15.温もり、そして決意の瞬間
今の状態を擬音にあらわすなら……ほっこり、だろうか。
いや、まったり、かもしれない。ぐったり、でないのは確かである。でも一番近いのはぐてーん、だろう。
「……アンタ達、どんだけ炬燵気に入ったのよ?」
思わず呆れた声を出してしまうほどに、緑っ子たちは炬燵に馴染んでいた。しかも全員半纏を着ている。最早完全に真冬の日本人である。
「これ良いねぇ……ずっと出たくない感じ」
「ずっと入ってると脱水症状と低音火傷起こすから駄目よ」
「それは……怖いですね」
三人にお茶を配りながら、うとうとし始めるシンクの頭をはたいておく。炬燵で昼寝が一番危ないのだ。寝るなら部屋に行け。
「で、ゲームはどこまで進んだの?」
「今はコーラル城だよ。ゲームで見ると城もしょぼいね」
「大分簡略化されてますよ。実際はもっと広かった覚えがあります」
「ちなみにこのアイテムは実際にあったわけ?」
「あ、はい。ありました」
「あったんかい!」
シオンとイオンの会話に思わず突っ込みを入れてしまった。つまり宝箱があちこち置いてあったのかと思ったが、そうでもないらしい。
何でも、戸棚だったり武器庫だったりに置きっぱなしになっているものを拝借しているんだとか。
「……それって窃盗なんじゃ?」
「ああいった廃屋やダンジョン内部のものは基本的に所有権が放棄されてるから罪にはならない。お墓とか国が管理してる遺跡なんかは別だけどね」
「なるほど。じゃあセフィロトは?」
「一応教団が管理下に置いてるってことになってるけど、放置状態だから問題はないと思うよ、それに導師が同伴してるわけだし」
途中出てくる魔物を倒しながら、さくさく城の中を進んでいく。
シオンのオールドラント講座を聞きながら私も炬燵に入ってゲームを見ていると、屋上でアリエッタと遭遇するシーンに突入した。
イオン様を返してと叫ぶアリエッタの悲痛な声にシオンが僅かに眉を顰めたものの、すぐにそれも引っ込められてしまう。
そのままルークが誘拐されて、フォミクリーの音機関に乗せられているシーンに移り変わる。登場したシンクにシオンが噴き出し、それを聞いたシンクがムッと唇を尖らせた。
「何で僕が出るたびに笑うわけ?」
「笑いたくもなるでしょ。しかし、シンクも王族を馬鹿呼ばわりとはね」
「この時既にアクゼリュスに派遣されることが解ってたからね。もうすぐ死ぬ奴に敬意を払う必要も無いだろ? 大体、僕からすればぬくぬくと暮らしてるレプリカなんてそれこそ憎悪の対象でしかないんだよ」
「今も……ルークのことが嫌いですか?」
「……今は同情の方が強いかな」
イオンの質問にシンクはどこか遠い目をして答えた。うん、ゲームを見て印象が変わったんだね。
籠に盛られたみかんを手に取りつつ、ふとシンクの台詞に疑問を覚える。
「ねぇ、アクゼリュスに派遣されるって何で解ってたの?」
「何でって……アニスが持ってた親書見たから」
「……親書を? どういうことですか?」
至極当然といわんばかりの台詞に、珍しくイオンが眉を潜める。少し険悪な雰囲気になってきたのを悟ったのか、シオンは我関せずを貫いてゲームを進め始めた。
あれ? これ私の発言のせい?
「そのままだよ。忘れたの? アニスはスパイなんだ。ディストが単独で移動してるアニスを確保して、親書の中身を確認したのさトクナガを作ったのもディストだし、それほど警戒されずに見せて貰えたらしいよ?」
どこか嘲りを含んだシンクの口調に、イオンは口をつぐんで俯いてしまう。イオンにとってアニスは光であり、救いだった筈だ。
薄々感づいていたとはいえ、そんな存在の罪を聞くのはやはり辛いものがあるのだろう。
「預言を知っているキムラスカなら、僕らが促さずともルークをアクゼリュスに派遣するだろうってことは想像に難くないからね。だから素直に親書を返して、アニスには親書を見られたことは黙ってるよう言っておいたってわけ。何? アンタ知らなかったの?」
「アニスは……そんな事は一言も言ってませんでしたから……」
「あ、そう。あのさ、この際だから聞くけど、あれは守護役として最低だって解って傍に置いてたわけ?」
シンクの言葉にイオンはのろのろと顔を上げる。辛そうに眉を顰め、泣く寸前のようにも見えるし、シンクを睨んでいるようにも見える。
席を立つタイミングが見当たらず、私は蜜柑を食べながらひたすら傍観に徹することにした。
「いくらアンタにとって救いだったとしても、だ。守護役ってのは導師を守るために存在する。導師のために身体を張り、時には命を投げ捨てる。それが守護役の仕事だ。目の前で何人何百人、それこそ何千人死のうと導師を護ることこそ守護役の本懐なんだよ」
「そんな! では、目の前に苦しんでる人が居ても見捨てろって言うんですか!?」
「そうだよ。公務に出る場合、守護役は最低でも三十人から五十人はつくよね? それ以上居る場合なら、何人かを救助に回すこともできるかもしれない。けどこれみたいに一人しか居ないならそんな事は論外だね。救助に回したせいで警備に穴が空いたら? ヴァン並みに強い凶悪犯が現れて全滅したら? それで導師が死んだら守護役達の意味がなくなる。それだけ導師って存在は教団にとって、信者にとって、世界にとって重いんだ。ま、そんなアンタを軽々と誘拐してた僕らが言えた台詞じゃないけどね」
きっぱりと言い切られて、イオンは目を見開いて絶句していた。
導師という立場の重さと責任感を理解しきれていなかったのだとありありと解るその表情に、シンクがため息をつく。
逆に聞き役に徹していた私としては、すげー、としか思えない。立場の違いすぎる人を雲の上の存在、という風に表現をすることがあるが、まさにそんな感じだ。
現代日本ではありえないその感覚に現実味が無く、どこか遠い国の話を聞いているように聞こえる。
「イオン、更に付け足すとこうやって守護役が戦闘に出てることも間違い。それを理解してる?」
画面に視線を固定したままのシオンの言葉にイオンは首をかしげた。画面の中でアニスが流影打を放っている最中だ。
シンクはそんなイオンを見て額に手を当て、深々とため息をついている。そのため息でイオンの反応を悟ったのだろう、シオンは一度ゲームをストップしてイオンへと向き直った。
「シンクの言った通り、守護役は導師を護ってこそ。それなのに戦闘に出たら、その間誰が導師を護るんだい? アニスが闘っている間、暗殺者が来ないなんて保証はない。他にも守護役が居てオフェンスとディフェンスに別れているのなら問題は無いけどね。一人で警護をしようとするなら二十四時間導師から離れることなく、それこそろくに眠ることもできないまま過ごさなきゃならない。警護に数十人も費やすって言うのは、協力し合って不足を補えるように、という意味もあるんだから」
「でも……」
「言い訳は聞かない。導師からはぐれて、しかも戦闘に出るのを守護役だなんてボクは認めないし、きっと教団だって知ってたら認めなかっただろう」
「それでも……それでも、ぼくは……っ」
シンクとシオンの厳しい言葉に、イオンは拳を握り締めて俯いてしまった。二人とも真剣な顔をしてイオンを見ているだけで、謝ることも言葉を撤回することもしない。
つまり二人にとって守護役とはそういうもので、アニスの態度はありえないものとして認識しているということだ。
このまま沈黙が続けば三人の関係に罅が入ると思った私は、蜜柑を食べる手を止めて俯いているイオンの頭をそっと撫でた。
「イオンはアニスが大好きだったんだね」
「……はい。大好きだから、大切だったから……アニスのスパイ行為も、見て見ぬふりをしていました。傍に居て欲しかったから……」
「うん」
「けど、それは……間違いだったんですね。ぼくがちゃんと叱っていれば、アニスはもっとしっかりしていたかもしれない。守護役らしい守護役になれたかもしれない……。ぼくが甘やかしたばっかりに、アニスは……っ」
「……イオンは間違いに気付けた。じゃあもう大丈夫だよ。イオンは賢いから、おんなじ間違いを犯したりはしないでしょう?」
「カナ……」
涙目になったイオンが顔を上げる。
シオンとシンクに視線を向ければ、二人は真剣な顔でイオンを見ていて……イオンは半纏の袖で涙を拭うと、自分の頬をぺちぺちと叩き始めた。
「ぼく……ぼく、とっても未熟だったんですね。二人の話を聞いて、よく解りました。いえ、今まで二人が口にする感想を聞いて、わかったつもりでいたんです。けど、そうじゃなかった」
「イオン……」
「優しいだけでは駄目なのだと、二人のアニスに対する評価を聞いて理解しました。だから、ぼくは今日から変わろうと思います。シオンとシンクのように……!」
ぐっと拳を握り締め、明後日の方向を見ながら決意を固めるイオンに、私はん? と首を傾げる。
シオンも首を傾げているし、シンクはは? と声に出していた。
「えっと……二人のようになる必要はないんじゃないかな?別々の人間なんだし」
つーかもう導師じゃないんだし。
私の突っ込みにイオンは拳をといてふるふると首をふると、目に光を宿して弁舌を開始する。
「いえ、今まで二人の話を聞いて思ったんです。時には厳しさも必要なのだと。ぼく、日本語の練習をしてる時にこれにピッタリな言葉を見つけたんです。そして今気付いたんです、それがぼくの目指すべき道なのだと!」
「そ、そう……」
何かに開眼した、というか何かを悟ったらしいイオンの言葉に私は頷くことしかできない。
何かこう……気迫みたいなものを感じるのだ。
「ちなみにそのピッタリな言葉って?」
「飴と鞭です。そう、飴と鞭を使い分け、シオンのように尊大に、シンクのようにふてぶてしく……! それこそがぼくの目指す道です!」
さり気なく二人に対し失礼だと思うのだが、決意を固めたらしいイオンに何と言葉をかけて良いかわからず、視線だけでシオンとシンクに助けを求める。
しかし二人ともまさかイオンがこんな方向にはっちゃけるとは思わなかったのだろう。ばっちり目があったのに、サッと視線を反らされてしまった。
「カナ、見ていてください! ぼく、変わってみせます! ぼくを見守っていてください!」
手をがっしりと握りながらきらきらした笑顔で宣言するイオンに、二人から見捨てられた私はこくこくと頷くことしかできないのだった。
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