02-2



現在、体調の回復した私はふてくされたルーク様の背後に控えている。
目の前に居るのは白衣を着て眼鏡をかけたベルケントの医師兼研究者達。
採血のために来た彼等だが、ルーク様が先程から拒否し続けているのだ。
お陰で医師達はほとほと困り果てている。

「ルーク様、これはお父上からの命令なのですよ」

「い・や・だ!チューシャするんだろ?!イヤなもんはイヤだ!」

注射がイヤだとだだを捏ねる子供。
内心微笑ましいやら苦笑するしかないやらで、私は見かねてルーク様に声をかけた。

「ルーク様、宜しいでしょうか」

「ん…なんだよ」

「大丈夫です、ちょっとちくっとするだけですよ。すぐに終わります。
ルーク様が受けてくれるなら、料理長に頼んで特別に夕食にデザートをつけてもらえるよう交渉しますよ?」

私の言葉にルーク様がぴくりと反応する。この年頃の子供は甘いものの誘惑に弱いのだ。
なので更にもう一押しということで、迷いを払うために言葉を続けた。

「私も一緒に検査を受けますから。それなら怖くないでしょう?」

「こ、こわくなんかねぇ!痛いのがイヤなだけだ!」

「なら注射しても大丈夫ですね。さすがルーク様です」

「う……うぅ……わぁーったよ!でもカナもだからな!あとデザートはリンゴのジェラートがいい」

「勿論ですとも。リンゴのジェラードもきちんとお伝えしておきますね」

渋々ではあるもののルーク様が注射を受けてくれることになり、医師たちを見れば皆ほっとした表情を浮かべていた。
私の分もお願いすれば、まぁ仕方ないかなといった雰囲気だ。
ココで医師たちが理由をつけて私の採血を拒否すれば、ルーク様がそれなら自分もイヤだと言い出すのは目に見えていたから。

こうして何とか採血を終えた夜、リンゴのジェラードを食べてご満悦でベッドに入ったルーク様を確認してから、私はパパさんの執務室へと呼び出されていた。
メイド服から着替える暇もなく、そのまま執務室へと向かいノックして入室する。

「来たか…」

「お待たせしてしまい申し訳ございません」

「構わん。ルークが寝付くのに時間がかかったのであろう」

「今はぐっすりと眠っておられます」

私の返事を受け流し、パパさんはラムダスに人払いを言いつけた。
室内には私とパパさんの二人だけになり、ソファに座るよう促されて思わず躊躇う。
私は今は一介のメイドなのだ。公爵の向かい側に座れる筈も無い。

「身分のことは一時は忘れろ。今この時において、私たちは主の身内とその家臣ではなく、情報のやり取りをする者だからな」

ため息混じりに言われ、それならばと私はソファに腰を降ろす。
パパさんが下手糞な手つきで紅茶を入れようとするので、そこは私がやらせていただいた。

「ではまず一つ目だ。
ナタリア殿下が陛下の血を引いていないことが判明した。言った通りだったよ」

「そうですか」

疲れの見えるため息と共にそう告げられ、ひと悶着あったのがそれだけで良く解った。
恐らくインゴベルト陛下が信じたくないと言ったのだろう。

「陛下は殿下の王位継承権剥奪を決定した。王女としての地位はそのままだがな、故にルークの王位継承権は一時的ではあるが繰り上がることになる…」

「お待ちください。それは私が聞いても良い話なのですか?」

「構わん。それに殿下の件に関しては現在のルークにも影響が出るかもしれんのだ」

どういうことだろうか。
パパさんの台詞に少し考えてみる。

「……婚約にも影響が出たのですね?」

「その通りだ。破棄を言い渡され、殿下は大層抵抗したらしい。ルークにはまだ伝えておらんが、殿下がこの屋敷に現れるやもしれん」

つまり猪突猛進が代名詞であるナタリア殿下の突撃に気をつけろということか。
うへぁ、ともれそうになった感想を何とか飲み込み、話の続きを促すためにパパさんを見る。
私が状況把握を完了したのを見て、パパさんは紅茶を一口飲んでから続きを口にした。

「それとルークの件だが…今朝の採血の結果が出た。やはりレプリカだそうだ」

「そうですか」

「それと、一緒に検査を受けたそうだな」

「? はい。ルーク様が採血を嫌がられたので」

「……そなたもレプリカなのか?」

「………………………はい?」

予想外の言葉に素っ頓狂な声が出てしまう。
私が心底驚いてる顔をしているのを見て、パパさんは脇にあった封筒から書類を取り出しそれをこちらへと寄越してきた。
思わず素で受け取りながら、綴られているフォニック言語を目で追う。

このとき心底思ったのが、シオン達からフォニック言語を習っておいてよかった、という点である。
そこには私の体の大部分が第七音素で形成されて、残り三割程度が音素ではない、オールドラントには存在しないものであるということが記されていた。
後はまた採血させて欲しいとか、私の音素振動数やフォンスロットを調べさせて欲しいとか、そういった要望だ。

「…………これは憶測ですが、恐らく私の出生が関係しているかと」

「ほう?」

「ですので私はレプリカではない、ということだけお伝えしておきます。幼少時の記憶もありますし」

「そなたの追跡調査は既にしているぞ」

「構いません。何か解ったらむしろ教えていただきたいほどです」

「……それで、研究者達の希望の件だが」

「そうですね…ルーク様が許可してくださるなら、多少であれば構いません」

了承の言葉を吐いた私にパパさんは微かに驚いていた。
私が研究対象になるのを嫌がるとでも思ったのだろうか。

「自分を知らないということは存外不便なものですし、何かあったときに対処に困りますから。専門家が調べてくれるというのであれば、それに越したことは無いでしょう」

なので理由を言えば、パパさんは納得したようだ。
検査結果の書類はくれるというので、ありがたく頂戴するために封筒へとしまいこむ。

後で時間があるときにじっくり読み込む必要があるだろう。
私がオールドラントに送られてきたヒントもあるかもしれないから。

「では、次の件だ」

「はい」

頷きながら、パパさんのティーカップが空になっていることに気付く。
ティーポットを取ってパパさんを見ればカップを寄越してきたので、再度カップに紅茶を注いだ。
ついでに自分の分も注ぎ足す。

「そなたは言ったな。ルークがレプリカであることが希望の光になると。
その件について話してもらおうか」

「……では、その前にいくつか確認させていただきたいのですが」

「何だ」

「現在教団はどれだけキムラスカに食い込んでいますか?
内政干渉までしているのは知っていますが、政治に参加するものの何割ほどが預言妄信派でしょうか?」

私の質問にパパさんは眉間の皺を寄せた。
キムラスカの中枢に関わる質問だから、その反応は解る。
解るが、ぼやかしても良いので答えてもらえなければ次に進めない。

「…おおよそ7割が預言に従い政治を行っている」

「人が死ぬ預言を黙って見過ごされた後、アレは預言でしたと言われても反発しないのですか?」

「するわけが無かろう。預言ならば仕方が無い」

「そうですか。では例え人の死が絡んでいても預言には従うべきだと」

「当たり前だ」

「では質問を変えます。
例えば国の滅びが詠まれていたとしても、預言に従うべきだという人間は何割ほど居ますか?」

私の質問にパパさんは目を見開き、ソファから立ち上がった。
その目は驚愕に彩られ、身体は微かに震えている。

「…落ち着かれませ。例えと申し上げた筈です。皆が起きてしまいます、どうか着席を」

「そ、うだな……」

だから私がカップに口をつけながらそういえば、パパさんはゆっくりとソファに身体を沈めた。
しかし視線はこちらに固定されていて、私はわざとらしいほどにゆっくりとカップをソーサーに置く。

「それで、どれ程いらっしゃるのですか」

「……恐らくおらぬ。しかし信じるかは別だろう」

「でしょうね。

『ND2000 ローレライの力を継ぐ者キムラスカに誕生す。
其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くであろう』

恐らくこの預言に縋るでしょう」

「…秘預言を知っているのか」

「……『ND2002 栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。名をホドと称す。
この後、季節が一巡りするまで、キムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう。

ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の町へと向かう。
若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって、町と共に消滅す。
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。
結果、キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる』

ここまでが第六譜石に詠まれている内容です。
そして大詠師モースが伝えてきた内容も、ココまでであるかと予測していますが…」

「間違いない。だからこそ私は…」

「では、続きである第七譜石の一文を」

私が告げれば、パパさんはごくりと生唾を飲み込んだ。

「『やがてそれが、オールドラントの死滅を招くことになる』」

「……!」

「……聞きたいですか、続きが」

「……滅ぶと、言うのか」

「はい」

「息子を差し出して、その先にあるのが…滅びだと…?」

「はい」

「…繁栄は、未曾有の繁栄はどうなる!?」

「数十年ほど」

「たった…数十年…」

「『かくしてオールドラントは障気によって破壊され、塵と化すであろう。これがオールドラントの最期である』

……御伽噺じゃあないんです。めでたしめでたしじゃ終わりません。
まぁ第七譜石で終わっているという時点で、そこに滅びが書かれていることは想像に容易いことではありますが」

膝に肘をつき、頭を抱えるパパさんを眺めながら呟く。
パパさんは身じろぎすらせず、何も返事をしてくれない。

「何故、何故教団は何も言わぬのだ…何故そなたは平然としていられる!?」

搾り出すような悲痛な声。
いっそ哀れにも見えるその姿に私は小さくため息をついてから質問に答えた。

「教団もこの預言を知らないのです。第七譜石はホドと共に沈みましたから、最早確認も不可能でしょう。
私が平然としていられるのは…私は預言を詠んで貰ったことが無く、希望の光があるのを知っているからです」

希望の光、という言葉に反応したのか、パパさんはのろのろと顔を上げた。
その目に既に光はなく、絶望が見て取れる。

「……ルーク様はレプリカです。そしてレプリカは預言に詠まれていない存在です。
即ち、預言を覆す存在になりえます」

私の言葉にパパさんはゆっくりと目を見開いた。
震え手を伸ばしてくる。
絶望の中、見つけた僅かな光に縋ろうとする手。

その時、カチャリとドアの開く音がした。

「そのお話、詳しく聞かせていただけるかしら」




反射的に振り返れば、そこには素敵な笑みを浮かべながら怒りに染まっているシュザンヌ様がおりました。




「………………ど、どうも。こんばんは」

一瞬にして頭が真っ白になった私の口から出たのは、大層間抜けな言葉だった。

Novel Top
ALICE+