20.三人一緒なら頑張れる



※シオン視点

「ごめんね、怖かったでしょう?この人は足立っていうの。ウチと契約してるカメラマンで、昔から交流があるのよ」

仕事に区切りをつけたカナに連れられて着いた先は、ソファのある簡素ながら落ち着いた部屋だった。
部屋の隅に置かれた観葉植物や壁にかけられた絵画を見渡しながらソファに座れば、此処は接客用の部屋なのだと教えてくれる。
応接間のようなものらしい。

そして向かい側のソファに座っているのは先程の変人、もといアダチというおじさんとカナだ。
その額が赤く腫れているのは多分深く追求しない方が良いのだろう。

「一度突っ走るととまらない猪突猛進型でね、三人とも何もされなかった?」

「名前を聞かれただけですから、大丈夫です」

「お前いきなりナンパしたんか」

「違うよ。こう、この子達を見たときにビビっと来たんだよ!俺はこの子達と出会うために生まれてきたんだって!!」

「つまり電波を受信したんだな?」

「違う、天啓を受けたんだ!」

「お前の頭の中がお花畑だって言うのはよく解った」

「酷いわ!カナコちゃん、どうしてそんなに冷たいの!」

「人が保護してる子供達ビビらせといて友好的にできると思ってんのかこの阿呆!」

ぱこん、と軽い音を立ててカナが持っていたトレーでアダチを殴る。
ボク達と話しているときと違ってカナの口調はかなり気安くて、それだけで二人が親しいのだなと言うのがよく解った。
というかこの人なんでオネエ口調になるんだろう?
イオンなんかはボクの服をしっかり掴んで離さないし、シンクはオネエ口調になる度に戦闘態勢に入ろうとしているくらいだ。

「はぁ…まぁ根は悪い人じゃないから、そうびびらなくても大丈夫。いざとなったらグーで殴ってやりなさい」

「ドメスティックバイオレンス反対!」

「正当防衛よ。アンタそうでもしないと止まらないでしょう!」

聞きなれない単語に首を捻りつつ、カナが出してくれたお茶をすする。
あ、茶柱。

「ったく。で、三人に何を話したいの?」

お茶の中に立っていた茶柱に気を取られていたら、ため息をついたカナがそんなことを言った。
ボク達に話があると聞いて思わず顔をあげれば、目をきらきらさせたアダチがコチラを見ている。
イオン、ボクの影に隠れるのは無理だと思うから諦めた方が良いと思うよ。

「では改めて、俺は足立。足立奏汰。足立でも奏汰でも好きな方で呼んでくれ。カナコに紹介されたとおり、写真を撮ることで生活をしている」

「では、アダチさんで。それで、ボク達にお話とは?」

「ごほん。さっきも言ったとおり、俺は写真を撮ることを生業としている。ソレゆえに結構な人間を見てきたつもりだ。
そんな俺だがカナコにも言った通り、君達三人を見たときこう、ビビっと来たんだ!
突然こんなことを言われても困るだろう。だが、言わせてくれ。
是非、写真を撮らせて欲しい!頼む!」

このとーり!と言いながらガバっと頭を下げられる。
イオンとシンクの困惑した空気を感じ取りながらどうしたものかと思った。
突然写真を撮らせてくれと言われても、困るというのが正直な所だ。

「とりあえずアダチさん、顔を上げてください。見ての通りボク達は三つ子、写真を撮りたいとのことですが…一体誰を撮りたいんです?」

ボクの言葉を聞いて顔を上げたアダチは、良くぞ聞いてくれましたといわんばかりに眼鏡の奥にある瞳をキラキラとさせていた。
シンク、頼むからボクの服を掴んだまま腰を浮かせようとするのはやめて。引っ張られる。

「確かに君たちはそっくりだ!けど纏っている空気がこれでもかと言うくらい違う!
柔和な空気をかもし出すイオン君、どこかとがった印象のあるシンク君に、影のあるシオン君!
きっと三人を並べて写真に収めればその差は如実に現れ、且つ独特の雰囲気をかもし出してくれること間違いないだろう!!
あぁ、目に浮かぶようだわ!服を合わせて誂えれば間違い無しよ!」

再度興奮気味になってきたアダチの頭にカナが持っていたお盆がクリーンヒットした。
興奮する度に殴られているんだろうか、彼は。
あきれ返るボクの両サイドでは、シンクとイオンが僅かに身を引くのを止めていた。

まだ出会ったばかりなのに、ボク達三人の差をこんなにも明確に見分けている。
確かに興味が出るのも無理はないだろう。

「あの…ぼく達の違い、解るんですか?」

「勿論だとも!イオン君は少しおどおどしているけれど、その分優しそうな印象がある。
きっと三人の中で一番慈悲深い性質なんだろうね。

逆にシオン君は一番冷静だ。真ん中に座っているのはイオン君やシンク君に頼られている証拠。
三つ子だっていうのに随分と頼りにされているね。きっと精神的にも一番大人なんだろう。

シンク君は一番喧嘩っぱやいのかな?けど二人のことは大切にしている。
俺を見たとき咄嗟に庇いかけていたし、今も何度か腰が浮いていた。怯えは見えないから、それなりに自分の腕にも自身があるんだろうね」

「その言い方を見ると、怯えさせてる自覚はあるのね?」

「勿論だとも!」

「だったら少しは自重しろ馬鹿たれ!」

語られる内容にボク達が驚いていると、カナが呆れたように言いアダチは胸を張って断言した。
再度お盆がうなり、ごすっとアダチの頭にクリーンヒットする。
何だろう。観察力はあるんだろうけど、カナと居ると物凄く駄目な人に見える。

「酷いよカナコ…どうして君はそう暴力的なんだい?」

「今まで言葉だけじゃ止まらなかったのはどこの誰?」

「俺だね」

「ハァ。もういいわ…」

「そうかい?それで、だ。シオン君、シンク君、イオン君、どうだろう?俺に君達を撮らせてもらえないだろうか?」

カナとの不毛な会話を終え、アダチは再度ボク達に向き直ってきた。
だがボク達はいわゆる不法滞在者にも等しい人間だ。
カナがなにやら怪しい手段を使ってボク達の身分証名称も用意してくれたが、そう簡単に顔を残すようなことをして良いのだろうか?

判断しきれずにカナの判断を仰げば、カナはボク達の好きにしなさいと言う。
面倒ごとはこっちで引き受けるからと。

「…どうする?」

「どうって…ヤだよ。写真撮られるのなんて」

「できればぼくも遠慮したいです…」

「ああああ!そう言わないで!勿論撮らせて貰う以上ちゃんと報酬も払うから!!
三人ともカナコちゃんに養われてる身なんでしょう!?自分で稼ぎたいとか思ったことない!?」

「14歳を金で釣ろうとするなボケ!」

カナがアダチの頭をはたく中、その言葉に左右の二人がぴくりと反応するのがわかった。
報酬。つまり金銭のやり取りが発生するということ。
確かに彼の言うとおりカナに養われ続けることに気が引けていたのも事実だ。
シンクとイオンに順番に視線を送れば、二人とも迷った末にこくりと頷く。

「…つまりこれは仕事の契約だと考えればいいんですね?」

「そう!そうだよ!大丈夫、君達の事情はカナコから聞いてるから、三人のプライベートが漏れるような真似はしないし、そこはきちんと契約書作るから!」

ぐっと握りこぶしを握りながら言われ、ボクはカナを見た。
ボク達が受ける気になったというのが解ったのだろう。カナはため息をつきながらアダチに声をかける。

「三人が良いなら良いけど…あんたのプライベートフォトにでもするの?」

「いや。今度展覧会を開くつもりなんだ。是非ともそこに載せたい」

「衣装は?」

「勿論ココに依頼するつもりだよ!さっき亜美ちゃん達にこっそり話したら早速デザインを始めてくれたからね!」

「あの子達ったらいつの間に…」

額に手を当てて諦めたようにため息をつくカナ。
どうやらこの会社の人たちというのはノリのいい人間ばかりらしい。

そうと決まれば早速契約、という話になり、カナがパソコンを立ち上げて契約書を作成し始める。
契約書の類は全てカナがやってくれるというので、そこはカナに任せることにした。
漢字交じりの契約書は未だに読めるとは言いがたいのと、カナなら任せても問題ないだろうと信頼しているからだ。

「できればモノクロで撮影して欲しいんだけど」

「駄目だ!それじゃああの子達の魅力が半減する!」

「でも緑の髪が問題になったらどうするのよ?」

「染めてますで誤魔化す!」

「あ、そう…」

パソコンに向かっている二人を見ながら、とっくに冷めてしまったお茶に手をつける。
イオンとシンクなんかは結局お茶に手をつけることなく二人を見つめていて、ボクはそんな二人に苦笑を漏らしてしまう。

「今なら待ったかけれるよ?どうする?」

「いえ…ちゃんと働いてお金を稼げるなら、それに越したことはありませんし。少しでもカナの役に立てるのならば」

「そうだね。それにいつまでもおんぶに抱っこっていうのも気分が悪いし」

導師と参謀総長をやってただけのことはある。
二人とも随分と自立精神が旺盛だ。
ボクはお茶を飲み干してから、それならばと拳を出した。

「じゃあ、頑張らないとね。なんたって初めての三人での仕事なんだから」

「はい!」

「仕事ならやるさ」

こつん、と三人で拳をぶつける。
初めての仕事、うまくいくかどうかは解らないが、この二人と一緒ならきっと大丈夫だろう。
なんたって自慢の弟達と一緒なんだから。


Novel Top
ALICE+