37.とことんのめり込まれました
※シオン視点
「やあ、久しぶりだね。シオン君、シンク君、イオン君」
「お久しぶりです」
「イオン君は相変わらず雰囲気が柔らかいね。シンク君がピリピリしているのはやっぱり…」
「ストーカー絡みよ。最近よく視線を感じてたんですって」
カナの事務所とはまた違う雰囲気の建物だった。
あちらは人が少ないながらも活気があったが、こちらは殆どの人の気配が無い。
必要な時にしか人を集めないんだという説明を受けながら、ボク等は応接室へと通された。
「さて、これがくだんの物だよ」
「うへぁ…」
「はは、久しぶりに聞いたな。カナちゃんのその台詞」
「やかましい」
「一応物品系は別口で置いてある。クッキーとかの食品系はこっちで処分してあるから安心して」
お茶を出される前にボク達の前に登場したのは、ダンボールの中に入っている大量の手紙だった。
ガラスのローテーブルの上にドンと置かれたその中にはわさわさという効果音がピッタリなほど大量の手紙が収められている。
「あとこっちが電子メールのコピー。危なそうなのが何人か居たから注意しといて」
「規正法に引っかかりそうなレベル?」
「モロひっかかるだろうね」
そして掌に乗るくらいの小さなチップのようなものの受け渡し。
カナは忌々しそうに舌打ちをした後、そのチップのようなものをバッグの中にしまいこんでいた。
それが終わった後、ようやくカナはボク達の方へと向き直る。
アダチはボク達にひらひらと手を降った後、応接室を出て行ってしまった。
「さて、三人とも…これはね、三人が撮られた写真を見て、ファンになった人が送ってくれた手紙よ」
「……これ全部?」
「そう、これ全部」
ぽんぽんとダンボールを軽く叩きながら言われ、全員でダンボールを覗き込む。
そんな事を言われるとただの紙の束が深淵に見えてくるから不思議だ。
「試しに読んでみる?」
「「なんか怖いからいい」」
「ぼくもいいです…」
「そ、そう?そんな反応が帰って来るとは思わなかったけど…まぁいいわ。
三人に注意してもらいたいのはね、あくまでもこの手紙は氷山の一角でしかないってことなの」
「氷山の一角って何ですか?」
「しまったそうきたか」
あちゃーと言わんばかりに額に手を当てるカナに"氷山の一角"について説明してもらい、改めて話を続けてもらう。
即ち、この手紙を送ってきた人というのは写真を見た人の総数のほんの一握りでしかないこと。
ボク達はプロではないしプロフィールなどは一切公開されていないが、それでも一部の熱狂的なファンがついてしまったらしいということ。
こういう人種は何をするか解らず、どんな被害がもたらされるかも解らないし予想が出来ない。
だからボク達も出来うる限りの自己防衛をすることなどなど。
「つまり…日本人のちょっと職人気質なとこが悪い方向に向いちゃった感じ?」
「あー…否定できないのが辛いな」
日本人は、のめり込む時はとことんのめり込む。
それが技術を磨く方向へと向かうならば良いけど、こういった方面に向けられると危うい人種へと進化してまうらしい。
ボクが納得している横で、怖いもの見たさなのかなんなのか知らないがシンクがカナの許可をとってから箱の中から手紙を一つ手に取る。
その最中にアダチが戻ってきてお茶を振舞われ、ボクが程よい熱さのお茶に手を伸ばしたところでシンクが物凄く微妙な顔をした後小さく呟いた。
「め、目が滑る…」
……なんだろ、なんかデジャヴ。どっかで聞いた台詞だ。
げんなり顔で手紙を封筒に突っ込んだシンクが仕切りなおすようにお茶に手を伸ばしたため、今度はボクも手を伸ばしてみる。
適当な一枚を手に取り読めそうな部分だけ読んでいく。
写真 見ました。ファンになりました。
――ああそう。
イオンちゃんが可愛いです。
――イオンは男だよ。
シオン君とシンク君が攻めで、イオンちゃんが受けですか?
「……カナ、攻めとか受けって何かの隠語?」
「ぶふっ!?」
「…オフェンスとディフェンスのこと?」
「っぽいんだけど、なんか違うっぽいんだよ。ニュアンス的に」
「はァ?何それ?」
「これなんだけど」
お茶が気管に入ったらしく咽込んでいるカナはさておき、シンクに手紙を見せてみるものの、やっぱりシンクも意味が解らないようだ。
イオンもイオンで首を傾げているし、アダチを見ればなぜか空笑いを漏らしている。
「……そういう趣味の子達も見てるわけね」
「一応三兄弟って表記したんだけどね…」
カナとアダチの言葉に首を傾げるものの結局意味は教えてもらえず、知らないほうが幸せな類の言葉なんだろうなと追求するのはやめておいた。
こうしてお茶をご馳走になったボク達はアダチに手紙を持っていくかどうか聞かれ、カナが全部点検するとかで車へと運ぶことになった。
アダチにも身の回りには充分注意するように言い含められてから、全員で車に乗り込む。
「本当は次のギャラリーも協力して欲しかったんだけど…無理そうね、残念だわ…」
「思い切り落ち込んだときも女口調になるんですね」
「別に知らなくても困らない知識だよね、それ」
へこたれるアダチにカナが何かあったら連絡くれといってそのまま車は走り出した。
ボク等を見送りながらハンカチを噛んで悔しそうにしていたアダチは見なかったことにしたほうが良いのだろう、多分。
「にしても…自衛手段って言ったって、結構限られてるよね」
「そうねぇ。一応これ持って警察署で相談してくるから、多少パトロールは増やしてもらえると思う。
後は息が詰まるだろうけど、暫く三人だけでの外出は控えてね」
「解った…って、言っても今も三人だけで外出はあんまりしないけど」
「そうですね。出来る限りカナと一緒に居るようにってことですよね」
「そういうこと。他にもなんかできること無いか考えてみるから、ちょっとの間我慢して頂戴な」
カナの言葉にボク等は頷く。
まったく、面倒な人種も居るもんだと思いながらも、結局あんまり変わらないよなぁと思う。
だって元々引きこもり気味だしね、ボク等。
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