突っ込めなかった。
なんと言って良いか解らず視線をさ迷わせていると、僕が言葉を発しないのを見てサラが口を開く。

「シンク様」

「……何」

「そろそろ睡眠に戻っても宜しいですか?
日が昇れば討伐に出かけなければなりませんし、処罰は教団に帰還した後受けますので」

そう言われ、そういえば事情を説明しろと僕が言ったせいでこんな話になったのだと思い出した。
釈然としない気持ちもあったし納得しきったわけでもなかったが、サラの言うとおり夜が明ければ任務が待っている。
内心渋々ながらも解ったといえばサラはベッドから降りようとした。

「待った」

「なんでしょう」

「アンタがベッドで寝なよ。また寝ているところを襲われるのはごめんだからね」

「シンク様を床で寝かせるわけにはいきません。
ご心配なら外で寝ますので」

「冗談。君を外で寝かせたりしたら何を言われるか解らないだろ。教団の醜聞になるよ」

「では一緒に寝ますか?」

「何でそうなるのさ!」

「お互い譲らないので、妥協案です」

妥協案。
間違っちゃいない。間違っちゃいないのだが何か違う気がする。
違う気がするが、それが一番合理的だ。

なので何かおかしいだろとストップをかける自分を頭から追い出し、もうそれでいいよと嘆息気味に答えた。
顔を見られている以上、拒否する理由もない。

「伽はできませんので、ご了承ください」

「誰が言うか!」

あっさりというサラに再度頬に熱が篭るのが解る。
が、サラはそんな僕を気にすることなく暖炉の前に放置されていた毛布を持ってベッドに登ってきた。

「それでは、おやすみなさい」

「……おやすみ」

毛布を被り、背中を向けられる。

釈然としない。
悶々とした気持ちを抱えながら同じように背中を向け、狭くなったベッドに身を沈めて任務のためだと再度瞼を閉じる。
それなのに背中に伝わる体温の持ち主が気になって、瞼を閉じたものの中々眠れそうに無い。

そういえば、とふと思う。
彼は復讐するつもりで、そしてサラがそれを実行するつもりだったという。
その相手は一体誰なのだろう?

順当にいけば恐らくヴァンかモースだろう。
モースが相手ならば問題ないが、ヴァンを今潰されると困る。
計画が立ち行かなくなるからだ。

「ねぇ」

「はい」

眠ってしまったかと声をかけてみたが、起きていたらしくサラは返事をした。
背中合わせのまま、疑問をぶつけてみる。

「復讐相手って、誰?」

「……誰だと思いますか」

疑問を疑問で返された。
思わず眉を潜めるが、サラがこういう返しをするのは珍しい。
大抵はよどみなく答えるし、答えられないものは拒否を口にするのがサラだ。

「ヴァンとか?」

なので先程思い至った人物を口にする。
しかしサラは外れです、と小さく答えるだけだった。

「じゃあ誰さ。モース?」

「ソレも復讐対象には入っています」

「まだ居る訳?」

「シンク様は違うのですか?己を生み出した研究者達を、殺したいとは思わないと?」

その質問に言葉を詰まらせた。
世界と預言という目に見えない強大な敵ばかり憎んでいて、研究員だなんて対象外だったのだと改めて思う。
確かに、己を生み出したのは研究員だろうに。

「……ヴァンが外れてるのが意外だっただけだよ」

「彼は愚かです、預言という妄執に取り付かれている人間には、預言に支配された世界を生きている方が苦しいだろうと…それなのにわざわざ終わりを迎えさせてやるほど、彼の憎しみは浅くありません。
いつか断罪の刃が振り下ろされるまで、生きて苦しめと彼は言っていました」

誤魔化しのための台詞に、存外まともな言葉が帰って来た。
つまり、ヴァンを憎んでいないわけではない。
むしろ特別憎悪しているからこそ、生きて苦しめというのか。

「ふぅん…まぁヴァンを殺さないならいいよ。
今殺されちゃ困るんでね。

それじゃ、おやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」

会話を切って、瞼を開く。
月光に照らされている部屋は暗い。
その部屋を一度だけ見つめて、もう一度瞼を落とす。

……安らかな眠りは、得られそうに無かった。





シンクは初心だと思います。
顔真っ赤にしてどもるシンクはかわいいと思う。

戻る

ALICE+