30.だいぶ慣れてきたと思うのですが



「五月かぁ、早いものねぇ」

しみじみという私の周囲では、緑っ子たちがテーブルの上に置かれた皿を凝視していた。
その皿の上には緑色の物体、もといスーパーで買ってきた笹餅と柏餅がこんもりと盛られている。
葉っぱに包まった餅、という初めて目にする食べ物に三人はどうしたら良いかわからないようだ。

「ねぇ、何コレ」

「笹餅と柏餅」

「どうやって食べるんですか?」

「葉っぱをむいて食べるのよ」

「こっちも?中にモチが入ってるって事?」

「そう。ちゃんと食べられるものだから安心しなさい」

そう言いながら私も笹餅を手に取り、紐を取って中身を見せてやる。
三人が未知の物体を目の前にして動きを止めるのはいつものことだし、私がまず食べてみてから三人が手を出すのもいつものことだ。
笹の中から出てきた白い餅?を食べてみれば、笹の香りが鼻腔を擽った。
密かに笹餅は好物だったりするので、自然と頬が緩む。まぁ好物だからといって買いすぎた感は否めないが、そこは四人も居るのだから何とかなるだろう。

「どっちから食べる?」

「…じゃあこっちの包んである奴からでどう?」

「良い香りがしますし、きっと大丈夫ですよ。食べてみましょう」

一体何がどう大丈夫なのか疑問だが、イオンの言葉にシオンとシンクが頷きあい一斉に笹餅に手を伸ばす。
そして私を真似て餅を笹から全て取り出さずに、シオンのせーのの合図で三人でかぶりついた。
瞬間、シオンとイオンは美味しさに頬を緩め、シンクの目がカッと見開かれる。

「美味しいです。お正月に食べたお餅とはまた違った食感ですね」

「うん、アレも好きだけどこっちの方が食べやすいね」

「餅のほのかな甘味と笹の香りが絶妙なグラデーションを奏でてる。シンプルだけど素材の味を生かした料理だね」

それぞれ感想を言い合った後、シオンとイオンの視線がシンクに向けられた。
私の視線もシンクに固定だ。シンクの感想だけやけに細かかったというか、まるでテレビの食事番組でも見ているような感想だったからだ。
しかしシンクは三つの視線に頓着することなく、もぐもぐと笹餅を咀嚼している。
気に入ったようだ。そして笹餅を食べ終わったかと思うとすぐさま柏餅に手を伸ばし、躊躇することなくかぶりついた。

「…シンクは本当に畳化してるよね」

「何それ?」

「日本びいき、みたいな?」

「あぁ、納得」

シオンの言葉を皮切りに、三人は躊躇うことなくもぐもぐとおやつを満喫し始めた。
どれだけ最初は戸惑おうと結局は満喫することになるあたり、シンクだけでなくシオンとイオンもなんだかんだ言いつつ畳化しているのかもしれない。
私も笹餅を食べ終えて柏餅に手を伸ばしつつ、柏餅の葉っぱを剥き始めたシオンを見てふと気付いた。

「と、そう言えばシオンはゲームどこまでやったの?」

「今はルークが断髪したとこだね。アレってヴァンの妹を置いて行くっていう選択肢無いの?」

「無いね」

「あともう一個疑問なんだけど、何で死霊使いはアッシュを捕まえないの?アッシュはタルタロス襲撃犯の一人だろう?」

「さぁ?私に聞かれても…」

「シンクはどう思う?」

「ん?部下は駒程度にしか思って無かったからどうでも良いとか……元々捨て駒だったとかそんなんじゃない?」

シオンの疑問に対する返答もおざなりなところを見ると、シンクは余程笹餅が気に入ったらしい。
イオンはイオンでそう言えばそうでしたね、とか言いながら笹餅の最後の欠片を口に放り込んでいる。

「アクゼリュスの崩落が衝撃的過ぎて、タルタロスのことまで頭が回らなかった記憶があります」

「頭が回らなかったって…例えイオンがそうだとしても、死霊使いはそれじゃ駄目でしょ。
一応部下のカタキなんだし」

「ジェイドですから」

「その一言で済ませるの止めない?納得しちゃえそうなのが更に嫌」

のほほんとしたイオンの言葉にシオンが不快そうに眉を顰める。
そしてため息をついてからもぐもぐと柏餅を食べ、緑茶を啜ってゲーム機をちらりと見た。

「アッシュが何をしたいのかも解らないんだよね。ルークの意識引っ張る必要なくない?」

「嫌がらせに決まってるじゃないか。アッシュはレプリカルークに並々ならぬ執念を抱いてたからね」

「あ、ぼく知ってます。そういうのストーカーって言うんですよね」

「あー…否定できそうにないな」

楽しそうに言うイオンに私は噴出しそうになり、慌てて否定しようとしてその言葉を飲み込んだ。
ルークの同調フォンスロットを開いて視界を共有し、ルークのやることなすことを遠くから見守る(見張る?)アッシュ。
確かに、一種のストーカーである。

「しかも堂々とタルタロスをキムラスカ国内で乗り回して、よく砲撃されなかったよね?
死霊使いも何でアッシュの言うことなんて聞くかなぁ。情報収集なんて部下に任せてさっさと報告に行けって話だよ、ホント」

「自分でやるしかない、自分が何とかするんだ、っていう責任感を間違った方向に振りかざしている典型的な例だよね。
巻き込まれる周りはいい迷惑さ」

柏餅と笹餅を一通り味わってとりあえずは満足したのか、シンクが新しい柏餅を片手に嘲笑混じりに言った。
でもね、片手に柏餅持ったまま言われても凄みも何にもないよ、シンク。

「ジェイドはここでアクゼリュス崩落の事実はいち早く報告すべきだった、ということですか?」

「そう。大地の崩落という異常事態に国は混乱していた筈だ。生存報告も兼ねてジェイドは真っ先に報告するべきであり、同時にワイヨン鏡窟で得た情報をすぐさま国に上げるべきなんだよ。
セントビナーの避難だって早く済むだろうしね」

「まあルークを置いてアッシュを連れて行ってる時点で売国奴って言われても仕方ないけどね。本物の親善大使を置きざりにしてるんだからさ」

「でも、アッシュはルークのオリジナルですよ?」

「関係ないね。インゴベルト親善大使に任命したのはレプリカルークの方だ。
これで死霊使いがアッシュを親善大使だって他の人間に紹介してみなよ、それはインゴベルト陛下の任命した親善大使をないがしろにし、紹介した相手を謀ったことになる」

どうでもよさそうに言いながら、柏餅をぱくりと食べるシンク。
そろそろ止めないと晩ご飯が入らなくならなそうなので、まだ残っているものの大皿を回収する。
途端にシンクが喚いた。

「あ、まだ残ってるじゃないか!何で持ってくのさ!」

「これ以上食べたら晩ご飯入らなくなるでしょう?これは明日蒸しなおして砂糖醤油つけて食べようね」

「……美味しい?」

「そうね、私は好きよ。砂糖醤油は典型的な日本の味だと思うし」

私の言葉を聞いてごきゅりと喉を鳴らしたシンクは解ったと言って素直に引き下がった。
ホント、一番食い意地張ってるかもしれないな、この子。
イオンの手伝いを丁寧に断り、私は大皿を持ってキッチンへと向かう。

「話戻すんだけど、そもそもジェイドが報告するのって思い切り私見が入り混じったものだと思うんだけどそれは良いの?」

「どういうこと?」

「だってジェイドはアッシュのルークが騙されて超振動を使った、っていうのをまるっと鵜呑みにして、ルークにろくに話も聞いていないんでしょ?」

笹餅と柏餅をタッパに移し変えながら、緑茶を啜っている三人と話す。
私はキッチンに立っているので少しばかり声を大きくしたのだが、シオン達も同じようにコチラに聞こえるよう声量を上げて話してくれた。

「「よくないに決まってるだろ」」

「でもある意味間違っては居ないのでは?」

「ある意味ではね、でもよく考えてみなよ。騙されて、ということはルークは被害者なんだよ?」

「しかもルークは使ってない。正確に言うなら使おうとした、使わされた。というのが正しい。この場合罪を問うべき場所は大きく変わる」

「罪を問う場所、ですか?」

「そう。ヴァンの愚行を誰にも相談しなかったこと、同行者を一切信頼せずにいたこと、安易にヴァンを信じてしまったこと、ヴァンを疑いもしなかったこと、だね。
まぁそれも7歳児ってことと生まれ育った環境、アクゼリュス道中のことを鑑みると仕方ないかなって気もするけどさ」

「しかも暗示をかけられていた。この場合罪の度合いは大きく変わる。
確かに、カナの言うとおり例え死霊使いが報告していたとしても、間違いだらけの報告書が上がりそうだね」

最後にシオンの嘲笑で話が締められ、私も大皿を洗い終わる。
こうやって聞くと本当にジェイドって駄目駄目なんだなぁ。
もしかしたらジェイドがきちんと報告していれば、マルクトだってもっと違った対応をしたかもしれないのに。
ピオニー陛下の欠点を上げるとすれば、ジェイドのみを信頼しすぎたことなのかもしれない。
自国の軍人を一番に信頼するのは当然といえば当然なんだろうけど。

「さて、おやつも食べたし私は仕事に戻るからねー」

私がそう言えば三人のはーいという返事が聞こえる。
仕事、部屋でするか。


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