27.世界は自分を中心に回ってる



珍しくも私が熱を出してから三日が経った。
三人の看病のかいもあって無事私は風邪から回復していた。

私の熱が平熱まで下がったと聞いたときの三人はあからさまに安堵していて、それだけで三人を不安にさせてしまったのだとよく解った。
三人は私以外に寄る辺が無いのだから当たり前といえば当たり前だ。
これからは今まで以上に体調管理に気を使うべきかもしれない。

不幸中の幸いというわけではないが、三人は私が寝込んでいる間に話し合ったらしく、家事に関しては率先してやってくれるようになった。
私が言わなくても洗濯をしたり布団を干したり掃除をしたりと、私が今までやっていたことを進んでやってくれるのだ。
お陰で私は仕事に取れる時間も増え、これが続くようなら一日に短時間仕事に出て行っても大丈夫かもしれない。
まぁ私も回復したばかりだし、もう少し様子見の時間は必要だろうが。

「……うわぁ」

そんな我が家は通常運転に戻り、現在シオンとシンクはいつものようにコントローラーを握りゲームをしていた。
イオンは以前言ったとおり席を外していて、別室で絵本や簡単な本を読んでいる。
一応国語辞典も一緒に渡しておいたから私が居なくても何とかなるはずだ。

画面に映っているのは鉱山の町アクゼリュス、ではなく崩落した後のタルタロスの甲板である。
アクゼリュスのシーンはシオンが盛大に顔を顰めていた。
詳細にどこがむかつくという訳ではなく、アクゼリュスに入った時から崩落するまでずっと、だ。
私も初めてやったときはこのタルタロスのシーンが痛々しくてたまらなかったのだが、シンク曰く、これはただのつるし上げらしい。
ちなみに先程のうわぁ、は仲間達にドン引きしているシオンの口から漏れた言葉である。

「俺は悪くねぇ、か。まぁ混乱しているなら出て当然の言葉かな」

「そうだね。実際悪くないかと聞かれれば疑問が残るけど、ルークだけが悪いかと聞かれたらそれは違う。明らかにココに居る人間全員が悪いし、一番悪いのはヴァンだろうね。僕が言える台詞じゃないだろうけど」

「はは、よく解ってるじゃないか」

シオンの言葉にシンクが追従し、二人ともしらけた視線をテレビ画面に送っている。


『ココに居ると馬鹿な発言に苛々させられる』
『変わってしまいましたのね。以前の貴方とはまるで別人ですわ』
『イオン様、こんなサイッテーな奴庇う必要なんてありません』
『これ以上失望させないでくれ』
『少しは良いところもあると思ってたのに、私が馬鹿だった』


自分は悪くないと叫ぶルークに対し、次々と背を向けていく同行者達。
何かを言おうとしたイオンもアニスに遮られ、そのまま中へと引きずり込まれていく。
シオンは全員が中に入って言った後、コントローラーを手放し深く長く息を吐いた。

「さて、どこから突っ込もうか」

「突っ込むの前提なんだ?」

「シンクは突っ込みどころ無いわけ?」

「突っ込みどころがありすぎて僕の手には負えないんだよね」

「ああ、納得」

ハッと鼻で笑い見紛うことのない嘲笑を浮かべるシオンに対し、シンクは冷たい視線を画面に向かって投げつけている。
最早シンクやシオンの中での同行者達に対する評価は最低、らしい。

「ところで一個聞いていい?」

「なに?」

「ルークだけが悪いんじゃないって言うのは私も思ってたんだけど、シオンたちから言わせれば全員が悪いんだよね?」

「そうだよ」

「どう見てもそうだろ…あー、でもカナには解りづらいか。身分制度知らないわけだし」

「そっか、カナから見れば悪いのは解るけど具体的にどこって言われるとちょっと困るってとこ?」

シンクとシオンの言葉に私はこくりと頷いた。
悪い、といわれて私がまず真っ先に思い浮かべるのはルークに対する態度だ。
彼は親善大使で偉いんだから、あんな態度を取っちゃ行けないって言うのは身分制度に詳しくない、特に勉強したわけでもない私でも解る。

逆を言うなら、それ以外と言われてもパッと思いつくことは少ない。
ガイが護衛の仕事を放棄してるとか、アニスの盗人発言とか、それくらい…つまり人道的な問題がメインであり、それが崩落に関係するかと言われればちょっと首をひねってしまうようなことしか出てこない。ガイはともかく。

「そうだね…順番に言ってくとすると、まずはナタリア王女。
前も言ったけど彼女はこの和平に必要ない。むしろ逆にマルクト側としては迷惑なんだよ。普通なら」

「迷惑?」

「そ。だって国王の名代だけど公爵子息のルークと、正式な随行員じゃないけどキムラスカの王女、どっちを優先すれば良いか解らなくなるだろ?
勿論この場合優先すべきはルークだけど、だからといってナタリアを蔑ろにしたら後で文句を言われるのはマルクトだし、後々尾を引かないとも限らない」

「あちらを立てればこちらが立たずの典型なわけか」

「そういうこと。それに彼女は困っている人間を助けるのは王族の勤めとか言ってるけど、意味を履き違えてる」

「どういうこと?」

意味を履き違えている、ということは合ってはいるけどやり方は不味いということだろうか。
シオンの言葉に首を傾げてると、シンクが席を立った。
お茶いる?と私とシオンに聞いたところを見ると、長話になると見て飲み物を取りにいってくれたのだろう。

「僕アイスコーヒー。ミルク入れてね。
確かに施しを与えるのも、被害を被った民を助けるのも王族の、というより上に立つ者の勤めだ。
勤めだけど、わざわざ王女様が直々に出て行くことじゃないってこと」

「あ…そっか。王女なんだから人を使えば良いんだもんね」

「そう。慰問なんかは必要かもしれないけど、王女一人で救助に行くのと王女が指示を出して救助隊を用意するのと、どっちがありがたいかなんて7歳児でも解るよ。
けどこの王女様は自分一人動くだけで物資の手配をするとか人員を募るとかそういうことを全くしていない。
しかも王女でありながら病人に駆け寄りそのまま手当てなんて始めてる」

「駄目なの?障気障害は感染症じゃないんでしょ?」

「障気障害はね。
ゲーム内じゃそんな表記はないけど、障気が蔓延している町の中ではやっている病気が障気障害だけなんてことはありえない。
コレで王女が感染でもしてごらん。ソレは全てマルクトの責任になる。
そうなったらもう和平どころじゃない。即開戦だ。王女様の軽率な行動のせいでね」

成る程、確かにそう考えるとナタリアの行動はとても不味い。
彼女は自分の立場がどんなものなのか、自分が持っている力の使い方などを全く理解していないことになる。
おい、それじゃあ7歳児のルークと一緒じゃないか。

「しかも彼女、ルークを脅迫して同行しただろう?その際に自分が連れ戻されたくないからという理由で陸路で行くことを迫ってる。
陸路で行くということはそれだけ到着が遅れるということであり、到着が遅れるということはそれだけ被害も深刻なものになるということだ。
つまり彼女は自分が和平に関わりたいがために、アクゼリュスの民を気にかけてないってことさ」

「…そこまで頭が回ってなかったんじゃなくて?」

「そうだろうね。けどソレは王族として致命的な欠陥だよ。
現にヴァンが7年前のルークの誘拐犯だったって言うのを聞いていたのに、自分が和平に関わることを優先している。
長い目で見ることができない、目先の欲望に釣られる、自分の影響力を理解できていない、彼女が政治に関わるようになったらキムラスカはオシマイだろうさ」

「今も福祉政策を取ってて民には人気だって聞いたけど…」

「彼女が行っているのは只の施し、ご機嫌取りに過ぎないよ。彼女がしているのは"金を持っている人間ならば誰にだってできること"に過ぎない。ソレは政治とは言わない。
確かに事業を起こしたり病院を作ったりしたのは良いことだろうさ。
けど政治に関わるってことはもっと国の大元に関わるってことだ。
ソレは彼女のやっているように目に見える成果が出るのは数年かかることなんて当たり前だし、例え目に見えなくても後々役立ってくる、なんてことも大量にある。
ソレが彼女にできるかと聞かれればボクは無理だと思うね」

「ふぅん…」

シオンの言葉に頷きはしたものの、私は言っている言葉がいまいちピンと来なかった。
話が曖昧すぎて具体的なイメージが思いつかないのだ。
多分私の表情を見てソレを察したのだろう。シオンはシンクが持って来たアイスコーヒーもといカフェオレを受け取りながら首を捻る。

「なんていえば解るかな…例えば、野犬の被害が酷いとする。
彼女がしてるのはその野犬が襲ってきたときに退治しようとすることに過ぎない。
けど政治に関わるのならば野犬が生まれないよう、根本的な原因を撲滅しないといけない。
けど原因を撲滅する場合民は国や軍の動きを知ることは稀だから民から特に讃えられるわけでもない、王女様にソレはできないだろうってこと。
ココみたいにニュース番組があれば別なのかもしれないけどね。
オールドラントは情報伝達に関しては圧倒的に遅れてるから…ぶふっ、何コレ甘すぎだよ!!」

「あれ?ガムシロ二個入れろって言ってなかったっけ?」

「普段はガムシロ無ししか飲んでないよ!ミルクもかなり多いしこれじゃコーヒー牛乳じゃないか!」

「お風呂上がりによく飲んでるじゃん」

「アレは風呂上りだから良いんだよ!普段からこんな甘ったるいの飲めるか!」

甘すぎるカフェオレに喚いているシオンの例えを聞き、私はようやく納得した。
つまりナタリアはお飾りとしては充分だが、為政者としては駄目駄目ということか。

「まぁ僕としてはソレを抜きにしてもこの王女様も大概だと思うけどね」

「どういうこと?」

「他の人間はルークがやったことを責めてる。何で相談しなかったのか、責任を認めないのか。
まぁその言葉にも色々突っ込みどころはあるけど、巻き込まれた人間としてはある意味当然の反応でしょ?
けどこの王女様は違う。以前のルークと別人になったことに落胆してるんだよ」

結局諦めて甘ったるいカフェオレ(シオン曰くコーヒー牛乳)を飲み始めたシオンの横で、シンクが抹茶オ・レを飲みながら嘲笑混じりに言った。
ああ、確かに。ナタリアの捨て台詞はそんな感じだった。

「究極の自己中っていうの?世界は自分を中心に回ってると思ってる。ホント、良い性格してるよ」

テーブルに肘をついて笑う哂う嘲う。
もう少し進めた先になるが、簡単にルークを見捨てガイを迎えに行こうとするルークに対し、「本物のルークはここにいる」と発言した時は嫌悪感を覚えたことがある。
アレはどちらかといえば同性だからこそ抱く嫌悪感だったと思う。
今まで愛を囁いていた相手を、ああも簡単に捨てて他の男に乗り越えられるのか、という。

「まぁ最初の崩落に関してどこが悪いか、ってことからは外れちゃったけど…この王女様がヴァンが誘拐犯だってキムラスカに訴えてたら崩落は起こらなかったかもしれない。
王女が茶々を入れなきゃもっと早くに辿り着けたかもしれない。王女がちゃんと仕事をしていたらもっとたくさんの人を助けられたかもしれない。
王女がちゃんと自分の立場を理解してルークに親善大使というものが何たるかを教えていたら、ルークだってココまで荒れずに済んでヴァンを妄信することも無かったかもしれない。
そう思うと駄目王女にしか見えないし苛立ちしか湧かないんだよね」

「…どうしよう、ナタリアに対する印象がメチャクチャ変わったわ」

シオンの最後のまとめを聞き、私は心底そう思った。
あまり好きなキャラじゃないな、から、突っ込みどころ満載キャラに。
そう言えば最後までルークに対して本物偽物言ってたのもナタリアだけだった気がする。

「価値観の違いって凄いよね」

「はは…ホントだね」

シオンの笑顔に対し、私は空笑いを零すことしかできなかった。


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