01-1




 最初に覚えたのは、まず冷たさだった。
 そして背中に布越しに伝わる雨粒の感触と、お腹というか身体の前面に感じる不快感。
 ふわふわした頭のままゆっくりと目を開ければ、ぼやけた視界の中緑色が広がる。

 あぁ、シオンの頭か。いや、イオンかもしれない。シンクは無いだろう……彼ならベッドに潜り込んだとしても背後に回るから。
 そんな事を考えながら二、三度瞬きを繰り返せば、それが彼らの頭髪ではないと気付く。
 髪と勘違いしたのは正真正銘緑色の草であり、視線を動かせば森か林のような風景が眼に入る。

 しとしとと降り続く雨に此処が外だと気付き、頭を起こそうとして全身に激痛が走る。
 思わず零れそうになる涙を反射的に堪え、涙目になりながらもう一度ゆっくりと身体を起こそうと試みた。

「っ………く、ぅ」

 嗚咽を漏らしながらもゆっくりと、ゆっくりと身体を起こす。そうしてその場に座り込めば、まず感じた違和感は服の大きさだった。
 明らかに大きいのだ。袖なんて指先しか出ないし、首周りなどずるりと垂れ下がり鎖骨が露わになってしまっている。
 足を見れば裸足のままで、大きいサンダルが足元に転がっていた。

 現状に首を傾げながらもべったりと濡れた服の中でなにかずれた気がして首元から服の中を見る。
 するとその、いわゆるブラジャーという奴がずるりとずり下がっていた。明らかにアンダーもトップもサイズが合っていない。
 というかぺったんこになっている。何故だ。元々大きい方ではないが、全く無かったわけではないのに……!

 己のロリ体型に痛みが走った時よりも涙目になりつつ、どうやら服が大きいのではなく自分が縮んでしまったのではないかと思い至った。
 そんなファンタジーあってたまるかと思うのと同時に、我が家に緑っ子が三人落ちてきた時点でファンタジーは既に始まってたなと納得している自分が居る。

 それにしてもここはどこだろう?
 未だに痛みが走る身体をあまり動かさないよう気をつけながら、周囲を見渡す。雨のせいで髪の毛が首筋に張り付いて気持ち悪かったが、それどころではない。

 もしかして移動した方が良いのだろうか?
 しかし迷子はその場を動かないと言うのは鉄則だ。いや、この場合迷子という表記が私にが当てはまるかは不明だが。

「……ダレだ?」

 未だにはっきりと働かない頭でそんな阿呆なことを考えていると、背後から声を掛けられた。
 少女か、もしくは声変わり前の少年特有の高い声。ゆっくりと首だけで振り返ると、短い赤い髪と緑の瞳を持った少年が居た。
 ……あ、待って。なんか嫌な予感がする。

「ダレだって聞いてんだろ。こんなとこで何してんだよ。ここはオレんちだぞ!」

 警戒を滲ませながら、必死に恐怖を押し殺しているのが良く解る声音に思わず笑みが零れてしまった。
 しかし無視したままでは失礼だろうと、私も慌てて口を開く。

「えっと……ここは貴方のお家、なの?」
「そうだ! どっから入ったんだよ?」
「どっから。んー……どこだろう? 気付いたらここに居たから、わかんない」

 私がそう言って苦笑すれば、びくびくしながらも少年は此方に近づいてきた。
 あ、木刀持ってる。小さいけど。

「なんだよソレ、ウソついてもすぐわかるんだからな!」
「嘘なんかついてないよ。あと体中が痛いから……動けないんだよね」

 だから君に危害は加えないと暗に言えば、少年は困ったような顔をする。
 やはり見た目よりも言動が圧倒的に幼い。

「……どっかケガしてんのか?」
「わかんない。さっき目が覚めたばかりだから」
「……オレをさらいにきたんじゃないんだな?」
「私貴方が誰か知らないし、攫ったりしないよ」

 そう言うと少年は時間を掛けて私に近づいてきて、私の正面に回った。
 じっと目を見られ、思わず首を傾げると少年の翡翠の瞳が大きく開かれた。

「……すげぇ、まっ黒だ」
「何が?」
「めんたま」
「目? 黒いの珍しい?」
「はじめてみた。すげぇな、すっげぇキレイ。母上の宝石みたいだ!」

 目をキラキラさせて言われて、思わず笑ってしまう。
 そうすれば今度は唇を尖らせてなんだよ! とふてくされる。反応が完全に子供だ。

「ごめんね。褒めてくれてありがとう。でも、私より君の目の方がずっと綺麗だと思うんだけど」
「……そうか?」
「うん。翡翠みたい」

 素直に思ったことを口にすれば、ばかじゃねぇの! と言いながらも頬を赤らめている。
 照れているのが一目で解った。くすくすと笑う私に唇を尖らせていたが、少年は唐突に口を開いた。

「なんかワルモンじゃなさそーだし、ケガしてるみてーだし、雨にぬれてるし、しょーがねーからひろってやるよ」
「拾う?」
「オレ、遊び相手がほしいんだ。いっつもガイばっかでつまんねーんだもん」
「ガイって?」
「うちの使用人だよ、って……お前の名前は?」
「私? 私はカナコ。呼びづらかったらカナでいいよ」
「おっしゃ、カナだな。オレはルーク。ルーク・フォン・ファブレだ!」

 そう言って笑う彼の笑顔は眩しくて、曇らせたくないと思うのと同時にやっぱりかという諦観にも似た気持ちが湧き上がるのを無理矢理押さえ込んだ。
 赤い髪に緑の瞳、しかも深紅のような髪色ではなく夕焼けのような鮮烈な赤と言えば、どうしてもこの人物を思い浮かべてしまう。
 我が家に落ちてきた三人のことがあって、余計に。

「んー……でもルーク、お家の人は怒らない?」
「あー……父上はおこるかもな。でも母上はいいって言ってくれると思う」
「お父さんが怒るなら、私はここには居られないよ」
「何でだよ!」
「だってこの家はお父さんのものでしょう? ここに居るなら、ちゃんとお父さんのお許しを貰わないと」
「父上がオレの話し聞いてくれるはずねぇもん! あ! それならこっそり住めばいい!」

 妙案と言わんばかりの提案に、完全にペットを拾った子供だなぁと内心苦笑した。
 親に内緒でペットを飼うような気分なのだろう。しかし私はペットではないし、責任問題などもある。

「だめ。私が後で怒られるし、罰せられるかもしれない。ルークだって見つかったら怒られちゃうよ」
「じゃあどうすんだよ! お前体いたいんだろ!」
「まぁ、痛いけどね……」

 それでもまぁ、こっそり外に出してくれれば何とかなるだろう。ここに居て処罰対象にされるよりはよっぽど良い。
 望んだわけではないとは言え、私は現在ファブレ家に不法侵入した身だ。下手したら死刑ものである。
 だからルークに悪いが、こっそりこの家から出してほしいと、そう提案しようとした時だった。

「ルーク様ー! どちらに隠れていらっしゃるんですか!」

 そんな声が遠くから聞こえ、ルークがやべっ! と小さく呟くのが聞こえた。
 恐らくガイだろう。私がそう当たりをつけて声の聞こえたほうを見ていると、かくれろ! と言われて手をつかまれた。
 え? 私も隠れるの?

「お風邪を引かれますよ! お願いですから出てきてください!」

 ガイの声を背後に手を引かれて痛む体を無理矢理動かすことになった。
 ぎしぎしと全身が軋むような痛みに苦悶しつつ、ルークに引っ張られて現在地がわからないまま走る。確かルークはかくれんぼが得意らしいから、どこかに隠れ場所があるのだろう。
 痛みを堪えながらルークに引っ張られていると、塀の端に辿りついた。
 そこには不器用に木の板を立てかけただけの秘密基地のようなものがあって、雨漏りはするものの雨は入ってこない。豪雨になったら終わりだろうが、この小雨ならば雨避けには充分だろうと言う規模。
 狭いスペースに放り込まれ、うまく受身を取れずに塀に背中をぶつける。じんじんと響く痛みを体を丸めて堪えながら、周囲を警戒しているルークを見た。どうやらここはルークの秘密基地らしい。

「あ……わるい! いたいのか?」
「だ、いじょうぶ……」

 周囲に誰も居ないのを確認してから私を見たルークが、慌ててそう声をかけてくる。
 涙目になりつつもそう答えると、摩ったほうが良いかと聞かれ、別に良いと答えた。さすってくれたところでこの痛みがなくなるとも思えない。

「ごめん、むりやりひっぱって……いたかっただろ」
「だいじょーぶ……見つかったら危なかったし」

 痛みを逃すようにゆっくりと息を吐きながらそう言えば、ルークはそうだな頷いた。素直な子だ。

「心配してくれてありがとう」
「べ、べつにしんぱいなんかしてねーよ!」

 頭を撫でようと伸ばした手を振り払われ、私はまた痛みに呻いた。慌ててルークが私の顔を覗きこんでくる。
 あぁ、そんな情けない顔をしないでほしい。こうして身体が痛むのは確かに走ったせいだろうけど、元を辿ればルークのせいじゃあない。
 それでも気遣ってくれる優しさが嬉しくて、安心させるように微笑む。うまく笑えたかは解らないが、ルークがほっと息を吐き出したように見えた。

「えっと……家のみんなにばれないように食べものとか、ほうたいとかとって来るからさ、ちょっとまてるか?」
「ん……大丈夫」

 むしろ私はあまり動かないほうが良いだろう。この身体の状況はどう考えても普通じゃない。落ち着くまで待つべきだ。何故か本能的にそう思った。
 だから何度もこちらを振り返りながら声のした方に走っていくルークを見守り、私は秘密基地の中で体温を逃すまいと身体を丸める。

 降り続く雨の中、気温はそれほど高くなく、私は全身ずぶぬれになっている。痛みに邪魔されてうまく動けず、熱源の確保もできない。
 下手をすればこのまま発熱してもおかしくないが、ルークに頼らなければ何もできない。
 何が起きているのか把握しきれない上、録に動くこともままならない現状に歯噛みしつつ、重くなってきた瞼を擦る。
 ルークが戻ってくるまで眠るまいと踏ん張っていたが、やがて睡魔に抗えず、私はゆっくりと意識を落とした。


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