「本物のルークはここに居ますのよ!」
カーニャがナタリアに盛大に怒ってから三日。
ユリアシティに辿り着いたカーニャ達は未だ体調が戻らないルークを支えながらユリアシティへと足を踏み入れていた。
そこに勇み足でやってきたのは、鮮血のアッシュを名乗る男。
彼はルークをレプリカだと蔑み、己こそが本物なのだと声高に叫ぶ。
ソレを聞いたルークはぽかんと間抜け面を浮かべ、カーニャは侮蔑の眼差しを向け、ナタリアは期待を乗せた瞳でアッシュを見た。
「ルーク…なのですか?」
「……俺はアッシュだ」
「いえ、私には解ります。貴方はルークです、本物のルークですわ!ああ、ルーク!」
頬を薔薇色に染めてアッシュに抱きつかんばかりに駆け寄るナタリアに向けられる視線は冷たい。
しかし言い意味でも悪い意味でも鈍感だったナタリアはそれに気付くことなく、アッシュへと熱い視線を向けている。
それに優越感を覚えたアッシュはルークを見て悦に浸ろうとしたが、全員の視線が限りなく冷たいことに気付いてたじろいだ。
余談だがルークはたじろいだアッシュを見て、流石に自分の被験者がこの視線に気付かないほど馬鹿じゃないということが解って、密かにホッとしていた。
「さ、参りましょう、ルーク。早く責任者に面会した後、外郭大地に帰還する方法を見つけなければ」
「交渉は僕がしましょう。何とかタルタロスごと帰還できれば良いのですが」
「最悪タルタロスは置いて徒歩で行くことを考えねばならないでしょう。
ルーク達には歩いていただくことになりますが…」
「構いません。一刻も早く帰還せねばならないのですから」
「そう、だな。俺達が死んだと断定されればそれを原因に戦争開始、なんてことにもなりかねない。急いで国に一報を入れないと」
「無視すんじゃねええええぇええっ!!」
多分思ったことは一緒だったのだろう。
皆、綺麗にアッシュの登場を無視することを選んだ。
それに対して憤るアッシュと、それに同調するナタリア。
ガイだけは憎悪の視線をアッシュへと向けていたが、それでもルークの方が心配なのかカーニャに対して自分がルークを背負うと申し出ている。
「ガイ!カーニャ!何故ルークを無視するのですか!」
「ガイ、貴方の体調は大丈夫なのですか?」
「守りきれなかったからな、これくらいはさせてくれ」
「けど、いざと言う時の戦力が、」
「ルーク、気にするな。それにお前まだ足の怪我完治してないだろ。
戦力なら旦那やカーニャがいるんだから大丈夫だ」
「あらガイ、貴方わたくしを盾にするおつもりでしたの?」
「あ、いや、そういうわけじゃないぞ!?」
多分思ったことは一緒だったのだろう。
皆、綺麗にナタリアの存在を無視することを選んだ。
アッシュに続き実に見事な連携である。
コレが戦闘時に発動できれば、向かうところ敵無しであろう。
が、その連携はナタリアの神経を逆撫でした。
眉間に皺を寄せ、カーニャやガイに向かって声高に叫ぶ。
「ガイ!貴方はルークの使用人でしょう!本物のルークはここにいますのよ!
カーニャもカーニャですわ!何故偽物のルークにばかり構うのです!」
その言葉に今度こそガイやカーニャは隠しようも無い嫌悪の表情を浮かべた。
口を挟んでこなかったティアやアニスですら目を吊り上げてナタリアを見ている。
カーニャは鬱陶しいといわんばかりに大きくため息をつくと、ガイにルークを任せ温度の乗らない瞳でナタリア達を見た。
「何故ルークばかり構うのか?おかしなことをおっしゃるのね、ナタリア。
私は親善大使に任命されたルークの補佐であり、ルークを助けるために同行しておりますの。
ルークを最優先にするのは当たり前の事ではありませんか」
「ですが本物のルークは、」
「貴方が先ほどから言う"本物"の定義が解りかねます。
わたくしはインゴベルト陛下が直々に任命された親善大使の補佐なのですよ?」
「でも…彼はレプリカではありませんか!私達をずっと騙していたのですわ!」
「騙していた?おかしなことを仰らないで下さいませ。
聞けば産まれたばかりのレプリカは身体は大きくとも赤ん坊と変わらないのだと言うのではありませんか。
そうなればルークは被害者でしかありませんわ。私達にルークとして生きることを強要された、被害者です。
彼はルークと名乗りたくて名乗ったわけではありません。ルークと名乗らされていたのですから。
ルークにルークであることを押し付けたのは私達だというのに、ルークが私達を騙していた?
誰よりもルークにルークらしくあれと、以前のルークならばこれくらいできたと、ルークをしかりつけていた貴方が言える台詞ではないと何故気付かないのです!」
カーニャがそう断言すれば、何故かアッシュは衝撃を受けたような顔をしていた。
ルークはルークであることを押し付けられた被害者である、などとアッシュは考えたことも無かったのだ。
同時にカーニャはこんな苛烈な怒り方をする女だっただろうか?と身震いした。
アッシュにとってカーニャは優しい姉のような存在だったからだ。
その隣で視線をさ迷わせていたナタリアだったが、やがて何かに気付いたようにハッと顔を上げた。
そしてようやく反論の糸口を見つけたと、手を合わせて残酷なまでに楽しそうに、それを口にする。
「で、すが…そう、王家の名を騙るのは重罪、ですし。
そう、そうですわ!ルークはランバルディアの名を不当に騙った、」
ぱぁん、と小気味の良い音が響いた。
カーニャがナタリアの頬を思い切り引っぱたいたのだ。
流石に誰も予想できなかったのだろう、全員が全員カーニャの方を見て驚愕に目を見開いている。
カーニャは親の敵といわんばかりにナタリアを睨みつけていて、ナタリアは何をされたのか解らなかったのか、自分の頬を抑えて呆然としていた。
「ナタリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディア。どうやら貴女にはその名は相応しくないようですね」
地を這うような声。
ルークは見開かれていた目をいつものように細めると、決めたのかとカーニャに問いかける。
「最早庇う価値は無いと、彼女は自らの態度でそれを示しました」
「そうか。ならそう報告しよう」
「そうそう、鮮血のアッシュ、でしたか?彼女を受け入れるならば、ご注意くださいませ。
彼女はまだ文字も読めぬルークに帝王学の本を押し付け、読めないことに呆れて失望するような人間です。
医者から記憶喪失の人間に思い出してくれといい続けるのは本人の負担になると教わっておきながら、最初に思い出すのがその言葉だったら運命的だと、それだけを理由に七年ずっとルークにプロポーズの言葉を思い出してくれと言い続けた人間です。
更に言うならばインゴベルト陛下の命に反し、無理矢理私達についてきた挙句、王女として扱うなと言い切った人間です。
そして目の前に都合の良い人間が現れたら、今までの絆など無かったことにして偽者本物と声高に叫び、つい先日まで愛を囁いていた人間を堂々と貶す人間です。
そんな彼女でも宜しいというのであれば、まあお好きにどうぞ。
ただ貴方も同じように扱われないよう、ご注意なさることをお勧めいたしますわ」
くすりと笑みすら浮かべて並べ立てられた内容に、ナタリアはわなわなと震えていた。
同時に聞いていたアッシュの眉間の皺が段々と増えていったことには、多分気付いていない。
最も、気付けるようだったらここまでカーニャを敵に回したりしなかっただろうが。
「一体なんなのです!!私をずっと目の敵にして!!私が一体何をしたというのですか!
そ、それに、私に手をあげるなど、それがどういうことなのか解っておりますの!?」
「このような言い方はあまり好きではありませんが……貴族であり第七王位継承権を持つ私が、一介の民に手を上げることに何か問題がありまして?」
「私は王女ですわ!」
「王女と扱うなと言ったのは貴方でしょう」
「そ、うですが!それでも私が王女であることは変わりませんわ!」
「何を言ってるんです?貴方はもう既に王女ではありませんわ」
「……え?」
「そうそう、ナタリア。貴女は先ほど仰いましたわね。
ランバルディアを騙るのは重罪であると」
「……え、えぇ」
突然の話題転換。この時になってようやくナタリアは背中に冷たいものを感じ始めた。
冷え切った瞳で笑みを浮かべるカーニャに、遅いが、本当に遅いが恐怖を感じる。
自分は不味い立場に居るのではないかと、ナタリアはようやく思い始めたのだ。
だが彼女は鈍感だった。見事なまでに鈍感だった。
だから飽くまでも思い始めただけで、思い至りはしなかった。
不安をしまい込み、カーニャがルークを罪人として扱う発言をしたと思いこみ同調する。
カーニャが誰を罪人扱いしているか、気付かないまま。
「例え自分の意思で名乗ったわけではないのにも関わらず重罪だと、そう仰るのですね?」
「法に照らせば、そういうことになりますわ。
王家の蒼き血はそれほどまでに尊いものですもの」
「ですが情状酌量の余地はあるでしょう?」
「本物のルークが居るにも関わらず、七年ずっとファブレに居座っていたのですから、あるわけがありませんわ!」
「成る程、貴女の考えは解りました。メリル・オークランド。ならば貴女も立派な重罪人ですわ。
ナタリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアの名を騙った、王家の血を引かない庶民の娘。
ご立派ですわね。貴女は今、ご自分の未来を決められたのですから!」
死罪という名の未来をね!
カーニャの言葉を、ナタリアは理解できなかった。
アッシュもまた、己が本物であると主張することを忘れ、今まで見たことの無い苛烈な幼馴染に身震いをしながら、呆然とカーニャを見ていた。
夢主、もうナタリア大嫌いです。
今まで見捨てようか散々悩んだ挙句の後だから情の欠片も無い。
多分許可があればこの場で切り捨てていたと思います。
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