01.画面に食いつく緑が3つ
我が家には現在、緑の頭をした少年が三人居る。
正確に言うのならば、緑の髪と瞳をした三つ子かと聞きたくなるほどそっくりな少年が三人、だ。
彼等はのうち一人はオリジナル、残り二人はそのオリジナルから生まれたレプリカという存在で、元々居た世界で死亡した後私の家にやってきた。もとい、落ちてきた。
なんやかんやのやり取りの後三人ともウチで引き取ることにしたのだが、何分異世界から来た少年達は姦しい。
姦しいという字は女が三人と書くのだが、少年が三人でも姦しくなるとは初めて知った。
できれば知りたくなかった新事実である。
三人の名前はオリジナルがシオン、レプリカ二人がイオンとシンクという。
本来ならばオリジナルがイオンを名乗るべきなのだが、シオンが自分は全てを譲り渡した存在だからと名前を譲ったのだ。
なので現在は私がつけた仮名であるシオンを名乗っている。
閑話休題。
さて、その三人は今何をしているかというと、頭を三つ並べてテレビに食いついている。
その隣では使い古したPS2が小さく稼動音をさせているが、テレビから流れるBGMにかき消されてそこまでは気にならない。
私はソファに座り、茶を啜りながら三人を見ている。
そしてそのテレビの画面では、目に優しい緑色の森の中で三人分のポリゴンが会話をしていた。
遠まわしな言い方になったが、つまり、三人はゲーム画面に食いついているのである。
「ねぇ、イオンってボクの代わりに導師になったんだよね?何一人で行動してるの?導師の地位と意味解ってる?」
「えっと…すみません、どうしてもチーグルが気になってしまって…」
「うん、答えになってないね。
気になったからってやっていいことと悪いことも解らなかったの?
コレで何人首が跳んだだろうね?ん?」
「うぅ…」
「シオン、イオン苛める度に手を止めるのやめてくれない?」
コントローラーを握っているのはシオンだ。
目一杯笑顔を振りまいている彼だが、その目は絶対零度と言っていい。
今すぐ逃げたい気持ちでいっぱいだが、何分彼等は日本語に不慣れなので私は現在口語訳を任されている身。
逃げたらもっと恐ろしい目に合うのが解っているので、他人のふりをして茶を啜ることに専念する。
「しかもこの神託の盾馬鹿なの?あぁ、馬鹿だったね。
もしかしてコレが原因で教団が潰れるってオチかな?」
「残念ながら抗議文が来ただけで終わったよ。僕が知る限り」
「あっはっは、教団どころかキムラスカまで馬鹿しか居なかった訳だ」
いい笑顔のまま毒を吐くの止めてくれないかな…。
私の心の中の訴えも空しく、シオンの笑顔は途切れそうにない。
その隣でイオンがこれ以上ないくらい縮こまっている。
そう、彼等がやっているのは『テイルズオブジアビス』というゲームで…私が隠しそびれたせいで見つかってしまい、現在プレイしている真っ最中なのだ。
見つかった時は普段は大人しいイオンにすらコレは一体何なんですかと詰め寄られ、シンクにさっさと答えろと睨まれ、シオンには笑顔で脅迫された。
少年とは言え三人に詰め寄られれば私も答えるしかない。
コレはロールプレイングゲームで、本体にセットして遊ぶゲームだと答えれば早速彼等は食いついた。
まぁ普通はそうするだろうね。
もしかしたら帰還できるヒントがあるかもしれない訳だし。
諦めた私は彼等にPS2の使い方を教え、チュートリアルであるヴァン師匠とルークの稽古の辺りで文章が読めないという彼等に口語訳を求められたのだ。
それ以来、シオンの毒舌とシンクの突っ込みが炸裂している。現在進行形で。
私は普通にゲームをやっていたのだが、どうやらシオンとシンクには突っ込みどころ満載だったらしい。
チュートリアルを始めるどころか開始数秒で、まずシンクから何故使用人如きが窓から入るのかという突っ込みが入った。
次に導師探索のために暫く来れないというヴァンに対し、シオンが主席総長にとって導師よりも稽古のほうが大切とは恐れ入ったと毒を吐き、ティアが襲撃してきた場面ではコイツ教団潰したいのかな?とシオンとシンクの渋面によるステレオ突っ込み。
なんだろこの子達、ちょっと怖い。
音声付の会話に関しては私の訳も必要ないのでそのまま突っ込みを入れつつ進めていた彼等だったが、エンゲーブに辿りつきチーグルの森に行った辺りで突っ込みはイオンにまで飛び火し、今に至る。
イオン、がんばれ。応援してるよ。
巻き込まれたくないから是非頑張ってくれ。
「ねぇ、コレほんとにあったの?」
「はい…ぼくは此処でルークと出会ったので…間違っていません」
「何なのコレ?馬鹿なの?死ぬの?殺されたいの?だよね?普通に斬首ものだけど」
「で、でも…このときティアは何も言ってなくて…」
シオンの質問にイオンはたどたどしく答えた。
先程からシオンに突っ込まれ続けて、元々少ないであろうイオンのHPは既に真っ赤だろう。
だというのにシンクが更に突っ込みを入れる。
「当たり前だろ。自分から犯罪犯しましたって暴露する犯罪者が何処に居るのさ」
「…う、そう、ですね…」
「この場合、ヴァンの妹は罪を犯した自覚もなさそうだけどね」
ぐさぐさっと見えない槍がイオンに突き刺さった気がした。
此処にはライフボトルがないのでほどほどにして欲しい。
導師として自覚が無さ過ぎるとオリジナルと元参謀総長に言われ、イオンは自分がどれだけ至らなかったかを今現在になって痛感しているらしい。
まぁ私としてはすさんだ世界感の中でイオンは癒しだったので特に気にしてはいなかったのだけれど。
途中まではイオンがヒロインだと勘違いしていたことは、身の安全を考えてこれからも口に出さないでおこう。
「お茶入れるけど飲む?」
「ありがとうございます。いただきます」
「ボクアイスティー」
「オレンジジュース」
「お茶って言ってんだろ」
飲み終えた茶を淹れなおすついでにそう聞けば、三者三様の答えが帰って来た。
元が同じだというのに彼らの反応は全く違う。
しかしシオンの言ったアイスティーはまだいい。お茶だからな。
オレンジジュースにいたってはお茶ですらない、シンクの奴、段々ふてぶてしくなってないか?
いや、私が言っているのは麦茶だとわかっていながら紅茶を注文するシオンのがふてぶてしいか。
素直に礼を言うイオンが真っ白に見えた。
「三人とも麦茶ね」
「アイスティーは?」
「麦茶だって冷たいお茶なんだから、アイスティーだよね」
笑顔で屁理屈を捏ねれば、シオンはくすくすと笑った。
どうもこういったやり取りが楽しいらしい。
私は全く持って楽しくない。
キッチンに言って三人分の麦茶を注ぎ、時計を見れば三時に近いのでついでにお茶菓子も用意する。
シオンはコントローラーを握っている訳だから、あまり手の汚れないものがいいだろう。
個別包装された煎餅を取り出し、麦茶の入ったコップと共にトレーの上に乗せてリビングへと戻る。
礼を言わないシンクに拳骨を落としつつコップを渡し、ついでに三時のおやつだと言えば三人とも手を伸ばした。
ちなみに煎餅はシオンとシンクのお気に入りだ。
甘くないお菓子という発想と、醤油の香ばしさが良いんだとか。
よく解らない感性だが突っ込みはしない。
バリバリと煎餅を齧りつつ、テーブルに頬杖をつきながら画面を見る。
画面の中ではリザルト画面で敵を倒したルークがティアに叱責されていた。
「ねぇ、このヴァンの妹やって良い?」
「ゲームだから。これゲームだから」
ゲーム機を壊されそうになり、私は慌ててストップをかけた。
やるの字が殺るに聞こえたのはきっと私だけではないだろう。
イオンなんて既に涙目だ。
シオンからするとティアは大層ムカつく存在らしい。
「ストレスゲージがどんどん溜まってくんだよね。オールドラントだったらフォンスロット全開にして秘奥義炸裂させてるくらいに」
「それストレスゲージじゃなくてオーバーリミッツゲージだよね」
「そうとも言うかな」
「いや、全然違うだろ」
私の突っ込みに素直に同意したシオンに、シンクがずびしと突っ込んだ。
地球に音素が無くて良かったとしみじみと思う。
そしてシンクは突っ込み属性だと思う。
しかしいつまでもこんな馬鹿なやり取りをしている訳にはいかない。
三人がおやつを食べ終わった頃を見計らい、パンと手を叩いて三人の視線を此方に向けさせた。
「さて、そろそろゲーム終わりなさいね。シンクは干した布団取り込んでシーツ付けておいて、イオンはお風呂掃除、シオンは部屋の掃除をしておいで」
「カナは?」
「食料調達に買い物行って、それから夕食作り」
この家に置くと決めた時に、私の指示には従うよう、そして家事を手伝うようには言ってある。
養ってやるつもりはあるが、主婦になるつもりはない。
彼等もそれは了承しているので、渋々ではあるがセーブしてゲームは終了した。
さて、今日の晩御飯は何にしようか?
見切り発車のトリップ×トリップ第一章。
緑っ子たち、可愛いですよね。
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