「私は巻き込まないように眠らせただけよ!」
結局カイツール軍港襲撃犯の捕縛と人質の奪還はキムラスカ兵が行うことになり、ティアは自分の意見が通らないことにむっつりとした表情を隠していなかった。
初期は自分の味方をしてくれていたガイや愚痴仲間だったアニスなどが意見を翻したのも気に入らないのだろう。
最早カーニャに突っかかるのはティアのみである。
国境で整備士奪還成功の連絡を受けたルーク達は修理された船に乗り込み、ケセドニア経由でバチカルへと帰還することに成功したのだった。
「…バチカルか。久しいな」
「ん?カーニャはバチカル久しぶりなのか?」
「えぇ、まぁ。屋敷は使用人に任せて暫く放浪しておりましたので」
「へぇ、どこ行ってたんだ?」
「ダアト、ケテルブルク、グランコクマです。その後エンゲーブに立ち寄ったところ、ルーク様にお会いしたんですよ」
「マジかよ!?何でもっと早くに言わないんだよ!そしたら色々話聞けたのに!
あ、そうだ!カーニャ、お前ウチ来いっ、泊まってけ!ンでもって旅の話聞かせろよっ」
「ファブレ公爵邸ですか…ではルーク様が招待していただけますか?そうすれば正式に訪問させていただくこともできるでしょう」
「つまり来てくれるんだな?よっしゃぁっ!約束だかんなっ。
で、ガイ、招待ってどうすりゃいいんだ?」
「そうですね…と、その前にカーニャは貴族なのか?爵位はどれくらいなんだ?」
船のタラップを降りながらそんな事を話していると、お待ちしておりましたという低い声が聞こえて全員の視線がそちらに向けられた。
そこに居たのは特徴的な髪型をしたゴールドバーク将軍と、それに付き従うように立っている女将軍のセシル将軍だ。
ジェイドの顔が引き締まり、カーニャはまるで護衛のようにルークの斜め後ろ立っている。
ガイがそれに不満そうだったが、それでも今までの経緯があるだけにカーニャから少し離れた所に立っていた。
船員とルークを隔てるように立っていることに対し、カーニャが成長したものだと舌を巻いていたのはここだけの話である。
「この度はご無事のご帰還、お喜び申し上げます」
「ああ。鳩は届いてるか?」
「はっ。マルクトからの和平の使者をお連れとか」
「そうだ。ジェイド」
将軍の言葉にルークは頷くと、自分よりも一歩下がった位置に居たジェイドに視線だけ寄越す。
ジェイドはその視線に一歩踏み出すと、素早く敬礼を取った。
ちなみにジェイドは今、軍服を着ていない。マルクトの礼服である。
最初軍服のまま行こうとしたということをカーニャに知られ、ぶん殴られそうになって慌てて着替えたのだ。
死霊使いと名高い男が敵国に軍服のまま乗り込むなど、殺してくれといっているようなものだろうと。
言われないと気付かないというジェイドは他人からの評価というものに対して鈍いということがよく解るエピソードの一つだったりる。
「ゴールドバーク将軍とお見受けします。私はマルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティスと申します。ピオニー陛下より親書を預かってまいりました」
「貴公があのジェイド・カーティス…ッ」
「軍人たる私のような無骨者が和平の使者であることに不満はおありでしょうが、ピオニー陛下の和平の意思は本物です。どうかインゴベルト陛下にお取次ぎを願えませんか」
「……ルーク様より鳩にて連絡を受けている。来ると良い。謁見の準備はできている」
「ありがとうございます」
ゴールドバーク将軍の言葉に深々と頭を下げるジェイド。
将軍は苦々しい顔のまま他の面々に視線を移したが、カーニャの顔を見た途端に目を見開いた。
その顔は驚きを隠しておらず、それに気付いたセシル少将もまたカーニャに気付いて言葉を失っている。
「…ヴァッ、ヴァルキリー…何故、ここに…っ」
「将軍、その名は捨てた。どうかここではカーニャと。今の私は只の田舎貴族に過ぎないからな」
苦笑するカーニャに対し、将軍二人はどうしたものかと口ごもっている。
頷くのを躊躇っている様子にルークは首をかしげ、疑問を解消するためにこっそりとジェイドに向かって話しかけた。
「なぁジェイド、ヴァルキリーって何だ?」
「はるか昔、それこそ創世暦時代よりも過去に…あぁ、創世暦時代は解りますか?」
「馬鹿にすんなっ!ユリアとかが居た時代だろ?すっごく繁栄してたって」
「そうです。それよりも遥か過去から語り継がれてきた伝説に出てくる戦と勝利を司る女神のことですよ」
「それがカーニャとどう関係があるんだ?」
「私が死霊使い(ネクロマンサー)ジェイドと呼ばれるのと同じですよ。
彼女は戦乙女(ヴァルキリー)の二つ名を持っているんです。彼女の率いる軍は決して負けない、彼女は勝利の女神だ、とね。ケセドニア北部戦では痛い思いをさせられました」
その時のことを思い出しているのか、少しだけ眉を顰めながらジェイドは説明を切り上げた。
そして同じように説明を聞いていたのか、イオンが今思い出したというようにぼそりと呟く。
「マルクトの死霊使い、キムラスカの戦乙女と聞いていましたが…気付きませんでした」
「イオン様まで…私はもう退役した身。もう過去のことです」
イオンの呟きを聞きつけたらしいカーニャが少しだけ頬を染めながら言う。
ジェイドを除いた面々がカーニャの二つ名に驚いている中、ジェイドはまるで本でも読んでいるようにカーニャの来歴をそらんじる。
「カーニャの生家であるラキアス家は代々名のある軍人を輩出している武芸の家であり、カーニャは先代ラキアス家当主である故ラキアス中将の末娘です。
カーニャを含めたラキアス中将の子供は全て軍人となっておりまして、その中で今でも生き残っているのはカーニャのみ。
故にカーニャは現在ラキアス家女当主にしてラキアス女伯爵でもあります。
最も、今では戦乙女という異名よりも殆ど屋敷に居らずに各地を放蕩している放蕩当主としての方が有名ですが」
「カーティス…お前、私に恨みでもあるのか?」
「いえいえ、貴方に殴られた右頬が今でも痛むとか、ケセドニア北部戦でさせられた苦い思いが今でも忘れられないとか、その程度ですよ」
「思い切り恨んでるじゃないか…」
はっはっはと爽やかに胡散臭く笑うジェイドに対し、カーニャが呆れたようにため息をつく。
そして何を思ったのか、カーニャに対しセシル少将が何か耳打ちをした。
カーニャは最初黙って耳を傾けていたものの、すぐにその顔つきは鬼の形相へと変わっていく。
そしてティアへと鋭い視線を向けると、ロウヒールの音を響かせながらティアへと近付いた。
「グランツ響長、確か貴様のナイトメアは睡眠効果のある譜歌だったな?」
「え、えぇ…そうよ。いきなり何?」
「それで、何故譜歌を用いてファブレの屋敷を襲撃した。ルーク様の暗殺が狙いか?」
「なっ、私は襲撃なんてしてないわ!私の目的はヴァンだけで、他の人達は巻き込まないように眠らせただけよっ!
立派な軍人だったと聞いて見直した所だったのに、冤罪をかけるなんて何て人なの!」
ぷりぷりと怒るティアと、絶句する面々。
その中でもジェイドとカーニャだけがコイツはもう駄目だと諦めのため息をつき、ルークだけが皆が言葉を失う原因が解らずに何だよ!?と言いながら周囲をキョロキョロと見渡す。
いち早く復帰したのは―やはり年の功というべきか―ゴールドバーク将軍で、将軍は周囲のキムラスカ兵に対し、襲撃犯を捉えろ!と命令した。
途端、我に返ったキムラスカ兵達が次々にティアへと群がる。
「何するの!?このっ、離しなさっ、きゃぁあっ!?」
「……導師。これは一体どういうことですかな?」
ティアが捕縛される横で、ゴールドバーク将軍が丁寧ながらも怒りを抑えきれない声音でイオンに話しかける。
イオンはその声でハッと正気を取り戻し……切れずに、未だ呆然とした頭で、それでも解らないということを意思表示するためにぶんぶんと首を振った。
将軍もその意図を察し、またイオンが本気で驚いていることを確認してからでは単独犯のようですなと一人ごちる。
「私が何をしたっていうのよ!?」
「ティア…何言ってんの?眠りの譜歌を一般人にかけて、しかも貴族の家を襲撃して、何で何もないと思えるわけ?」
「私は巻き込まないように眠らせただけよ!」
「だから、眠らせることが既に傷害罪なの!しかも眠らせて家に入ったってことは、ルーク様の家の方に承諾を取って家に入ったわけじゃないんでしょ!?それって不法侵入じゃん!」
「そ、それは…」
腕を背中で縛り上げられても自分は悪くないと訴えるティアだったが、アニスの言葉を聞いてようやく自分は何かしたのではと思い始める。
周囲の兵もこれで大人しくなるならとアニスとティアのやり取りを見守っている。
「それにティア言ってたよね?ティアの第七音素とルーク様の第七音素が共鳴して擬似超振動を起こしちゃっただけだって。
それってつまり眠りの譜歌を、ナイトメアを使ってお屋敷に侵入した先に居たルーク様と擬似超振動を起こしちゃったんでしょ?
それなんて言うか知ってる?誘拐って言うんだよ!」
「アレはルークが邪魔するからいけないのよっ!私のせいじゃないわ!ルークのせいよっ!」
「ア、アンタ馬鹿ァ!?じゃあ何!?目の前で誰かが殺されそうになってるのに呆然と見てるのが正しいって言うわけ!?」
「違うわ!でも、」
「どこが違うのよ!アンタが言ったんじゃない!自分が主席総長を殺そうとするのをボケッと見てるのがルーク様がとるべき行動だったって!!そうしなかったルーク様が悪いんだって!!」
「違う違う!私の邪魔をするからって言いたいのっ!」
「何も変わんないしっ!つまり自分のする行動は全て正しくて、それを邪魔する人間が間違ってるって言いたいワケ!?サイッテー!!ドンだけ自己中!?
キムラスカの人にコイツとおんなじ神託の盾だと思われるとか最悪なんですけど!?」
恐らくイオンやジェイド、ルークがいなければもっと汚い言葉で罵っていただろう。
アニスの言葉の悪さに既にキムラスカ兵はドン引きしているわけだが、あえてそこは誰も指摘しない。
イオンが諌めないから、というのもあるし、そのお陰でティアが黙ったからだ。
呆然としてしまったティアを引っ立てるキムラスカ兵を見送り、仕切りなおしたところでルークが自分がイオンやジェイドを城に連れて行くと言う。
「ではルーク様、私はここで…」
「はァ!?何言ってんだよ、カーニャも一緒に城行くぞ!」
「は!?わ、私もですか!?しかし今は正装用のドレスも何も持っておりません、このような姿で登城するわけには…」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんなのです。もしご一緒にと仰るのでしたら、バチカルにある別宅にて着替えさせていただきたく。
それと、ルーク様も一度正装になられたほうが宜しいかと」
「そうか。じゃあそうするか。準備ができたら後でウチに来てくれよ。
イオンもジェイドもそれで良いか?」
「異論はございません」
「僕もです。むしろルークのお屋敷にお邪魔させてもらって構いませんか?」
「あぁ、いいぜ。ンじゃジェイドも来いよ」
「……お邪魔させて頂きます」
あっさりと誘ったルークに対し、僅か三秒の間に目まぐるしいほどの葛藤をしたジェイドが渋々訪問を決める。
その葛藤が見て取れたカーニャは苦笑しつつ、さて登城するのに相応しいドレスは別宅にあったかと頭の中でリストを引っ張りだす。
まさかこの後無理矢理復帰させられ、和平の親善大使一行に組み込まれるとは知らないまま、ただただルークの微笑ましさに頬を緩めていた……。
あとがき
はい。同ヒロインによるティアいじめSSシリーズ、これで終了です。
今回はヒロインの正体をばらす回&ティア退場の回でした。
戦乙女ネタは前々からやりたいなーと思っていたので今回書けてかなり満足です。
ジェイドが大人しかったのも、自分と同じほどの強さを持つ女軍人ということで最初から一目置いていた→そこから説教されて真面目になるというコースでした。
最後のアニスによるティアへの説教は筆の向くまま書いたらああなりました。
でも楽しかったです。普段断罪キャラってもっと堅苦しい口調ばかりなので、アニスみたいな砕けた口調って中々無いんですよ。
最悪だっちゅーの!とか言わせてみても良かったかもしれない(笑)
続きがありそうな終わり方してますが、今のところこれでオシマイのつもりです。
続きを書く予定はありません。
リクエスト貰っても続きは難しいと思います。
ただこのヒロインはジェイドとくっつけたいなーとかひそかに思ってたので、そっちは書くかもしれません←
それでは、清花でした。
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