29.一生知りたくない慣用句の一つ



※シンク視点

「でもこの二人だけでも最悪だってのに、更に強烈なのが後二人残ってるからね」

身分社会に怯えているカナの横で、シオンがため息混じりに呟いた。
残りの二人、ジェイド・カーティスとティア・グランツだ。

「二人とも軍人で、アニスのように子供だからっていわれる年齢でもない。
それなのに自分の責任を理解してない、ってのはある意味一番ビックリだよね」

自然と嘲笑が漏れる。
一般人を盾にする軍人、貴人を敬わないどころか蔑ろにする軍人、自国のことを一切考えない振る舞いをする軍人。
僕も軍人をやっていたが、彼等と一緒にされるのはゴメンだと思う。
というか、軍人がこんなのばかりだと思われてたらどうしよう。

「カナ、言っとくけどオールドラントの軍に関してこいつ等を基準に考えないでよ?」

「へ?でもジェイドやティアやアニスは軍人でしょ?」

「こいつ等は軍人もどきね。こんなのと一緒にされるなんて虫唾が走る」

そう言えばカナは訝しげな顔をしている。
ゲーム中ではジェイドの頭の良さを押し出しているから、もしかしなくともアレが優秀な軍人の礼になるのだろうか?
冗談ではない!

「あのね、まず一般人や貴族を前衛に押し出して自分達は後衛に納まってるって時点で軍人としてありえないんだよ。
努力義務っていう言わば可能な限り行いなさいって義務の一種なんだけど、軍人には一般人を護る義務があるんだ。
だから本来この二人はルークが王族って言うのを抜きにしても、ルークを背中に庇って戦わなきゃならない義務がある。けどこの二人はコレを放棄してる」

「更に言うなら軍人って言うのは士官学校時代に礼儀作法について叩き込まれる。王侯貴族を敬いその身をかけてでも護るべし、ってね。
本来なら第三王位継承者なんて響長や大佐風情が会える存在でもないし、二人の立場を考えるとこの二人は誰よりもルークを敬い護らなければいけなかったんだ」

「二人の立場…ジェイドは和平の使者で、ティアはルークを連れ出した襲撃犯だから?」

僕達が散々愚痴っているせいか、カナもかなり飲み込みが早くなってきた。
その言葉に一つ頷いてから、オールドラントの軍人はこういうものではないというのを理解してもらうために口を開く。

「まずジェイドね。マルクト帝国軍第三師団師団長の大佐。
『死霊使い』の異名で恐れられながら和平の使者を任されたという異例中の異例の人物でもある。
普通和平の使者ってのは貴族だったり文官が選ばれるものだからね。

マルクトはキムラスカに和平を申し込む側であり、どうしても腰が低くなるんだ、普通は。
だからルークの親善大使とジェイドの皇帝名代という立場がほぼ同等であれど、ジェイドはルークに対し細心の注意を払いながら接しなければならない立場の筈なんだよ、普通は。
ジェイドの態度はイコールでマルクトの評価に繋がるわけだからね」

「そっか、皇帝の名代なんだからジェイドの態度イコール皇帝の態度なわけか」

「そう。けどコイツは明らかにルークを見下してる。レプリカだって解ってたとしても、インゴベルト六世が直々に親善大使にしたのはルーク以外の誰でもない。
ジェイドは表面上だけでも取り繕う必要があったのに、それをしてない。
その時点で軍人として、いやオールドラントの人間としてありえないんだよ」

「確かに…外交にこれほど向かない人物も居ないね」

カナの言うとおり、これほど外交下手な人間も居ないだろう。
僕ですら相手の反応を伺いつつ笑顔を取り繕うことくらいできるのに。

「それからティア・グランツね。
軍服を着たまま公爵家に侵入するというとんでもないことをしでかした大阿呆。
軍服着てたら公爵家襲撃が任務だと思われて当然だってのにそれすら解ってない大馬鹿。

理由はどうであれ自分の犯罪に巻き込んだんだからルークに土下座して謝らなきゃ立場であるにも関わらず、ルークに偉そうな態度を取り続けてる。
それにティアは犯罪の加害者と被害者、王族と一兵卒、一般人と軍人という前提をすっ飛ばして、まるでルークと同等の存在のように振舞っている時点でおかしい。
まぁお陰で僕は日本語の目玉が飛び出るほど驚いた、という慣用句の意味を身を持って知ることができたわけだけど」

「できれば一生知りたくない慣用句の一つだね、それは」

「そうだね、ボクも空いた口が塞がらないって慣用句の意味を身を持って知ったよ」

なるほど、そっちの慣用句もあったか。
抹茶オ・レを一口飲み、シオンの言葉に密かに納得する。
日本語は面白い言い回しが多いと思うけど、この二つはその中でも特に面白いと思う。
まぁ身を持って体験しているからこそ、そう思うのかもしれないけど。

「で、シンクの言葉を引き継ぐわけじゃないけど、この二人は誰よりもルークを護らなきゃいけなかった。
アクゼリュスでもルークから目を離しちゃいけなかったんだ。
ヴァンの妹にとって自分の犯罪の被害者であり、死霊使いにとって和平の最重要人物なんだから。
コレだけで崩落の責任の一端を担ってることになる。

それにヴァンの妹はヴァンが崩落を狙ってることを知ってたのに黙っていた。
コレは情報の隠蔽であり、更に言うならヴァンの犯罪の片棒を担いでいたと言われてもおかしくない。
ヴァンの妹は第七譜石の確認に行くべきじゃなかったんだ。兄が何か企んでいると知っているなら誰よりもルークを護り、そしてヴァンを疑い監視し続けるべきだった」

「目を離したっていうならジェイドの方が責任は重いだろうけどね。
キムラスカの王族にして親善大使なんだから、誰か部下や護衛が付いてたならともかく、あの少人数で目を離すなんてありえない。
そもそも親善大使を障気の中に連れて行ったって時点でありえないわけだけど」

「…つまり、ルークから目を離した時点でこの二人は責任を追及されるってこと?」

「それはアニス以外の全員に言える責任なんだけどね。特にこの二人は責任が重くて、且つ軍人としてありえないってこと」

この時点で出ている情報ではその結果が妥当だろう。
アニスはイオンの護衛だからこの場合論外だが、やはり責任があるという点では変わらない。
けどカナは呑気に軍人って大変なんだねぇと呟いている。

「じゃあこの二人がこの時すべきだった行動って?」

「まずヴァンの妹、コイツに関してはひたすらにルークを護ること。その一点に尽きるね。
随行員として選ばれたわけだし、その命令はモースから下されているわけだから何よりも護らなきゃいけない命令だ。
例えイオンが別のことを頼んでも神託の盾騎士団内において優先すべきは奏将であるモースだ。
導師は本来神託の盾に口出しする権限はないからね。
救助をするなんてもってのほかだし、第七譜石の確認を頼まれたからってはいそうですかと抜けていいことでもない」

「ジェイドはちょっと変わるね。アクゼリュスの救援はジェイドが指示しなきゃいけないわけだからルークにちゃんと護衛をつけて安全な場所で慰問を行ってもらうよう頼んでから自分は部下達に指示を出しに行く、っていうのだったらあり得ると思うよ。
ああ、勿論ジェイドが救助をするってのは無しだから。それくらいなら指示を出した方が早い。
まぁ最も、その指示を出すべき部下は全滅して、それを報告すらしてないせいで代わりの部下すら居なかったわけだけど?」

「報告、連絡、相談は社会人のマナーだもんね」

「そういうこと」

コレで多少はオールドラントの軍人というものがどういうものか解ってくれただろうか?
日本には軍が無いらしいからピンとこないかもしれないだろうが、理解して欲しい。
アレと一緒にされるとか嫌すぎるから。何の罰ゲームだ。

「……てことはさ、ジェイドとティアがちゃんとルークを敬って、アニスとガイが仕事をして、ナタリアがルークに親善大使としての仕事をちゃんと教えてたら…わざわざ危険な坑道に入る事だって無かったし、崩落って起きなかったんじゃない?
いくらヴァンが謡将だとはいえ、普通親善大使の方が足を運ばずに謡将の方からルークを訪ねるのが筋だろうし」

「「そうだね」」

カナの出した結論にシオンと二人で頷く。
こいつ等がきっちり仕事をしていれば、アクゼリュスは崩落しなかっただろう。
勿論ルークが我が侭を言ってヴァンの元を訪れたり、ヴァンが無理矢理超振動を発動させて外からパッセージリングにダメージを与えて壊そうとしたり、ということはあったかもしれないが。
けどそれはやっぱりちゃんと護衛をしていれば防げるかもしれないことだし、どんな場合だろうと一番悪いのはヴァンである、という結論は変わらない。

「……崩落、ルークだけの責任じゃなくね?」

「だからそう言ってるだろ」

「ルークのお前らだって何もできなかったじゃないか、っていうのは実に的を得ている、ということだね」

正確に言うなら何もできなかった、ではなく何もしなかった、だろうが。
シオンの言葉に一つ息を吐いてからゲーム画面を見る。
勝手にコントローラーを使って会話を進め、ゲームを先に進める。

こうやって見るとチーグルの仔は実に健気だ。
あの甲高い声は結構に不快だが、恩義深く忠義に厚い。
仕事というわけではないだろうが、必ずルークに寄り添っている。

「一番仕事してるの、このチーグルなんじゃない?」

だから思わずそう言えば、シオンとカナは妙に納得していた。
チーグル以下の軍人と使用人。最低だね。


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