愚かである内が華さ



※泥に沈むことを選んだのは僕でした。の夢主


すん、と鼻を鳴らして風呂上りの匂いを嗅げば、可愛い弟子は嫌そうに顔を歪めてまるで虫でも追い払うかのように手を払った。酷い。
彼とここで暮らし始めてどれほどの月日が経ったか。初めて顔を合わせたときに比べて、インナー越しの肉体は随分と筋肉がついているように見える。
あまり筋肉をつけすぎると今度は背が伸びなくなるし動きも鈍くなる、そろそろ筋トレの量を調整すべきかもしれない。
頭の片隅でその段取りをつけながら、イケテナイチキンのステーキをメインにした夕食に弟子を手招いた。

「いただきます」
「美味しく食べてね」

優れた格闘術を使うには、健康的な肉体が必要だ。健康的な肉体を保つには、適度な睡眠と休息、そしてバランスのいい食事が必要である。
日々これ精進。いざ戦うときのための下準備は日常からしておかなければならないのだと体に叩き込んだ弟子は今日も良い子に食事をしている。素晴らしい。

黙々と食べる彼には才能があった。そのお陰で、私の技術も六割がた継承できた。少しばかり無理して詰め込んでしまったのは期待の裏返しと言うことで勘弁願いたい。
なにせヴァンに煙たがられてる自覚がある。いつヴァンが私に刺客を放ってくるか解らない以上、なるべく早く彼に技を伝授しておきたかった。
腕には自信があるつもりだが、世の中に絶対は無い。いつ私が死ぬか解らないのならば、万全の準備をしておきたかったのだ。

「なにさ、にやにやしちゃって。気持ち悪い」
「んー、弟子が美味しいおいしいってご飯食べてくれたら師匠は嬉しいもんだにゃー」
「誰がいつ美味しいって言ったって?」
「顔に書いてあるよ」
「眼科行ったら?」

呆れた顔で肉を頬張る弟子は、きっと私が死ぬなんて想像だにしていないのだろう。私だってそうだった。
超えるべき師匠が殺される様など想像だにしていなかったのだ。まだ五年も生きていないこの子が、想像できる筈もない。
それを愚かと言うのか幸せと言うのか、きっとそれは人によるのだろうけれど。
いつか私が死んだ後、幸せな思い出として今この時の会話を思い出してくれたならばきっと素敵なことに違いない。
ならばきっと。


【愚かである内が華さ】


そう呟けば、弟子は奇妙なものを見る目で私を見下した。

「何さ急に気持ち悪い」
「私の弟子めちゃんこクール!」

だってねぇ、師匠は弟子の幸せを祈るものなのさ。

戻る
ALICE+