13.いざゆかん、温泉旅行 中



※シオン視点

ボク達は腰にタオルを巻いて、カナは特大のバスタオルを身体に巻いている。
シンクとイオンの顔がほんのり赤いのはきっと浴室が熱いからじゃあないだろう。

「あの…これって順番に入ればいいのでは?」

どこかもじもじとしたイオンの提案にシンクが言われてみれば、みたいな顔をしていた。
気付くのが遅いなあと笑いを噛み殺していると、どこか遠い目をしたカナが胸元をしっかり押さえつつ口を開く。

「私も気付いたんだけどね、家族風呂って時間制限付の貸切なのよ。
少ないとはいえ他のお客さんも居ることを考えるとそれも難しくてね…」

カナの答えにイオンとシンクはなんとも言い難い顔をしていた。
そんなに抵抗があるんだろうかと思いつつ、いつまでも浴室に突っ立っているわけにもいかないので順番に行動することになる。

「お風呂に浸かるのも良いけど、掛け湯は忘れないようにね。あと普通の露天風呂は身体にタオルを巻くのはマナー違反らしいから外ではやらないように」

色々諦めたらしいカナは保護者としての側面を徹底させることにしたらしい。
多分倫理観とか羞恥心とかは空の彼方にかっ飛ばしたのだろう。
家族風呂とはいえシャワーは複数着いていたので、先にカナにお湯に浸かってもらい、ボク達が身体を洗うことになった。

タイルを弾く水音が響く中、カナが背中を向けてお湯に浸かる。
ふぃー、とか気の抜けた声が聞こえた気がした。

「あー…きもちいー…」

気がしたんじゃなくて本当に聞こえてた。
イオンがシャワーのお湯は流石に普通のお湯だと感心してる中、カナは乳白色のお湯を満喫しているらしい。

「シャワーは普通の水道水なんじゃないかなぁ。ちなみにこの色つきのお湯は天然だよー」

「入浴剤使ってるわけじゃないんだ」

「流石にこれだけの量のお湯に入浴剤使ったら大変だと思うよ?」

シンクの呟きにカナが突っ込み、そんなやり取りに笑みが漏れてしまう。
微笑ましいってこんなことを言うんだろうなと思いながら、腕を洗いつつボクも口を開いた。

「それにしても、こうやって遠慮なくお湯を使えるのはキモチイイね」

「みんなで入る機会なんて中々ありませんしね、旅行って楽しいです」

「流石に全員で家のお風呂に入るのは無理だしねぇ、確かにイオンの言う通りかな」

「シャンプーとか普段と違うから違和感あるんだけど、これも旅行の醍醐味って奴?」

「あはは、シンクの言うとおりだよ。中には持ち込む人も居るらしいけどね」

水音をBGMにそんな呑気な会話をする。
シンクの言うとおりボディソープもシャンプーも、いつもと香りが違うから少しだけ違和感があった。
しかしまぁそこまで気になるものでもないので、無事身体を洗い終えたことをカナに告げればカナはようやくボクらのほうへと顔を向けた。
しかしカナはすぐにお湯から出ることなく、ボク等をまじまじと見つめている。
何だろう。

「……シンクって実は着やせするタイプ?」

「は?何さ急に」

「いや、意外に筋肉凄いからさ」

「あのさ、僕一応軍人なんだけど?」

「そうなんだけどね、もっと細そうなイメージ持ってたから…イオンとシオンはイメージどおりなんだけど」

そう言われてようやく何故見られていたか、という疑問が解消された。
確かにシンクを見るとその腕や腹には結構な筋肉がついていて、試しに触ってみれば結構硬い。
対してボクやイオンは硬いとか柔らかいとかじゃなく、まず無駄な脂肪や筋肉が着いていない。

肌の色だって白い。
イオンは元々体力方面が劣化してるし、ボクも丈夫とは言えない状態で死んだので当たり前だけど何かちょっと悔しかった。
筋トレとかすべきかな?

カナと入れ替わり、今度はボク等がお湯に浸かる。
乳白色のお湯は普段のお風呂よりも熱めだったけど先にシャワーを浴びていたせいかあまり抵抗無く浸かることができた。

「なんか…カナがさっき間抜けな声出してたのが解るなぁ…お湯に浸かるって気持ちいい…」

全身をお湯に浸せば、自然と大きく息を吐いてしまう。
オールドラントではお湯に浸かるという習慣自体が無かった。
湯船はあったけどどちらかというと身体を洗う空間、という感じで。

「アンタが間抜け面晒すのも珍しいね」

「そういうシンクだって気の抜けた顔をしてるじゃないか」

「気持ち良いからね…疲れが融けていくってこんな感じかなぁ…」

息を吐くシンクの言葉に同意しつつ、ボクは密かに納得した。
なるほど、そういう風に表現すればよかったのか。

「気持ちよくてこのまま寝ちゃいそうですね…」

「寝ないでよ?運ぶの大変だから」

「流石に本当に寝たりしませんよ。それにしても、この白いお湯ってどんな効能があるんでしょうか?」

気持ち良いを通り越してとろんとした顔をしているイオンが、お湯を一掬いしながらそんな疑問を口にした。
それを聞いて入り口に置かれていた大きな木の板に何かが書いてあったのを思い出す。

「何か入り口に看板があったよね。あれに書いてあったのがそうじゃない?」

「アンタが見てたあの漢字交じりの奴?カナ、知ってる?」

「読んだよ。疲労回復と冷え性に良いんだって」

ボク等が聞くのを見越していたのだろう、話をふられたカナはすぐさま答えてくれた。
カナの言葉に3人でと納得していると、肩まで浸かったシンクが瞳を閉じて温泉を堪能しつつぽつりと呟く。

「……騎士団にも引いてくれればよかったのに、温泉」

「できそうだね、近くにザレッホ火山もあったし。掘ったら温泉出たかもしれないね」

「それは素敵ですが…障気を掘り当てたりしないでしょうか?アクゼリュスみたいに」

「どんだけ深く掘る気なのさ」

シンクの突っ込みに同意しつつ、教団に温泉ができた場合を考えてみる。
温泉の効能にもよるが兵士達の慰安にも使えるし、巡礼で来て疲れた信者達からも評価を得られるだろう。
無料とまではいかないが安価で風呂屋を営めば多少なり利益を得られるかもしれない。
それに。

「教団の浴室も大分老朽化してたからね。確かに魅力的だ。
でも改装しようにもそんな事預言に詠まれてないってモースが煩かったからできなかったしなー」

「改装費用を着服してたからできないの間違いだろ」

「あの、ヴァンもしてたのでは…?」

「してたよ。でなきゃレプリカの研究なんて進まないよ。各地のアジトを維持させるための資金も必要だったし。でも改ざんするのは結構楽だったかな」

「元々ザル勘定なところはあったけど、ボクが死んでから更に促進したみたいだね…折角財布の紐締めたのに、意味なかったか」

というか、改ざんしてた張本人にあっさり言われると何かムカツク。
ホント、財布の紐締めてた意味ないじゃないか。
そんな事を話しているうちにカナが身体を洗い終わったらしく、濡れた髪を纏め上げながらお湯に入ってきた。

「流石に四人で入ると狭いね」

カナは呟きながらも息を漏らす。やはり気持ち良いのだろう。
頭にタオルを巻いている姿はお風呂上りの定番だけど、こうしてお湯に浸かっている姿を見るのは初めてだ。当たり前だけど。

「ちゃんと肩まで浸からなきゃ駄目だよ」

「カナもね。髪上げてるんだからちゃんと入らなきゃ」

「シオンもね。横髪垂れてる。結んであげようか?」

「いらないよ。癖つくし」

そんな間抜けな会話をしながら流れ込むお湯の音を聞きながらボクは伸びをした。
シンクも何となく言っただけなんだろうけど、本当に教団にあったらよかったのに、温泉。
そんな中、とろんとした顔をしていたイオンの顔が先程より赤くなっているのに気付く。

「イオン?」

「あ、はい。なんでしょうか」

「顔真っ赤だよ。どうしたの」

「のぼせたのかな?頭ふわふわする?」

「はい。少し…」

同じようにイオンの変化に気付いていたらしいカナの質問にイオンは小さく頷いた。
のぼせた、という聞きなれない言葉の意味を聞く暇もなく、カナがイオンの頬に手を当てている。

「慣れない人がお湯に浸かるとなりやすいんだよね。お湯から出て水分取ると良いよ」

「うー…すみません」

「謝ることじゃないよ。倒れないうちに出なさいね」

「じゃあボクも着いてくよ。倒れたら呼ぶから」

「うん、お願い」

ボクもちょっとばかりふわふわしてきたところだったので、丁度良いという事で一緒に出ることにした。
多分シンクがまだ平気なのはやはり根本的な体力の差なのだろう。
旅行から帰ったらやっぱり筋トレしようと心に誓いつつ、イオンを伴ってお湯から上がる。

脱衣所に出て二人で身体を拭いていると、浴室からカナとシンクの声が聞こえてきた。
聞くつもりは無いけど、浴室の声って結構響くんだよね。
自然と耳を傾けてしまうのは多分人の性というものだと思う。

「シオンは…家族に憧れてるのかな?」

「……どういうこと?」

「家族風呂、シオンだけ抵抗が無かったでしょう?だから一緒に入ることで擬似家族を楽しみたかったのかなって」

「あぁ、そういうこと。単純にシオンが変態なのかと思ったよ」

よしシンク、後で殴る。

「その理論だとシンクはその変態の因子を引いていることになるんだけど」

「僕は違うからね」

「はいはい、解ってますよ」

言いたい放題だなと思いながら聞いていると、イオンが何か聞きたそうな目でコチラを見ているのに気付いた。
あぁ、イオンも聞こえてたのか。

「…イオンも、ボクが家族に憧れていると思うのかい?」

「……少し」

「否定はしないよ。産まれた時から導師になることが決まっていたからね、普通の家族って言うのはやっぱり憧れてた時期もあったから」

身体を拭いて寝巻き代わりの服に袖を通しながら答えれば、イオンは複雑そうな顔で同じように服を着込んでいた。
けどそれも過去の話だ。
アリエッタがいたし、導師としての職務に追われてしまえば家族だなんて幻想に浸る時間など無くなってしまった。

「今は、違うんですか?」

「…今はイオンたちがボクの家族だろ?」

恐る恐る聞いてきたイオンにそういえば、イオンはきょとんとしたあと元気よくはい!と返事をしてくれた。

「シンクとイオンが弟で、カナは…母親?」

「せめてお姉さんにしてあげませんか?」

「そうだね。まだ20代だもんね」

「そうですよ。それに父親が居ません」

「確かに」

くすくすと二人で笑いながら、タオルで髪の水気を取る。
ボクの弟もこの世界に着てから随分フランクになってきた。
昔は憧れるだけだったものが、今は此処にある。

幻想は日本に来て確かに形を成したのだ。


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