014


来訪した時に出された質素な食事とは違い、感謝の意を込めた…豪奢とは言えないものの、精を尽くされた夕食を振舞われ、僕たちは村人達にもてなされた。
二人だけで食べたわけではなく、村人達も一緒に。

中には僕らに怯えるものも居たが、子供たちは無邪気に村の外の話をねだってきたし、サラの語る世界の話に大人も子供も目を輝かせた。
サラも慣れているのだろう。
汚い部分は伏せて、何処の景色が幻想的で綺麗だとか、あそこの町は音機関に溢れ画期的な町だったとか、当たり障りのない話ばかりをしている。

その余波が此方まで向けられ、僕まで教団の話や任務の話までさせられた。
秘密事項に触れない程度に、そしてサラのアドバイスに従い何かの冒険談のように魔物の討伐任務について語ってやれば、男の子達は目を輝かせていた。
…こんな風に歓迎されるのは、初めてかもしれない。

ほんの少しだけ、胸が疼いた。
この感情はなんと言うのだろう?
サラ曰く、面映いという感情ではないかとのことだがそれが合っているのかどうかは解らない。
動きが鈍るほどに食事を振舞われ、もう食べられないと言ったところでデザートではなく酒も持ってこられた。

……僕、未成年なんだけど。

「別段珍しいことではありません。こういった村では法律よりも村独自のルールが優先されますから」

引き気味の僕に淡々と告げるサラ。
やはり今までもあったのだろう、明らかに子供だと解っていても酒を振舞われることが。

仮面の奥で頬を引きつらせている僕を察したらしく、サラがそろそろ休みたいと村長に申し出る。
疲れているのを気付かずにすまないという村長に対し、酒は小屋で飲まされてもらう旨と歓迎会染みた夕食の礼を言って僕らは小屋に戻った。

「林檎酒ですね。度数も低いようですし、飲まれますか?」

「君は飲めるわけ?」

「飲んだことが無いので解りませんね。今まで貰ったものは両親が飲むか、次の村で売り払っていましたし」

酒と一緒に渡されたグラスを片手に応えるサラに、ふと疑問を覚える。
酒に酔っ払った場合幼児化するのだろうか、と。

「なら教団に持ち帰るわけにもいかないし、飲めば?」

幼児化しても何とか室内にとどめれば、村人達に被害を加えることもあるまい。
そう判断して飲酒を勧めれば、そうですか?と軽く首を傾げてからコルクを抜く。
きゅぽんっと軽い音を立てて抜けたコルクの臭いを数度嗅ぎ、そのままグラスに中身を注いだ。
薄めた黄色が少し濁ったような液体がグラスの半分ほどに注がれると、僕の方に渡される。
……ん?

「どうぞ」

「いや、僕はいいよ」

「私に勧めるということは、シンク様もお飲みになるのではないのですか?」

小首を傾げて言われ、違うと言おうとして口を噤む。
無駄に堅苦しいサラのことだ、上官である僕も飲まなければ彼女も口にすることはないだろう。
むしろ何故それに気付かなかったのかと数分前の自分を殴りたくなった。
最近気を抜きすぎてる気がする、何故だ。

「……そうだね、貰うよ」

それでもまぁ酒に酔うサラが幼児化するか、という疑問を解消するために僕もグラスを受け取る。
果たして導師イオンのレプリカたる僕は酒に強いのだろうか。
問題はそこだった。

「乾杯はいたしますか?」

「何に?」

「……討伐任務を無事終わらせたことについてと、人生初めての飲酒について、でしょうか?」

「ふーん、じゃあそれに乾杯」

「乾杯」

最早定位置のようにベッドに腰掛けていた僕の隣に腰を下ろしたサラと、軽い音を立ててグラスをぶつける。
そしてそのままグラスの中身を一口だけ煽る。

果実特有の甘さと僅かな酸味が口内に広がり、酒といっても殆どジュースに近いものだと解った。
少しだけ喉が熱くなったが度数も高くないとサラも言っていたし、子供である僕達に配慮してくれたのだろう。
確かに、まずくはないし飲みやすい。

「甘いね」

「はい。林檎味です」

そんな感想を漏らしつつ、コレなら酔わないだろうとグラスを煽る。
しかし僕は完全に酒を舐めていた。

後悔先立たずというが、アレは事実だ。
僕はそれを思い知った。




サラと酒を飲んだ翌朝、僕はズボンを履いただけの状態で目を覚ました。
腕の中を見れば肌着代わりのキャミソールのみを纏ったサラがすぅすぅと寝息を立てている。
僕とサラの服はベッドの周囲に散乱していて、テーブルの上には空になったボトルとグラスが転がっていた。

……うん?
寝ぼけた頭で現状に違和感を感じた。
一緒に寝ているのはまだいい、前日も身の安全のために背中合わせでベッドを共有したのだから。
しかし違和感を感じたのはそこではないので、軽く頭をふって昨夜の記憶を引っ張り出す。

度数が低くジュースのように煽れる酒を飲みながら、僕とサラはベッドに座ってぽつぽつと話をしていた。
確かどうでもいいことばかりはなしていたはずだ、主に髭と樽の愚痴とか。
それは覚えている。

そのうちサラに酔いが回ってきたらしく、敬語が外れて甘えん坊になってきた。
やはり酔っ払っても幼児化をするのかとため息をつきそうになったのを何とか堪えた。
そこも覚えている。

暴れられたら困るからと拙いながらもしがみ付いてくるサラの頭を撫で、膝枕をしてやった。
やはり制御するには甘やかさなければならないようだと確信もした。
それも覚えている。

それから……それから?
酒を飲んでふわふわした頭で、飲み終わったのだし明日も早いから寝ようと、瞼を擦るサラに言って二人でベッドに潜り込んだ。
前日と違ったのは、サラが此方に抱きついてきたまま眠ろうとしたこと。
あと、暑いと言って服を脱いでベッドに入り込んだことだ。

更にあろうことかサラは甘えるように頬擦りを繰り返し、足を絡めてきたのだ。
柔らかい太ももの感触とか、思い切り抱きつかれることによって当たる胸のふくらみの柔らかさとか、さらさらした髪の手触りとか。

思い出せば思い出すほど顔が赤くなる。
ふわふわした頭では僕も冷静になっていられなかったのだと、一晩経った今なら思う。
要は、僕も多少とは言え酔っていたのだと…それのせいでその場の勢いで一線を越えてしまい……ああ、これ以上は思い出したくない。

恥ずかしすぎて死ねる!

「……僕は、馬鹿か…っ!」

思わずそんな言葉が漏れた。
ふるふると震える拳を握り、歯噛みをしつつ何とか気持ちを抑える。
回想を終えた自分の顔は恐らく林檎のように真っ赤だろう。

昨夜の自分をぶん殴りたかった。まさか本能に任せて一線を越えてしまうとは思わなかった。
酒があれほど理性を狂わせる危険なものだったとは、予想外すぎる。
二度と飲酒などするものかと心に決め、散乱した服に袖を通す。

サラを起こすのは後回しだ、もう少し落ち着いてからがいい。
自分に言い訳をしつつ服を着込み、仮面をつける。
コレで表情はもう見えないだろうと、小さく深呼吸をしてからサラを起こしにかかった。

本来、サラがこうして寝こけること自体珍しいのだが、自分のせいな気がしなくも無いので怒るに怒れない。
しかしまぁ起こしてやればすぐに目を覚ますだろうと軽く揺り動かすと、案の定サラはゆっくりと瞼を上げた。

「起きた?」

「…………おはよう、ございます」

少しかすれた声で告げられる朝の挨拶。
おはよう、と僕も返せばむくりと起き上がり、瞼を擦りつつ遅くまで寝ていて申し訳ないという謝罪が告げられた。どうやらいつも通りらしい。

「……別にいいよ。それより、昨晩のことどれだけ覚えてる?」

討伐後のように忘れていてくれ、頼む。
そんな心境ながらもそれは表に出すことなく、腕を組んで問いかければサラは少しだけ頬を染めた。

「……覚えてるんだね」

「はい」

何でこっちは覚えてるんだよ!?
酒か!?血じゃなくて酒で酔ったからなのか!?
胸中で叫びながらもじゃあ忘れて、と短く告げた。
表面上取り繕うのは慣れたものではあるが、はっきり言って仮面の存在が今ほどありがたいと思うことは無かった。

「忘れて宜しいので?」

「良いんだよ。それとも何か言いたいことでもあるわけ?」

「それでは一つだけ」

「何さ」

「いくら私も体力に自信があるとはいえ、やはり根本的な男女差があります。女性の方が疲れるものでもありますし、無いとは思いますが次回があるのであれば相手が誰であれ、もう少し抑えていただけると相手の女性も助かるかと」

「……何のためかはさっぱりだし、これからそんな機会が巡ってくるかは解らないけど忠告は受け取っておくよ」

つまり体力有り余りすぎだボケ、ということだろうか。
それとも貴様のせいで腰が痛いんじゃ、ということだろうか。
はたまたお陰で体力が回復し切れてないんだ馬鹿野郎、ということかもしれない。

そっけない口調を装いつつ、服を身につけ始めるサラから視線を外す。
ベッドに入っていた時は解らなかったが、サラの胸元に赤い痕が散らばっているのが視界の隅で見えてしまい、再度昨夜の自分を殴りたくなった。
きちんと服を着込んだ後に村人に声をかけ、朝食を食べて、村人達の見送りを受けながら村を出る。
土産を持たされそうになったが、そこは丁寧にお断りした。

山間部を抜け、魔物が出る街道を進みながら、周囲を警戒しつつ斜め後ろを歩くサラをちらちらと見る。
その足取りは軽やかで、どこか痛めているようなそぶりは見えない。
しかし昨晩は大分無理をさせてしまったような気もする。

「……シンク様」

「何」

「何でしょう?」

「いや、僕が聞きたいんだけど」

そんな中、珍しくもため息をつきたそうな顔でサラに声をかけられた。
意味が解らないが。

「先ほどから視線が突き刺さりますので」

前言撤回。薮蛇った。
しかしまぁ見ていたのは事実なので、あまり気にしていない風を装い口に出す。

「身体辛くないのかな、って思っただけだよ」

「あぁ、腰ですか。そうですね、痛いですよ」

あっさりと言われ、ずっこけそうになる。
此方の意思を正確に汲み取ってくれるのはありがたいのだが、少しは恥じらいとか持って欲しいと思うのは僕の我侭だろうか。

「……ごめん」

「何故謝るんです?」

「いや、だって僕のせいだろ」

「違いますよ。昨晩のアレは合意の上でした。私だって覚えているんですから、間違いありません」

「無理、させたし…」

「お酒も入っていましたし、そればかりはどうしようもないことです。今更言っても詮無きことですし、怪我をしたわけでもありませんからお気になさりませんよう」

他人事のような、いつも通りの淡々とした口調。
何故かそれが苛っとした。

まるで昨晩のことを無かったことにしようとしているような、昨晩のことなど気にかける必要性すらないと言うような口調。
いや、忘れろといったのは自分なのだし、酔っ払っていたとはいえ恋人でもないのに一線を越えてしまったわけだからサラが気にしていないのはありがたいはずなのだ。

それなのに、何故かムカついた。
どろりとした今まで覚えたことのない嫌な感情が胸の中に湧き上がる。

「それでいいわけ?」

「……それは、どういう意味でしょう?」

珍しく僕の言葉の真意を測りかねているらしいサラ。
当たり前だろう。僕だって自分の感情が解らない。

昨日のことが原因で気まずくなりたくない、けど忘れないで欲しい。
少しでも良いから意識して欲しい、けど淡々と言われるのはムカツク。

「……別に。君が気にしてないなら、いいさ」

少しだけムッとした口調になってしまったものの、そう答えて歩くスピードを早める。

どうせ自分の手元を離れていくのだ、気にしたってしょうがない。
視線を感じながらもそれを無視し、自分に言い聞かせる。
サラはそれ以上追求することはなかったが、視線が何かもの言いたげだったのは気付いていた。

それすらも、無視したけれど。

結局教団に着くまで、僕らは無言のままだった。


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