007


血に反応して暴走する。
それは普段淡々としているサラの姿からは想像もできず、思わず仮面の下で眉を潜めた。

「見えないけどね」

「だが事実だ。いわゆる戦闘狂だな」

戦闘狂、と言われて先日組み手をしたことを思い出す。
双爪を装備した彼女は戦いを楽しんでいた。確かに、その気はあるのかもしれない。

「傭兵やってたんだし、それ位は別に良いんじゃないの」

「度合いの問題だ。血臭や血溜まりに反応するらしい。そうなると相手の息の根が止まるまで暴走は止まらないと聞いている」

成る程、扱いに困るということか。
それでも僕にこうして問うてくるという事はそれを差し引いても優秀な手駒になる人物であるということと、僕にそれを探れということ。
恐らく、使い物にならないのならば処分しろという意味合いもあるに違いない。

以前サラが団員に囲まれ小突かれていたのを思い出す。
導師の目の前で惨殺して解雇されるのがオチと言っていたが、彼等はサラのことを知っていたからあんな言い回しをしたのだろう。

しかし、伝聞ばかりでは判断がし難い。
できればこの目で見てみたいというのが本音だ。
そこまで考えてからヴァンに向かって提案する。

「第五師団で討伐任務組める?」

「良いだろう。少数精鋭による山間部の魔物の鎮圧でどうだ」

「充分だよ。回復役は…どうするかな」

「いらんだろう。アレも第七譜術師だ」

アレだけ強い上に回復もできるのか。
此方の考えたことを汲み取った上で提案に乗ったヴァンの台詞にそんな感想を抱く。
いや、傭兵をやっていた頃、一人で戦えるように訓練してきたのかもしれない。
しかしこのヴァンの口ぶり、もしかして…

「二人で行けって?」

「少数精鋭、といった筈だが?」

「……ふーん、じゃあコレちゃんとやっといてよね」

他にも居るだろ、色々と!
そういいたいのをぐっと堪え、ソファに座る際に隣に置いておいた書類の山を持って立ち上がり、ヴァンの執務机にドンと乗せる。
頬が引きつっていたが無視だ、無視。

「…これは?」

「本来ならアンタがやるはずの仕事だよ。持ってきてやっただけ感謝してよね」

皮肉を込めてそういえば、リグレットから睨まれる。
大方ヴァンとの時間を邪魔するなとか、もっと立場を弁えた言動をしろと言いたいのだろうが、やるべきことを放置して良い理由にはならないだろう。

というか、途中からすっかり存在を忘れていた。
別に思い出す必要性もないのだから、構わないけれど。

「それじゃ、僕は部屋に戻って続きをするから」

「あ、あぁ…近いうちに任務を言い渡す」

それを聞いてから背中を向け、さっさと執務室を出た。
暫く事務から解放されるのだと思うと少しだけ足取りも軽い。
勿論帰還した後には高くなった山が出迎えてくれるのだろうが、それでも外に出て身体を動かせるという事実はありがたい。

やはり自分には暴れまわっている方が性にあっているのだろう。
その点で言えば、サラと自分は似たもの同士かもしれない。
そんな事を考えながら自分の執務室に戻れば、サラは綺麗な姿勢を保ったまま順調に書類の山を減らしていた手を止め、椅子から立ち上がり僕に向かって敬礼する。

「お疲れ様です」

「近々討伐任務に行くことになったから。君と僕で」

「二人で、ですか?騎士団では師団長が単身で任務に出ることが頻繁にあるのでしょうか?」

「ないよ。今回は特例だからね」

少し戸惑っているらしいサラの疑問に簡潔に答えつつ、自分も椅子に腰掛ける。
サラはすぐに紅茶を淹れ、カップを僕の机へと置いてくれた。

「特例、ですか」

「一般団員を連れて行っても恐らく足手まといになるだけだ。少数精鋭での任務って事」

「理解しました。どれほどお役に立てるか解りませんが、シンク様の足手まといとならぬよう、精一杯努めさせて頂きます」

そう言って頭を下げた後、サラは再度仕事に戻る。
どこまでも堅苦しいサラが紅をきっかけに暴走するとヴァンは言う。
殺戮を悦ぶサラを想像しようとしたが、生憎と僕の想像力では無理だった。
精々普段堅苦しいのはその気性を抑えようとしているのかもしれない、と思えたくらいで。

「準備だけはしといてよね。詳細は解り次第伝えるから」

「畏まりました」

その言葉にサラは目礼だけして仕事に戻る。
その姿は何処までも職務に忠実な軍人のものだった。





   * * * * *




「それじゃ、後は頼んだよ」

「はっ」

副師団長にそう声をかけてからくるりと背中を見せる。
ヴァンが運んできた任務はアラミス湧水道よりも更に奥にある山間部にて存在が確認された、突然変異らしい魔物を討伐することだった。

知能を有しているらしくある程度群れを成して近くにある村に襲撃を加えかけたことがあるらしい。
かけた、というのは被害が柵を壊されたり、畑を荒らしたりといったものが主で、で人身被害が出なかったためである。

しかし人々の恐怖心を煽るのはそれだけで充分だ。
村民の嘆願は信託の盾騎士団に対し討伐依頼という形で舞い込んだ。

僕の提案を受けたヴァンからすれば、渡りに船といったところか。
少数精鋭による魔物討伐という任務を通達された後、サラの準備は実に早かった。
荷物は最低限且つ実用的なもののみで、中には傭兵時代に生み出したらしい独特の携帯食などもあった。

サバイバル経験が豊富なサラにこっちが教わることもあったくらいだ。
素人に教えるための教本を元にした知識ではなく、経験による知識は実に興味深く、この道中聞けるだけ聞いておこうと思えるほどである。

「どれくらいで着くでしょうか」

「君と僕の足なら一日もかからないでしょ。その後の手はずは覚えてるね?」

「村長から最新の情報を入手した後、行動開始」

「それだけ覚えてるなら十分だよ」

「そこなのですが…恐れながら申し上げます。魔物の討伐はできれば一泊した翌朝からのほうが宜しいかと」

一般人よりも遥かに早いペースで足を進めながら話していると、サラからの提案に眉を顰めてしまった。
何故かと仮面越しに視線を向ければ、それを発言の許可と取ったらしいサラはすらすらと口を動かした。

「突然変異らしいということは、いずれかの部位が強化される、未知の能力を有している、一般の魔物よりも凶暴性や知性が増しているなどの危険性が上げられます。
事実、群れで強襲しながら村の人を襲わないところを見ると、村民を己達よりも弱者とみなし嬲って遊んでいるのでしょう。

勿論シンク様の体力を侮っている訳ではありませんが、そのような魔物を討伐するのであれば一泊して万全の状態で討伐した方が宜しいかと。
一晩あれば原型たる魔物の情報を元に作戦も練ることも可能ですし、それなりの準備もできます」

慢心は死を招きますよ。

そう最後に呟いてサラは口を閉じる。
サラの言うことはいちいち最もだったが、そこまで警戒をする必要があるのか?というのが素直な感想だった。

しかし口に出せばそれこそが慢心だと言われるだろう。
サラの濁った隻眼は今までになかった鈍い光を称えていて、戦場に身を置く歴戦の兵士を思わせる。
過剰とも思える警戒こそ、生き延びる術なのだといわれている気がした。

「解ったよ。確かに、君の言うとおりだ」

「上官に意見する無礼な振る舞い、真に申し訳」

「それはいいよ。君の意見は間違ってないし、警戒するに越したことはない。
それより一泊するなら村長と交渉しないとね」

「交渉材料は持っておりますので、十中八九問題ないでしょう」

嘆息気味にそう答えれば、頭を下げて謝罪をしようとするサラの言葉を切り捨てて考える。
しかしサラは交渉材料はあるという。
多分、傭兵時代に蓄えた知恵を使うのだろう。

どんな方法か聞くつもりはない。
どうせ現場についたら見れるのだから、聞く必要もないだろう。
そう考えつつ、襲ってくる魔物を適当に倒しつつさっさと足を進める。

そして予想通り、夕方になる前には目的の村に到着することができた。
村長からの上っ面だけの歓迎を受け、新たな被害がないか聞けば、またもや畑を荒らされたのだという。

現場を見たいというサラの希望を受け、荒らされた畑へと移動した。
サラは膝をついて荒らされた畑を凝視し、魔物が来たのであろう方向を見る。
腕を組んでその様子を見ていたのだが、サラが戻ってくるのを見て口を開いた。

「何かわかった?」

「はい。報告させて頂きます。
魔物は四足歩行のライガに近い体型を持ち、今回の討伐対象である魔物を中心に20ほどの数で群れをなしているようです。

討伐対象たる魔物は他の個体と比較して体躯は二倍から二.五倍程の大きさを持ち、その力はライガクイーンに匹敵する可能性もあります。
ライガクイーンと違うのはリーダー格たる魔物は残虐性と知性を持っていることでしょうが、恐らく討伐はクイーンよりも楽なものになるかと思われます」

「根拠は?」

「ライガも同じように群れを成しますが、数と譜術と武器で圧倒する人々の前では牙や爪は敵わないことを理解しているため人里の近くには拠点をおきません。
近づけば狩られる事を理解しているからです。

しかしこの魔物はそのことに気付かず、それどころか村民を獲物としてみていることが伺えます。
人間の脅威を知らないために此方を侮っているのです。
すなわち群れを形成して間もなく、経験が浅いことが伺えます。

しかし魔物の特徴がこれだけしか掴めない以上、確かに一個小隊を出すよりもシンク様と私が相対するのが無難かと」

最後の言葉は二人しか寄越さなかったことに不満顔だった村長に向けての言葉だろう。
そんな村長でも、幼いながらも現場を見ただけでそれだけの情報を入手したサラの報告を聞いて驚きを隠せないようだ。

一個小隊を出すよりも二人で出向いた方が良いのは、ライガクイーンと違って敵の情報が少ないからだ。
何年も討伐を繰り返されてきた魔物ならば、セオリーどおりに行けばよほどの事がない限り討伐が可能だ。
まぁそれでも失敗するのならば、それは単純に小隊長が無能だというだけだが。

しかし未知の魔物に相対するとなると現場に求められるのは臨機応変な対応とその魔物に対する情報収集であり、コレを行う場合は柔軟な動きが可能なほどに経験を積んでいて尚且つ魔物を観察する余裕を持つ少数精鋭の方が望ましい。

と、まぁ表向きの理由はさておき、報告内容を聞いてやはり討伐は翌朝の方が良いと結論を出し、サラをまじまじと見ている村長に向き直る。

「村長」

「あ、はい」

「今晩作戦を立て、明朝山に出向いて討伐を開始する。
村人達には今晩以降山に入らないよう通達し、一晩宿をお借りしたい」

「宿、ですか…」

そう伝えれば、やはりあまり良い顔はされなかった。
口には出さないものの、さっさと討伐して出て行って欲しいのだろう。

こういった小さい村では珍しいことではない。
嘆願する際には寄付金を払っているだろうし、客人を泊められるほどの余裕がないからだ。
渋い顔をする村長に対し、サラは一歩踏み出す。

「村長殿、僅かではありますがこれは一晩宿をお借りする際のお礼です」

そう言って荷物から取り出したのは布だった。
そこまで上質というわけではないが、町で買えば少々お高いかなという程度のものだ。
村長は布を見てからサラを見て、迷った挙句解りましたと行って布を受け取る。

その後どう見ても人を泊めるには向かないボロ屋に案内され思わず眉を顰めたが、サラは気にすることなく村長に毛布とシーツと夕食を要求。
そして僕に外で待っていてくれるよう馬鹿丁寧に言った後、手早く室内を片付けたため、日が沈む頃には室内で寛げる程度にはなっていた。




二人で任務。
夢主は大分優秀なようです。
あと中二設定すみません。
反省はしてるけど後悔はしてません、このまま突っ走ります。

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