31.悪気は無かったんです!
※シオン視点
「ねぇ、どれが良いかな?」
「店員にオススメとか聞けば良いんじゃない?」
「じゃあシオン、お願いします」
「イオン、今さり気なくボクに押し付けたね?」
今、ボク達は三人だけで外出中だ。
未だにカナが一緒じゃない外出はドキドキするし、目新しい発見がいっぱいある。
しかし今日は単純な散策ではなく、目的がある外出なのであまり時間はかけていられない。
ボク達は今、三人揃ってケーキ屋に来ていた。
ガラス越しに均等に並べられたケーキ達は見た目も綺麗で美味しそうだ。
多分オールドラントで同じものを買うとしたら、バチカルの貴族街などに行かなければ手に入らないだろう。勿論値段もその分跳ね上がる。
流通経路などの違いにより、あらゆるケーキを取り揃えるお店、というのは案外少ない。
事実ダアトには簡素なお菓子屋さんくらいしか存在しなかった。
「あのロールケーキは?均等に切れば楽に食べられそう」
「隣のプリンも美味しそうですよ」
「プリンじゃなくて茶碗蒸しかもよ?」
「え!?」
「イオン、ケーキ屋に茶碗蒸しがあるわけないだろ?シンクもあんまりイオンをからかうんじゃない」
帽子を被り直しつつ、荒唐無稽なことを言ってイオンを騙そうとするシンクを諌める。
イオンもイオンでそんな簡単に騙されないで欲しい。
「あ、そうですよね…失礼しました」
「プリン美味しそうだねー」
簡単に騙されたことに恥らうイオン。そしてボクに叱られたことを流すように、シンクが棒読みでプリンの感想を述べる。
この二人は、という呆れが浮かび上がるのと同時に、以前の仲の悪さ…というかシンクのイオンの毛嫌いを考えれば仲良くなったことを喜ぶべきなのか少しだけ悩んだ。
まぁ仲の悪さといえばボク自身も最初は仲が良いとは言えなかったので、人のことは言えないのかもしれないが。
「確かにプリンも美味しそうだけどね。やっぱり無難にショートケーキとかチョコレートケーキにしたほうが良いかな…」
「あ、でもこっちのシュークリームも美味しそうですよ」
「イオンはさっきからケーキ以外のものに目を止めてるけど、当初の目的忘れてない?」
「忘れてませんよ。ただあっちもおいしそうと言いますか…」
「まあ確かに美味しそうだけどね」
「そんな事言ってたらいつまでも決まらないじゃないか」
「確かに、シンクの言うとおりだ。
…すみません、ちょっとお聞きしたいのですが宜しいでしょうか?」
シンクにいつまでもグダグダするなと暗に言われ、ボクはショーケースの向こう側で待機していた店員に声をかける。
店員はいらっしゃいませの言葉とともにどうかされましたか?と丁寧に答えてくれた。
「このお店に来たのは初めてなのですが、何分どれも美味しそうで…何かオススメなどありましたら、教えていただけませんか?」
「そうですねぇ、今の時期ですとマーブルロールケーキのカーネーション添えや、手を汚さずに食べられるシュークリーム、後は定番のチョコレートケーキなどが人気ですね。
後は個人的な意見になりますが、三種のベリータルトもオススメです。定番メニューで年間通して一定の人気があるんですよ」
にこにこと笑顔のまま答えてくれる店員に礼を言い、どうする?と聞く代わりにイオンとシンクを振り返る。
二人は暫く頭を捻った後、結局マーブルロールケーキを買うことにした。
店員のオススメならば外れることは無いだろうし、パッと見美味しそうだったというのもある。
「ありがとうございましたー」
ピンクの箱に入ったロールケーキを受け取り、ボク達はお金を払ってケーキ屋を後にする。
後は保冷剤が切れるまでに家に帰るだけだ。
「結局店員さんのオススメになっちゃいましたね」
「別に問題ないでしょ。実際美味しそうだったし、下手に冒険するより良いと思うけど?」
「ねぇ、次は和菓子屋も行こうよ。亀のマークの店、あそこにあったんだ」
「ハイハイ。また今度ね」
雑談をしつつ、三人で道路の端を歩く。
そうして帰路についていた最中、誰かの視線を感じて反射的に口をつぐんだ。
シンクとイオンも口をつぐんだ辺りを見ると、二人とも同じように視線を感じたらしい。
「……見られてる?」
「シオンも感じましたか。やっぱり気のせいじゃなかったんですね…」
歩みを止めないまま、三人でアイコンタクトを取る。
敵意を含んだ視線ではないものの、明らかにボク達を観察しているような視線。
元軍人のシンクと、導師をしていたボクは視線に敏感だ。
イオンまで気付いていたのは意外だったが、伊達に導師をしていなかったということだろう。
「敵意は感じない。ただつけられると面倒だ」
シンクの言葉にこくりと頷きあう。
放置しても良いかもしれないが、確かに家がばれたら色々と面倒になるかもしれない。
念のため暫く歩いてみたが結局視線はボク達から外れそうになかったため、角を曲がったあたりで思い切りダッシュをして、何とか視線を振り切ったのだった。
「と、いうことがあったんだよ」
「ふぅん、外国人が珍しかった…って訳でもなさそうね」
何とか視線を振り切り、帰宅したボク達は早速カナに今日あったことを報告した。
カナは微かに眉を顰めながらボク達の話を真剣に聞いてくれて、暫く出かけるときはカナの車に乗って出かけたほうが良いかもしれないという話で落ち着いた。
それ以上酷いようなら、警察に相談した方が良いかもしれない、とも。
「警察って、軍の代わりみたいな」
「軍とは違うわ。警察が対応するのは犯罪だけ」
「でも前テレビでじえーたい?というのを見ました。あれは軍ではないんですか?」
「自衛隊は文字通り自分達を守るための組織ね。軍によく似てるけど、災害が起きた時に救助するのが今のところのメインになってるからね。
他国を攻めたりするための軍って言うのは、日本には存在しないんだよ」
「オールドラントじゃ考えられないね…」
カナが肩を竦めながらしてくれた説明に感嘆の息を吐いていると、で、何を買ってきたの?と話題を切り替えられてボク達は頷きあった。
シンクが用意していた小皿とフォークを取り出し、ボクがピンクの箱を開けて中身を取り出す。
「……ロールケーキ?」
「そう。これを買いに行ってたんだ」
シンクがロールケーキを四等分に切る横で、疑問符を飛ばすカナ。
それにくすりと笑みが零れ、イオンがにこにことしながら口を開く。
「テレビで見たんです。ははのひという日があるんでしょう?
日頃の感謝を込めて贈り物をしようと言っていたので、三人で話し合ってケーキを買おうって…」
「ちょっと待った。母の日??」
カナがカレンダーを確認し、次にロールケーキに添えられたカーネーションを見る。
その眉はまた顰められていて、ボク達は何故そんな顔をされるか解らなかった。
「…何の日か解ってる?」
「お世話になっている人に、日頃の感謝の気持ちを込めて贈り物をする日なんじゃないの?イオンにそう聞いたけど」
「うん、僕もそう聞いた」
「はい、テレビでそう言ってました」
きょとんとするボクやイオン、ロールケーキを切り終えてそれぞれの小皿に移すシンク。
そんなボク達を見てがっくりと肩を落とすと、カナは何とも言いがたい顔をした後、カーネーションを手で弄びながら言う。
「母の日はね、文字通り日頃お世話になっている"お母さん"に感謝の気持ちを込めてお礼をする日なのよ」
「「「………………」」」
お母さん。
カナの説明の中で強調された言葉を聞いて、ボク達の間に沈黙が落ちる。
つまりボク達はカナをお母さん扱いしてしまったということで…成る程、カナが微妙な顔をするわけである。
二十代前半で三人の子持ちとなればさぞ複雑な…。
「違うよ!?違うからね!?カナのことお母さんって思ってる訳じゃないからね!?」
「そうですよ!すみません、ぼくが早とちりしたせいで…カナのことはお母さんというよりお姉さんって思ってますし!!」
シンクとイオンが慌ててカナに弁明を始めた。果たしてそれはフォローになっているのか居ないのか。
まあ母親より姉のように慕われていると言った方がカナの心境もまだ複雑化しないだろうが…。
「ごめんね、勘違いしてたみたい」
「いいよ、三人の気持ちは嬉しいし。でもお母さんかぁ…そんなに老けて見えるかな、私」
どこか遠くを見ながらわざとらしく悲哀を含ませて小さく呟くカナにイオンとシンクが更に弁明を重ねている。
多分今回はわざとだ。シンクとイオンをからかっているに違いない。
なのでボクはくすくすと笑いながら、取り分けられたロールケーキを食べるためにフォークを手に取った。
「いつもありがとう。ということで、味わって食べてね」
「そうね、いただきましょうか」
「あ、はい??」
「? うん??」
突然空気を切り替えたカナに着いていけていないシンクとイオンも、カナに促されてフォークを手に取る。
マーブル模様のロールケーキは、甘さ控えめの生クリームのよく合っていてとても美味しかった。
にしても、テレビの情報を鵜呑みにするの問題だと今回の事でよく解った。
そこら辺はシンクやイオンとよく話し合っておこう。
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