004


……いくらなんでも遅すぎじゃないか?

詠師に認可を貰いに行った後、その場で印を貰うつもりが後で目を通してから届けさせると言われ、それならばとさっさと僕も鍛錬場へと向かった。
向かったのに、広い鍛錬場の何処にも先に行ったはずのサラの姿はない。

小さいせいで見つからないのかと軽く歩いてみてもピンクの服は見当たらず、仕方無しに壁にもたれ腕を組みながら待ってみること早10分。
一向に彼女が現れる気配は無い。

「何してんのさ…」

口には出さなかったものの、久しぶりに手ごたえのありそうな相手に密かに悦びを感じていたというのに。
この場に居ない相手に文句を言いつつ、まさか迷子じゃないだろうな、と探しに行くために踵を返す。
上官に探させるなんて良い度胸だと思いながら執務室から鍛錬場までの一本の廊下を歩いていると、少しだけドアの空いている部屋が目に入る。

ちゃんと締めろよ。
それとも立て付けが悪いのか?

そう思いながらドアを閉めようとして、何となく隙間から室内を見渡す。
すると仮面越しに見えた先には、探していた張本人であるサラが両手を合わせ膝の上に乗せた状態でちょこんと椅子に座っていて、それを取り囲むようにして兜を取った団員達が数名居た。

嫌な予感しかせず、すぐさま気配を消してそのまま成り行きを見守る。
ちらりとサラの視線が此方に向けられたため、サラに存在がばれたのは解ったが団員達が気付く様子は無い。
あいつ等、減給してやろうか。

「だんまりっぱなしってのもいい加減飽きたんですけどねー。
んでー、人殺しの天才であるサラ様が何で導師守護役の制服なんて着てるんですかねー?」

「そりゃあ導師様を守るためだろうよ」

「無理だろ。導師様の目の前で惨殺して解任されるのがオチだぜ」

その言葉に笑う団員達。吐き気がした。
しかし言われているサラは無表情のまま、人形のようにピクリとも動かない。

「何か言ったらどうだ?それともアリエッタ様みたいに人外の存在じゃないと話せません、ってか?」

「ありえるな。なんたってサラ様自体が人外だ。
それなのに響士にするなんて、主席総長も何を考えておられるのか…」

「騙されてんだろうよ。見た目だけは大人しそうだからな、こいつ」

そう言って一人の団員がサラの頭を小突く。
サラは大人しくそれを受けた後、初めて表情を動かした。
深々と、ため息をつく。

「お話がないようでしたら、そろそろ解放して頂きたいのですが」

感情を込めない声は、どうも馬鹿な団員たちの神経を逆撫でしたらしい。
サラを見下して笑っていた団員達の声がぴたりと止まり、雰囲気が剣呑なものに変わる。

「調子のってんじゃねぇぞ、餓鬼が」

団員の一人がサラの胸倉を掴み上げるも、サラの表情は動かない。
一度だけ目を閉じてため息をつくと、それが癇に障ったらしい団員が拳を振り上げ、

「シンク様。見ていらっしゃるのなら、止めていただけませんか?」

サラがそう言ったことによって、その拳はサラの眼前でぴたりと止まった。
器用なものだ。
サラも視線だけで此方を見て、団員達も釣られるようにして此方を見る。
残念。どうなるかちょっと見たかったのに。

が、僕は飽くまでもドアの向こう側に居るので、彼等に姿を見つけることはできない。
僕が姿を見せないことにサラの雰囲気が少しだけ剣呑になったので、続きを見るのは諦めて姿を見せることにした。

「てめぇ、はったり「君がいつまでも来ないから悪いんだろ」…、…ひっ」

姿が見えないことによって再度憤ろうとした団員の言葉を遮りながらドアを開けてやれば、解りやすいほどに声がひっくり返る。
見つかって怯えるくらいなら最初からしなければいいのに、馬鹿だよね。

「上官たるシンク様をお待たせしていまい、誠に申し訳御座いません。
しかし一つだけ言わせていただけるのであれば、シンク様も人が悪いかと」

「君がどうするか見たかったんだけどね」

「どうもいたしません。後で処罰するのみです」

「此処では何もしないわけ?」

「同族に落ちるつもりは御座いません」

成る程。一緒にするなということか。
ため息をつき、腕を組んで壁にもたれかかる。
先程の威勢はどこに行ったのか、団員達はぶるぶる震えながら何度もサラと僕の間で視線を往復させる。
あぁ、本当に愚かだ。

「とっとと腕を離して頂けませんかね、クロード・ラスティル響長。
アレン・レストリアル奏長、ザリアス・カペライト奏長、フォグ・ブルネスタ響長、貴方達も所属は違えど上官を前にしたなら礼を取りなさい」

全員名前を覚えている、ということを僕の前で暴露されて全員の体が面白いくらいに跳ねる。
クロードとか言う馬鹿から解放されたサラは皺になった服を伸ばし、僕の元へと歩み寄ってきた。

「どうされますか?」

端的な質問。
彼等の処遇をどうするか、ということなのだろう。
口元に笑みを浮かべてやれば、全員顔色を悪くする。

「君が決めれば良い。彼らより君のほうが上官なんだし、ね」

そう言えば真っ青だった顔色が今度は真っ白になる。
血の気が引きすぎだってば。あぁおかしい。
サラは無表情のまま、僕の言葉に礼をした。

「畏まりました」

多分、サラの言葉は彼等にとって地獄の裁判長と同じくらい冷たい言葉に聞こえたに違いない。
当たり前だろう。
先程までの態度を考えれば、処罰されることなど目に見えている。

そして僕が許可を出した以上、規定以上の罰を与えられても、それこそ体罰という名の元に嬲り殺しにされても文句は言えない。
それが軍というものだ。

サラは団員達の方に向き直ると、ぴしりと姿勢を正して全員分の名前を呼ぶ。

「クロード・ラスティル響長。アレン・レストリアル奏長。ザリアス・カペライト奏長。フォグ・ブルネスタ響長」

「「「「は、はいっ!」」」」

面白いくらいに声がひっくり返しながら、今更礼を取る。
遅すぎると思うんだけどね。

「信託の盾騎士団規定第十条四項に則り、貴方達に一週間の謹慎と三ヶ月の減俸を命じます。
始末書は一週間以内にそれぞれの師団長に提出。
未提出の場合さらに罰則を加えますので覚えておくように」

サラが宣言すると、先程と同じようにひっくり返った声で団員達が返事をする。
まさか規定通りどころか甘すぎる処置で済ませるとは思っていなかったので、この結果には少しだけ眉を潜めた。

信託の盾騎士団規定。
それは信託の盾騎士団に所属する者ならば皆従わなければならない規則。

第十条四項とは。
『騎士団の団員が団員同士の私怨で暴力及び暴行に走った場合、一週間の謹慎と三ヶ月の減俸に処す。
また複数人の団員による一人に対する私刑も、コレに含むとする』
という、少しばかり甘っちょろい気がする騎士団のルールだ。

一見今回の処置としては適切に思えるが、少しばかり具合が違う。
なぜならばコレは階位が同程度の団員同士が諍いを起こした場合の処罰であり、サラは所属は違えど彼等よりも階位が高い。

この場合当てはまるのは第十条二項であった筈で。

『騎士団に所属するものは階位を重んじ、決して上官に逆らってはならない。
階位が下の者が上官に逆らう、私刑を行うなど、上官を軽んじる行為を働いた場合、一ヶ月の謹慎と半年の減俸、三週間の無料奉仕活動の後、一階級降格処分をとるものとする』

という、まさに今回ピッタリのものの筈。
つまり彼等は本来受けるべき罰よりも遥かに軽い罰を受けていることになる。
特に階位が変わらないというのは教団内ではかなり大きい。

しかしサラは(恐らくそれを解っている上で)気に留めることなく、彼等に命令を下していた。
最も、あの四人がサラの温情に気付いているかは甚だ疑問ではあるけれども。

「各員、謹慎の準備に入りなさい。
それぞれの師団長には此方から通達します」

その言葉に四人は返事をした後、鎧をガチャガチャと鳴らしながら兜を抱えて部屋を出て行った。
どういうことかとサラを見れば、僕の視線に気付いたらしいサラが礼を取る。

「お待たせして申し訳御座いません」

「いや、それは良いんだけどさ…なんでわざわざ軽くするわけ?」

「彼等は私に対し敬意を払ったのではなく、シンク様に対し恐怖していただけです。
故に本来の裁量よりも軽いもので済ませました」

……普通、そこは逆じゃないだろうか。
重い罰を与えて、上官たるものがなんなのか教え込むものだと思うのだが。

「コレで彼等が温情と自らの過ちに気付き、反省し大人しくなるのならばそれで良しとします。
逆に逆恨みをし、再度私刑を行うようであれば、次は容赦はいたしません。
チャンスは誰にでも、平等に与えられるべきです。」

つまり、成長を促したと。

「それと、虎の威を借る狐には成り下がりたくありませんので」

続いた言葉に納得しそうになり、どういうことだと聞こうとして、やめた。
実力はあれど卒業したばかりの自分にそこまでの影響力は無いと理解しているのだろう。

それにあの団員達の情けなさに対する呆れの方が大きかった。
確かにそれは上官たるものの役目だけれど、こんな少女に成長を促される大の大人というのも、どうだ。
この少女の方がよほど軍というものを理解してる気がする。
そしてあいつ等がその温情に気付く日は来ない気がする。多分、一生。

「君がそれで良いなら良いけどね。
それじゃ、行こうか」

「はい。では荷物をお持ちしますので少々お待ちを」

「荷物?」

部屋を出ようとして、サラの言葉に振り返る。
サラはテーブルの上に置いてあったバスケットを手に取ると、すぐに僕の元に戻ってきた。

「何それ?」

「飲み物とタオルです」

「あ、そう…」

優秀なんだかよく解らない補佐官だ。
普通そこまでしないと思うのだが。
まぁ悪いことではないので突っ込むのをやめ、そのまま鍛錬場へと向かう。

剣を握って稽古に励む声、ファーストエイドを唱える声、広い鍛錬場には様々な声が飛び交い、活気に満ちていた。
その隅の方に場所をとり、バスケットを壁際に置いてから距離をとって相対する。

「上着を着ても宜しいでしょうか?」

「着れば?」

稽古をしていた筈の団員達から視線が向けられるが、それを無視して短く答える。
サラは腰に巻いていた黒い上着を羽織る。
それはどう見てもサラの体躯に似合っていない大降りのもので、丈は太ももまであるし袖も長く、指先を全て覆ってしまっている。

襟を立てて全て釦を嵌めれば口元は覆われ、表情が見えない。
上着を一枚羽織るだけで、サラは足を残した全身を黒に染めてしまった。

そして背中に見えたのは、爪。
恐らく上着に隠していたのであろうそれはダブルクロー(双爪)と呼ばれる、拳に嵌めるタイプの武器だ。
獣の爪を模したその武器は普通の刀などに比べて殺傷能力が高い分、扱いが難しい。

「それはつけなくて良いわけ?」

「まずは素手でお相手しようかと」

「へぇ…舐めてる?」

「そのようなことは御座いません」

笑みを浮かべて聞くも、返ってくるのは淡々とした返事。
しかし言葉と同時に胸の前で勢いよく拳を合わせ、ガキンッ、と鈍い金属の音が響いたのを聞いて笑みを消す。
恐らく手袋に鉄なり何なり仕込んでいるという意思表示。

足を開き、構えを取る。
相対する敵の強さを見誤るほど、なまっては居ないつもりだ。
ぞくぞくと背中に走るのは悦びか、それとも。

「それじゃあ、精々楽しませてよね」

「……お望みに応えられるよう、努力いたしましょう」

いつもより低い声音での返答にそこで考えるのを止めて、僕は走り出した。



規定なんかは適当です。
すみません。

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