「変わってしまいましたのね、記憶を失ってからのあなたは、まるで別人ですわ」


アクゼリュス崩落後、マルクトの戦艦タルタロスにて。
誰も彼もが現状を理解できていない中、カーニャは必死に冷静になれと自分に言い聞かせ、現状を整理しようと頭の中で起きたことを反芻していた。
その腕の中にはボロボロになったルークがぐったりとしていて、ジェイドが腕を取り脈を計っている。
その背後では心配そうな顔をしたイオンがルークを見守り続けていて、アニスもまたイオンに寄り添いながらルークのことを心配げに見ていた。

「いかがですか?」

「かなり脈が弱い。無理矢理力を発動させられた上、必死に抵抗していましたからね…精神的にも肉体的にも消耗している筈です」

「僕が、僕がルークの体のことを言っていれば…」

「イオン様、それは今言っても詮無いことです」

泣き出しそうな顔をするイオンを慰める余裕も無く、カーニャは浅い呼吸を繰り返すルークを見て無言で歯噛みした。
そしてもう一度起きたことを頭の中で反芻し、ジェイドやイオンと事態の確認を取っていく。
それは冷静であろうとするが故の反応であり、同時に本国に正確な報告をするためでもあった。



アクゼリュスに到着したルーク達は、まず先遣隊と合流しようとした。
ガイやナタリア達は早く救助を始めろと言ったが、ルークがまずは先遣隊に現状を確認した後、マルクト側の救助隊と合同で救助活動を行うべきだと言ったのだ。
素人が数人で行う救助活動など高が知れているし、実に合理的且つ自然な回答であった。
不満げなナタリア達もジェイドがそれに賛同したことで口を噤み、現場の仮責任者であるパイロープに挨拶をした後先遣隊の行方を尋ねる。
そして第14番坑道に入っていったと情報を得たルークはすぐに人をやって呼び出しをかけたのだが、ヴァンも先遣隊の人間も一向に現れる気配は無かった。

流石におかしいと思ったルークやジェイド。
ティアやナタリア達は待っていられないと勝手に救助活動を始めていたし、どうしたものかと思っていた矢先にアニスが飛び込んできた。イオンが攫われた、と。
眉を顰めたルークがそれならティアを捜索に連れて行く許可を出そうとした時、今度はカーニャの誘拐。
それは間違いなく神託の盾兵で、反射的に追いかけたルークとジェイドはカーニャを人質にとられて14番坑道へと誘われたのである。

「……申し訳、ありません。私が人質にとられたりしなければ…っ、私のせいで…っ!」

「カーニャ、それも違います。悪いのは人質をとった人間のほうです。確かにあなた方には貴族の義務(ノブリス・オブリージュ)がありますが、ソコまでの責任追及はできませんよ」

「ジェイドの言うとおりです。あまり自分を責めないで下さい」

思わず呟いたカーニャに対し、ジェイドとイオンが慰めの言葉をかける。
それに対して弱音を吐いてしまったことを謝罪した後、青い顔をしながらもカーニャはジェイド達と確認を続けた。

カーニャを人質にとられて入った14番坑道の奥地、まるで削り取られたかのようにしてぽっかりと穴を開けている壁の手前に、ヴァンは立っていた。
その足元にはぐったりとしたイオンが座り込んでいて、アニスが慌てて近寄ろうとするもののヴァンがそれを阻む。
そして神託の盾兵からカーニャを受け取った後、カーニャを人質に全員をセフィロトの内部へと誘導し、ルークに対してパッセージリングを超振動で破壊するように言ったのだ。

しかしイオンからリングを壊せば大地が崩落すると聞いたルークはそれを拒否。
カーニャの首筋に剣を当てて脅しをかけたヴァンだったが、ルークは迷うことなく剣を抜いて抵抗の意を示した。
そしてカーニャもまた、無念を感じながらもそれを受け入れ、自分は気にせずヴァンを討ってくれとルークに向かって叫んだ。
国のため、民のために尽くすことを言い聞かせられて育った二人にとって、己の命よりも民の命の方が重かったのだ。例えそれがマルクトの民だったとしても。

人質の意味がないと知ったヴァンはカーニャを放り投げ、ルークと相対した。
ジェイドとアニスもそれに加勢し、カーニャもまた剣を手に取ったのだが、ヴァンの方が上手だった。
ルークを押さえつけた後、足に剣をつきたててリングの前に放り出したのである。
利用されるくらいならば自害せんと舌を噛もうとしたルークに対し、ヴァンは高らかに叫んだ。


『愚かなレプリカルーク』


と。

途端に溢れ出した力の奔流にイオンとカーニャは壁へと叩きつけられ、何とか踏ん張ったジェイドとアニスだけが力を抑えようと抵抗するルークを見た。
力が抑えられないと悟ったルークは超振動の力を放出する向きをリングではなく全く別の方向へと向けようと奮闘するが、怪我を負い暗示をかけられた身体では僅かな抵抗で精一杯だった。
リングにはヒビが入るだけにとどまったが、それを見たヴァンは力が不完全だったと思ったのだろう。
所詮レプリカかとルークに吐き捨て、譜業爆弾をリングに投げつけてリングは完全に破壊された。

「…導師イオン、貴方はルークがそのれぷりか?とやらであるとご存知だったのですか?」

「そうではないかと、疑ってはいたのです。ですが知らないほうが幸せだろうと…」

「あ、ごめんなさい。責めているわけではないのです」

「…はい」

リングが崩壊した後、飛び込んできたティアの譜歌によって無事魔界へと降下することができた。
そしてホバー機能が作動してかろうじて動いているタルタロスへと乗り込んだのだ。

そうして現状を確認し合ったカーニャ達だったが、そこでルークの目が覚ました。
しかし目を開けたことにホッとしたのも束の間、ルークは直前の記憶を思い出し、パニック状態へと陥ってしまった。
当然といえば当然だ。無理矢理力を引き出されただけでなく、自分が人間ではないと言われてしまったのだから。

「違う、俺は、オレは…っ、オレは何も、何で…ッ、ぁ、あ…ッ!!」

「ルーク、わかっています。わかっていますから、落ち着いてください」

「ジェイド、鎮痛剤は…っ」

「物資は全て奪われています、ここでは何も出来ません」

過呼吸を起こしてもおかしくないほどのルークのパニック具合に何とか宥めようとするカーニャ達だったが、ナタリアがようやく気付いたようにルークへと近寄っていく。
しかしルークはナタリアの手を払いのけ、ただオレは何を、何も、何でとだけを繰り返した。

ナタリアは自分の手が振り払われ、ルークがカーニャの腕に縋っているのを呆然と見下ろしていた後、その言葉を責任転嫁だと受け取ったのだろう。
もしくは自分ではなくカーニャに縋り続けるルークに対しての不満が爆発した言葉だったのかもしれない。
ナタリア立ち上がって背中を向け、失望を乗せたほの暗い瞳で見下ろしながら、顔を真っ青にさせて意味のない言葉を繰り返しているルークに対し、トドメを刺すかのごとく口を開いた。

「変わってしまいましたのね、記憶を失ってからのあなたは、まるで別人ですわ」

そしてその言葉にトドメを刺されたのは、ルークだけではなかった。
落ち着こうと自分に言い聞かせルークを宥めていたカーニャもまた、その言葉を皮切りにナタリアという存在が壊れていくのを感じた。
それは自国の王女だからというだけでなく長年同じ時を重ねた大切な幼馴染だからと、ナタリアを諌め続けてきたカーニャの中でナタリアが切り捨てられた瞬間でもあった。

同時に、堪忍袋の緒がぷつり切れた瞬間をイオンとジェイドとアニスは目撃した。回れ右をする余裕もなかった。
カーニャは片刃の剣を引き抜いたかと思うとそれを勢いよく床へと突き刺し、いい加減にしてくださいませ!とナタリアに向かって吠える。
ナタリアはびくりと肩を跳ねさせ、自分が叱咤されたと気付かないままカーニャを振り返った。

「ナタリア、貴方には失望致しました」

「な、急に何ですの?それに失望するならばルークのほうで」

「ルークの何を見て失望しろと仰いますの?貴女はルークが何をしていたか見ても居ないくせに何を仰いますの!」

「それは、確かに見ていませんが…ですがアクゼリュスが崩落したのはルークのせいなのでしょう?」

「一体何を根拠にそう言っているのです?」

「ティアが言っていたのですわ。
ヴァン謡将がルークを使ってアクゼリュスを崩落させようとしていると、鮮血のアッシュが教えてくれたと。
それに貴方たちも先ほど話していたではありませんか。
ルークがヴァン謡将にその、レプリカルーク、でしたか?そう言われた途端に超振動の力が発動したと。
つまり、ルークのせ、ひっ!?」

ルークのせい、と言い切ろうとしたナタリアの言葉を遮るように、再度カーニャが剣で床を穿つ。
ジェイドがルークを刺激するから落ち着きなさいと言えばカーニャはようやく剣を鞘へとしまったが、恐らくルークが居なければナタリアへと切りかかっていただろう。
それほどにカーニャの怒りは苛烈だった。
カーニャは二度ほど深呼吸をして自分を落ち着けた後、翡翠の瞳でナタリアを見上げる。
剣は鞘へと収められたものの、その瞳は未だに怒りと侮蔑で彩られていた。

「つまり貴女は、自分が見たわけでもないのに又聞き状態の一方的な意見だけでルークが悪いと決め付け、ルークに真偽を問うこともせずにそれを真実だと判断したのですね?
しかもアクゼリュスを崩落させたことでなく、一万の命が失われたことを嘆くでもなく、ルークが変わってしまったコトに対して失望したわけですね?」

「な…っ!?
ど、どうしてそう悪意的に解釈いたしますの!?」

「では他にどう解釈しろと仰いますの?私にも解るように教えてくださいませ!」

「そ、れは…わ、わたくしも混乱していて、」

「私は言った筈ですわ。貴方はキムラスカの王女なのです。発言には気をつけなさいと」

「わたくしだって人間ですわ!誰だって間違いくらい、」

「間違いが許されないのが私達王侯貴族です。
私達が間違えるだけで、下手をすれば万単位の命が亡くなってしまう。
私達は常に完璧であらねばならない。そう教わっている筈ですが?」

その厳しい視線と物言いにナタリアはびくりと肩を跳ねさせ、誰か自分の味方をしてくれないかと視線をさ迷わせる。
しかし宥めようとしたガイはジェイドに止められ、間に入ろうとしたティアはイオンにとめられていた。

「ガイ、彼女の言うとおりです。王侯貴族に間違いは許されません。
それでなくとも、ナタリアの発言はいささか短慮が過ぎます。
カーニャは臣下としても、幼馴染としてもそれが許せないのでしょう。
それは国に忠誠を誓う身ならば当然のことです」

「ティア、庇ってはいけません。コレはキムラスカの問題です。
僕達が口を挟めばそれは内政干渉になってしまう。
確かに貴女はナタリアと友人関係を築いたのでしょうが、公私は分けねばなりません。
それが大人というものです」

ジェイドとイオンの言葉に、ガイとティアは開こうとしていた口を閉じる。
それを見てナタリアは絶望的な表情を浮かべた後、ルークを抱えて自分を見上げているカーニャを見た。
カーニャの怒りを見て、ナタリアは自分が決定的に間違えてしまったのだと悟るのと同時に、何故こうもカーニャに攻め立てられなければならないのかという不満が湧き上がる。
だからナタリアは、自分は最も取ってはいけない選択肢を取ってしまったと気付くことができなかった。

それが己の行く末の明暗を分けたなどと、思いもしなかったのだ。





捏造万歳。説明だけで前半終わりました。
捏造キムラスカだけど、ルークがレプリカだとは知らなかったYO!って設定。
ルークも薄々自分本物じゃないんじゃ?って思ってたんだけど、怖くて言い出せず…。
暗示に抵抗して力を制御しようと奮闘してぐったりしてた時に、ヴァンにお前はレプリカだと言い切られて余計にパニックに陥っちゃった感じ。

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