36.どこにでも例外は居るものだ



※シンク視点

カナには弟が居たらしい。それも、複数。
驚きはしたが、イオンみたく衝撃の事実って訳ではなかった。
家のあちこちにその足跡は残っていたし、むしろおかしいなって今まで思っていたことに納得したくらい。

ただ……ただ、僕達はその弟の代わり?って聞こうとして、慌てて口をつぐんだ。
だってそうだろう。
カナは僕達を誰かの代替品として扱ってたと思うなんて、それは僕達を一生懸命守ろうとしてくれてるカナを傷つけることになる。

だから、未だにそんな斜に構えた考えしかできない自分に腹が立った。
こんな風にしか考えることができないのが嫌だった。
それでもこんなささくれ立った僕を受け入れてくれるカナの存在に、改めて感謝した。



「は?弟?」

「はい、そうなんです」

カナが会計やら何やらを済ませている間、僕達が持って来た服に着替えているシオンにあらましを説明する。
シオンも一瞬驚きはしたものの、やはりそこまで驚いた様子は無かった。

「へぇ、弟なんて居たんだ」

「驚かないんですね…」

「驚いてるさ。ただそこまで衝撃的なことでもないってだけで」

「ぼくは予想外でした…」

「あぁ、聞いたときも固まってたもんね」

シオンが今来ているTシャツだって、カナが僕等が現れたときに用意してくれたものだ。
つまり、その弟達が着ていたものかもしれないってことで。
シオンもそれが解ってるんだろう。Tシャツの裾を引っ張って少しだけ微妙な笑顔を浮かべてから、その上に七部袖のチェックのシャツを羽織る。

「カナはボク達を引き取るまでの間、ボク達が知らない人生を歩んできたんだ。
そこに何があっても不思議じゃないし、ボクたちがそれを否定する権利はないよ」

「……はい」

しゅんとしつつもその言葉に頷いたイオンに対し、シオンは頭を撫でてからいつもの帽子をかぶり、更には伊達眼鏡までかける。
正直そこまでする必要があるのかと思うが、本人は大真面目なので突っ込むのはやめておいた。
それに視線を感じるのも確かだったから。

「髪が目立って、ってだけじゃ無さそうだよね」

「否定できる材料が無いのが辛いところだね」

僕の呟きに、シオンが眉を顰めながらも小声で応える。
イオンもまた神妙な顔をしていたから、視線を感じているんだろう。
こんな時に何のことですか?なんてボケを発さないあたり、オールドラントでお飾りとはいえ導師をしていただけのことはある。

カナにケーキを買いに行った帰りから時折感じるようになっていた視線。
それがここ最近は顕著になっていて、病院に来ている時もちらちら見られている感覚はあった。
そりゃ毛先が出てしまうとはいえ帽子はきっちり被っている。
緑の髪もそこまで目立たない筈だと思ってはいるものの、油断はできないというのが現状だ。

「いっそのこと襲ってきてくれれば撃退できるんだけどね。見られてるだけって言うのも気持ちが悪い」

「ストーカーかな?」

「げっ、気持ち悪いこと言うのやめてよね!」

「でもその可能性が大きいですよね。特に被害は無いのにずっと視線を感じてるわけですし」

「だろ?まあシンクじゃないけど突撃が無い限り無視するしかないよ。事実、この気持ち悪さ以外実害があるわけじゃないからね」

肩を竦めるシオンに言いたいことは山ほどあったが、それが正論なのも事実だった。
警察もこの程度では動いてくれないらしい、というのは以前カナからも聞いている。
結局は被害が無い限り放置するしかないのだ。

病室を出て、カナと合流してから病院を出る。
そのまま帰宅しても良かったのだが、食材を買いたいというカナのリクエストがあったためにスーパーによることになった。
いつものようにお菓子を選んで良いよって言われてお菓子売り場に来た僕達だったが、なにやらもじもじした女性達に道を塞がれて思わず眉を顰めてしまう。
イオンも異様な雰囲気を感じたらしく僕の後ろに隠れたのだが、何故か女性たちはそれを見てきゃあきゃあ言いながら興奮していた。

「…あっちから行こう」

「うん」

普段は愛想のいいシオンだったが、流石に失礼な女性達にまで愛想を振りまく気は無いらしく、僕に耳打ちをした後反対側の通路から遠回りをしてカナと合流しようとする。
途端にパシャリと音がして、反射的に振り返れば携帯電話を構えた女性たちが再度きゃあきゃあ言いながら姿を消していくところだった。
一体何なんだ、ホント。妙に癪に障る連中だった。

カナと合流してからこんなことがあったっていうことを告げると、カナは珍しく真剣な顔で眉間に皺を作り、写真を取られたのねと小さく呟いた。
写真、というとアダチにたくさん撮られた奴の事だ。だが彼女たちが向けて居たのは携帯電話だった筈。

素直に疑問を口にすればカナは携帯電話を操作したかと思うと同じように僕達に向け、同時に携帯電話がカシャリと音を立てる。
そして画面を見せられたのだが、何故かそこには僕達の写真があってあの不審者達が写真を撮っていたのだろうというカナの言葉の意味をようやく理解した。

まさか見知らぬ他人にいきなり写真を撮られるとは思っていなかった僕達だったが、驚いたことにというか当然のことというか、一番不快感を顕著に表したのはシオンだった。
笑顔で毒づくでもなく、不機嫌そうな顔でなんなんだろうねと小さく呟く。
カナはカナで昔のことを話してくれると言ったのにちょっと調べたいことがあると言ってパソコンに向かってしまうし、もう訳が解らない。

「…いきなり写真撮られる理由って何さ」

「そんなのぼくが知りたいです…」

「理由は何であれ、失礼なのには変わらないよ。日本人って礼儀に煩いんじゃなかったの?」

「どこにでも例外は居るってことだろ。現に正式軍並みの訓練をするおかげで人数は少なくとも個人能力は高いって言われてた神託の盾にだって役立たずが数名居たじゃないか」

「「あ、なるほど」」

僕の台詞に納得している元導師コンビはさておき、先ほどからカナがパソコンの画面を見る目がどんどん険しくなっていっている。
何見てるの、なんて言って画面を覗き込めるような雰囲気ではない。
そして携帯電話を取り出したかと思うと、どこかに電話をかけ始めた。

「もしもし?今平気?そう。あのさ、写真展の反響とかってどうなってる?
…………うん、うん。じゃあやっぱり……そう、こっちもね。いきなりシャメ撮られたらしいんだわ。
一回そっち行っても?うん。……はァ?……ッチ、しゃあないわね。
手出したらタダじゃおかないわよ」

一番最後の声は何故かドスが効いていた。
普段よりワントーン低い声にイオンがぴくりと反応したかと思うと、カナはため息をつきながら電話を切る。
恐る恐る様子を伺えば、カナは苦笑しながらもようやく僕等に説明してくれた。

「前に写真たくさん撮ったの、覚えてる?」

「うん、アダチのでしょ?」

「そう。その写真を撮る際に三人のプロフィールは一切公開しない、っていう条件をつけたのよ。
そしたら逆にこの子達は誰だ!って話題になっちゃったらしくてね、それがどうも一般人にまで出回ってるらしいの」

「……ちょっと待って。じゃあ最近感じてた視線って、まさか」

「うん。今日写真撮ってきた子達も含め、多分その写真展を見てシンク達のことを知った女の子達じゃないかな」

困ったような顔で説明するカナに釣られ、僕達まで困ったような顔を浮かべてしまう。
いや、実際困ったような、ではなく困ってるんだけど。

「それで奏汰が渡したいものがあるから事務所来てくれって。三人とも一緒においで。
今家に置いとくのは流石に心配だし」

その言葉に頷き、僕達は帰って来たばかりながらもまた出かけることにした。
念入りに帽子を被り、それこそシオンじゃないが伊達眼鏡でもかけたほうがいいんじゃないかと思ってしまう。
念のため服の系統はばらばらにして、じっくり見ないと同じ顔だって言うのは解らないようにする。
そうしてカナの運転する車に乗り込み、20分ほど走って辿り着いたのはモノトーンで纏められたアダチの事務所だった。


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