09.これはお前らにはまだ早い




 国境にてヴァンの無能ッぷりに毒をたっぷりと吐いてくれたシオン。
 ルークを殺害しようとしたアッシュを捕らえずに逃がしたことに関してはもう目が笑っていなかった。
 導師を無視した挙句、導師捜索をせずに公爵子息を捜索していたとヴァンが言ったあたりでは、最早笑顔すら消えていた。

「死に掛けてたとはいえ……ボクも随分な馬鹿に協力しちゃった訳だ」
「……シオン、殺気だだ漏れだよ」
「あぁ、ごめんごめん」

 怯えるイオン、呆れるシンク。何か背中がぞくぞくするかと思ったらあれが殺気だったのかと納得する私。
 というか、ゲーム機が破壊されそうで別の意味で背中がぞくぞくする。
 それでも何とか国境を越え、軍港へと到着すればついに怒りを突き抜けたらしく、シオンは思い切り脱力していた。

「アリエッタ……」

 カイツール軍港襲撃。
 この事実にシオンは頭を抱え、イオンはそんなシオンを恐る恐る伺っている。
 シンクにいたっては遠い目をしているので、多分オールドラントに居た頃を思い出しているのだろう。
 ……後始末とかしたんだろうか、この件の。

「イオン、ダアトの人間がキムラスカに対し多大な損害を与えている。そして軍港とは名の通り軍に帰属する港であり、軍港を襲うって言うのは即ち武力衝突なんだよ。解るかい? ダアトがキムラスカに対し、武力を使って損害を与えた……これはもう自治権を取り上げられて教団解体を命じられてもおかしくないんだ。確かに三大勢力の一つに数えられているとはいえ教団はあくまでも自治区、国じゃないんだから」
「は、はい」
「ここで導師がすべきことはもう謝罪しかない。アルマンダインが誠意ある対応を求めるといったのはそういうことだ。軍港の復興にかかる費用、死傷した軍人への治療費や慰謝料やその他諸々、教団はこれらを全て差し出さなきゃいけない。だってダアトの人間がしたことなんだから。だから被害を被った国の王族を、軍港襲撃犯の元に連れて行くなんていうのは思い切り間違い。キムラスカの怒りを煽るだけなんだよ。これでルークが死んだらどうするつもりなんだい? 例えアリエッタが危害を加える気がなくても王族を狙う輩なんて山ほどいる。ルークだって解らなくても、赤い髪と緑の瞳を見れば解る人間にはわかる。元々狙われる危険性の高い人間を更に危険な場所に連れて行くなんて、絶対にしちゃいけなかったんだよ」

 シオンの説明を聞き、イオンの顔からどんどん血の気が引いていく。
 画面の向こうではルークの意見を無視してティア達がコーラル城へと向かうことを決めている真っ最中だ。

「それとね、前例を作ってはいけない、というのもある。犯罪者の要求に答えてしまった場合、それは国が犯罪者に屈したということだ。更に言うなら、同じような要求を出す犯罪者が一気に溢れ出す。前例を作らないということは再犯を防ぐという意味合いもあるんだ。ここはキムラスカだから、キムラスカが犯罪に屈したということになるね、ダアトの導師のせいで。それがどれだけまずいことであるか、解るかい?」
「……はい」
「それなら二度と同じ間違いを犯しちゃいけないよ。そもそもこれはキムラスカの軍が解決すべき件だ、ダアトの人間が口を挟んだら内政干渉だと言われても文句は言えないからね。それにしても……死霊使いもたいしたものだ。ここでルークが死んだら和平どころじゃないだろうに、止めるそぶりすら見せないとは」

 顔を青くしか細い声で返事をしたイオンを横目に嘲笑を浮かべながらシオンはゲームを進める。
 シンクといえば最早呆れから同情の表情に変わっていて、蔑ろにされまくっているルークに対しての印象が大分代わっているようだ。
 地殻では必要とされてるレプリカの御託は聞きたくないとか言っていたが、流石にこの環境では同情を覚えるしかないのだろう。

「そういえばこの件に関して抗議は受けたわけ?」
「数年分、寄付金の減額をするってことで決着はついたよ。多分モースが必死に懇願したからそれだけで済んだんじゃない?」
「そういえばインゴベルトは預言狂いだったね……」
「そ。この先未曾有の繁栄が待ってるんだから何とかなるとでも思ってたんでしょ」
「馬鹿だね」
「馬鹿だよ」

 辛辣な緑コンビに私は乾いた笑いを漏らしつつ、よっこいせと席を立つ。
 そろそろ晩ご飯の準備の時間だ。

「さて、そろそろご飯の準備するから机の上片付けてくれる?」
「はーい」

 軍港でセーブをして、シオンがゲーム機を片付け始めた。
 イオンは机の上を片付け、シンクは私の手伝いをしてくれるのかキッチンへとやってくる。

「今日のご飯何?」

 違った。
 晩ご飯のメニューが気になったらしい。

「今日は白身魚のフライと、あとお味噌汁とご飯」
「玉子焼きも付けてよ」
「欲しけりゃ自分で作りなさい」
「無理。うまく巻けないんだよね、あれ」
「箸じゃなくてフライ返しを使って巻いてごらん。そしたらうまくできるから」

 私の言葉にシンクは目をぱちくりとさせた後、少し考えてから冷蔵庫から卵を取り出し始めた。どうやら挑戦する気になったらしい。
 ニラが少し余ってたからついでに玉子焼きに入れてもらおうなんて考えつつ、私も下ごしらえしておいた白身魚の切り身を取り出す。

 私が油の温度調節に苦戦しつつ何とか白身魚を揚げ終わる頃には、シンクも不恰好ながらも何とか形になった玉子焼きを作り上げていた。
 意外なことに三人の中ではシンクが一番料理上手だったりするので、そのうち綺麗に巻けるようになるだろう。

「キャベツの千切り出してくれる?」
「マヨネーズかけていい?」
「あら、タルタルソースあるけど要らない?」
「そっちにする」

 そんな会話をしながら作り終えた食事を皿に盛り付けていく。
 この頃になると食事の内容が気になったらしいイオンとシオンもキッチンに押しかけてきているため、丁度言いといわんばかりに私は二人に皿を乗せたお盆を押し付けた。

「タルタルソース! やった!」
「シオンはタルタル好きだねぇ。ちゃんとキャベツも食べなさいよ」
「タルタルかけていいならいくらでも食べるよ」
「タルタルソースってタルタロスに似てませんか?」
「……最新鋭の軍艦の筈なのに何か一気に価値が下がった気がする」
「ははは……」

 シオンのテンションが上がり、イオンの言葉にシンクが眉間に皺を寄せて呟いた。確かに名前は似ている気がしなくもないが、ダイヤとタイヤくらい違うだろうに。
 予定外に一品増えたものの三人に食事を運んでもらってから私は最後の一品を冷蔵庫から取り出す。といってもこれは私専用だ。三人にはまだ食べさせるつもりはない。

 一パックだけ取り出し、醤油を持ってリビングへ向かう。
 リビングでは既に三人が席に着いていて、私がじゃあ食べようかといえばいただきますと言って全員が箸を手に取った。

 いただきますは、今から食べる命に対して感謝と敬意の言葉。
 そう教えてからは三人はきちんと手を合わせてから食事をする。本当に良い子だと思う。

「ちょっと臭いがきついもの食べていい?」
「別に良いけど、何それ?」
「大豆の加工食品でね、納豆っていうの」

 三人に許可をとり、私は白いパックをベリっと開けた。
 ぶっちゃけ三人の目の前に出すのはまだ早いと思ったのだが、どうしても食べたくて仕方がなかったのだ。
 醤油をかけ、箸を差して練り始めれば食事の手を止めた三人の視線が納豆に集まる。

「……あの、糸引いてますよ?」
「納豆だからね」
「腐ってるんじゃないの?」
「大丈夫だよ、納豆だから」
「何か……凄い臭いするんだけど」
「納豆だもん」
「全部それで済ませようとしてない?」
「でも納豆ってそういうものだから」

 シンクに突っ込みを入れられるものの、そうとしか答えようがないので素直に答えた。
 充分に練り終わり、私はご飯の上に納豆をかける。ほかほかのご飯と納豆を更に混ぜ合わせれば、シオンの頬が引きつった気がした。

「……それ、食べるの?」
「食べるよ」

 醤油を足し、いい塩梅になったであろう納豆ご飯を一口食べてみる。
 程よい醤油の味と久々の納豆独特のねばねば感に私は頬を緩め、味噌汁を手にとって少しだけ飲む。
 三人の視線は私に、というより納豆ご飯に固定されたままで、箸は一つも進んでいない。

「三人とも、食べないの?」
「いや……食べるけど」
「お腹壊したりしないんですか?」
「てゆーかそれ本当に食べものなわけ?」
「失礼ね、納豆は日本の誇る保存食なんだから。確かに最初はうげぇってなるかもしれないけど……栄養たっぷりだし慣れれば美味しいんだからね」

 胸をはって言えば三人に眉を潜められた。何故だ。

「……日本食は好きだけど、納豆はいいや」
「ボクも良いかな、匂いもきついし」
「ぼくも遠慮させて頂きます……」
「誰も食べろなんて言わないわよ。三人にはまだハードル高いだろうし」

 そう言ってから私は納豆ご飯に舌鼓を打ち、ニラ入りの玉子焼きを咀嚼する。
 シオンがまだ? と小さく呟いていたが、聞こえないふりをして味噌汁を飲む。

 三人とも唖然としてたが何とか箸を動かし始め、それぞれタルタルソースを付けた白身魚のフライを堪能し始めた。
 うーん、やっぱり三人に納豆は早かったなぁ。せめて納豆巻きとかにするべきだったか。そんな事を考えながら私は納豆ご飯にからしをかけるのだった。
 黄色いからしに三人が目を剥くまで後数秒。


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