22.昔とった何とやらが役立つ後半戦



※シンク視点

シオンの提案でカナも一緒に写真に写ることになった写真撮影。
最初はカナも渋っていた。契約内容に含まれていないとか色々言っていたのだ。
けど。

「この子達の始めての仕事なのよ?成功させたいじゃない?」

「そ、れは…そう、だけど」

「頑張ってるこの子達のお手伝いができるのはカナコちゃんだけなのよ!」

という説得に言葉を詰まらせ、最終的に了承した。
ただし本番ではなく練習の時のみ、という条件付だったけど。

渋々僕達の撮影に参加することになったカナも一緒に、僕達は撮影をするための白い空間に戻る。
ライトが眩しく、少しだけ熱い空間だ。

「不思議ですね、カナが一緒に居るというだけで何故か安心してしまいます」

「刷り込みみたいだね」

「そんな内容刷り込まれてたんでしょうか?」

「ボクが言っているのは普通の刷り込みね。ひよことかの方」

「あ、レプリカの磨りこみではないんですね」

本人の申告通り、少し安心したのだろう。カナが居るというだけでイオンはいつものイオン節を発揮させている。
シオンもシオンで苦笑していて、先程の張り付いたような笑顔はどこかに消えていた。

「シンク、やれそう?」

「…いつも通りで良いんでしょ」

「奏汰はそう言ってたね」

「…いいよ、やる」

カナに気遣われつつ、僕は小さく深呼吸をした。
いつも通りいつも通り、と心の中で呟いてみる。
つまりあのコチラに向けられているカメラのレンズとか、無いものとして扱ってしまえば良いのだ。

ちなみにカナは練習だけということで特に衣装を変えたりなんかはしていない。
カーディガンにスラックスという仕事に行くにはちょっとラフだけど、普段着としてはちょっとカチッとした雰囲気、みたいな服装だ。
僕達の付き添いということでその服を選択したらしい。

「じゃあ始めるよー。とりあえず特に指示は出さないから、好きにしてちょーだい」

「無茶言ってくれるなオイ」

アダチの言葉にカナが突っ込み、ため息をつく。
そして何か考えた後、突然イオンの服の袖口についているフリルを気にし始めた。

「あ、あの…カナ?」

「どうしたの?」

「いや。ちょっと気になってたのよね…あ、ほら。やっぱりココボタンがついてる!」

「え?」

突然のカナの発言に、どこどこ?と僕とシオンも顔を寄せ合ってイオンの袖口を凝視する。
カナの言うとおりイオンの袖口の隠れたところに、目立たないように作られているらしい小さなボタンが一つついていた。

「あ、ホントですね…気付きませんでした」

「多分シンクやシオンの服にもあるわよ。見えないところに着いてるボタン。
ラインを綺麗に見せるために取り付けられてるのって結構あるのよ」

カナに言われ、僕もシオンも身体をパタパタと触ってボタンを探してみる。
僕が探している間にシオンがジャケットの裏に一つ余分なボタンがついているのを発見して、今度は全員がシオンのジャケットの裏を覗き込むことになった。

「これ?」

「これは…多分ただの予備のボタンだと思うよ」

「じゃあシオンが見つけたのは外れ?」

「いや、当たり外れがあるわけではないんだけどね?」

「シンクは外れすら見つけられてないじゃないか」

「絶対あるって訳じゃないんだろ?」

「まぁまぁ、落ち着いてください」

「こんなとこで喧嘩しないでね」

ムッとする僕とシオンの間にイオンが割り込んできて、カナも苦笑しながら同意する。
ボタン一つでココまで盛り上がるのも、いつものことだ。
カナが入った事でいつもの空気を取り戻した僕達は、カメラが向けられていることも忘れていつものようにどうでも良いことを話し始める。
主に今の服装のこととか、これから何をしたいということとか。

「というかシンクのズボンも裾にボタンついてるよね。裏返したところの柄も違うし、どうなってるの?」

「ロールアップさせるのを前提に作られてるんだよ。だから裏地にもちゃんと柄があってね、」

カナの説明を聞きながら、僕のズボンに触れようとしてくるシオンから逃げる。
それを見てイオンは楽しそうにくすくすと笑っていて、笑顔で見守る前に助けて欲しいという僕の願いは多分通じていない。
追いかけっこをするはめになった僕達を見てカナも口元を手で隠しながら笑ってる。
ほら、これで"いつも通り"だ。











「はい、お疲れ様ー。良い絵が撮れたよー」

アダチの声が響き、僕等は肩の力を抜いた。
アダチを見れば満足そうに笑っていて、前半と違って後半はうまくできたのだというのが一目でよく解った。

僕達が慣れたのを見計らったあたりから、アダチは指示を出し始めた。
更に慣れたあたりから今度はカナが抜けてイオンがまた緊張し始めたけど、シオンが耳元で何か呟いた途端イオンは落ち着きを見せた。
それに満足したのかアダチは次々に指示を出して行って、途中から僕達も楽しくなってきて、気付けばあっという間に時間が過ぎていった。

「今日はこれで終わり?」

「そう。明日からは他の場所で撮影するから、今日はゆっくり休んでくれ」

アダチに言われ、僕は大きく伸びをして全身をほぐす。
服装も先程とは変わっていて、今僕は黒と紫と銀をない交ぜにしたような服を着ている。
カナ曰く、ゴシックパンクというジャンルらしい。
動きやすいといえば動きやすいが、歩くたびに金具がチャラチャラ鳴るし鎖があちこちに着いていて鬱陶しいことこの上ない服装だ。
かといってシオンのように堅苦しいクラシック系が良いかと言われれば、そうでもないけれど。

「お疲れ様。帰りに甘いものでも買っていこうね」

「もう服脱いでも平気ですか?」

「そうだね。私は奏汰と話してるから着替えておいで」

「このメイクは?どうすればいい?」

「控え室の人に言えば落としてくれると思うよ」

「解った」

カナがくれた飲み物を一口飲んでから、僕はイオンやシオンと共に控え室へ向かう。
カナの言うとおり控え室に居たメイク担当の人がくれんじんぐというのを使って落としてくれた。
随分さっぱりした。
普段からメイクをしてる女性ってのは凄い。

「そういえばさ、途中シオンが緊張したイオンに何か言ってただろ?あれ何いったのさ?」

メイク担当の人達が出て行ってから、僕達はいつもの服に着替え始める。
パーカーに袖を通しながら同じように服を脱いでいる二人に聞けば、イオンはにこにこと微笑んだまま教えてくれた。

「あれは導師として仕事をしていると思えば良い、とシオンが言ってくれたんですよ」

「そ。イオンだって信者を前に笑顔を保ててたんだ。カメラを通してるけど、要はそれと一緒ってことでしょ?」

「あぁ、成る程ね」

「そういうシンクも途中から吹っ切れてたよね。ボクはイオンとは逆に導師としての仮面を外したわけだけど、シンクはどういう心境の変化があったわけ?」

チェックのシャツのボタンをはめながら、シオンがそんな質問を投げかけてくる。
どうもこうも何も、僕はカメラを無視することに決めただけだ。
だが強いて言うのであれば。

「部下の視線をいちいち気にしてたら師団長なんて勤められないだろ?」

「成る程。カメラの存在を亡き者にしたわけだ」

「そういうこと」

シオンの言葉に同意しつつ、最後に髪を整える。
イオンもベストのボタンをはめ終わり、ブレスレッドを付け終えて着替えを終了させていた。

「それじゃ、仕事のコツもつかめたことだし…帰ろうか」

「はい!」

「今日の夕飯なんだろうね」

「カナに聞きなよ」

いつも通りに戻り、僕達は控え室を出る。
終了を告げるときのアダチの満足そうな顔を思い出し、この調子なら仕事だってきっとうまくいくだろうと僕達は笑いあいながらカナの元に向かうのだった。



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