14.いざゆかん、温泉旅行 下



※シンク視点

旅館側のミスで露天風呂が使えないということで全員で入ることになった家族風呂。
最初は羞恥心を感じたけどカナも背中を向けてくれているし、気にし始めたらきりが無いということでさっさと身体を洗ってお湯へと浸かる。

家で浸かるのとはまた違う感覚。
熱く感じるのお湯に全身を浸せば、カナが間抜けな声を出すのも解る位気持ちよかった。
和菓子の件で散々実感したけど、日本の文化というのは素晴らしい。
熱いお湯に浸かるのがこんなに気持ちいいことだと僕は初めて知ることができた。

シオンがカナとお風呂に入ることに抵抗の無いことに変態かと思ったが、カナの言うとおり擬似家族を楽しみたいという理由だったなら変態の汚名も返上できる。
できればそちらがシオンの本音だといいと思いながら、シオンとイオンより少し遅れてから僕とカナも風呂から上がることにした。

服を着込み、ロビーに出る。
既に寝巻きに着替えた二人がロビーの椅子に座っていて、二人とも何故か瓶に入った牛乳を飲んでいた。

「おぉ、風呂上りの牛乳とは…オツだねぇ」

「従業員さんに勧められてね。安いから買っちゃった」

「美味しいですよ」

シオンとイオンがぐびぐびと牛乳を飲むのに釣られ、僕とカナも牛乳を買うことにした。
二人とも普通の牛乳だったので、僕はコーヒー牛乳を選びカナはフルーツ牛乳を選ぶ。
程よい甘さに舌鼓を打ちつつ、案外喉が渇いていたのかあっという間に飲み干してしまった。

瓶を販売員に返し、そのまま部屋へと向かう。
部屋でまったりしていたら従業員さんが食事を運んできてくれて、僕等はそのまま晩ご飯に突入した。

「これは…生魚、ですか?」

「あぁ、刺身は初めてか。お醤油をつけて食べるんだよ。生臭さが嫌だったら残して良いからね」

「日本食の中ではポピュラーな部類なわけ?」

「そうだね。私も小さい頃から食べてるし」

「どうせなら挑戦してみようよ」

生魚ということで躊躇したものの、シオンの提案により挑戦することになったサシミ。
しかし新鮮な魚というのは予想外に美味で、生魚の美味しさに僕等は目覚めることになる。
他にも紫蘇の天ぷらやユッケなど初めて見る料理が山盛りで、カナの説明を受けながら僕等は全てに箸をつけた。

こうして外に出て食事を取って気付いたのが、カナは僕等の料理に気を使っていてくれたんだなってこと。
最初は僕等が驚くような料理は殆ど無くて、最近は少しずつ見慣れない料理が増え始めていた。
けどこうして見慣れない料理を大量に並べられると、カナが少しずつ僕等を慣らそうとしていてくれたのがよく解る。
日本に来たばかりのときにサシミなんて出されたらきっと食べられなかっただろうしね。

「お味噌汁も美味しいですね」

「良い出汁使ってるねぇ…」

ぬるんとした不思議なきのこの入った味噌汁も、抵抗なく食べることができた。
改めて思ったが、本当に日本って不思議な食材が多い。
全て食べ終わった後、カナが従業員に飲み物を頼んでから僕等は部屋でまったりする。

「畳って良いねぇ…実に効率的だ。それにこの独特のにおい、嫌いじゃないなぁ」

「シオン、発言がおじさん臭いよ…」

「それはどういう意味かなカナ」

「中身がオッサンってことじゃないの」

「それを言ったら僕等は中身は幼児ですよ?」

思い思いに畳の上で過ごしながらおしゃべりをしていれば、時間はあっという間に過ぎていった。
明日も早いということで従業員が敷いてくれた布団にもぐりこみ、電気を消して就寝。
今日は一日楽しかったとイオンたちと話し、僕等は満足感に包まれながら眠りに落ちた。

そうしてどれくらい眠っていたのだろう。
ふと目が覚めてしまったのは、微かに人の気配を感じたから。
暗い部屋の中音を立てないように上半身を起こし、周囲を見渡せばイオンとシオンが寝息を立てている。
寝る前との違いは、カナが入っていた布団が殻になっていることだった。
何処に行ったのかと部屋を見渡せば、窓際のスペースに繋がるふすまが少しだけ空いていて、二人を起こさないよう気をつけながらそちらに向かえば、カナがソファに座って小さなコップのようなものを片手に外を眺めていた。

「何してるの?」

「あ、起きちゃった?」

「気配がしたからさ」

「職業病だねぇ…ちょっと寝付けなくてね。月見酒としゃれ込んでたのよ」

「ツキミザケ?」

「月を見ながらお酒を楽しむことだよ。ほら、綺麗だよ」

カナに誘われ、僕もソファに座って月を見上げる。
いつもと何ら変わらないように見えるけど、一体何を楽しむというのか。
それともコレも日本のフゼイという奴なのだろうか?
日本の文化は好ましいものが多いけれど、こうして理解しきれないものも多い。

一人手酌を楽しむカナ。
お酒が入っているのはトックリと言い、掌サイズのコップのようなものはオチョコというらしい。
二人を起こさないように小声で説明を受けながら、水にしか見えないお酒を見る。

「美味しい?」

「私はね。でもシンクにはまだ早いよ。お酒は二十歳になってから」

「それって18年後?それとも6年後?」

「……どっちだろう?」

ちっとも酔っているように見えないカナは、少し考えた後6年後かな?と答えてくれた。
二人で小さく笑いながら、虫の音をBGMにソファに身を沈める。

「どう?旅行は楽しい?」

「温泉は好きかな。料理も美味しかった」

「それは良かった。明日出発前に時間があったら露天風呂も入りたいんだけど…直るかな?」

「できれば直ってほしいけどね。露天風呂って外にあるんでしょ?入ってみたい」

「ふふ、入れるならイオンたちと入っておいで」

「またイオンがのぼせないといいんだけどね」

「あればっかりはねぇ、慣れれば多少違うけど体質もあるし」

小声で話しているせいだろうか、他愛ない会話の筈なのに何故か内緒話をしている気分になる。
そういえばこうして二人で話すことってあまり無かったなって思ってたら、カナが最後の一杯を飲み干した。
空になったトックリとオチョコをお盆の上に置き、そろそろ寝ようかと言われ、僕も布団に戻ることにする。

「おやすみシンク」

「うん、おやすみ」

ちっとの眠くなさそうなカナが布団に潜り込むのを見てから、僕も布団を被りなおす。
シオンとイオンとカナの気配を感じている筈なのに、僕はまた深い眠りに落ちていった。










翌朝、目が覚めた僕等は朝食を取った後、従業員に確認を取ってから露天風呂を楽しんだ。
少し肌寒かったけど良い景色を眺めながらお風呂に浸かれるのはまた格別で、やっぱりイオンがのぼせた。
入浴を楽しむ、という初めての感覚に僕等はすっかり虜にされてしまったようだ。

お風呂を出てからチェックアウトをして、家へと帰る最中ずっと楽しかったねなんて話をして。
帰りにまた別のパーキングエリアに寄って、それぞれお小遣いでお土産も買った。
また機会があれば行きたいねなんて話になって、来年もイオンが福引を当てれば行けるよなんてカナに茶化されて。

こんなに楽しいのは産まれて初めてかもしれない。
そんな感想を抱いたのは、僕だけの秘密だ。


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