32.外に飛び出してみよう



しとしとしと。
そんな擬音がピッタリなほど、ここ数日ずっと雨が降り続いている。
元々そんなに外出しない三人は最初こそあまり気にしていなかったが、いい加減ふり続ける雨にうんざりしているようだ。
最中菓子を食べながら緑茶を啜り、皆でだべっているのだがいい加減止まないのかといわんばかりにちらちらと窓の外を見ている。
私からすれば梅雨だねぇで済むのだが、三人からするとやはり陰鬱な気分になってしまうらしい。

「ゲームどこまで進んだ?」

「神託の盾本部に侵入してイオンとナタリア取り戻して譜石の丘まで逃げ出したとこ」

「あぁ、あそこか。銅鑼鳴らして呼び出すのが面倒なのよねー。
本当にあんなつくりになってるの?」

「誇張はされてるけど、銅鑼の呼び出しは本当にあるよ。僕は鳴らしたこと無いけど」

「実際はもっとワラワラ出てくる。銅鑼は緊急集合の合図だからね、ゲームみたいに一人二人じゃ済まない。
というか、銅鑼鳴らすのは下っ端の役目なんだから師団長のシンクがやったこと無いのは当たり前だろ?」

「ゲームだと表現方法が違っていて面白いですよね」

「こんなんじゃないしって突っ込みたくなるけどね」

パリパリと最中を剥がして中のあんこを見ているイオンに笑みを零しつつ、三人の会話を聞く。
個別包装された最中菓子の詰め合わせなんだけど、気に入ったようでなによりだ。
そんな中でシオンがいい笑顔でパーティメンバーについて話を始める。

「でもこれより護衛剣士と導師守護役にむかついたよ、この二人何様?」

「ガイとアニス…っていうと、アラミス勇水道と教会前かな?」

「そ。いや、死霊使いやヴァンの妹にも充分苛っとしたけどね。こいつ等自分達に責任があるとかちっとも考えてないっていうのがよく解ったよ。
けどさぁ、あの護衛剣士の迎えに来てやったんだからって何?

護衛ならば側を離れないのが当然だし、親友なら支えてやるのが筋だろう、保護者ならば責任を負うのが責務ってものさ。
それをさらっと無視しておいて『折角迎えに来てやったんだから』?
護衛剣士はさ、心底ルークを見下してるよね。ルークは駄目な奴ってのが前提って感じ」

「否定できないのが痛いですね…ガイはよくルークなんだからと言っていました。
ルークなりに頑張っているんだから、ルークだからしょうがない…と」

「一件フォローに見えるけどその実相手を貶してるって奴だね」

お茶を啜りつつそんな話をする。
イオンがかつてを思い出すように瞳を閉じながら顎に手をやり、シンクがごくんと最中を飲み込みながら言った。
シオンはため息混じりに最中の袋を空けながら、嫌悪感の混じった声で言う。

「それに比べて導師守護役に到っては…なんていうんだろうね、子供特有の無邪気さっていうのかな?
悪意がストレートすぎてもう逆に清々しさすら覚えたけどね」

皮肉げに鼻で笑いながら言われた台詞。
シオンの言う台詞はどれだろうかと頭の中で検索し、教会前のアニスの台詞を思い出した。

「ルークに向かってお坊ちゃま呼ばわりした後、ずーっと寝てて良かったのにぃって言ってた奴?」

「そう、それ」

「……そんな事言ってたんですか?」

私とシオンのやり取りにイオンが入ってきた。
ただし声がいつもよりワントーン低いし、笑顔も消えている。
思わずシオンと一緒にイオンを見てしまったのだが、イオンは眉間に皺を寄せながらアニスはそんな事を言っていたんですねってため息混じりに小さく呟いていた。

「相手を傷つける言葉に配慮が無いって言うのは子供ならではだよね。ま、遠慮なく嫌味を言う死霊使いとか自分の汚点には目をそむけて人を責めるのが好きなヴァンの妹とか居るからかすんで見えちゃうけどさ」

そんな中、最中を食べるのに夢中で空気を読めなかったシンクが追撃を加えたため、イオンの表情が更に険しいものになる。
流石に不味いと思ったのかシオンが机の下でシンクの足を踏みつけたらしく、鈍い音と共にシンクが僅かに飛び跳ねた。器用だな。
シンクは最初こそシオンを睨みつけていたものの、空気を察したらしくあーとかうーとか言った後、最中を口に放り込み飲み込んでから多少わざとらしくはあるものの、話題の転換をしてくれた。

「ところでさ、この雨いつまで降り続けるわけ?」

「梅雨だからねー、仕方ないよ」

「…テレビでも言ってましたけど、つゆって何ですか?」

「ボクも見た。梅の雨だっけ?意味不明だよね」

「それは僕も思う。読み方も意味不明だよね」

「あはは。梅雨って言うのは簡単に言うと雨が続く期間のことかな。大体六月に来るんだけど、梅雨明け…つまり梅雨の終わりが来ればカラッと晴れる夏本番が来るからそれまでの辛抱だよ。
それに梅雨がないと水不足に陥るしね」

話題が変わるのと同時に空気も変わり、カラコロと笑いながら言えば三人ともげんなりとした表情。
いい加減雨ばかり降るのも飽きてしまったようだ。
まあ気持ちは解らんでもない。私は慣れてしまっているが故にそこまでげんなりも陰鬱もしないが、洗濯物乾かないし、ずっと部屋干しで匂うからね。

「つまりその梅雨明けってのが来るまでずーっと雨なわけ?」

「ずーっとじゃないと思うよ。間に曇りだったり晴れだったり挟む時もある」

「殆ど雨ってことじゃないか!」

「まぁそうだね。そこは否定しない」

私の言葉に三人はまたもやうんざり顔。
確かに、慣れてなければそんな風にもなるかもしれない。
と、いうわけで私は三人に出かける準備をするよう号令をかける。

こんな雨の中外出?と怪訝な顔をされたが、良いから良いからと三人を急かした。
人数分の傘を持ち、全員で車に乗り込む。
そうして辿り着いたのは車で10分ほど走るとある少し大きめではあるもののどこにでもありそうな公園だ。
三人は傘を差しながら私の後に続いてきたのだが、紫陽花がたくさん咲いている広場の前で私は足を止めた。

「さて、日本には風物詩ってものがあるんだけど、知ってる?」

「え…ハロウィンとか?」

「春の桜とか、秋の虫の声とかでしょ?」

「シンク不正解、シオンが正解。勿論この季節にも風物詩はある。
梅雨って言うとこの紫陽花がメジャーなんだよ。雨に濡れた緑の葉っぱとか、改めてみるとまた綺麗なんだよ」

私の説明を聞いた三人は顔を見合わせてから全員でまじまじと紫陽花を見る。
水滴がたくさんついた紫陽花は薄紫色をしていて、いまだ降り続く雨を受け止め、時折その葉に雫を滴らせていた。
その奥のほうにカタツムリの存在を見つけて、久しぶりに見かけたなと突っつけばぬるりとした感触。これだけはいつになっても変わらない。

「……ねぇ、何その生き物」

「これ?カタツムリ、でんでんむし、マイマイ、まぁ色んな呼び方はあるけどそういう生き物よ」

「意味が解らないよ!?」

「ぬるぬるしてるね」

「はい。貝をしょってます」

シンクのツッコミを綺麗にスルーしたシオンとイオン。
二人ともカタツムリを見るのが初めてなのか、まじまじとカタツムリを見つめている。
私が目?角?の部分をちょんと突っついて引っ込むのを見て目をまん丸にしていた。

二人が恐る恐る手を出し、同じようにカタツムリをつっつく。
ちょんちょんと突っつかれる度に角が引っ込んではまた出してを繰り返し、イオンが笑顔になり、シオンが怪訝そうな顔になり、シンクが変なものを見るような目になった。
私はそんな三人の反応に笑いそうになったのを必死に堪えていた。
ごめんよカタツムリ、ちょっと我慢しておくれ。

「カタツムリは風物詩の一つでもある。カエルに並ぶ梅雨の代名詞だね」

「へぇ?これが?」

「そう、これが」

「かえるってあの緑の奴?」

「そう。田んぼとかにいるのよ」

わいわいと話す三人の顔にもう退屈の色は無い。
明日からはきっと傘を持って出かけて、梅雨ならではの色んなものを探し始めるに違いない。

レインコートを着て外に繰り出す三人を想像して、私は三人に気付かれないようくすりと笑みを漏らすのだった。

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