17.どうでもいい愛しき日常



※シオン視点

 大晦日というのは、日本ではとても重要な行事らしい。
 一年を振り返り、新しい一年を迎える節目とも言えるその日を、大多数の日本人は家族と共に迎えるのだとか。

 クリスマスと同じように日本の流儀に習うことにしたボク等は、カナの指示で家中を掃除することになった。ベッドをどかせば案外埃が溜まっていたし、布団を干せば気持ちの良い匂いがした。
 他にも普段はしないような大掛かりな掃除。シンクは脚立を使って電球の埃を落とし、イオンはキッチンの油汚れと格闘。
 一年の汚れを落とすという意味で年末に大掃除をするんだと、カナがゴミ袋を纏めながら教えてくれた。

 丸一日かけて家の掃除をしたボク等は、お風呂に入ってようやくまったりタイムに突入している。
 イオンの手首とシンクの首筋に揺れる緑の石を見て何となく自分の耳元に手をやりつつ、今日は何時まで起きているつもりかというカナの問いかけに首を傾げる。

「年越しの時間まで起きてる? 起きてるなら年越し蕎麦作るよ」

 カナの台詞を聞いたシンクの目がきらりと光る。
 完全に日本通になってしまったシンクが、こんなチャンスを逃す筈がない。

「年越し蕎麦? 普通の蕎麦と何か違うの?」
「蕎麦ってぶつぶつ切れるでしょ? だから今年の悪縁は今年中に切ってしまおうって意味で日付が変わる前に蕎麦を食べるの。といっても地域によって蕎麦を食べる意味合いも、蕎麦に投入する具材も変わってくるらしいんだけどね」

 ボク等にお茶を配りながらそんな説明をしてくれるカナ。
 つまり験担ぎ見たいなものかと納得して、そういうことならとボク等も日付が変わるまで起きていることに決める。
 時刻を見れば既に十時を過ぎていて、いつもならそろそろベッドに行く時間だ。

「じゃあお蕎麦作ってくるから、ちょっと待っててね」

 こんな時間からご飯を食べるって言うこと事態が珍しい。
 少しだけ胸が弾んでいる自分を感じながら、イオンやシンクとこれまでのことを振り返っていた。

「カナに引き取られてから、何かあっという間だったよね」
「そうだね。まさかオリジナルやイオンと一緒に暮らす日が来るとは夢にも思わなかったし」
「ボクも自分のレプリカと一緒に暮らす日が来るとは思わなかったさ」
「でも毎日楽しいですよ。ぼくは二人とこうして時を重ねることができてよかったと思います。そして願わくばこれからも一緒に居られたらと、そう思いますよ」

 にこにこと笑うイオン。先日何かが吹っ切れたらしいイオンだが、やはり根が優しいのは変わらない。
 時折面と向かって毒を吐いたりストレートすぎる物言いをすることもあるが、基本的なスタンスはこれだ。

「相変わらず呑気だね、アンタは」
「最初はぼくだって戸惑ってたんですよ? だってシンクは敵だったわけですし」
「そうだね。そういえば最初はシンクがイオンのこと七番目って呼ぶ度にカナが眉を顰めてたよね」
「はい。まぁ今呼ばれたらぼくも三番目か五番目って呼び返しますけどね」

 笑顔で言い切ったイオン。シンクは少しだけ頬を引きつらせていたが、すぐにその表情を引っ込めてせめてどっちかにしろと抗議をしている。
 玄米茶を飲みつつそんなやり取りを見ていたのだが、そもそも根本的な間違いを正すためにボクは口を開いた。

「六番目だよ」
「え?」
「だから、シンクは六番目のボクなんだよ。三番目でも五番目でもない」
「じゃあシンクはぼくの一個上なんですね」
「その言い方は何も知らない人が聞いたら多大な誤解を与えそうな気もするけど、まぁ合ってるよ」

 シンクは初めて聞く自分の出生に興味はないようで、ふーんとどうでもよさげに呟いてお茶に口をつけている。
 今はレプリカという出生に対してもあまりこだわりが無いようだ。というより今はレプリカよりも蕎麦に気を取られてるんだろうが。

「……一個疑問なんですけど、ぼくが七番目でシンクが六番目なら、シオンは何番目なんですか?」
「は? ボク?」
「はい」

 イオンの質問に首を捻る。
 そんな事考えたことも無かったし、そもそもボクがオリジナルなのだからうん番目というのは根本的に違う気がするのだが、あえて言うならば……。

「……ゼロ番目?」
「永久欠番?」
「……一体ボクは何をしたのかな?」

 まるで人を野球選手か何かのように言うのはやめて欲しい。
 しかも呟いたシンクは多分意味を解らないまま使ってるのだろう。ボクの突っ込みに首を傾げていて、話が繋がっていない。

「お蕎麦できたよ。海老天乗せてあるからね」

 そんな中、お盆に四人分の蕎麦を乗せてカナがリビングへと入ってきた。普段食べるよりも少な目のお蕎麦をそれぞれに配布してから、全員手を合わせてお蕎麦を食べ始める。
 テレビの中では年末の特集なんかをやっていたが、はっきり言ってよく解らないネタが多い。
 だからボク達の会話も、テレビの中の解らない単語をカナに聞いたり、目の前のどうでもいいことについての会話をすることが圧倒的に多くを占める。
 年末といえどそれは変わることなく、一番最初に口を開いたのはイオンだった。

「カナ、前々から聞きたかったんですけど、海老ってどっちから食べれば良いんでしょうか? 尻尾? 頭?」
「好きなほうから食べれば良いと思うよ。大抵の人は頭から食べると思うけどね」
「そもそもそこって頭なの? っていう突っ込みは受け付けてる?」
「受け付けたらじゃあ頭じゃなかったらどこなの? って疑問に発展するから受け付けてない」
「じゃあ質問を変えて……海老の尻尾って残す派? それとも食べちゃう派? ちなみにボクは食べちゃう派」
「ぼくも食べちゃいます」
「僕も食べるなぁ……カナは?」
「残す……昔喉に詰まらせて以来どうも駄目なのよね」

 海老の尻尾を喉に詰まらせる子供。あまり想像がつかない。
 気の抜けるような会話をしながら蕎麦を啜る。カナが残した海老の尻尾はシンクの胃袋に納まった。
 曰く、もったいないらしい。軍人根性だね。

 蕎麦を食べ終わってごろごろしていればあっという間に時間は過ぎていって、来年はどうしたいとかそんな話をしていれば日付が変わるまで後五分という時間になっていた。

「さて、後五分で今年も終わりよ。三人とも、来年への抱負は?」
「心も身体も逞しく、ですかね」

 カナの質問にイオンがさらりと答えた。
 一見普通の抱負に見えるのだが、何かが吹っ切れたらしいイオンが言うと恐ろしく聞こえるのは何故だろうか。
 それに既に充分逞しくなっていると思うのだが、本人的にはまだまだらしい。

「とりあえず、日本語習得、かな」

 ボクの答えにシンクもイオンも頷く。
 いい加減ゲームの字くらいスラスラと読めるようになりたいものだ。そうすれば別のゲームだってやれるだろうに。

「筋トレを欠かさないように、かな。この家に着てから動かないから筋肉落ちちゃってさ」

 そう言ってシンクは腕を摩る。
 釣られて僕も触ってみれば、そこにはボクやイオンと違って硬い筋肉の感触がある。
 本人はこれで満足していないらしく、柔らかくなったと不満そうな顔をしているが。

「カナの抱負は?」
「私の抱負? 精一杯頑張る! 以上!」

 胸を張って言うカナの台詞に、ボク達三人は笑みを零した。
 誰に言われずとも、ボク達は知っている。

 ボク達が着てから、カナはずっと頑張っている。手を抜くことなく、自分にできることを精一杯やろうと奔走している。
 ボク達はずっとそれに助けられていて、きっと来年もそれに助けられるのだろう。

「ボク達も頑張らないとね」
「ですね」
「できることからやってかないとね」
「ほら、カウントダウン始まるよ!」

テレビの数字が段々と減っていく。
十から始まった数字も、今は五、四,三,二,一……。

「はい。明けましておめでとうございます! これからも宜しくね!!」

 日付が変わった瞬間ネックレスを揺らしながら元気よく言われて、ボク等も明けましておめでとうと笑顔で答えるのだった。


おまけ

 ぴろろん、ぴぴろぴろろん、ぴろろん、ぴろぴろ、ぴろろん。

「ねぇ、カナの携帯鳴りまくってるけど?」
「あぁ、明けましておめでとうメールが大量に来てるだけだから大丈夫」
「ふーん?カナは送らなくて良いの?」
「良いの。寒中見舞いの葉書送る予定だしね。それにさ」

 ぴろ、ぴろろん、ぴろぴろぴろろん、ぴろろん、ぴろろん。

「うん?」
「こうも鳴ってちゃまともに打てないし。送る余裕ないわ」
「あぁ、納得」

 ぴろぴろぴろろん。


Novel Top
ALICE+