10.地面が揺れるという初体験



※シンク視点


「…えーと、BとVが一緒だから…」

「カナ、これはどういう意味?」

「ん?あぁ、四字熟語だね。ちょっと待ってね、辞書引くから」

毎度恒例になりつつある勉強の時間。
いつもと違うのは僕等と一緒にカナもノートを広げているということか。
といってもカナが勉強しているのは日本語じゃなくてフォニック言語だから多少違うけれど。

日進月歩という言葉の意味を教えてもらいながら、僕はカナのノートを覗き込む。
サラサラと書かれているフォニック言語は少しガタガタしているもののきちんと文章の形を成していて、少しだけ悔しさを覚えた。
僕等は日本語を覚えるのにこんなに時間をかけているのに、カナにとってフォニック言語は簡単すぎるようだ。何か理不尽。

「この分じゃ今日中に習得しちゃいそうだね、フォニック言語」

「ん?あぁ、多少の違いはあるけど似たような文法の言語を習ったことがあるんだよ。ローマ字っていってね、それと殆ど一緒だからアルファベットさえ覚えちゃえば後は楽かな」

「何かずるいね」

「はい、ずるいです。カナ、どうせなら古代イスパニア語も覚えてみませんか?」

「それ良いね。ボク教えるよ?」

「まずは自分達の勉強しなさいね」

実に言い笑顔でのたまったシオンに対し、辞書を片手にカナも笑顔で切り替えしていた。
それにしても、ローマ字ってなんだろうか。まだ習っていないが、学校で習ったということは結構にメジャーな言語なのかもしれない。
言葉の意味を教えてもらいつつ、カナと一緒に辞書を覗き込む。
結構な量の漢字を覚えたつもりだったが、辞書の中は相変わらず知らない漢字で溢れている。

「ねぇ、あとどれだけ覚えたらスラスラ読めるようになるわけ?」

「どうだろうね…今やってるのが小学生三年生用のドリルだから、まだ…三分の一?」

「げ…」

カナの答えに思わずそんな声が出た。
コレだけで三分の一って、どれだけあるんだ…と若干げんなりしてしまう。
しかも小学校三年生というのは9歳児のことらしい。つまり僕等はまだ10歳児にも負けるということか。

「先は長そうだね…」

「はい。ですが読める字が少しずつ増えていくのは楽しいですよ」

「テレビの字も少しずつ読めるようになってきたしね。確かにそれはあるかな」

シオンがペンを回しながらイオンの言葉に同意した。
同意の声こそあげなかったものの、少しわかるようになると一気に世界が広がった気がして、解ることが増えていくのは確かに楽しいと僕も思った。
集中力が続かないのが難点だけど。

それでも何とか勉強を続けていた僕達だったけど、それは突然襲い掛かってきた。
ぐらぐらと地面が揺れ、棚がカタカタと音を立て始めたのだ。
シオンとイオンが顔を上げ、何事かとせわしなく周囲を見渡す。

「な、なんですか!?」

「地面が…揺れてる…!?」

思わず立ち上がろうとした僕の肩をカナが掴み、反射的にカナを見れば視線は天井に固定されていた。
突如襲い掛かった揺れは数秒で収まり、僕等は動揺を隠せないままカナを見る。
イオンにいたっては不安一色に染まった顔をしていた。

「多分震度2くらい…かな?」

「は?何それ?てゆうか今の何?」

「じ、地面が揺れてましたよ!?」

「あれ?地震初めて?」

軽いパニックに陥ってる僕等とは裏腹に、カナはきょとんとした顔で答えてくれた。
どうやら今のはジシン、というらしい。
ばくばくと煩い心臓を押さえつつ、カナの手が肩から離れていくのを感じる。

「ジシンって?」

「地面が震える、という字を書くの。地面が揺れることね。
震度って言うのは揺れの大きさのこと、数字が大きければ大きいほど揺れは酷くなる」

「じゃあ今シンド2っていってたのは…」

「体感的にそれくらいかなって」

あっさりとした顔で言われ、僕等は座りなおして顔を見合わせる。
天災の一種らしいが、オールドラントには存在しなかったものだ。
カナの口ぶりだとこのジシンというのは別に珍しいことでもなんでもないような感じで…しかも体感で図れるということは、カナ自身もそれなりに慣れているように見える。

ちょっとだけ崩落しかけた外郭大地を思い出した。
今思えばアレもジシンの一種か。

「…そのジシンっていうのはしょっちゅう起きるの?」

「しょっちゅうって程でもないけど、これくらいの揺れに慣れる程度には。
震度4くらいになるとちょっと危ないけど、そこまで大きいのはあんまり来ないしね。
日本はもともと地震が起きやすい国だから、日本人は災害を想定して小さい頃から避難訓練とかしてるんだよ。家だって地震に強い造りになってるから、そんなに心配しなくても大丈夫」

カナの説明を聞き、僕等は揃って胸を撫で下ろした。
常々日本は平和ボケした国だと思っていたが、どうやらそれだけではなかったようだ。
対策もきちんとされているところを見ると、長い歴史の中でも天災であるジシンと付き合ってきたであろうことが解る。

しかもカナ曰く、僕等が気付いてないだけでシンド1程度の地震はしょっちゅう起きているのだという。
そのことに驚いている僕等に小さく笑ってから、真剣な顔でカナは僕等に注意事項を述べた。

「それでも大きい地震って言うのはいつ来るか解らない。
もし大きい揺れに遭遇したら、すぐに机の下に隠れるか、頭を守ってその場から動かないこと。
外に居た場合崩れそうなものや倒れてきそうなものから離れることを忘れないでね。
あと火を使っていたらすぐに止める事。火事に繋がるからね。

日本じゃ昔から言うのよ、地震雷火事親父って」

カナの言葉を真剣に聞いていた僕等だったけど、最後の言葉にん?と首を傾げる。

地震はさっきの地面が揺れる奴だ。
雷も解る、火事も燃えるアレのことだろう。
でも親父って何。

「…何、親父って」

「何って…お父さん」

「待って、何で天災と人間が一緒くたにされてるの?というかそれ何の羅列?」

僕も抱いていた疑問を纏めて告げてくれたシオンの言葉に頷きつつ、カナを見る。
イオンもイオンでおやじ…?と小さく呟いているあたり、同じところに引っかかったのだろう。

「昔からある怖いものの代表、みたいな?」

「「「……………………」」」

…………無言が落ちた。

「まぁ今はそこまで怖いお父さんってのも居ないと思うけどね」

ころころと笑うカナ。
先程まで真剣な話をしていた筈なのに何だかか脱力してしまった。
二人も同じらしく、イオンは乾いた笑いを零しているし、シオンは憮然とした表情を浮かべている。

やっぱり日本って言うのは平和ボケした国なのかもしれない。

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