どうしてもって君が言うから



「ねえ、散歩いこ?」
「はあ?昨日も行ったじゃないか」
「別にいいでしょ。毎日散歩しちゃいけないルールなんてないんだからさ。気分転換にもなるし、ね、いこ?ね?ね?」
「えー……どうしても?」
「どうしても!」

そう言って私が誘えば、ため息と共に仕方ないなぁと呟いてシンクは重い腰を上げてくれる。
頭が痛くなるような書類は後回し、私のわがままに付き合うために仕事を中断してくれるのだ。
別にいいじゃないか。期日が近いわけでもないのだから。少しくらい、休憩だって必要だ。
そうやって言い訳をして、渋るシンクの手を引いてなるべく人が来ない神託の盾本部の裏手へと回る。
本部の中は陰気臭くて、正直のところあまり好きではない。けれど巡礼者や一般信者があまり来ない裏手は実は日当たりが良くて、私の密かなお気に入りだ。
え?何故他の団員達はこないのかって?それはアリエッタがよく兄弟と日向ぼっこしているせい。これ、本人には内緒ね?

くだらない話をしながらシンクと手を繋いで歩く。他の団員にさえ見られなければ、無理矢理手を振りほどかれることはない。
だから私は手袋越しにタコの感触がする細くてごつごつとしたシンクの手を存分に堪能しつつ、散歩をすることができるのだ。
最近の私にとってはこれはとても贅沢なことだ。だってシンクはあまり触れられるのが好きじゃない。
なのに私が手を取れば振り払うことなく繋いでくれるのだ。これを贅沢といわずになんと言うのだろう。

「あ、あそこの花開いたね」
「どれ?」
「ほら、あそこ。木の根元にある奴」
「あんなのあったっけ?」
「あったよ」
「そんな細かいことよく覚えてられるね」
「まあね!」
「別に褒めてないからそんなドヤ顔しないでくれる?」

レムの光を全身に浴びながら、草木香る裏庭で特段目的も無くゆっくりと歩く。
話すのはどうでもいいことばかりで、そんな些細な時間が私にとっての宝物。
シンクと話したことだから、シンクと見たものだから、どんなくだらないものでも私にとってとても重要なものになっていくのだ。

「ねえ、明日のお昼ご飯は裏通りにできた喫茶店で食べない?私入ってみたいんだよね!」
「はあ?貴重な休み時間に、飯のためだけにわざわざ本部出るわけ?」
「そう。貴重な休み時間に」
「却下。不味かったらヤダし、ご飯なんて食堂でパパっと食べた方が時間効率はいい。喫茶店行きたいなら公休日に一人で行けば?」
「却下を却下!シンクと二人で行きたいの!じゃあ休み時間にじゃなくて今度の公休日に二人でランチに行こう?それならいいでしょ?」
「……どうしても?」
「どうしても!」

そう言えばシンクはくすりと笑みを浮かべて、なら君の驕りねとからかうように答えてくれる。
何故。シンクのほうが高級取りじゃないかと私が反論すれば、君が誘ったんだから当然だろとシンクはからからと笑った。

シンクに言う些細なわがまま。私がどうしてもと言えば、シンクは不承不承だけど全部全部叶えてくれる。
勿論私も叶えられない無理なわがままは言わないように気をつけてはいるけれど、どうして聞いてくれるのと聞いたらきっとシンクはこう答えるのだろう。


【どうしてもって君が言うから】


多分それは、愛してると同じくらい甘ったるい言葉。


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