33.暗闇の中での進行
※シンク視点
ガタガタと煩いのはアマドという奴だ。
窓の脇に着いているトブクロって奴の中に普段は収納されていて、引っ張り出すとそのまま防壁になるという。
日本ではタイフウが来るとこれを使用するらしく、主な用途は強い風によって飛来してくるものからの被害を防ぐためのものだとか。
防壁の使用方法が戦いのためでなく自然災害を防ぐため、というところが実に日本らしいと思う。
そのアマドがガタガタ鳴っているという時点で解ると思うけれど、現在タイフウという自然災害に見舞われて僕達は四人揃って家に篭っている。
テレビのタイフウ情報とやらはパッと見るだけで何となく意味が解るからありがたい。
ついでに家の中にある非常食や非常用蝋燭などの場所も、良い機会だからと教えてもらった。
リュックサックには日持ちのしそうな食べものや水、簡易トイレや手回し式のラジオなんかが詰まっていた。
これがあれば三日くらいは凌げるんだとか。
僕には軽かったが、シオンとイオンにとってこの大量にものが詰まったリュックサックは重いらしい。
シオンは筋トレしてるけど全然効果出てないよね。
「台風だけじゃなく大きな地震が起きたときなんかにも役立つから、ちゃんと覚えておいてね」
「日本って災害が多いんだね」
「だからこうして備えをしてるのよ。備えあれば憂い無しってね」
カナはそう説明をしつつ部屋に置いてある懐中電灯の存在も教えてくれる。
気付かなかっただけでこの家は結構に対策がしっかりしているらしい。
後は災害が起こると公衆電話は中々使えないとか、台風の雨風が酷すぎて土砂災害や水害が起きることもあるなんて話を聞きながらリビングに戻る。
「予報を見れば明日の朝には過ぎ去ってるらしいから今晩だけは我慢してね」
「アマドを締めると部屋の中が電気つけないと真っ暗になるのが問題だね」
「そう思うと電気にも随分慣れましたよね。オールドラントの灯りはもっと小さいものでしたが、今じゃすっかりこの明るさに慣れてしまいました」
「言われて見れば確かに…音素灯とか電気に比べるとかなりチャチいもんね」
何となく四人でだべっている間もずっとアマドはガタガタ言っていて、それだけで風が強いのがよく解った。
台風では土砂災害や水害も怖いが、更にカナが警戒しているのは強風による被害だそうだ。
何でも強風に煽られて大きなものが飛び、それが窓に激突…っていうのを一番恐れてるらしい。
カワラ剥がれないといいけど、なんて言ってたからそっちも怖いんだろう。
カワラの意味は明日聞いておくことにする。
そうして無意味に四人で喋っていたのだが、突然テレビと電気が明滅し始めた。
何事かと天井に取り付けられた蛍光灯を見ると、外で大きな雷の音が鳴ったかと思うと、更に数度の明滅の後フッと消えてしまう。
同時にテレビも消え、家の中は一気に真っ暗になってしまった。
「な、なななんですか!?」
「敵襲…ってわけじゃなさそうだけど」
「ブレーカーが落ちたんじゃなくて?」
「どうだろう。敵襲はともかく、ブレーカーは可能性があるね。
ちょっと見てくるから三人ともここで待ってて」
隣に座っていたイオンの肩を掴んで落ち着かせつつ、反射的に周囲の気配を探ってしまうが勿論怪しい気配は存在しない。
僕の敵襲という意見はアッサリ受け流され、携帯電話の灯りを元手にカナはさっさとブレーカーを見に行ってしまう。
しかし電気は着くことなく、先程見せてくれた非常用持ち出し一覧の中に入っていた携帯ランプを片手にカナは帰って来た。
つまり、ブレーカーが原因でもないようだ。
「この台風でどこか電線が断線したか、さっきの雷が原因の一時的なものか。
判断はつかないけど…まぁ、停電だわね」
「テイデンって?」
「電気の供給がストップすること。つまり電化製品は全滅ってことね」
肩を竦めながら言われ、カナの言葉をもう一度反芻する。
電化製品、つまり電気で動いている家電は全滅ということだ。
「じゃあ、洗濯機も、電子レンジも、冷蔵庫も動かないってこと?」
「そういうこと。いつ復活するかわからないし、冷蔵庫は極力開けないようにしてね。冷気が逃げて中の物が腐っちゃうから」
僕の言葉にこればかりは仕方ないと言いたげに答えるカナ。
面倒になったと僕が顔を顰める横で、シオンがげっと声を上げた。
「てことは扇風機もクーラーも動かないってこと!?」
「そうね」
「そういえばそうですね。あとパソコンや電気ケトルなんかも…」
「パソコンや電気ケトルなんて別にいいよ!只でさえ日本の夏は暑いのにクーラーと扇風機無しで過ごせってこと!?」
信じられない!と叫びだしそうなシオンを見てイオンが苦笑をしている。
日本の夏は暑い。カナはまだまだ気温は上がるというが、既にとても暑い。
ザレッホ火山やザオ遺跡とはまた違う暑さだ。一番近いのはタタル渓谷だろうか。
とにかくムッとする暑さなのだ。湿気が半端ない。
ただ暑いだけなら我慢できるが、この湿気が予想以上に体力と気力を奪っていくのだ。
シオンはこれが大嫌いで、この湿気が無ければ日本は最高なのにとぶつぶつ言っている。
そんな中で、扇風機とクーラーはシオンの救世主だったのだ。
それ以外にも除湿機が欲しいといっていたくらいである。
一晩だけとはいえ、蒸し暑い夜を過ごすことが耐えられないのだろう。
「台風なんて大嫌いだ…」
「別に毎回停電するわけじゃないんだけど…うーん、まぁクーラーがんがんかけてるシオンからするとそうなるのかねぇ」
「は?カナはクーラーつけて寝ないの?」
「私はまだ扇風機だけよ。八月の猛暑になるまでクーラーはつけない主義だから」
「信じられない…」
「そんなんじゃ日本の夏は乗り切れないわよ?」
カナの主義に絶句するシオンはさておき、一体いつまで電気は消えたままなのか。
さっきいつ復活するか解らないって言っていたから、本当に明日の朝まで…下手をするともっと先まで復旧しない可能性もあるということか。
これではシオンでないにしろ信じられない!と叫びたくもなる。
「いいじゃありませんか。オールドラントに戻った気分ですし、たまにはこういうのも楽しいですよ」
「ボク戻りたくない。日本のが便利だし、オールドラント凄く不便だし」
「比べる方が間違ってる気がするけどね」
「まぁ一晩経てば復旧していると思うから、いっそのこともう寝ちゃう?」
「え?もう寝ちゃうんですか?」
「イオンは名残惜しげだね」
「はい。なんかこう、わくわくしてしまって…不謹慎だとは解ってるんですけど」
携帯ランプに照らされた顔は何故か楽しそうで、言葉通りワクワクしているのがよく解った。
非常時とはいえ特に命の危険も無く、イオンにとってはいつもとは違う夜、といった程度の認識なのだろう。
確かに不謹慎かもしれないが、イオンはここに来て随分プラス思考になったなと思う。
カナはカナでイオンの発言にくすりと笑みを漏らしていて、シオンは複雑そうな顔をしていた。
「じゃあ今日は皆で雑魚寝しようか」
「は?雑魚寝?わざわざ?どこで?ベッドあるのに床で寝る必要は…って、日本じゃ床で寝るのは普通なんだっけ」
カナの言葉を聞いて真っ先に思い出したのは神託の盾にあった下級兵士用の大部屋だ。
ベッドの数が足りず、かといって下級兵士に個室など与えられる筈も無く、彼等は仕方なしではあるものの床にそのまま寝ていた。
そしてベッドで眠るために下級兵士達は切磋琢磨をしていたのだが…雑魚寝というのはここでは別の意味になるようだ。
「この場合雑魚寝って言うのは皆で一緒に寝るって言う意味合いが強いかなー。仏間に布団三つくらい敷いて、暑いからタオルケットをお腹にかけて寝れば充分でしょう」
「旅行に行ったときみたいですね!」
「そんな感じだね。あの時より窮屈だけど」
目をきらきらさせているイオンと、どこか懐かしそうな瞳をしているカナ。
まぁそれなら耐えられる、か?とか言ってるシオンからも賛成を貰い、雑魚寝をすることが決定した僕等は携帯ランプを持ったカナの後に従って仏間へと向かう。
そこで皆でお喋りしながら布団を引っ張り出し、畳いっぱいに布団を引く。
真っ暗な中わやわや準備をするのに僕まで何だかワクワクしてきてしまって、枕を取りに行って、タオルケットを引っ張り出してなんてやってる頃には、これから寝るはずなのに何故かとても楽しかった。
カナを真ん中にして、それを囲むようにして僕等も布団の上でごろりと寝転がる。
それぞれに氷とお茶が詰められた水筒も渡された。脱水症状を防ぐためなんだって。
寝る準備が出来上がって、携帯ランプの明かりを落とし真っ暗な中ひそひそと喋る。
別に声を抑える必要なんて無いんだけど、部屋が暗いとそんな気分にさせられるのだ。
「たまにはこういうのも良いかもね」
「クーラーが使えないのはごめんだけどね」
「シオンは本当に暑いのが駄目なんですね」
「日本の暑さが駄目なんだよ。ザレッホ火山はまだ耐えられたもん」
「日本の夏は熱帯夜だからね。まあそのうち慣れるさ」
「慣れたくない…」
くすくすとカナの小さな笑い声を聞いているとこっちまで笑みを作ってしまうのは何故だろう。
台風が来ているというのに、穏やかで、どこか楽しい気持ちを胸に僕達はその晩眠りについた。
げんなりとした気持ちをこんな風に変えてくれるカナ。
そんなカナが僕達といてくれる限り、こんな穏やかな時間がずっと続くんじゃないかって錯覚すら覚えてた。
翌朝、シオンが吐血するまでは。
Novel Top
ALICE+