013


成功作として祝福されるレプリカと、祝福されて産まれる被験者。
目的を持って生み出される被験者と、目的を持って作成されるレプリカ。

その差異は何だという問いかけに、僕は答えられなかった。
レプリカは純粋な第七音素のみでできているが、今回求められている答えはそうではないことなど解りきっている。

心の底で何の根拠もなく、被験体達は皆祝福されて産まれて来るのだと思い込んでいた。
自分の道は確かに血に塗れ明るいものではなかったけれど、サラが語るような人間の醜さを内包する混沌とした世界なんて知らなかったから。

いや、存在自体は知っていたが、詳細までは知らなかったというだけだ。
世界を憎む僕にとっては、多少不幸であろうと被験者である時点で憎悪の対象であったから。
……そんなほの暗い世界では、被験者ですら産み捨てられると言うのか。

答えることができず、口を閉じてサラを見る。
そこに責める色はなく、単純に僕がどう思っているのか聞きたいのだろう。

その純粋な問いかけが今は憎らしい。
嫌味や皮肉を込められていたのなら、同列に語る時点で被験者の傲慢なのだと嘲笑うこともできたかもしれないのに。

「……君のせいで、解らなくなった」

だから、そう答えるしかなかった。
僕の中の価値観はサラのお陰で負の感情だけを残して粉々に砕かれてしまったのだ。
サラの語る言葉が嘘偽りであるとは思わなかった。
全く、余計なことをしてくれた。

「ねぇ、君に拾われた2番目はどうだった?」

縋るような、誤魔化すような問いかけ。
僕と違ってすぐに乖離してしまったであろう、今はもう居ない同種。
前に聞いたときは何も思わなかったが、今は少し違う。

2番目は憎んでいたという。
憎しみに満ち満ちた瞳に、サラは囚われたのだという。

でも、何を?
2番目は何を憎んでいたのだろう?
最初は僕と同じように、生み出されたことを憎んでいるのだと思い込んでいた。
しかし、今思い返せばサラはそんなことは一言も言っていない。

「どう、とは?」

「憎んでたんだろ?どんな風に?」

視線を向け、自分の手首を掴みながら聞く。
逡巡の後、サラはその問いかけに答えてくれた。

「自分を生み出した存在を、憎んでいました。

何処までも純粋で、迷いなど存在しない真っ直ぐな憎しみでした。
自分の価値を勝手に決められたことを憤り、自分の人生は自分のものだと言って…。

それが、私には眩しかった」

最後の言葉に込められた感情が読み取ることはできず、彼を思い出しているであろうサラの瞳は常に無い色があった。
きっと、羨ましかったのだろう。

自分の人生は自分のものだと主張するだんて、僕には思いつきもしなかった。
ただただ憎しみに駆られていたから、未来を掴もうだなんて思ってもいなかった。
……同じレプリカなのに、どうしてこうも違うのか。

これが、羨望か。
こんな感情を覚える日が来るだなんて、思いもしなかった。

「……そう。
少なくとも、2番目は未来を見てたってワケ」

「はい。惰性で生きていた私にとって、その魂は至高の存在でした」

「魂…ね、僕らに魂なんて存在するのかな」

「少なくとも、彼にはあったのだと私は確信しています」

なんて、羨ましい…いや、妬ましいのか。
どうしてそんな風に生きられたのか、僕には解らない。

「なんて、言ってたのさ」

「僕の価値は、僕が決める。
あんな奴等が決めるだなんて許さない…僕の人生は僕だけのもので、それを邪魔したのだから殺してやる、と」

過去をなぞるように言われた台詞。
きっと嘲笑いながら言ったのだろうと、何となく想像する。
その言葉は憎しみに彩られていて、それなのに過去に囚われていない。

「僕の人生は、僕だけのもの…」

「はい。だからこそ、己の人生を短いものと定め、終わらせようとした彼等が憎いのだと…言っていました」

己の人生を阻害したからこその憎しみ、か。
自分とは全く指向性の違う憎悪に笑みすら零れる。
いつの間にか手を強く握り締めていて、それに気付き緩く拳を解く。

サラの体勢は変わらない。
それでもその瞳は憂いを帯びていて…それが少しだけ苛立たしい。
きっとサラが拾ったのが僕だったなら、サラはこんな顔をしなかっただろうと解ってしまったから。

瞳を伏せたまま、サラは語り続ける。

「かと思えば、子供のような人でした。
家から出られないことに拗ねたり、甘いものに喜んだり、私を組み敷いて笑ったり、彼は残された僅かな時間を全身を使って生きていました」

「どれくらい、一緒に居た?」

「2ヶ月ほどですね…もっと生きたいとは、最後まで言いませんでした」

それがプライドなのか、諦めていたのかは解りませんが。
そう付け足してサラは瞳を閉じる。

諦めていたわけでは無いだろうなとぼんやりと思った。
僕だってヴァンに譜陣を施して貰わなければ、恐らくそれくらいで乖離していた筈だ。

きっと2番目は己の寿命を悟っていて、それを受け入れていたのだろう。
だからこそ、短すぎる人生を楽しみ、そんな僅かな寿命を定めた研究員達を憎んだのだと思えばしっくりくる。

「……そいつ、名前何だった」

「ありませんでした」

「なかった?」

予想外の答えに思わず顔を上げるが、サラは目を閉じたまま過去に思いを馳せている。
目の前に同じ顔があるというのに、サラにとっては全く別のものなのだろう。

「呼ぶ必要が無かったんです。お互いしか居ませんでしたし、彼が望みませんでした」

「自分だけの名前を望まなかったって?」

「はい。自分の名前は自分でつけると言って、最期の時まで決まらなかったようです」

……嘘、だな。
サラが嘘をついていると言う意味ではなく、2番目の決まらなかったと言う言葉が、だ。
実際には2番目の中では決まっていたのだろう。
何となくそう確信する。

「そっか。どおりで僕と重ねないはずだよね。話を聞く限り僕と2番目じゃ違いすぎる」

「はい。同じなのは表面だけです。中身は別物です」

「それ言ったら7番目はどうなるのさ」

「7番目…とは?」

「今の導師」

「見た目だけ同じの別種の生物、ですか?」

……うん、レプリカの定義としては間違って無いんだろうけど、何か違う気がする。
ちょっとだけ7番目に同情した。
が、あのふわふわした雰囲気を思い出し、同情はすぐに掻き消える。

「ぽやーっとしてるからね、アレは」

「はい。何も無いところで転びそうな生き物です」

「ありえるだろうね。ふわふわしてるっていうか、緊迫感が無いって言うか」

「なんというか、雲みたいな御方ですよね」

雲か。うん、いい例えかもしれない。

「一応君の守護対象だからね?」

「いつ転んでも支えられるよう、心しておきます」

ちょっとずれた答えが返された。
わざとだと解ってるから、笑みで答えてベッドに背中を預ける。
仮面越しに見える天井は汚いが、ぼーっとしているだけなので特に気にはならなかった。

最初はサラを計画に勧誘できるかと言う話だったはずなのに、今ではその気も失せてしまった。
というか、計画自体どうでも良くなってきた。
コレがいわゆる自暴自棄と言う奴なのだろうか。

「お疲れですか?」

「少しね。夕食まで一眠りしようかな」

「では私は警護を」

そう言ってサラは立ち上がり、小屋を出ようとドアへと向かう。
特に何も考えないまま、僕はその背中に制止の声をかけた。

「君も一緒に寝ればいい。また寝首をかかれるのはごめんだよ」

「それは命令ですか?」

「……そうだよ、命令」

少しだけ迷ってから命令だと断言し、寝転がったまま手を伸ばす。
サラは振り返ってから困ったように視線をさ迷わせた後、此方に歩み寄ってくる。
僕の差し出した手の上にそっと小さな手が重ねられ、思ったよりも小さな掌にちょっとだけ驚きながらサラを引き寄せた。

自分の上に倒れこんでくる身体は、何処にそんな力があるのかと聞きたくなるほどに細く、そして小さい。
アリエッタと同じか、それより少し上かと言ったところだろう。

「シンク様?」

「何?」

「この体勢の意味が解りません。説明を求めます」

「抱き枕が欲しいだけだよ」

「それは…補佐官としての仕事に入るのでしょうか?」

「さぁ?」

くす、と小さく笑みを漏らしながら小さな身体を抱きしめる。
程よく筋肉がついているのにも関わらず、その身体は柔らかかった。
僕の腕の中に閉じ込められながら、サラは何か考えるそぶりをした後そっと僕の胸元に手を添える。

「……伽をお求めですか?」

「そうだ、って言ったらどうする?」

「どうすれば宜しいのでしょうか?」

「僕が聞いてるんだけど。質問に質問で返されてもね」

ため息混じりにそう言いつつ、それでも悪ふざけをするようにして体勢を入れ替える。
サラを押し倒す形になってから華奢な手首をベッドへと押し付けた。
僕にされるがままになっているサラは表情を動かすことなく、抵抗するそぶりも無い。

ほんとに、このまま抱いてしまおうか。
そんな考えが脳裏を掠め、肩がむき出しになった導師守護役の制服をまとうサラをまじまじと見下ろす。

「シンク様、セクハラです」

「そう思うなら抵抗したら?」

「抵抗しても敵いませんから」

「どうだろうね。君なら僕を払いのけるくらい簡単にできるだろ」

「男女間にある根本的な力量差はいくら技を磨こうとも埋められるものではないと理解しています」

「つまり諦めてるって事?」

「そうともいいます」

その言葉に何故か胸が締め付けられた。
理由が解らない感情が渦巻き、思わず顔を顰めてしまう。
仮面をつけている以上サラに表情を見られることは無いが、きっと今の自分は渋い顔をしているのだろう。

「……ねぇ」

「はい」

「ほんとに抱くよ?」

「……できますか、あなたに」

真っ直ぐ見つめられながら言われた言葉に、何故か心臓が跳ねた。

「何でそう思うのさ」

「仮面をつけていようとも解ります。そのようなお顔をされているのに言われても、説得力などありません」

その言葉に口を引き結び、手首の拘束を外す。
空いた掌でサラの頬をそっと撫でた。
この少女は一体何処まで他人の胸中をかき回すつもりなのだろう。

自由になったサラの手が伸びてきて、僕の仮面が外される。
障害物をなくした状態で、無言のまま僕たちは暫くの間見詰め合っていた。
その瞳はやはり淀んでいる、けれど反らされることは無い。

「……気がそれた」

言い訳のようにそう言って視線を外した僕は、自分もベッドへと身体を預けてからサラを抱きしめた。

何でこんなことをしているのか解らなくなってしまった。
いろんなことがありすぎて、感傷的になっているのかもしれない。

一眠りすれば少しは変わるだろうか。
小さな身体を抱きしめる腕に少しだけ力を込めて、仮面をとりあげて枕元に置く。

「おやすみ」

「……おやすみなさいませ」

幼い硬質な声を最期に、僕はゆっくりと瞼を下ろした。
その言葉が少しだけ戸惑っているように聞こえたのは、僕の気のせいだろうか?


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