01-2
声が聞こえた気がした。
誰だろう。このぶっきらぼうな言い方はシンクかもしれない。
もう朝が来たのだろうか?
しかし身体がやけにだるい。このまま眠らせてほしい。
そう言いたいものの腕一本上げるのすら面倒で、ぺちぺちと頬を叩かれて何とか瞼を上げる。
するとそこには心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいるルークが居た。
あぁ、そうだ。
此処は家じゃないんだった。
「目ェさめたか!起きないからしんぱいしたんだぞ!」
「ごめん…」
「おくれてごめんな。あの後おこられちゃってさ」
ルークの謝罪を聞きつつ、遅れてという言葉に首を傾げる。
私はどれくらい眠っていたのだろうか。
相変わらず雨がしとしとと降り続いていて、日の高さなどが見えないので正確な時間が計れない。
しかし首を傾げる私とは裏腹に、ルークは服の下から水筒を取り出した。
おい、何処に入れてんだお前。
「はい、水」
「ん…」
ありがとうと言おうとしたものの、だるくて口を動かすのすら億劫だった。
それでも水分は補給した方が良いだろうと水筒を受け取り、ゆっくりと水を飲む。
喉がひりひりと痛み、だるさも加わってこれは完全に発熱しているなと思った。
「あとくだもの。バナナとってきた」
バナナか。熱が出ているときには丁度良い。
今度はきちんとお礼を言って、バナナを受け取りもぐもぐと食べる。
はっきり言って食欲などなかったが、此処で食べなければ悪化するのは目に見えていた。
身体を温めていない時点で悪化の一途を辿るのは決定しているのだが、自分からソレを加速させるほど私はマゾでは無いし死にたがりでもない。
何度か咀嚼したあと水で無理矢理流し込み、短い食事を終える。
ぎしぎしと痛む全身が、発熱による間接の痛みなのか、それとも別のものなのか解らなかった。
「ルーク…ありがとう」
「いーよ。ココまでつれて来たのオレだし…ちょっとしたとって来れなくてゴメン」
「ううん、ルークの気持ち、嬉しかったから」
しゅんとするルークにそう言ってから頭を撫でてやる。
するとルークは不思議そうに首をかしげた。
「オレの、きもち?」
「うん。ルークの気持ち」
そう繰り返すものの、ルークには本気で解らないようだった。
だから私は自分の身体を少しずらし、隣に座れとルークを促す。
風邪を移すと言う不安はあったが、ソレより雨に濡れっぱなしの方が心配だった。
「んっとね、ルークは私を心配してくれたんだよね?」
「うん」
「心配してくれたのが嬉しかったのよ。ルークが私のことを想ってくれたってことだから」
「…どういうこと?」
まだ解らないらしい。うーん、こういった気持ちを言葉にするって結構難しいな。
あまりうまく働かない頭を何とか動かし、どうすれば伝わるかと言葉を捜す。
「んー…はあもうちょっと詳しく話そうか。
ルークはさ、何で私を心配したの?」
「何で…って、カナをココにつれて来たの、オレだし。それにほっとけなかった」
「そのほっとけないっていうのは、ルークの好意だよね」
「こうい?」
「ものすごく簡単に言うと、好きって言う気持ち。好きって言っても色々あるけどね」
「好き?オレが?カナを?」
理解できないと思い切り眉を顰めるルーク。
この年頃で言えば、好きと言えばすぐに恋愛方面に発想を切り替えるだろう。
だからもう少し注釈を加える。
「うん。少なくとも、嫌いじゃないでしょう?嫌いなら、心配なんてしないもの」
「…んー、まぁ、きらいじゃねぇよ」
「まだ好きって言う気持ちじゃないかもしれない。ちょっと気になるくらいの気持ちかもしれない。
けど、ルークは私のことを嫌いにならずに、気にかけてくれた。
だから、ルークは私にお水やバナナを持ってくれた。違う?」
私の言葉を考えるようにゆっくりと考えてから、ルークはこくりと頷いた。
「つまり、オレがカナのこと考えてたのがうれしかったんだな?」
「まぁ、大体当たりかな」
だからそう締めくくれば、でもちょっとしか持って来れなかったと、ルークは再度落ち込んだ。
それに苦笑しつつ、もう一度頭を撫でる。
「良いんだよ。私が嬉しかったのは、ルークの気持ちだから。
だから、ありがとう」
「……ん。次はもっと持ってきてやっから」
照れながらも、今回は拒否されなかった。
そのことに安堵しつつ、そのままぽつぽつとルークと話す。
ガイのこと、母親のこと、父親のこと。
私は少しずつ話を聞きながら、ルークに解るようにゆっくりと言葉を選んで相槌を打つ。
ルークが何故?と聞いてきたことには、わかりやすい言葉を選んで説明をする。
解らないようなら、更に言葉を砕いて説明を繰り返した。
ルークはそのたびに成る程、と納得していた。
ルークは素直だ。
解らないことは解らないと良い、そのまま放置しない。
水を吸い込む砂のようにどんどん知識を吸収していき、飲み込みも早い。
天才と言われたアッシュのレプリカなだけはある。
脳内でそう考えていると、そろそろ行かないと、とルークが腰を上げた。
「多分、ガイがまたオレをさがしてるから」
「ん。次着てくれるの、待ってる」
「うん、なるべく早く来るから…いなくなるなよ?」
名残惜しそうに言うルークを見送ってから、私は瞼を閉じて体重を塀にかけた。
寒気がする身体をぎゅっと抱きしめ、落ちていく感覚に身を任せる。
暗くねばつく闇に身を埋め、そのまま意識を手放した。
それから幾度となくルークは現れた。
毎回毎回、私の頬を叩いて起こしてから、水を飲ませ、果物を食べさせてくれる。
バナナだった時もあったし、林檎だった時もあった。
風邪の薬を持って来たときもあって、とっくに体調不良がばれていることに苦笑した。
私が食事をしてからは、ぽつぽつと話をした。
以前の自分と比べる、家庭教師の愚痴。
勉強を強いる幼馴染兼婚約者の相談。
自分を冷たい目で見下ろす父親への泣き言。
色々話した。
私は時に黙って話を聞き、時に同意し、時に苦笑をもらした。
私が言うのも何だが、ルークは人間関係が劣悪すぎる。
だから少しでも気が楽になればと、私は明るい話をした。
同僚がふざけた時のこと、シンクたちの掛け合いや、珍しい料理の話。
ルークは目を輝かせて話を聞いていた。
何で?どうして?何故?と飛び出してくる質問にはできるだけ答えた。
家庭教師は何故ルークの素質に気付かないのか不思議だった。
彼はこんなにも素直で、知識に対して貪欲なのに。
少しだけ歌も歌った。小声でだけど。
もう一回!と何度もねだられて、私が咳き込んだところで終わった。
ルークがきちんと気遣う心を知っていることに安堵する。
ゲーム内のルークが横暴なのは、どう考えても周囲のせいだろう。
そうして少しずつ逢瀬を重ねていた私たちだったが、終わりは呆気なく訪れた。
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