26.できることを少しずつ



※シンク視点

カナが熱を出した。
朝食を作るよう指示をされた後、僕等だけではまともに看病もできないと判断したシオンがアダチに助力を仰いだらしい。
自分で作った料理は何故かとても不味く感じた。

その間、ずっとカナは寝ていた。
朝食を食べさせようと起こしてみたのだが、うっすらと目を開けたカナに要らないとにべも無く断られてしまったのだ。
駆けつけてくれたアダチにそれを説明すれば、苦笑しながらしょうがないと言っていたけれど。

アダチは僕達に断りを入れてから眠っていたカナを無理矢理たたき起こし、上着を着せて車に押し込んだ。
僕達にも乗るように言ってから、車はゆるやかに発進する。
そうして僕等はこの世界に来て初めて病院というものに足を踏み入れたが、消毒液の臭いがする真っ白い建物に余計に緊張を煽られた気がした。

「注射を一本打って貰ったから、もうじき楽になるはずだよ。そしたらご飯を食べさせて、薬を飲ませてやればいい。
インフルエンザじゃないから、ちゃんと薬を飲んで寝ていれば2〜3日で治るって。
長引くようならもう一度来るように言ってたから、その時はまた呼んでくれるかな」

何か棒のようなものを脇に挟んだりと訳の解らないことをしていたが、どうやらちゃんと診察はしてくれていたようだ。
待合室で待っていた僕達にそう説明したアダチは会計までしてくれて、そのまま僕達を家に送ってくれた。
カナをベッドに押し込んだ後、ひえぴたという氷袋の代わりになる存在や薬箱の場所を教えてくれた。
ちなみに脇に挟んでいた棒のようなものは体温を計る道具だったらしい。

「じゃあ俺は帰るけど、三人とも大丈夫?」

「はい、食事はシンクが作れますし、食材も買い溜めしてありますから大丈夫です」

「解った。これ俺の電話番号だから何か困ったことがあったら電話して。それじゃあね」

それだけ言って、アダチは帰っていった。
車が発進する音を聞いてアダチが完全に去ったのを確認した後、三人で何も言うことなくカナの部屋に行く。
カナは相変わらずベッドの上で布団に包まっていたが、先程よりは落ち着いているように見えた。

「ただの風邪で良かった」

ぽつりとシオンが呟く。
テーブルの上に薬の入った袋を置けば、イオンがベッドの脇に膝を着いてカナの顔を覗きこむ。

「…早く、良くなって欲しいです」

「そうだね…ボク等は、カナが居ないと何もできない」

シオンの言葉に僕とイオンは顔を上げた。
朝から無力感を感じていたのは僕だけではなかったのだと解り、こぶしを握り締める。
イオンも瞳を伏せて唇を噛み締めているあたり、同じ気持ちを感じていたのだろう。

「…看病くらいは、できます」

「それしかできないんだよ。薬の場所も解らない、医者に診せることもできない。
ボク等はここでは…カナに守られるだけのただの子供だ」

「…じゃあ、何もできないじゃないか」

「そう、できない。できないのが……悔しい」

珍しいシオンの弱気な言葉に沈黙が落ちる。
三人揃って俯いていると、ぽふん、というかすかな音が聞こえて反射的にベッドへと視線が動いた。
そこには僅かに目を開けたカナが布団から手を出していて、その手が布団に落ちたときの音だと知る。

「三人とも、何ぼーっとしてるの…」

「…ぼーっとしてるんじゃないよ。これからどうしようか考えてただけさ」

「そう…悪いわね。熱出しちゃって…奏汰呼んでくれたのは、シオン?」

「そうだよ。ボク等じゃ何もできなかったから」

自嘲気味に言うシオンに気付いているのか居ないのか、カナは無言で僕等を手招きした。
枕元に膝を着いているイオンに並ぶ僕等に微笑んだ後、いつもより熱い手が順番に頭を撫でる。
何もできなかったのに何故撫でられるのか解らなくて、三人でカナを凝視していればカナは苦笑しながら再度僕等の頭を撫でた。

「ご飯を作って、奏汰を呼んでくれたでしょ?それで充分だよ」

「…でも、それ以外何もできなかったんだ」

シオンが悔しげに呟く。

「三人ともまだ14歳なんだから、それで充分だって。それに私が治るまで看病してくれるつもりだったんでしょ?」

「当たり前だろ…というか、それしかできないし」

瞳を伏せて僕も答える。

「普通の14歳ならそれだけでも十分すぎるくらいだよ。ありがとう。
ただの風邪だし、すぐに治るから心配しなくても大丈夫だよ」

「それでもぼく達は何もできませんから、やっぱり心配しますよ…だから、早く治してくださいね」

泣きそうになりながら、イオンが微笑む。
僕らの顔を順番に見た後、カナは長く息を吐いてからこつんと額に拳を当ててきた。
痛くは無い。痛くはないが何故叩かれるか解らず、思わず眉を顰めてしまう。

「あのね、三人とも今は普通の男の子なんだよ。これで充分なんだよ。
何もできないなんてこと無いし、できなくても何とかしようと三人は動いてくれたでしょう?
だからそんな顔しないの。
それでも何もできないって思うなら…できることを探して、私が寝てる間家のことをやってちょうだいな。

いつも私がお願いしてるように、ご飯作って、掃除して、洗濯して、ちゃんと勉強する。
三人ともまだまだ子供なんだから、そうやって少しずつできることを増やしていけば良いの」

「少しずつ…ですか?」

「そうだよ。誰だって最初から何でもできるわけじゃないんだから。
だから…まずは私が寝てる間、家のこと宜しくね」

また頭を撫でられる。

できることを少しずつ。
カナの言葉を頭の中で繰り返していると、シオンが僅かに笑みを浮かべながら答えた。

「…壊さないよう気をつけてやるよ」

「そうね。ゲームはほどほどにね」

「解ってる」

シオンが頷き、カナは布団の中へと手を引っ込める。
シオンがカナに寝るように言い、カナが頷いたために僕等も立ち上がる。
夕食の時間にまた起こしに来ると言い残し、僕等は揃ってリビングへと移動した。
全員座り込んだ後、もう一度カナに言われた言葉を考える。

できることを少しずつ。
今の僕にできることは、何だろうか?

「…シンク、イオン」

シオンに呼ばれ、顔を上げる。
シオンは微笑みを浮かべていて、シオンなりにできることを考えたのだなとそれだけで解った。

「確かに今のボク達は、オールドラントに居た頃に比べて何もできない。
導師でもなく参謀総長でもなく、部下もいないただの子供だ」

「そうだね」

「はい…」

「けどそれが普通なんだよ。だからカナの言うとおり、今のボク達でできることを探そう?
いつまでも落ち込んでたって何もできない。
差し当たってやることは、ボクが洗濯、イオンが掃除、シンクが料理ってとこかな?」

その言葉を聞いて、やっぱりシオンは考えていたんだなとぼんやりと思った。
僕やイオンと違って14年という時を重ねてきただけあって、僕達の中で一番大人なのだ。

シオンの言うとおり、いつまでも落ち込んでいたって仕方ない。
保護者が少しずつで良いと言っているのだ。
まずはできることから始めようじゃないか。

「…それ以外にも、できること探さないとね」

「そうですね…少しずつで、良いんですよね」

「そうだよ、少しずつで良いんだ。昔みたいに誰もボク等に強制してきたりしない。
ボク等は今、ただの子供なんだ。誰かの手を借りたって良い。
そうやってできることを増やしていこう。今日みたいな気持ちにならないように」

気持ちを切り替え、立ち上がる。
イオンも一つ頷いてから立ち上がり、シオンはそんな僕達を見て微笑みを浮かべた。
何かその笑顔がしゃくに障るが、今回は何も言わないでおくことにする。

「じゃあまずはお昼ご飯作らないとね」

「じゃあぼくはその間にリビングの掃除をしちゃいますね」

「ボクも洗濯機回しちゃおうかな。ご飯食べ終わった後すぐに干せるように」

それぞれやるべきことを決めて動き出す。

ただの子供であることはくすぐったくて、同時に楽だった。
楽なだけじゃなくできないことも多いのだと、今日だけで思い知らされた。
だからカナの言うとおり少しずつできることを増やしていけばいい。
そしてそれがきっと、大人になるってことなんだろう。

「ところでさ、僕だけやること多くない?」

「夕飯作るとき手伝いましょうか?」

「イオン、甘やかしちゃ駄目だよ。やれることはやらないと」

「…何か違う気がする」

イオンは掃除、シオンが洗濯、僕が食事。
イオンやシオンと違い、僕だけ朝昼晩と時間が多く取られている気がするんだけど…シオンの言うとおり、やれることはやるべきなんだろうか??


Novel Top
ALICE+