18.常識が迷子になりました



「ほらシンク、雪降ってきたよ。綺麗だねー」

「確かに雪降ってるけど……なに?現実逃避?」

「言わないで。むなしくなるから…」

シンクの鋭い突っ込みに私はがっくりとうなだれた。
シンクは半纏を着たまま腕を組んでため息をつき、その横ではイオンが苦笑している。
そしていつものようにゲームのコントローラーを握っているシオンは、瞳に涙を溜めながら爆笑していた。

「…あれ、止められないかな?」

「無理でしょ」

「怒りを通り越すと呆れになり、呆れを通り越すと爆笑になるんですね。初めて知りました」

「イオン、そこ納得する所じゃない」

雪のちらつく外に逃げ出したい気分に捕らわれながら、私はゲーム画面を見る。
そこには王に謁見をしているルークの姿があり、王の傍にはモースとアルマンダインが控えている。
シオンはキムラスカに着いてもティアが捕えられない当たりで既に黒い笑みを浮かべていたのだが、王城で普通に謁見の間に足を踏み入れた当たりで噴出し、モースが当たり前のように王の傍に控えているあたりで爆笑を始めていた。
筋トレしたせいで腹筋が筋肉痛とか言っていたのに、あんなに涙が出るほど笑っては筋肉痛はさぞ酷いものになるだろう。
笑いながらも会話を進めるための○ボタンを押し続けているのは流石というべきか。

「にしても、何でキムラスカはヴァンの妹を捕まえないわけ?」

「モースに懇願されたのでは?ティアがユリアの子孫であることはモースも知っていましたから」

「利用価値を見出してたってわけね。てんで役に立たないけど」

「いざとなったら象徴として使うつもりだったのでは?」

「…アンタも言うようになったね」

さらりと言うイオンにシンクも少し戸惑い気味だ。
謁見を終えたあたりでシオンはようやく笑い終わり、置いてあったお茶を一気に飲み干す。
そりゃそれだけ笑えば喉だって渇くだろうよ…。

「あー、笑った笑った。モースの首斬ってやりたいね、物理的に」

「後々切られるよ。物理的に」

「シンクもよくこれに従ってたね」

「敬語使っとけば敬ってると勘違いする馬鹿だったからね。馬鹿な分苛々させられることも多かったけど大体ディストに押し付けてたし」

「成る程ね。にしても、モースはいつキムラスカの人間になったのかね。普通王の傍に侍るんじゃなくて、後ろに下がるべきだろう。アイツまで常識を彼方へと飛ばしていたとは、ダアトもおしまいかなこれじゃ」

辛辣な会話が飛び交う中、私はココは突っ込むべき所ではないと口をつぐむ。
テレビ画面の中ではルークが屋敷へと帰還していて、クリムゾンがティアを口先だけの謝罪で済ませ、ルークを送り届けたからと義務を果たしたといわんばかりのティアの態度に再度シオンが噴出していた。

そして登場したナタリアにシオンの瞳がすっと細められる。
心配もそこそこにティアに手をつけたのかと憤る姿に何を思ったのだろう。
口の端を上げるだけの笑みは幼い容貌に不釣合いで一種の凄みがあった。

「心配したと言いながら浮気を疑うこの王女さま、見事に自分の感情しか吐露してないね」

「どういうことですか?」

「つまりね、自分がこれだけ心配していたんだぞ、というアピールをして、こんなに心配していた自分が居るのにお前は他の女に現を抜かしていたのか、って言ってるように聞こえるんだよ。
事実彼女は一度もルークに対し無事で良かったとか、怪我はないかとか聞いてないだろう?
解るかい?ルークのことを思っているように見えて、自分のことしか言ってないんだよこの女は」

「成る程、気付きませんでした。実に巧みですね…」

「アンタ一緒に旅してたんだよね…?」

「えぇ、結構に振り回されました」

良い笑顔で振り回されたと断言するイオン。
ちょっと前までの純度100%のイオンはどこへ行ったのか。
ヴァンがルーク誘拐の主犯として捕らわれたという内容には、シオンは冷たい視線を向けるだけだ。

「…にしても、このレプリカルークも哀れだね。こんなにもヴァンに依存しちゃってさ」

「…ヴァンしか、まともに話を聞いてくれる人が居なかったそうです。解らないことを呆れることなく教えてくれたのも、できたことに対して褒めてくれたのも、以前のルークと比べることなく今の自分を見てくれたのもヴァンだけだったと」

「つまりこの使用人ですら、そうだったと」

「そういう…ことなんでしょうね」

イオンの言葉にシオンは深くため息をつき、シンクは無言を貫いている。
ある意味一番哀れな被害者とも言える存在。
流石のシオンも何故騙されるのかと言えないのだろう。刷り込みすらされていない彼は純粋な七つの子供なのだ。

「環境が劣悪すぎたんだろうね。周囲が使用人と自分に無関心な家族だけじゃ、まともなコミュニケーション能力を養うことも難しい。ある意味ヴァンにとって最高の環境だったわけか」

シュザンヌの前で跪き懺悔を始めるティアの台詞をすっ飛ばしながら、シオンは呟いた。
頭を下げ一線引いた付き合いしかしてくれない使用人、自分に無関心な父、病弱で頼りない母、確かにこれでは普通の付き合いなど学べないだろう。
それを学ぶための友人関係は軟禁生活によって作ることもままならず、友人と呼べるのはガイ一人。
師事するはずの家庭教師ですらルークをアッシュと比べていたのだから。

結局ルークが自室に戻り、翌日城に向かうまでのシーンまでシオンは殆ど台詞を聞き流していた。
城に向かってからも第六譜石の欠片をキムラスカが持っていることに眉を潜め、当たり前のようにモースが同席していることに黒い笑みを零していたが。

「…成る程ね、モースもヴァンの妹を処分するつもりだったわけか」

「どういうことですか?」

「モースは『聖なる焔の光』が『町と共に消滅す』るのを知っているんだ。
つまり着いていく人間にとっては親善なんかじゃなく死出の旅路、そこにヴァンの妹を同行させるってことは、暗に死んで来いって言ってるのと一緒ってことさ」

シンクの説明にイオンはふむふむと言いながら頷いていた。
クリムゾンがガイも連れて行けと言っているのを聞き、シオンもそれに続く。

「恐らくキムラスカとモースの間で取引が成されたんだろうね。ヴァンを捕えたのはルークを鉱山の町に行かせるための人質みたいなものだろう。
使用人も連れて行けって言ってるあたり、コイツも用済みってことかな。
まぁ貴族を敬わない使用人なんて家の汚点にしかならないわけだから、当たり前だけど」

「というか、障気の噴出している街に王位継承権第三位を持つ王族を親善として出すって時点でおかしいだろ。何で死霊使いは何も言わないわけ?
預言が無くたってこれでルークが死んだら即戦争になると思うんだけど、コイツそんなことも解らない馬鹿なの?」

「日本にこんなことわざがあるんだけど知ってる?馬鹿と天才は紙一重」

「「何かすごく納得した」」

私の言葉にシンクとシオンは声を揃えて反応してくれた。
イオンはやっぱり苦笑している。
というか、イオンは何と言って良いか解らない時は全て苦笑で誤魔化してる気がする。
実は結構に強かなのかもしれない。
私はお茶を淹れなおしつつ、更に場面が進んでいくのをぼんやりと眺める。
ヴァンが地下牢でルークと話しているシーンでは、今度はシンクが眉を潜めていた。

「…ねぇ、何でヴァンは自分が誘拐犯だって暴露しちゃってるわけ?」

「馬鹿だから」

シオンの簡潔な答えにシンクは頭を抱えていた。
何でこんな奴に着いてったんだ僕!という声が聞こえた気がしたが、ココはあえて聞こえないふりをしておく。
誘拐した犯人である=記憶障害にした加害者であるということなのだが、ルークはそれに気付かない。
それだけヴァンを信頼している証拠なのだろう。

「信頼っていうか、心酔とか妄信の域だよね、コレ」

「そうなるように仕組んでたんだよ。そのために神託の盾の仕事ほっぽりだしてまで剣の稽古に行ってたんだからさ」

「そうだったんですか?」

「そうだよ!その分こっちまで仕事が回ってきてどれだけ苦労したことか…!」

なにやら裏話を聞きつつ、私は新たに淹れたお茶を啜る。
ジェイド達と合流したヴァンが先遣隊を囮にして船を出すと言い、ジェイドが良いでしょうとか言ってる辺りでは三人とも呆然としていた。
シンクとシオンが無言でイオンを見て、イオンは自分は知らないと言いたげにぶんぶんと首を振っている。
更にその後、アニスがイオンがさらわれたから自分も連れてけと言った辺りでは三人とも顎が外れていた。
今なら三人の口にみかんを放り込んでも気付くことはなさそうだが、後が怖いからやめておく。

「…はは、ぼく、てっきり……あぁ、アニスがこんな頼み方をしてたんですね…どおりでルーク達が来てくれたわけです。そうですよね、アクゼリュスに向かう途中に遺跡があるわけでもありませんしね…何で気付かなかったんでしょう。浮かれすぎてたんですかね、あぁ、ぼくって馬鹿…」

「イオン、しっかり!」

遠い目をしてぶつぶつと呟くイオン。
魂が飛んでいきそうなその様に私は肩を掴んで揺さぶるが、イオンはぶつぶつと呟き続けているだけだ。
シオンはシオンで導師守護役も質が落ちたなと言っているだけで遠い目をしているし、シンクはシンクでこんなことのために道を塞いでたんじゃないのにとぼやいている。

神託の盾騎士団のしでかした暴挙の数々に三人が心ここにあらずとなり、結局今日のゲームはココでお開きとなった。
こんなんで続くのか、ゲーム。



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