017


シェリダンに向かう船中。
技師に扮装した第二師団員達が待機し、一般市民に扮した第五師団員達も指令を待っている。
船からは直接見えないが、周囲には第三師団の魔物達も潜んでいるため万が一があっても対処できるだろう。

二日ほど徹夜して何とか形にした導師守護役試験は、導師がシェリダンに視察に行く最中に行われることになった。
このために身を粉にして下準備をしてきたのだから、さっさと終わらせてあの無能どもクビにしてしまいたいと思う。
そうすれば僕の心労も幾分か減るだろう。

ちなみに導師自身には知らされていない。
ヴァンが導師はお優しく嘘をつくことはできない、事前に知らせれば守護役達にばれてしまうと詠師会で言ったからだ。
導師を軽んじているのがありありと解る話だったが、一番の問題はそんな話が詠師会で通ってしまうことだろう。
まぁお優しい導師様のことだから、あとで謝っておけば何とかなるだろうとか考えてるんだろうが…。

セブンスと入れ替わった事で豹変した導師に対し、最初は詠師達も戸惑っていた。
しかしセブンスが逆らうことも無く従順な存在であると解ってきた最近では見下していると言って良い。
トリトハイムなどの根が真面目な詠師はそんな詠師に眉を顰めているようだが、本人である導師が許容している以上何も言えないようだ。

サラがセブンスを調教しているようだが、オリジナルの幼いながらも聡明だという評価を得るにはまだまだ時間がかかるだろう。
その間に更に詠師達は図に乗り、導師の存在は軽んじられるものになっていくに違いない。
何より大詠師が導師を軽んじているのだから、当然といえば当然の結果なのだろうが。

結局は見放されているのだ。選ばれた成功作ですら、その程度。

くつりと歪んだ笑みを浮かべ、僕はマストの上に身を隠しながら部下が送ってくる合図を待つ。
甲板に出ている導師は潮風に当たっていて呑気そのものだし、その周囲ではグループで固まった守護役達がお喋りに興じている。
導師の背後にぴたりと着いているのはサラくらいだ。

ためしに何人かの唇を読んでみると、どうもサラの悪口で盛り上がっているらしい。
あんなに近づいてるのは導師に気があるからだとか、自分たちの輪に入らないのは根が暗いからだとか。
それを見て僕は漏れかけたため息をぐっと堪えた。

確かにサラはいつもより導師に近づいている。
でもそれは突風などが吹いた際に即座に対処できるようにするためだろう。
海上という一歩間違えれば取り返しのつかない場所に居るならば当然のこと。
他の守護役達のように離れていれば手を伸ばしても間に合わなくなる可能性の方が高いというのに。

あとは…レベルが合わなさ過ぎるのと、群れる気が無いからだろうな。
導師と話しているサラを見ながらそんな事を思う。
案外あれでいてサラは面倒臭がりなのだ。特に大勢の人間と関わることを嫌っている。
気付いたのはいつだったか…。

そんな事を考えていると、サラの視線がコチラに向けられた。
僅かに目が細められ、凝視された僕はさっさと身を隠す。
サラがマストを睨んでいることに気付いた導師が僅かに首を傾げながらサラに向き直った。

どうかしましたか。

いえ、何も。失礼致しました。

いえ、サラスティアが何も無いというのならば別に良いです。信頼してますからね。

もったいないお言葉、ありがとうございます。

そんな会話が繰り広げられている中再度視線だけ投げられ、すぐにそれは反らされる。
やはり完璧にばれてしまったらしいと思いながら、僕は部下から合図が飛んできたのに気付いた。
どうやら下地は充分に整ったらしい。

五分後に開始と合図を送ってから、僕も更に上部にある見張り台へと身を潜める。
此処なら向こうから見えることもないだろうし、のぞき穴から下の様子を逐一観察できるからだ。
スタンバイ完了ということで、試験開始を待つ。

そしてきっちり五分後、試験は開始した。
ほんと、守護役達と違って第五師団員って優秀だよね。

刃を潰した剣を持った師団員達が荒々しく扉を開け、導師を寄越せと怒声を上げながら甲板になだれ込む。
サラは即座に導師を背中に庇い戦闘態勢に入った。
他の守護役は…おろおろするもの、すぐに逃げ出すもの、震えて動けないもの、武器を構えるもの、反応は様々だ。
武器を構えた者は、まだ良い。
導師を守ろうとしているのか、自衛のためなのかはともかくとして逃げ出したものは動けない者よりかは遥かにマシだろう。

ぬるい敵意をまとって襲い掛かる団員達に守護役達が応戦する。
駄目だろうなと思っていた者達はすぐに降参を告げ、使えないだろうと思っていた者達は呆気なく負けた。
ちなみに案の定、何人かは海に落ちた。

サラだけが導師を背に庇いつつ、小刀を使って応戦しているが、どうも本気には思えない。
導師はそんなサラの背後で杖を持ってじっとしていた。

殆どの守護役達が降参しても、サラは導師を庇いながらの戦闘を繰り返していた。
しかしサラがどれだけ優秀でもやはり多勢に無勢、徐々に押されているのが解る。
本当の襲撃ならば此処からが本番なのだろうが、これはあくまでも試験だ。
そろそろ頃合だろうと判断し、僕はマストから飛び降りた。

「そこまで!全員武器をしまいな」

僕が飛び降りてきたことに何人かの守護役達が目を見開いていたが、号令を受けた団員達は言われたとおりに剣を鞘へと収める。
どういうことだと守護役達の視線が突き刺さるが、それを無視して現れた部下にねぎらいの言葉をかけた。

「ご苦労。そちらの結果は?」

「合格者は一人、ですね」

「だろうね。僕も同意見だよ」

僕が肩をすくめていると、団員たちの人垣を抜けて導師が僕の前にやってくる。
その背後にはサラが控えていて、呆れているような、疲れたような視線で僕を見ていた。
……うん、何かゴメン。

「貴方は…六神将の一人、烈風のシンクですね?」

「は。神託の盾騎士団第五師団師団長にして参謀総長を勤めております、シンク謡士と申します。導師、お怪我はありますか」

「ありません。シンク謡士、これはどういうことですか?納得のいく説明を求めます」

少し険のある声に内心嘲笑を浮かべつつ、導師の前に膝を着いて今回の守護役試験の概要を説明する。
導師は事前に説明が無かったことに不服そうな顔をしたものの、ため息をついてそうでしたか、と答えた。

他の守護役達が何か喚いていたが、それは綺麗にスルーだ。
というより、僕も導師も取り合ってなど居ないし取り合う気もサラサラ無い。

「事情は解りました。最後に一つだけ。
僕への事前説明をしないことを決めたのは誰ですか?」

「ヴァン謡将が詠師会に提案したものと聞いております」

「…そうですか。
任務ご苦労様です。僕は疲れたので船室で休もうと思います。
後始末は頼みましたよ」

「は。どうぞごゆるりと。
不合格者を護衛から外し、新しい守護役がつくまで第五師団員が護衛の任に就かせていただきますが、宜しいですか?」

「構いません。サラスティア、行きましょう」

サラは合格者であると確信していたのだろう。
導師は目礼するサラを引き連れてさっさと船内へと戻って行ってしまった。
海から引き上げられた者も含め、他の守護役達が当然のようについていこうとするのを、僕の話を聞いていた団員たちが道を遮って止める。

「聞いてなかったの?あんた達は試験に落ちた。ダアトに帰ったら正式に辞令が下される。
士官学校からやり直すか他の師団に振り分けられるかはまだ決まってないけど、まぁこれを機に辞めてくれてもこっちとしては全然構わないから。

でも良かったね?
今回は試験だったけど、本当に襲撃がかかったらアンタ達今頃死んでるよ?
それこそ体中から血を流すか、海に放り投げられるか、全員女だから制圧した後襲撃犯たちに陵辱もされるかな?
それでも守護役に残りたいって言うのなら、止めないけど」

僕の話を聞いて顔を真っ赤にしていた守護役達は、後半の言葉を聞いて顔色を一変させていた。
無駄に良い想像力で僕の言った情景を脳裏に浮かべたのだろう。
顔を青くさせて無言を貫役立たずどもを団員達に任せ、僕はさっさと船内に戻る。

あぁは言ったが既に他の部下が結果を書いた手紙を鳩にくくりつけてダアトに送っている頃だろう。
シェリダンに着いてからでは諦めの悪い守護役が鳩を飛ばして親に泣きつき、また面倒ごとに発展する可能性もある。
それを見越してダアトに帰還次第すぐに辞令を渡せる状態にする準備は既に整っているのだ。

「…後は帰るだけ、か」

割り当てられた船室に戻り、椅子に腰掛けながら僕はため息混じりに呟いた。
まだ仕事は終わっていないが、山は越えたと言って良い。
あと少しだと自分に渇を入れながら、僕は持ち込んだ仕事に向き直るためにイヤイヤペンをとった。


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