「私は、この国を愛しているのです!!」


ユリアシティ以降、ナタリアはずっと苛々していた。
アッシュは"本物のルーク"であるにも関わらず、ずっとタルタロスの一室に軟禁されていた。
アッシュのヴァンの目的を探るべきだという主張は亡きものにされてしまった。

ルークとカーニャは侮蔑の視線を向け、ガイとティアとアニスからは同情されるがそれ以上のことは無い。
イオンとジェイドはナタリアを気にかけることすらない。
バチカルを出てから己を取り巻く全ての状況に、ナタリアは苛立っていた。

だからタルタロスで外郭大地への帰還が叶い、ジェイドがケセドニア経由でバチカルに送ってくれると言い、ルークとカーニャがそれを受け入れたときは憤った。
国には生きていると一報を入れれば良いのだから、自分達はヴァンの目的を探るべきだと主張したのだがそれも全て黙殺されたのだ。
いっそのことアッシュを解放させて二人で動くべきかと悩んだが、アッシュ自身に拒まれてはそれもできない。

帰還したら父に話し、少しルークやカーニャを諌めてもらおう。
そうすれば彼等も少しは自分への態度を改めるだろう。
旅の間身分を隠していたとはいえ、自分は本来この国の王女なのだから、と。
タルタロスを置いてケセドニアからバチカルへと向かうため、乗り換えた船の中でそんな事を考えていた。

あのユリアシティでのカーニャの言葉は、自分を脅すための嘘だろうと考えていた。
言われた瞬間は動揺して思考を停止してしまったが、今はそう確信していた。
己は間違いなくナタリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアなのだ、19年の記憶がそう物語っているではないかと自信を持っていた。
ルークとは違い自分には生まれたときから王宮で育った記憶があると、それがナタリアの自信を後押ししていたのだ。

そしてもう一つ、ナタリアは自分が王女ではないなどと考えたくなかった。
王女でないことよりも、自分が父の子ではないなどと考えたくも無い。
何より、ナタリアはこの国が、キムラスカが大好きなのだ。

そうして辿り着いた謁見の間、カーニャとルークが謁見を許可され、ナタリアのみ私室に帰るよう王から伝言が届いたことにもう何度目か解らない苛立ちが湧き上がる。
それを当然のものと受け止め、ナタリアを置いてあっさりと謁見の間に行った二人をナタリアは睨みつける。
そして暫く躊躇っていたものの、やはり我慢できずに謁見の間へと足を向けた。

自分を止めようとする家臣には、反逆をするのかと黙らせた。
王はお怒りになっていると口にする家臣には、父なら解ってくれるとと言い切った。
お立場をお考え下さいという家臣には、自分はちゃんと考えている馬鹿にしているのかとと怒鳴りつけた。
つまるところ、ナタリアは自分の考えを否定するものを受け入れないのだと、王宮の者達に知らしめてしまった。

「お父様!!」

待機していたガイやアニスを横目に謁見の扉を大きく開き、ルークとカーニャが話しているであろう場に乱入する。
何事かと振り返ったルーク達はナタリアを見て嫌悪の表情を浮かべた。
一緒に謁見していたイオンやジェイドですら、同様の顔をしていた。
それに苛立つものの、無視して父に駆け寄ろうとする。己を甘やかしてくれる、己の最大の理解者である父に。
だが、目の前で槍が交差したことによって、それも阻まれた。

「どきなさい!私を誰だと思っているのです!反逆する気ですの?!」

ナタリアが怒鳴りつけるものの、近衛兵達はどかなかった。
巡回兵とはワケが違うのだ。ナタリアの怒気など、効くはずもない。
カーニャは冷たい瞳でナタリアを睥睨すると、コレが理由ですとインゴベルトに告げた。

「道中、ずっとこうであったと?」

「はい。結果を予想せずに己の意志を貫こうとし、気に食わなければ王女の権威を振りかざすなど、人の上に立つものに相応しく無い行為かと」

「己の言葉がどのような意味を持つのか理解している様子はありませんでした。
やすやすと意見を翻し、先日まで愛を囁いていた相手を偽者と断言する者についていく家臣はおりません」

ルークとカーニャの言葉にインゴベルトは一つ頷いた。
結論は出たようですなというアルバインの言葉に、ルーク達も頷く。

「私、ルーク・フォン・ファブレは、彼女がナタリア・ルツ・キムラスカ=ランバルディアに相応しい者ではないと判断いたしました」

「同じくカーニャ・ラエ・コーラルも彼女の肩にはランバルディアの名は重過ぎると断言させていただきます。
むしろ彼女がナタリアの名を名乗り続ければ続けるほど、ランバルディアの権威は地に落ちることとなるでしょう」

きっぱりと言い切った二人に、ナタリアは呆然としていた。
一体ルーク達は何を言っているのかと、理解が追いついていなかった。
自分の前に交差された槍の柄の部分にてをかけたまま、状況を理解しきれずにぽかんとしてしまう。
それを表情で察したインゴベルトは、ナタリアに説明するために重々しく口を開いた。

即ち、ナタリアは試されていたのだ。
ナタリアは王家の血を引かない。インゴベルトとは血が繋がっていない預言に詠まれ王女になった娘である。
しかしそれはナタリアの意志ではないし、ナタリア自身に罪がある訳ではないだろうとインゴベルトは考えた。
正直な話、インゴベルトもまたナタリアにほだされていたのだ。

だが貴族達はそうはいかない。王家の血を引かぬ娘がランバルディアの名を名乗るなど、尊き蒼き血が穢れてしまうとインゴベルトに訴えた。
だからインゴベルトは賭けをしたのだ。そして貴族達もそれに従った。

まずインゴベルトはナタリアを甘やかした。
甘言に誑かされるほど愚かではない、己を律することすら出来ない娘ではない。
そう貴族達に示すためにインゴベルトはわざとらしくナタリアを甘やかした。
しかしインゴベルトの思惑など気付くことなく、甘やかされて当然といわんばかりに助長するナタリアを見て、ほら見たことかと言った貴族はどれ程居ただろう?

そして同時に、貴族院は決定権をルークとカーニャにも委ねた。
幼馴染でありナタリアを知り尽くしたルークとカーニャは、もしナタリアがこのまま王女で居るならば末永くナタリアと共にあり支えあう存在となる。
それにカーニャはあのコーラル家の人間。故に決定権を持つに足ると、そう判断された。

そもそもナタリアが知らないだけで、ルークもカーニャも国政に関しては非常にシビアな思考回路をしている。
幼馴染であろうと、仕事であれば容赦はしない。
それが解っているからこその、決定権なのだ。

そして、決定はなされた。
ルークもカーニャもナタリアは王女に相応しくないと判断した。
今は口頭での説明だったが、後日報告書も提出されるだろう。

「ナタリアよ、そなたは自ら王家に相応しくないと照明した。
故にそなたの王女の地位を剥奪し、一平民に降ろすものとする」

「嘘……うそ、うそうそうそ、嘘ですっ!嘘だと仰って!!」

「嘘ではない。元々そなたの行動は目に余っていた。王家の血を引かぬ以上、最早誰もそなたを王女と認めぬだろう。
今後一切ランバルディアの名を出すことは許さぬ。もしナタリアと名乗ったら……わかっているな?」

「血が、血が繋がっていないからなのですか!?
それでも19年、共に過ごした絆は最早なくなってしまったというのですか!?」

拘束されそうになる中、ナタリアは必死に父王に呼びかけた。
しかし情に訴えれる次期はとうに過ぎている。ナタリアだけが気付いていなかったのだ。
そしてナタリアは連れて行かれそうになりながら、続けてカーニャやルークに縋る。

「カーニャッ!貴女も、貴女も何か仰ってくださいませ!
あんなにルークは庇っていたではありませんか!!」

「……私は何度も忠告いたしました。勉学に励んで欲しいと、王女として発言するならばもっと気をつけろと、それは本気で言っているのかと。
それらを全て無碍に跳ね除け、私の意見に耳を傾けることすらせず、自分は王女としてちゃんとしていると言いきり、傲慢に振舞い続けてきた貴女には最早何も期待しておりません」

「ですが、ですが…私は、この国を愛しているのです!!」

「だからなんです?その席を放棄したのは貴方自身。私は貴方を主と認めません。
ごきげんよう、メリル殿。もう二度と会うことは無いでしょう。さようなら。どうかお元気で」

王女として認められる可能性とて、ナタリアにはあったのだ。
ナタリア自身は当然のように貴色は無いが、瞳は少し暗いが緑色ではあるし、金髪と赤髪が交われば赤髪の子供が生まれる可能性が高い。
今まで近親婚が多かった弊害とでも言うように病弱な人間が多いため、少しは別の血を入れるべきではないかという意見もあった中、ナタリアは間違いなく健康体で都合も良かった。

だが、それを全てぶち壊したのはナタリア自身である。
ギリギリまで悩んでいたカーニャを、自ら突き放したのだ。
だがカーニャはナタリアを見捨てた。決定したならば、容赦は無い。
いくら愚鈍なナタリアとてカーニャの無表情と冷淡な声音でそれを悟り、微妙な顔をしているルークへと縋る対象を変える。

「ル、ルークッ!貴方だって私の幼馴染で…っ!」

「……偽者の俺に何で話しかけるんだよ。偽者は要らないんだろ」

「っ!!
なら、なら貴方もとらえられるべきではありませんかっ!!何故私ばかりこんな目に会わなければならないのです!!」

瞬間、カーニャの怒気が膨れ上がる。
その目に浮かぶ怒りに隣に立っていたルークですら、一歩引いてしまうほどの怒気だった。
カーニャはインゴベルトに許可を取ってナタリアを拘束だけでとどまらせると、インゴベルトに向かって報告を一つ忘れていたと、わざとらしくのたまう。

「ほう、報告とは?」

「ルークがレプリカと呼ばれる存在であることは先程報告いたしましたが、それを知ったときメリルはこうも言っていたのです。
ルークに向かって偽者、王家の名を騙る重罪人だ、と。
私はメリルに対し情状酌量の余地もあるのではないかと聞いたのですが、ランバルディアの名を騙るのはそれだけ重い罪なのだと彼女は言いきったのです」

ナタリアは自分の血の気が引いていくのを感じた。
そしてようやく悟る。先程までならば、一市民として追い出されるだけですんだ。
恐らくメリル・オークランドとして生きていくことだけは、許されていたのだ。
だが今は違う。ナタリアは今さっき、カーニャの最期の情を無駄にしてしまったのだ。
周囲からの嫌悪の瞳が突き刺さるのを感じ、ナタリアは震え始める。

「そう断言するのであれば、私達もまたそれ相応の対応をとらねばならないのでしょうか」

「……逆鱗に、触れたのだな。それすら解らなかったのか」

「はい。察することは、ありませんでした」

「確かにそなたは、コーラルの名を継ぐに相応しいようだ」

「はい。私は間違いなく、コーラルの名を継ぐ者にございます」

今度こそ、震えて動けなくなったナタリアが近衛兵達に引きずられるように連れて行かれる。
同時に事態を見守っていたジェイドやイオンもまた、ルーク達と共に謁見の間から退出を願った。
カーニャだけが詳細な報告を求められたために謁見の間へと残る。

「あの、先程カーニャが言ってた、コーラルの名を継ぐ者ってなんですか?」

ルークと共に階段を降りながら、イオンがふいにそんな事を訊ねた。
別に自己紹介としてはおかしくない。ただあの場、あの瞬間に言ったからこそ、イオンも違和感を抱いたのだ。
ルークはイオンと共にジェイドの視線がコチラに向けられているのを感じ、声にこそ出さないものの彼も気になっているのだろうとあたりをつけ、説明をするために口を開く。

「コーラル家の名前の元になってる珊瑚って石は知ってるか?」

「あ、はい。あの赤色の宝石でしょう?」

「厳密に言うと宝石じゃないな。アレは死骸なんだ」

「死、骸……?」

「そう。アレは海の中で生きていたサンゴの死骸。だから珊瑚は正確に言うと石ですらない」

驚くイオンを置いて、ルークは続きを口にする。

「元々は珊瑚の如く死骸と成り果てても国のために役に立とう、それだけの忠誠を誓う、っていう意味だったらしいんだけどな。
けど歴史が重なるにつれ、その意味は段々と変わっていった」

「どんな風に、ですか?」

「そもそも珊瑚って赤色以外に色々あるんだよ。けどコーラル家が所有する珊瑚は全部赤い。それは王が浴びる血を肩代わりしているからだ、そんな意味合いに変わっちまった。
コーラル家の珊瑚は全部血の色で染められている『血染め珊瑚』なんて渾名が着くくらい、コーラル家の忠誠心はずば抜けてる。
赤い珊瑚なんてキムラスカじゃ珍しくもないのに、そんな風に揶揄されるくらい特出してる。カーニャだって例外じゃない。

ただの令嬢が2年も武者修行の旅に出たりしないだろ?
ありゃ過去ナタリアが弓を習うって決めたときに、なら自分が前衛が躍り出るためにって剣を習った結果なんだよ。
でも、だからこそ、カーニャは許せなかったんだと思う」

その時ルークはほんの少しだけ、瞳を悲しみに揺れさせた。
恐らくこれからルークもまた、試される側に変わるだろう。
レプリカという特異な身の上であることが解った以上、キムラスカの益になる存在であると示さなければ消されるのは必須だ。

「ランバルディアの名を貶めることが、王家に連なる公爵家の一粒種である俺を貶されることが、全てがカーニャにとって許せなかったんだ。
誰よりも何よりも、ランバルディアに忠誠を誓っているから」

ずば抜けた忠誠心はランバルディアの至高の盾であり、最強の剣となる。
そしてそれは、己の主がランバルディアに相応しくないと判断した時、断罪の刃と化す。
だからこそキムラスカ王家の人間は誰よりも何よりも、自分達に厳しいのだ。

「血染め珊瑚、ですか」

ジェイドがぽつりと呟いた。
コーラル家の珊瑚は全部血で染められている。
それだけの忠誠心を持つからこそ、アクゼリュスでナタリアを見限って以降のカーニャはナタリアを徹底的に排除し続けた。
既に己が仕えるべき主では無くなっていたから。

「諸刃の刃にもなりえますが…マルクトにもそれほど忠誠心を持つ家があれば、と考えてしまいますね。いっそマルクトに欲しいくらいです」

人の心は疑えば疑うほどそちらへと流れていく。
確かに危うい存在であるものの、そんな絶対に味方だと断言できる存在が身近にあれば皇帝だってもっと心の余裕ができるだろうに。
ジェイドの思考を詠んだのかどうか知らないが、ルークはその呟きに笑った後、良い笑顔で断言した。

「はは、やるわけないだろ。ナタリアが居なくなった以上、カーニャは俺に仕えてもらうんだからな」

これからの難関を予想しながらも、キッパリと言い切るルーク。
それはつまりレプリカだろうと公爵子息として認めさせてやるし、被験者に今の居場所は渡さないと断言したようなものなのだが…。
それに突っ込める人間は誰も居なかった。






end.





はい、というわけでナタリアいじめシリーズ終了です。
ナタリアはこの後お望み通り重罪人として処刑されます。自分で望んだんだから仕方ないよね!

夢主の掌の返しようの理由は『忠誠心』で、ルークがちゃんとしてるのもコーラル家のおかげで王家が非常に実力主義になっているからということでした。
逆を言うならばレプリカでも子孫が残せて貴色があり、且つ実力さえ示せば王様になれます。
そしてそんなシビアな世界だからこそ、ずば抜けた忠誠心を持つコーラル家を手放せず、けどコーラル家に認められるには実力を示すしかなく…ああ、なんて堂々巡り(笑)
多分ルークは実力を知らしめ、夢主を手中とするのでしょう。

とか言いつつ実は『血染め珊瑚』設定はこの最終話を書いてる最中に思いついた後付だったりします。
だから矛盾とかあったらごめんなさい。では、ご覧頂きありがとうございました!

清花

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