24.ストレスゲージ振り切る寸前



部屋に鈍い打音が響いた。
思わず顔を上げれば自分の拳を摩っているシオンが居て、シンクが呆れた表情でシオンを見ている。
続いてテレビ画面へと視線を移せば、デオ峠らしき画面でルークが孤立している。
成る程、ストレスゲージがマックスになったシオンが苛立ち混じりに机を殴ったのかと私はようやく納得した。

「音素が無いってのに何やってんのさ…」

「次からはコントローラー投げることにするよ」

「それで壊れたとしても代わりのコントローラーは買わないからね?」

我慢できずに殴りつけたものの、思ったよりも痛かったらしいシオン。
今だ拳を摩りつつそんな事を言うものだから思わず突っ込めば、シオンは何か考えた後キラキラした笑顔でシンクの肩をぽんと叩いた。

「…よし、シンク」

「嫌だ」

「まだ何も言ってないだろう?」

「アンタの笑顔が怖すぎるんだよ!」

シンクをがっしりと捕まえるシオンは実にいい笑顔をしている。
確かにあの笑顔で提案される内容など碌なことではないだろうから、シンクの第六感は実に正常だと言えるだろう。
私がシンクとシオンのやり取りをボーっと見ていると、隣で日本語の自主勉強をしていたイオンができました、と可愛らしい声を上げた。
勉強が終わったらすぐさまゲームを始める二人と違い、イオンは三人の中で一番勤勉だ。

「これで合ってますか?」

「どれどれ……うん、うん……大体合ってるけど、ここだけ違うかな」

「どこですか?」

「これは特殊な読みでね、」

印刷されている文章にふりがなをふるという勉強だったのだが、ミスはたったの一箇所だけ。
しかもこれは特殊な読みだから仕方ないという部分もある。
それについて注釈を加えてからようやくイオンは勉強を終え、ゲームの画面を見て少しだけ眉尻を下げた。

「もしかしてデオ峠ですか?」

「そうそう」

ようやくシンクとじゃれるのを止めたらしいシオンが返事をする。
イオンは何か考え込んだ後、意を決したように口を開いた。

「この場合、ルークの自分が居れば戦争は起きないという言葉は合ってるんですよね?」

「そうだね。マルクトはキムラスカに和平を申し込み、キムラスカはそれを受け入れた。
そして和平の証としてアクゼリュス救援を飲み、親善大使としてルークを派遣した。
この状態で重要なのは両国の名代であるマルクト軍人とルークだけだ。
仲介役である導師の役割は既に終わってるから、ここに居るのはおかしい」

「えっと…この場合ルークとジェイドは両方とも国王の名代ですけど、どちらの方が立場が上とかあるんですか?」

「強いて言うならルークだね。マルクトは和平を頼み、且つ救援を乞う立場だからどうしても腰を低くせざるを得ない。居丈高に助力を乞う馬鹿は居ないよ」

「居るじゃん、ここに。死霊使いが」

「…これを例に入れたら世界中の軍人から反感を買うよ」

シオンの説明にシンクが突っ込み、シオンはルークとナタリア達の言い争いを綺麗にまとめた(流した?)ジェイドを見て笑みを浮かべている。
ただし目は笑っていない。
この家での生活にも慣れてきてこういった嫌な笑顔を浮かべることは減っていたのだが、どうもゲームをしている最中はこの怪しい笑顔の発動率が高くなっている気がする。

「ルークも大分苛々してるね。まぁ確かに急ぐべきではあるんだろうけど」

「砂漠で寄り道してるからね、遅れたのは仕方ないんじゃない?まぁルークが急ぎたい理由はヴァンに追いつきたいからなんだろうけど」

「この場合寄り道って言葉は合ってるの?」

シオンとシンクがイベントを終え、峠越えを始める。
ここのマップは道が狭いためにエネミーを避けにくい。
案の定すぐにエネミーとぶつかったシオンが、戦闘しながら私の疑問に答えてくれた。

「合ってるよ。そもそも導師奪還は親善大使一行が行う行為じゃない。
導師は教団の最高指導者で誘拐したのも教団の人員なんだから、場所はキムラスカであれこれは教団の内輪揉めに過ぎないんだよ。
だから教団内で解決すべき事柄であり、親善大使一行が王命を無視してまで救助する必要性はゼロなんだ。
だからルークの寄り道って言葉は全く持ってその通りってワケ」

「そもそも導師救出をしていたせいでアクゼリュスの被害者数が増えたって気付いてると思う?」

「気付いてたなら言うだろうし、気付いてないんだろうね」

確かに、シンクの言うとおりだ。
イオンを助けに行く間にも刻一刻とアクゼリュスの自体は深刻になっていく筈。
それなのにジェイドは何も言わずイオンを助け、遅れるのを解っていながらイオンを同行することを許可した。
…こうやって見るとジェイドって何考えてるか解らなくなるなぁ。

「…ジェイドはアクゼリュス助ける気無かったのかな?」

「そうとしか思えないよね。
第三師団が全滅してタルタロスが奪われたことを報告しない。救助を乞う国の王族であるルークを馬鹿にする。街道の使用許可が出ても新しい救援隊を頼もうとせず少人数でアクゼリュスに向かう。
全部救助する気が無かったせいって思えば納得できちゃうし」

「むしろ秘預言を知っていて神託の盾に協力していたんだろうって言われても否定できないよね。
師団の全滅は預言に詠まれていたから止めなかった。タルタロスは協力関係にあるため貸し出しした。
新しい救助隊を呼ぶよう上に連絡を入れなかったのは、アクゼリュスが落ちるのが解っていたから。
ルークを馬鹿にするのも、アクゼリュスで死ぬと解っていたから。
そう考えることもできる」

シオンとシンクの呟きに私はなるほど、と納得する。
確かにそう言われるとジェイドの行動はとても怪しく見えてくる。
勿論この後の展開も知っているので、そんな事は無いと解ってはいるのだが。

「成る程、単純に世界中を見下しているだけではないんですね」

「…いや、実際にはそっちが真理だと思うよ」

「つまりただの馬鹿じゃん」

隣で同じように納得していたイオンの言葉にシンクが突っ込む。
裏があるのと、ただの馬鹿なのとどっちが良いんだろう?
どっちも嫌だなぁと考える私の横では、やっぱり煩い後衛コンビを無視して前衛コンビを操るシオンとシンクがテレビ画面に向かって悪態をついているのだった。

デオ峠を越えてリグレットとの戦闘を終えたシオンは、ヴァンは呆れたりしなかった、何でも教えてくれたと主張するルークを見て眉間に皺を寄せていた。
正確に言うならば、そんなルークを無視して先を行こうとするメンバーに対して苛立ちを覚えていたのだろうが。

「…兄が居なければ何もできないお人形さん、ね。このヴァンの妹は一体何様なの?」

「……ユリアの子孫兼響長様」

「むしろ軍人なんだから自分の方が上の命令に忠実な人形にならなきゃいけないって理解してないんだろうね」

「理解してたらこんな台詞言うわけじゃないじゃん」

シオンとシンクは、ティアに対して殊更厳しい。
アニスにも結構に厳しいのだが、多分ティアが一番苛立つ存在なんだろう。
同じ神託の盾所属、というのもあるかもしれない。

「ルークの態度が説明意欲を削いだって言うけど、偉そうなこと言える態度でもないよね」

「まぁね。散々甘やかされたって言うのが垣間見えるよね」

「…クールなんじゃなくて?」

「「ただ偉そうなだけだろ」」

私の呟きにシンクとシオンが応える。
この二人は突っ込みとなるととても息が合う。
イオンが二人の反応に苦笑を零し、ティアにも置いていかれたルークを見て痛ましげな顔をした。

「…もうすぐ、アクゼリュスですね」

「そうだね」

「…ゲームに参加していないぼくがこんなことを言うのはおかしいでしょうが、暫くゲームをする時は席を外させてもらいますね」

「見てて辛いならそうすると良いよ。無理に一緒に居る理由も無いんだから」

「はい。すみません」

「何で謝るわけ?」

「えっと…何ででしょう?」

謝るイオンに突っ込むシンク。
イオンは謝るのが癖になってるんだねって言えば、直さないといけませんねとイオンは再度苦笑をもらした。
もう謝り続ける必要なんて無いのだから、確かに直したほうが良いだろう。
イオンの頭をよしよしと撫でてから、画面の中でアクゼリュスへと出発するルークを見る。

「…絵本とか用意しておこうか?」

「お願いして良いですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます。お願いします」

一人では暇だろうと思って出した提案に、丁寧に頭を下げるイオン。
イオンが席を外すことで二人の突っ込みも更に苛烈になるのだろうなと思うと、ちょっとだけ私も逃げたくなるのだった。



Novel Top
ALICE+