02-1



ルークが私を庇ってから一週間後。
それが私の目覚めた時間だった。

医者から説明をされ、どうやら私はルークにより死の淵から救われたのだと解った。
医者からは散々叱られ、その後現在ルークの庇護下に居るということが説明された。

端的な説明ではあったものの、ルークの懇願により罪人ではなくルーク専用のメイドとしてこれからファブレ家に滞在することが決定したというのが解った。
これを蹴ったら罪人として首を跳ねられるので、私に拒否権はないに等しい。

ただし悲観することばかりではなかった。
よくよく話を聞いてみれば私の主人は飽くまでもルークであり、給与はルークのお小遣いから払われるのだという。
つまりルーク以外の命令を聞く必要は無いということだ。
…つか、小遣いから給与が払える子供、貴族ってほんと凄い。

といってもまだ完全に回復した訳では無いので、働くのは全快してからで構わないとのことだった。
峠は越えたものの暫く絶対安静といわれたため、私のここ数日の日課はルークと話すことと、メイド長による貴人に対するマナー講座やメイドの仕事について指南を受ける程度だ。
一日二回やってくるメイド長が最初こそ不機嫌を隠さなかったものの、最近の態度は軟化している。

が、ルークのメイドになる前に、私には一つの難関があった。
どうやら私を雇い入れる際、クリムゾンの出した条件として私と一対一で話すというものがあるのだという。
得体の知れない人間を屋敷内に入れるわけにはいかないと言われては反論できなかったとルークは言っていたが、本音は別にあるのだと私は知っている。

死を覚悟していたために、咄嗟に口走ってしまった言葉がある。
クリムゾン…パパさんとしては私が何をどれだけ知っているか確認したいのだ。
そしてそれを知った上で、私がどう行動を取るか、それを見極めたいのだろう。

だからごめんと謝るルークに気にしないでと言った。
今考えれば当たり前の結果なのだから、ファブレ家に身を置く以上避けて通れない道であることは想像に難くない。

そしてその晩、パパさんは私に宛がわれた部屋に現れた。
ドアが開かれるのと同時に現れた紅色は、その眉間に深い皺を寄せていた。
年季が入っていそうな皺は少しばかり伸ばしたところで無くなりそうにない。

……アッシュも数年後にはあぁなるのか。
そう思うと親子だなぁとしみじみと思う。

「…会話はできる程度に回復したそうだな」

「はい。医者の手配もして下さったとか。ありがとうございます」

人払いをするようラムダスに言いつけたパパさんに、社交辞令として頭を下げておく。
パパさんは返事をしないまま近くにあった椅子に腰掛けた。
室内の空気が張り詰めていくのを感じつつ、私はパパさんをじっと見つめる。

「私が何故足を運んだか、解っているようだな」

「私が何をどこまで、そして何故知ったか、どこで知っているのかをお聞きに来たのでしょう」

「解っているのなら話が早い。話せ」

「条件次第です」

「条件を付けられる立場だと思っているのか」

「思っています。私の持っている情報はそれだけの価値がありますから」

言外にアンタの知らないことも知っているのだと匂わせれば、パパさんの目が細められる。

「首を跳ねないだけでも充分な条件になりえるのだが?」

「その件はルーク様が交渉済みでしょう。
まぁ首を跳ねたいのならご自由に。

繁栄の先を知ることができなくなるだけですから」

そう言って笑ってやれば、パパさんの眉間の皺が更に深くなる。
口を真一文字に結んでいるあたり、狸は狸でもそれほど苦にならないタイプと見た。
だが私だってただでほいほい情報をやるつもりはない。

「……条件は何だ」

「条件は二つ。私をファブレ家内にてルーク様の傍に置いてくださること。
そして情報源を聞かないことです」

「その情報は確かなのか」

「貴方が信じたくないと思えるほどに、ね」

拳を握り締めて私に主導権を譲ったパパさんは、私の思わせぶりな言葉に歯を食いしばる。

「…良いだろう。話せ」

「では、その前に一つ確認させて頂きたい。
今お屋敷に居るルーク様は間違いなくクリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレ公爵と、王妹シュザンヌ・フォン・ファブレの息子ですね?」

「当たり前だ。アレは私の息子だ」

「結構!
ではお話しましょう」

言質をとった私は目を細めてパパさんを見る。
土台はできあがったが、ココからが正念場である。
失敗は許されない。

「ではまず一つ目を。
シュザンヌ様がお腹を痛めて産んだルーク・フォン・ファブレ、即ち預言に詠まれた"聖なる焔の光"は現在ダアトにてアッシュを名乗り神託の盾騎士団に所属しています。
誘拐したのはヴァン・グランツ」

「……馬鹿な!では屋敷に居るルークはどうなるのだ!?」

「レプリカという技術をご存知ですか?
ジェイド・バルフォア博士が提唱した複製を作る技術です。
人間の複製も作成が可能ですが、作り上げられたレプリカは赤子同然であり、どこかしら劣化が見られます。
例えば色彩…とか」

私の言葉にパパさんは大きく目を見開いた。
自分と同じ紅色だった筈の髪は今や夕焼けのような朱色であり毛先に向かうほど金色へ脱色されている。
そして数年前の誘拐事件後赤子同然になってしまったルーク。
パズルのように次々と当てはまる事実に呆然としているのだろう。

「あれは…紛い物だというのか…?」

「何をおっしゃいますか。先程断言されたではありませんか。
アレは私の息子だ、と」

微笑む私にパパさんは眉間の皺を深くした。
私を睨みつけるようにして見つめながら、ゆっくりと薄い唇を開く。

「……2年前の誘拐事件については知っているか」

「ヴァン謡将がコーラル城にて今のルーク様を発見された事件ですね?」

「そうだ。
あの後ベルケントでルークの音素振動数を調べたが…変化は無かった」

つまり、お前の言っていることは嘘ではないのか、ってことか。
暗に言いたいことを頭の中で咀嚼しつつ、私は悠然と微笑んでやる。

「完全同位体、というものをご存知ですか?」

「音素振動数まで同じ存在であると?」

「偶発的な事故で生まれたそうですがね。調べるなら音素構成を調べるべきでした。
レプリカは被験者とは違い、第七音素のみで構成されていますから」

なので調べてみれば解ることだと私も言ってやる。
苦虫を噛み潰したような顔をするパパさんにさて次はどの情報を渡そうかと頭の中を整理する。

今ココで全ての情報を暴露する気は無い。
焦らさなければ後での私の命も危なくなってしまうことは想像に難くないからだ。

「ヴァンは…何故ルークをさらったのだ」

「それは…話せば長くなりますし、私が全てを話したところで絵空事だと一笑されるのがオチでしょう。
信憑性のないことを口にするつもりはありませんし、私の望みは飽くまでも今お屋敷にいらっしゃるルーク様の安全と幸せです。

ただヴァンの望みは決してキムラスカの益にはならないとだけ申し上げておきます」

「……ルークは、ルークは無事なのか?」

「……洗脳を受けておいでです。
私の知っている情報が正しければ名を聖なる焔の光(ルーク)から灰(アッシュ)へと改め、ヴァンの同士としてダアトに居る筈ですよ」

私の言葉にパパさんは額に手を当てて表情を隠すと、深く長いため息をついた。
それが預言に詠まれた子供がキムラスカから離れたことに対するため息なのか、子供の見分けがつかなかったことに対するため息なのかは解らない。

「洗脳を受けたとしてもだ…あの子には王族としての教育を与えてきたというのに…」

違った。
アッシュがダアトにとどまっていることに対しての呆れのため息だったようだ。
パパさん結構厳しいな。
ここで数年後にはかつての神童が霞むほど鶏頭になりますよって伝えたら頭の血管切れそうだなとか思ったのは内緒である。

「ヴァンの弟子としてダアトにいらっしゃる筈です。
密偵を差し向けることをおすすめします」

「……良いだろう。
それで、まさかそれだけではあるまいな?」

「……では二つ目を。
本物のナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア殿下は死産でした。
現在の金髪の姫君は乳母によって擦りかえられた彼女の孫娘です」

「殿下が偽者であると?」

「ナタリア殿下が誕生された際に一人の男が王城に乗り込んで着ませんでしたか?」

私の言葉にパパさんはふむ、と考え込んだ。
思い当たる節があったのか、すぐに私の言葉に頷く。

「メリル・オークランド…それが現在のナタリア殿下の本当の名前です。
乗り込んできた男は父親であるバダック・オークランド。
乳母の娘にしてバダックの妻であるシルヴィア・オークランドは娘を奪われたことに発狂し、入水自殺を図っているため既にこの世には存在しません」

「何故乳母はすり替えなどたくらんだのだ…」

「預言に詠まれたからですよ。乳母は敬虔なローレライ教徒ですから。
ですが脅しまがいのこともされている筈です。娘を亡くしている分、後悔の念は深いでしょう。
本物のナタリア殿下の遺骨は埋められている筈ですから、乳母の取調べを。
既に解っているのだと言えば恐らく素直に話すでしょう」

「すぐに手配しよう」

自分の息子ではないだけあって、この話はすんなりと進んだ。
恐らく明日にでも乳母に対する取調べ、吐かなければ尋問という名の拷問が始まるのだろう。

ぶっちゃけ私からすればナタリアがどうなろうと知ったことではない。
しかし私の言葉に信憑性を持たせるためには、ナタリアの件は真相が明らかにしやすく都合が良いのだ。
話したのは理由はそれだけである。

今キムラスカに秘預言を明らかにしたとしよう。
預言を妄信している人間は決して私の話など信じないだろう。
しかしその前に皆の知らぬ真実を私が暴露していたら話は違ってくる。

以前事実を言っていたのだから、今回も真実なのではないか?
そう思ってしまうのが人間の心理というものだ。
私の言葉に信憑性を持たせるためにも、ルークとナタリアの件は都合が良かった。
キムラスカが調べればすぐに結果が出るのだから。

「他にも色々とありますが…今日はこれくらいで宜しいですか?
裏づけを取り、覚悟を決めるには時間も必要でしょうし」

他の事実には今以上の覚悟が必要だと暗に伝えておけば、パパさんは少し迷った後真剣な面持ちで頷いてくれた。
そして少し間を置いた後、少しだけ…ほんの少しだけ悲しみを交えた表情で、私に向き直る。

「あれは…アレは、ルークではないのだな?」

その言葉にカチンと来た。

「……ルーク様ですよ。貴方たちがルーク様であることを強要した、憐れな二歳の子供です」

「そう、か……」

沈痛な面持ちで顔を伏せる。
何を思っているのか解らないものの、何かに傷ついているのは解った。

「父親として失格だとか、思わないで下さいね」

だから釘を刺せば、パパさんは弾かれように顔を上げる。
何故解ったのかと顔に書いてあって、私は思い切りため息をつきたくなった。

「公人として息子を差し出してる時点で父親失格でしょうに、何を今更…」

なので呆れたように言ってやれば、パパさんはそうか、そうだな…と沈んだ声で答える。

「シュザンヌ様は何も知らされていないのでしょう?
貴方が毅然とした態度を取らずにどうします」

「……お前のような子供に叱責される日が来るとは思わなかったな」

「なら、子供に叱責されないように公人としての態度を貫いてください。
きちんとルーク様を見てください。向き合ってください。それが貴方の役目です。

自分が辛いからと目をそらすのはただの逃げですよ。
何も知らせぬまま辛い役目を背負わせるんです。

自分だけ楽になろうだなんて、許される筈が無いでしょう」

「……そう、だな。
私はあの子を差し出すと決めたのだから…」

「だから…最低限の教育して与えていないのでしょう?」

「そうだ。預言を実現する鍵であれば良いと思っていた」

「……そのことについて、次回はお話しましょう。
ルーク様はキムラスカの希望の光に成りえる存在かもしれないということも」

「……どういう意味だ?」

「まずは私の言葉の裏づけを取ってください。
それが次に繋がります」

「良いだろう……ベルケントから技師を呼び寄せよう」

瞳を伏せて頷いたパパさんは一気に老け込んだように見えた。
私のせいなわけだが、反省も後悔もする気は無い。

そのまま去っていくパパさんを見送り、私はようやく長く息を吐く。

ルーク。
私を守ってくれた小さな光。
貴方が私を守ってくれるというのであれば、私も私の持てる力の限りを尽くそう。

貴方が罪を背負わないように。
子供である貴方が、笑っていられるように。

それがきっと今の私にできることだと思うから。

「子供を守るのが、大人の義務だもんね…」

緑の頭をした三人の子供が脳裏をよぎる。
あの子達も、譜石帯の輝くこの世界の空の下にいるのだろうか。

無邪気に私を慕い、私を救ってくれた子供たち。

「……シオン、シンク、イオン」

会いたいよ。
唇を噛み締めて言葉を飲み込む。
頬を伝う涙は、そっとシーツに染み込んで消えた。

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