「イオン様のことちゃんと見張っておいて下さいね」


チーグルの森。
そこには住処を燃やされ移住してきたライガ・クィーンと、その側に侍るようにしてクィーンに育てられた人間の娘であるアリエッタの姿があった。
そしてアリエッタの所属する第三師団副師団長であるカーニャ・ガーランドが、クィーンとアリエッタを守るように立っている。

アリエッタとカーニャの存在に目を細めたのは、マルクト帝国軍のジェイド・カーティス大佐だ。
カーティス大佐はカーニャと相対しつつ、一般人であろうルークと神託の盾兵らしいティア・グランツ、そして導師であるイオンを背後にしながら、側に居た導師守護役であるアニス・タトリンに耳打ちをする。

「わっかりました。その代わり、イオン様のことちゃんと見張っておいて下さいね」

大佐から耳打ちを受けたアニスの言葉にムッとしたのは、元導師守護役であるアリエッタだった。
同時にカーニャも眉を顰め、腰から愛銃を引き抜くと動き出そうとしたアニスの足元へと打ち込む。
咄嗟に足を止めたアニスは自分を攻撃した人物を睨みつけ、腰に手を当ててキッとにらみつけた。

「ちょっと、危ないじゃん!何すんのよ!」

「アリエッタさま、お側を離れることをお許しいただけますか?」

「うん、行って」

「畏まりました」

アリエッタが眉を顰めて許可を出し、カーニャはきびきびとした足取りでアニスに近付く。
そしてもう一度文句を言おうとしたアニスを思い切り張り飛ばした。

「なっ!?」

「何を…」

「アニス!?」

ティアが驚き、大佐が僅かに眉を顰め、イオンが驚愕の声をあげる。
慌ててアニスに駆け寄ろうとしたイオンをやんわりと留め、カーニャは頬を抑えながら上半身を起こしているアニスを玲瓏な瞳で見下ろしていた。

「貴様のような礼儀も知らず、言葉遣いもなっていない者が導師守護役を名乗るなど腹立たしいことこの上ないな。
立て、アニス・タトリン。そして導師に無礼を詫びろ」

「っ、何でいきなりそんな事言われなきゃいけないのよ!?つーかアンタ誰っ」

全て言い切る前に再度銃声が森に響く。
アニスは後3cmはずれていたら自分の足に穴を開けていたかもしれない銃に喉を引きつらせ、反抗心を恐怖心へと塗り替えながらカーニャを見上げた。
同時にライガ・クィーンがぐるぐると低く唸り、それを聞いたアリエッタが声をあげる。

「カーニャ、ママがうるさいって言ってる。それ、やめて」

「それは大変失礼致しました。ご母堂には私が謝罪をしていたとお伝えくださいませ」

アリエッタへと向き直り、腰を曲げて丁寧に謝罪をしたカーニャの手に既に銃はない。
その代わり背中に固定していた鞭を取り出すと、ぴしりとしならせながらアニスを見下ろした。

「さて、アニス・タトリン。私はカーニャ・ガーランド奏手。
神託の盾に入って既に8年、2年前まではあそこに居られるアリエッタさまと共に導師守護役をしていた貴様の先輩にあたる。
解るか?理解したならばまずは敬語を使え、それが軍の規律というものだ。
それすら出来ないならばさっさと軍など辞めてしまえ」

「も、申し訳、ございません…」

屈辱に震えながらアニスは謝罪し、のろのろと立ち上がる。
カーニャは立ち上がったアニスを30秒ほど見下ろしていたが、アニスが動き出さないために手首だけを動かして鞭をしならせた。
地面を穿った鞭が乾いた音を立て、アニスの身体がびくりと跳ねる。

「何をしている。さっさと導師に謝罪をしろ」

「な、何で謝らなきゃいけないんですか!?」

「何で?何でと言ったか?アニス・タトリン奏長。貴様の役職は何だ」

「導師守護役、です」

「そうだ。貴様の仕事は導師をお守りすることだ。
導師守護役とは導師のために存在し、導師のために死ぬことこそ本懐である。
にも関わらず貴様は先ほど何と言った?

見張っていて、だと?
己の職務を理解していたならば決して出ない言葉だ、導師を軽んじ侮辱する言葉だ!
解ったならばさっさと謝罪をしろ!それが出来ないならば貴様は導師守護役ではない!」

話しているうちに段々と熱が篭ってきたらしく、最後は怒鳴りつけるようにして叱るカーニャにアニスは怯えた。
そして助けを求めるようにイオンを見る。
それを察したイオンが自分は気にしていないからとカーニャを宥めようとしたが、カーニャはまるで猫のような笑みを見せながらイオンにこう言った。

「あぁ、相も変わらず慈悲深いのですねイオン様。流石は平和の象徴と言われるお方です。
しかしいくら他人の目があるといえど、このような導師守護役を連れているとなれば貴方の評価が落ちてしまいます。それはひいては教団の評価が下がるということ。

2年前と、そう、以前と同じように、このような導師守護役には罰を与えて下さい。
"それが導師としての役目です"」

「ば、つ…」

その言葉にイオンは顔を青くさせた後、目を見開いてカーニャを見る。
本物の導師イオンならば、導師ならばそうするべきだと、カーニャが言わんとしたことを察してから、心の中で葛藤する。
音叉の杖をぎゅっと握り締めて強く瞳を閉じた後、アニスから視線を逸らしながら微かに震えた声でアニスに命令した。

「アニス、確かにカーニャの言うとおりです。今は状況が状況ですので、教団に帰還次第罰則を与えます。帰還するまでは自粛し、今まで以上に任務を全うするようにしてください」

「イオン様!?」

イオンが自分を助けてくれなかったことに驚愕するアニスを、ついに鞭が叩く。
乾いた音と共にむき出しになった肩を叩かれ、アニスは甲高い悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちた。

「早くイオン様に謝罪しないか。何度言ったら解るんだ?」

アニスは叩かれた場所を押さえつつ、瞳いっぱいに涙を溜めながらイオンに向かって頭を下げる。
ティアは酷いと呟き、ルークも軍ってこんなに厳しいのかとぼやいた。
カーニャはアニスに以後気をつけるように言うと、今まで他人事のような顔をしていた大佐へと向き直る。

「ジェイド・カーティス大佐とお見受けする」

「えぇ、私に何か?」

「先ほども言ったとおりタトリン奏長は導師をお守りする導師守護役、今後一切私兵かマルクト兵のように扱うのはやめていただきたい。
伝言程度自分の部下を連れてこれば宜しかろう。

我等神託の盾は秩序と預言を守るための誇り高き騎士団である。マルクトの指揮下に入った覚えはない。
この件に関してはマルクトに正式に抗議させて頂くので、そのおつもりで」

「随分と大げさですね」

「大げさ?では我等神託の盾がマルクト皇帝をお守りする近衛兵を伝言の使い走りにしても良いのか?
貴様がやったのはそういうことだ。
仮にも大佐を名乗るならばそのくらい理解していると思っていたのだが…」

意味ありげに言葉を切り、鞭をしまってくるりと背を向ける。
そしてイオンに対して一礼した後、ルークに対しても目礼をして、ライガ・クィーンの卵を抱えたアリエッタへと歩み寄る。
側を離れたことを詫びてからタマゴを受け取れば、クィーンが身体を起こして大きく吠えた。

途端に身構えるルークやティアに対し、ミュウが移動すると自分の群れに言っているですの!と通訳をする。
イオンは唇を引き結んで一歩前へ踏み出ると、カーニャに向かって声を上げた。

「カーニャ!貴方は一体何故ここへ?」

「……私はアリエッタさまのお供です。このような場所に巣を構えては人間はライガを駆逐しようとするでしょう。
しかしクィーンはアリエッタさまの育ての母、高々人間の恐怖心如きで命を落として良いお方ではないため、こうして移動のお手伝いに参った次第。

なので任務は一切受けておりません。
故にイオン様が何故ここに来られたかも口を挟む権利はありませんが……もしイオン様が許してくださるならばお一つだけ言わせていただきたいことがございます」

「…なんでしょう?」

「貴方が教団を離れたのと同時に、大詠師が導師を軟禁している、導師を解放しろと信者による暴動が起きました。
詠師の方々は導師にお姿を見せていただき誤解を解こうと致しましたが、貴方は既に姿を消した後でした」

カーニャの説明にサッとイオンの顔色が悪くなる。
しかしカーニャはそれを解っていながら、容赦なく言葉を続けた。

「結果、神託の盾兵が暴徒を鎮圧。
死者4名、怪我人の数は正確に数えては居ませんが20名は越える被害が出ました。
勿論一般信者相手ですので手加減はしましたが、神託の盾兵はそれを上回る被害が出ております。

第四師団と合同でその暴動に関して調査を行ったのですが、ハニーブロンドの髪に赤い瞳、メガネをかけマルクトの軍服を着た男が噂を流し信徒を煽ったのだという結果が出ました。
ちなみにその男は何もないところから槍を取り出していたそうです」

全員の視線がカーティス大佐へと集まる。
その特徴は全て大佐に当てはまっていて、大佐は無言でメガネのブリッジを押し上げている。

「貴方様が何故教団を抜け出されるという愚行、いえ、軽挙を犯したのかはこの際聞きません。
お陰でそこに居るタトリン奏長以外の導師守護役は皆首を跳ねられました。

しかしイオン様のことです。その犠牲を出してでも成し遂げたいことがあり、私如きでは理解できない深い事情がおありなのでしょう。
ですがそれが本当に教団のためなのか、ひいては信者のためなのかということを忘れずに考え続けていただければと思います。
貴方の一挙一動で首を跳ねられるものが居て、命を救われるものが居るのですから」

青を通り越し白い顔になったイオンはその場にふらつき、震える手を見つめている。
カーニャはイオンに一礼した後、そのままライガに乗っていたアリエッタに歩み寄る。

アリエッタは後悔に顔を染めているイオンを一瞥すると、イオン様…、と小さく呟いただけでそれ以上は何も言わなかった。
そしてそのままライガに乗って、森の奥へと姿を消す。
それに続くようにカーニャもまたタマゴをしっかりと抱えてライガに跨り、木々の隙間へと消してしまった。

ソコには後悔にいろどろられた顔で謝罪の言葉を紡ぎ続ける導師が残されたが、誰も彼に声をかけることはできなかった。






夢主は元導師守護役で、アリエッタ信奉者。
アリエッタよりも階級が上だけど、飽くまでも人間社会に疎いアリエッタの補佐がメインなので副師団長であり、本人もそれで良いと思ってる。
第三師団は魔物を使役することをメインとした師団なので、アリエッタの方が階級が低くても、第一人者であるアリエッタを師団長とする事を特例として認められている…みたいな設定。

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