011


飽くまでもコレは予想だ。

サラは暴走すると周囲を惨殺するのではなく、暴走すると幼子に還るのではないか。

彼女の両親は5歳の子供に武器を持たせたと言う。
そこからは地獄の日々だったのだろう。
ただひたすらに、仕事のために殺すことを求められる日々。

恐らく、殺すたびに褒められただろう。
よくできました、と。
殺せなかった場合は叱られたのかもしれない。
何故そんな事もできないのかと。

それだけでサラの歪さを思い知るには充分だ。
幼い頃から鍛えられて戦闘に特化した思考は、殺し合いを始めれば無駄を排除し、全てが終わった後理性を取り戻す前に本能に立ち返る。
いや、血の匂いに酔って理性がうまく働いていないのかもしれない。

どちらにせよ理性というフィルターのかからない本能は、幼い頃に持たされた指針、つまりうまく殺せたことが良いことだと認識しているはずだ。
だからこそ、褒めてくれと、愛してくれと近場の人間にねだるのではないのだろうか。

そこまで想像して、そんな事を想像してしまった自分と、もしそんな人間が居たらという恐ろしさに静かに身震いをした。

凄惨な戦闘を行った、返り血まみれの少女を誰が褒めるのだろう?
大抵の人間はその戦闘力と真っ赤に染まった少女に怯え、拒絶をするに違いない。

そして拒絶された少女は、それに悲しんで相手を殺す。
欲しいものを得られなかった、幼い子供と同じだ。

そう考えれば、拒絶することのなかった僕にしがみ付いたまま動かないことに納得できてしまう。
返り血でぐっしょりと濡れている上着を着たまましがみ付かれているせいで、こっちの服にまで血が滲んでいく。
背中に爪をつけたままの手が回されているせいで、うかつに壁に背をつくこともできない。

サラは頬に涙を滑らせて泣いていた。
うそつき、と小さく呟いてから一度も口を開かない。
静かに音もなく泣き続けていて、涙が流れるたびに血と混じって僕の服を濡らしていく。

いい加減離れて欲しいのだが、今下手に刺激をしたら爪が背中に食い込むかもしれないと思うと、好きにさせる以外方法が見つからない。
それでもずっと抱きつかれていると此方も多少は余裕が出てくるもので…。

何で僕がこんなことを、と思わなくもない。
だから自分の立てた仮説をなぞるようにして、サラの頭を撫でてみる。
ピクリと肩が震え、恐る恐るといった風に隻眼が僕を見上げてきた。

「……が、頑張ったね?」

おおよそ普段の自分なら決して言わないであろう言葉を口にする。
慣れない言葉を口にしたせいで最後は疑問系になったものの、その言葉を聞いたサラは目を丸くした後、花が綻ぶように笑った。
ソレが予測を肯定しているような気がして、思わず固唾を呑む。

「頑張った?」

「うん、偉い偉い」

もっと撫でろとねだるようにぐりぐりと額を押し付けられ、吐き出しかけたため息をぐっと堪える。
偉い偉いと言った台詞はほとんど棒読みなのだが、サラは気にしていないようだ。

「もっと頑張る!」

「今はもう休んで良いから、爪を外して身体を洗おうか?」

もっと褒めて欲しいから、という言外に込められた意味に頬を引きつらせつつ、これ以上暴れられるのはごめんなので子供をたしなめるように言い聞かせる。
サラの頭を撫で続けながら、こんなに焦ったのは初めてかもしれないと胸中でうなだれた。

「もういいの?」

「もういいよ。服も洗わないと」

「解ったー」

舌ったらずに答える姿は完全に幼子だ。
普段の堅苦しい口調など微塵もなく、サラは最後に思いっきり抱きついてきたかと思うと(先端がちょっと刺さって痛かった)ようやく離れてくれた。
その事にホッとしつつ、サラははっとしたように爪を装備したまま魔物に近寄る。

「……どうかした?」

「倒した証拠、持ち帰らないと」

「あぁ…爪でももいでく?」

「そうする」

冗談半分の提案に頷かれてしまった。
え、ほんとにもぐの?と内心引き気味でいると、サラはあっさりと爪をもいでいる。
ついでに牙でも引っこ抜こうかと言い出しそうで、適当なところでストップをかけた。

なんだろう、子供引率をしている気分になってきた。
したことないけど。

「川か何か探さないと…」

体中に血の匂いがまとわりついている気がしてそういえば、サラはあっちだと指を指す。
微かに水音が聞こえるのだと言う。
僕にはさっぱりだが、サラが言うのならそうなのだろう。

「どれくらいで着く?」

「30分もかからないと思う…です」

取ってつけたような言葉にアリエッタを思い出しつつ、渇き始めた血を擦り落としながらサラの案内に従って足を動かした。
前を歩いているサラは何か思いついたらしく、口の中で小さく呟き始める。
なんだと思った瞬間、サラは足を止め、つられて僕も足を止めた。

「ハートレスサークル」

僕らを中心に譜陣が浮かび上がり、身体の傷が癒えていく。
呟いていたのは回復術の詠唱だと悟り、サラを見れば瞳に期待が浮かんでいた。

「うん、偉い偉い」

なのでもう一度頭を撫でて褒めてやる。
それに満足そうに頷いて、サラはまた歩き始める。

だんだんサラの扱いに慣れてきた。
いたって単純なのだ、サラの言動は。

褒められたいから動く。
褒めてくれないから、手を上げる。

手を上げるのに爪付きなのでこっちは命の危機を迎えるわけだが、きちんと褒めてやれば問題ない。
血まみれの少女を素直に褒めてやれる人間が、この世界に何人居るかは知らないけれど。

しかし、こんな内容を一体どうやってヴァンに報告しよう。
返り血で真っ赤になってるところを頭を撫でれば暴走は止まる、なんて報告書に書けるわけがない。
馬鹿にしてるのかと言われるのがオチだ。

そんな事をつらつらと考えながら足を進めていると、着きましたと言われて耳に届く水音にようやく気付いた。
どうやら考え事に夢中になっていたらしい。

「それじゃあ身体洗って。ついでに武器の手入れもね」

「了解、です」

ほら、やっぱり素直だ。
敬語になりつつあるのは、理性が戻りつつあるからか、それとも羞恥心でも感じたのか。
サラは荷物を川辺に置くと、そのまま上着を脱いで川に浸した。
綺麗な水に朱色が混じり、上着を擦る度に赤色が揺らめく。

ソレを横目に自分も上着を脱ぎ、同じように川に浸す。
やはり流れる水に赤色が混じったが、サラの上着ほどではなかった。
やがて洗い終わったらしい上着を絞れば、大量に滴り落ちるのは純粋な水。
黒色で解りづらいが、どうやら血を落とし終えたらしい。

そして適当な枝に上着を引っ掛けてから持ち込んだリュックの中からタオルを取り出し、ソレを水に浸してから顔や首元、髪などを拭き始める。
その手馴れた手つきから見て、昔からやっていることなのだろう。

「シンク様、服が乾くまで此処でお休み?」

サラと同じように濡れた上着を枝にかけていると、血を拭い落としてさっぱりしたらしいサラにそう問いかけられた。
インナーなどの変えは持っているが、流石に団服の替えまでは持ってきていない。
長期任務ならば手元にあるのだが、生憎と今回は近場だったために荷物も最低限だからだ。

「そうだね。幸いまだ日も高いし、少し休んでから村に行こうか」

太陽の位置を見てそう答えると、それならとサラはおずおずと問いかけてきた。

「少し寝ても…平気です、か?」

「眠いの?」

「動いた後はいつも、眠い…です」

そう言って眠そうに目を擦り、あくびを噛み殺していた。
どうやらずっと眠かったらしいが、幼い口調のせいで気付かなかった。
もしかしたら一眠りしたら前のサラに戻るかもしれないと思い、じゃあ眠ると良いよと告げる。

「ありがとう、ございます」

ソレまで魔物避けに焚き火でもするかと考えていると、ぐいとサラに手を引かれる。
何?と聞く前に木にもたれるようにして座るよう促され、訳の解らないまま言われた通りにすると僕の足の間にサラもリュックを抱えて座った。
何だこの体勢。

「何この体勢」

「リュック、魔物避けのポプリ入ってます。安全…です」

成る程、と納得しかけて、違うだろと自分に突っ込む。
リュックの傍に居た方がいいのは解ったし、魔物避けの焚き火も必要ないのはありがたいが、此処まで密着する理由を聞いてるのだ、僕は!

「いや、そうじゃなくて…なんでこんな体勢?」

「森は空気が冷たい、上着がないと…風邪引きます。体温分け合うのが、一番です」

雪山か。
眠そうに説明されて心の中で突っ込みつつ、否定できないのでため息をつく。
胸元に後頭部の重みがかかるのを感じながら、差し込む木漏れ日の中でサラの寝息が聞こえ始めた。
本気で寝たらしい。

その寝息が規則正しいのを確認して、木の幹に身体を預けながら今日で一番重苦しいため息を吐いた。
一体…どうしろというのか、この少女は。

此処まで精神的に不安定、というより情緒不安定な娘は初めてだった。
これならまだ単純な戦闘狂の方がうんとかマシだと思うのは僕だけじゃないはずだ。

血に酔って幼子に立ち返るというのは多分当たっているのだろう。
幼くなったサラは拒絶されることに対して酷く怯え、拒絶されれば"それくらいなら要らない"と相手を屠るといったところか。
なまじ戦闘ができるために周囲の惨殺という方法をとってしまう、どう考えても幼い頃の教育環境が劣悪すぎた。

事実、サラは自分を拒絶した両親を殺している。
堅苦しい口調と訓練されたその様子に隠されているだけで、中身は完全に子供なのだ、この少女は。

「どうしろっていうんだよ…」

全ては予測の域を出ないのだが、何故かソレが外れているとは思わなかった。
事実サラは子供に立ち返っていたし、僕に褒められて喜んでいたのだから。
しかも、一度褒めただけで懐かれる始末…。

もう一度ため息を吐き、考えるのが嫌になって軽く首をふる。
ヴァンには報告書という形ではなく、口頭で報告した方が良さそうだ。
こんなことを報告書なりなんなりにして形に残し、第三者にソレを見られたら下手をすればサラの性格を逆手にとって敵に回されるかもしれない。

暴走したサラを敵に回すのはごめんだ。
そう判断して、仮面越しに頭上を仰ぐ。
雲一つない空には音譜帯が憎らしいほどに輝いている。

寝よう。

思考回路を止め、疲れを取るために瞳を閉じる。
さわさわと木の葉が擦れる音を聞きながら、現実から逃げるようにしてそのまま意識を手放した。




夢主にその気はありませんが、シンクを振り回しまくってますね。

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