12.いざゆかん、温泉旅行 上



「忘れ物ない?」

「大丈夫です」

「着替えと身分証と…後なんかあったっけ?」

「一応響律譜も持ってく?」

「それは…置いてっても良いんじゃないかな」

今日はバタバタしている。
というのもイオンがここら一体のチェーン店であるスーパー主催の福引で一泊二日の温泉旅行を引き当てたからだ。
何とか仕事の調整をかけたら、ノートパソコン持参ではあるものの休みを取れることになり、無事旅行へ出かけることができるようになった。

そもそも在宅仕事なのだから調整かけなくても一緒じゃないかと思われるだろうが、一応(忘れられているかもしれないが)私は社長である。
責任者がすぐ駆けつけられる距離に居るか居ないかという点は非常に重要だし、こう見えても結構仕事はしているのである。
しているったらしているのである。

「それじゃ、行きましょうか」

緑っ子達が帽子を被るのを見届けてから、玄関の鍵を閉めて荷物と共に車に乗り込む。
案の定交通費は出なかったので、旅館までは車で行くことにしたのだ。
幸い場所を調べたら高速道路を3時間も走れば着く所であるのも解ったし、ナビに従えば余裕だろう。

そんなこんなで緑っ子たちを連れて出発した私は、まずは高速道路に乗った。
一般道路では出せないスピードにはしゃぐ三人に微笑ましさを感じつつ、途中小休憩も兼ねてパーキングエリアに寄る。
自力で行く小旅行ではこんな寄り道も楽しみの一つだと個人的には思う。

「此処でご飯食べてから行くからね」

「外食ですね!」

「まぁ…そう、だね。そうなのかな?うん」

はしゃぐイオンの言葉に私は同意?する。
パーキングエリアでの食事って外食なんだろうか。
何か違う気がするんだ。ニュアンス的に。

そんな私の疑問はさておき、三人を連れて簡単に食事を済ませる。
平日の昼間ということもあってそれほど込み合ってはおらず、食事を済ませた私たちは食後の腹ごなしも兼ねてお土産屋さんを冷やかすことにした。
ご当地の果物を使って作ったスイーツなどが所狭しと並ぶエリアだ。

「これ何?」

「お饅頭だね」

「オレンジだけど」

「みかん使ってるんでしょう」

「お饅頭なのにみかんなの?どんな味?」

「みかん味…じゃないの?」

そんな会話をして、変なストラップを見つけて四人であーでもないこーでもないなんて話して。
こういった無駄な時間が凄く楽しいのって旅行ならではだよね。
無駄にテンションが上がってる感じ。

途中見つけたソフトクリーム屋さんではそれぞれ違う味を注文した。
納豆味というのを見つけた三人の頬が僅かに引きつっていたのを見て噴出しそうになった私は悪くないと思う。

結局シンクとシオンの無自覚おねだりに負けてオレンジのお饅頭を買ってから、私たちは車へと戻る。
最後にトイレも行きなさいよーと声をかけるのも忘れない。
いかん、気分が引率の先生だ。いや、この場合子持ちの母親…?

全員で車に乗り込んで2時間ほど走らせ、ナビに従って着いた先は結構な田舎。
こじんまりとした旅館の前で止まり、駐車場を探せばすぐに見つかった。
幸い世間の長期休暇とはずれていたので他の客もあまり居ないらしく、空いているスペースに車を止めて全員降りる。
そのまま旅館の玄関に行けば、和服を着た従業員さんらしい人が小走りで駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ。お泊りですか?」

「予約してるんですけど、受付は何処でしょうか?あ、車はあそこで良かったですか?」

「はい、大丈夫ですよ。受付へご案内いたします、こちらへどうぞ」

気さくな従業員さんの後に続き歩き出せば、シオン達の視線が従業員さんに固定されているのに気付いた。
そしてふと気付く。そういえば3人とも和服を見るのは初めてだ。

「服が珍しい?」

だからそう聞いてみれば、三人は躊躇いつつも頷いていた。
従業員さんも3人の顔立ちで日本人ではないとわかったのか、簡単に和服に着いて説明をしながら受付に案内してくれる。
実はこの帯、かなり簡略化されてるんですよ、なんて裏話もこっそり教えてくれた。
本当に気さくである。大丈夫か、この旅館。

受付で予約の確認を受けた後、そのまま部屋へと案内される。
ご家族ご招待の名に相応しく、案内された部屋のふすまを開ければ家族用の広めの部屋だった。
全員で思い思いに荷物を置いた後、奥にある障子を開ければ板の間のスペースが設けられていて、リラックスできそうなローテーブルとソファが二つ。
そして全面の窓ガラスいっぱいに和風の庭が広がっていた。

「ご夕食は何時ごろお持ちしましょう?」

「では7時ごろにお願いできますか?」

「畏まりました。では、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」

綺麗な仕草で頭を下げた後、従業員さんは部屋を出て行った。
最後はぴしっと決めていくところを見ると、従業員の教育は行き届いているように見える。
さっきは疑ってごめんよ、従業員さん。

心の中で謝りつつ、館内を探検したいという三人の要望を受けて私たちは部屋を出ることにした。
貴重品だけ小さなバッグに移してから部屋を出て、館内をぶらぶらと歩く。

「あの絵…白黒だけど、凄い細かいね…これ、巻物に書かれてる?」

「あぁ、水墨画だね。墨で描かれてるんだよ」

「あっちも独特な絵だね。何か変な感じ」

「浮世絵っていう、昔の日本の絵だね。確かにラインが独特だけど、結構海外でも有名なんだよ?」

シンクとシオンの呟きに解説を加えながら、館内に飾られている絵画を鑑賞していく。
廊下に飾られた絵画達は全て和風で統一されていて、見ていてとても楽しい。
別の廊下に移れば今度は四季折々の写真が飾られていて、それだけでも結構に楽しめた。

「庭にも出れるみたいだけど、行く?」

途中玄関の前を通ったためにそう聞いてみれば、三人とも元気な返事を返してくれた。
靴に履き替えて庭に出れば、色づいた木々と苔むした庭石が見事なバランスを取っている。
こじんまりとした旅館の割には結構に手が入っているようだ。

「不思議な雰囲気ですね…」

「そうだね、日本人じゃないと馴染みは無いかな。苦手?」

「いえ、不思議な空間ではありますが何故か落ち着きますし、嫌いじゃないですよ」

「身を隠すとこは多そうだよね」

「こんな所まで職業病発生させてどうする…」

シンクの呟きに突っ込みつつ、三人と一緒に庭の散策をする。
風が吹けば木々がざわめき、遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。

自然と息が漏れ、頬が緩む。
そのままアレは何だコレは何だという三人の質問にできるだけ応えながら散策を続け、宿から出て遊歩道まで出たあたりでは何故か日本の歴史の講義になり、旅館に帰って来る頃には結構な時間が経っていた。

それでも流石に晩ご飯までにはまだ時間がある。
晩ご飯までどうしようかと話していたら、従業員さんに家族風呂はどうですかと言われてちょっと悩んだ。
……内二人は精神年齢2歳児とはいえ、14歳と一緒に風呂ってどうよ……?

「家族風呂、ってなんですか?」

「……普通こういったお風呂って男女別なんだけど、家族風呂はこじんまりとしてる代わりに家族全員で男女関係無く入れる」

「つまりカナもボク達一緒に入れるってこと?」

「そういうことだね」

「……流石にカナと入るのは」

シンクの当然の答えに、シオンはきょとんとした顔をした。

「え?入らないの?」

「え!?シオン一緒に入るつもりだったんですか!?」

「身体にタオルとか巻けば問題ないかなって」

「いや、流石に恥ずかしいから…遠慮しとく。普通に別れて入ろう、うん。ココ露天もあるみたいだし」

玄関前のロビーでそんな事を話していたら、何故かパタパタと従業員さんが慌て始めているのに気付く。
何かあったのかと周囲を見渡していると、受付へ案内してくれた従業員さんが申し訳なさそうな顔でこちらに近づいてきた。
……嫌な予感。

「お話中失礼します。露天風呂の方に少しトラブルがありまして…こちらの都合で申し訳ないのですが、今日は家族風呂の方を無料解放いたしますので、そちらをご利用ください。お客様にご迷惑をおかけして真に申し訳ございません…」

ぺこぺこと頭を下げられれば、こちらも承諾するしかない。
てゆーか露天風呂のトラブルって一体何。

「だって。じゃあ皆で入ろうか」

シオンのきらっきらした笑顔で言われた。
何でそんなに楽しそうなんですか、アナタ…。








かぽーん。って音ってあるじゃない。
ほら、よく漫画とかでお風呂のシーンで効果音に使われるアレ。
アレって何の音なんだろうね?

そんなことを考えながらやってまいりました家族風呂。
普通のお風呂よりはちょっと広いけど、旅館のお風呂に比べれば小さいという規模の家族風呂。
しかしどぼどぼとお湯が垂れ流しになっているあたり、温泉に来た感じがするのは私がケチだからだろうか。
家に居たらこんなことできないもんね!

「カナ、そんなところに突っ立ってると風邪引くよ」

「……はい」

現実逃避もココまでのようです。
シオンに声をかけられた私は、観念して浴室へと足を踏み入れることにした。


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