とてもいじわるです



ぱん、といい音を立てながら書類の束で頭を叩かれた。痛い。
理由は解っている。私が書類を目の前にしながら舟をこぎ、全く筆が進んでいなかったからだ。
ぽやぽやとした夢心地から一気に現実に引き戻されて、慌てて姿勢を正して書類を見直す。線がミミズのようにのたくっていた。書き直し決定である。

「仕事中、しかも直属の上司の目の前でうたたねとか、いい度胸じゃないか」

意地悪な笑みを浮かべて言う上司もとい恋人であるシンクに対し、誰のせいだ、と喉元から飛び出しかけた言葉を無理矢理飲み込んだ。
それでも昨晩貴方が寝かせてくれなかったせいでしょう、と心の中で文句を言いながら申し訳ございませんでしたと謝っておく。
理由は何であれ、仕事中にねこけていい訳がないからだ。たとえその理由が目の前に居る上司が原因だとしても。

「ふうん?口では謝罪しつつも心の中では不満たらたらって顔だね。おおかた昨晩僕ががっつきすぎたせいで睡眠不足なのにーとか、そんなこと考えてるんでしょ」

ばればれである。
仕方ないので今度は開き直ってみる。

「そうですよ。シンクがいけないんですよ。明日は仕事だから嫌だって言ったのに無理矢理ベッドに潜り込んできて。
お陰で仕事に身が入りません。責任とって下さい。賠償請求させていただきます。慰謝料寄越せ」

頬を膨らませ、ついでに唇も尖らせて言ってみれば、調子に乗るなという冷たい一言と共に黒手袋のされた手で頬を掴まれた。
ぷひゅーと間抜けな音を立てて口から空気が漏れる。間抜けなことこの上ない。

「でもまあ、確かに僕が悪い一面もあるね。仕方ないから、今日の晩御飯は僕が作ってあげるし、風呂掃除も僕がやるよ。
だから就業時刻までしっかり働いてよね。それ以降は休んでいいから」

シンクが優しい。なにこれ。

「え、シンクが優しいとか怖いんですが。一体どういう風の吹き回しです?熱でもあるんですか?それとも明日は槍でも降るんですか?」
「せっかくの人の好意を疑うとはね……それ以上無駄口叩くようならココでぶち犯すよ」
「シンクの優しさに感謝して、あとは静かにお仕事しまーす」

前言撤回。優しくなかった。いつものシンクだった。無駄なところで有限実行を貫くのがシンクなので、口を噤んで素直に書類に向き直る。
机に向かった私にシンクはため息をつくと、再度ぱん、と書類の束で頭を叩かれる。けれど痛くはない。しょうがないなあという言葉の代わりかな。

さっきは驚いたものの晩御飯を作ってくれて、当番だったお風呂掃除も代わってくれて、なんてシンクが私を労わってくれたという事実が嬉しくて仕方がない。
少しだけにやつく頬を抑え切れないまま新しい紙を取り出して書類を纏め始めると、総長のところに行ってくるという言葉に私は慌てて顔をあげた。
いつも私がやってる仕事だ。あの書類の束は提出書類だったのか。立ち上がろうとした私を掌を向けて止めると、ドアに手をかけたシンクがにやりと笑った。
きっと仮面をしていなければ、意地悪そうに細められた目も一緒に見えたに違いない。

「こんだけ労わってあげてるんだ、その代わり今晩また相手してよね」
「え、ちょっと待ってください私に寝るなと?というか昨晩散々がっついたでしょう!?」
「ほら、僕って若いから。それじゃ、留守番宜しく」
「シンクの悪魔ーー!!」

ぱたん、と締められたドアに向かって叫ぶものの、帰ってきたのはけらけらと笑う声だけ。
ああ、どうして彼はこんなにも欲望に忠実なのか。求められるのは嫌いではないけれど、それでも限度というものがあるだろう。
今夜も睡眠不足の気配を察知した私は頭を抱えて机に突っ伏す。
多分、明日もまた転寝をしてしまうに違いない。


わたしの好きな人は、とてもいじわるです


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